2015年4月15日 第153回「今月の言葉」
(1)「江戸しぐさ」がオカルト物件!!!
私(藤森)の息子が中学生の時、授業参観日に「道徳」の授業を見学し、その時、初めて「江戸しぐさ」を知りました。「傘かしげ」や「こぶし腰浮かせ」などのいくつかの話を聞いて、私は大変感動しました。こんなに素晴らしいことがあるのかと!!! 私は、江戸庶民が、これほど優れた人間関係を「講」という形で磨きあっていたことに心の底から感動しました。こういう優れた「江戸しぐさ」を学ばないことは恥ずかしいことだと思い、一大決心をしました。 そこで、ぶ厚い「江戸しぐさ事典・子育てからリーダーシップの在り方まで」(NPO法人江戸しぐさ名誉会長越川禮子・監修、理事長桐山勝・編著、三五館)を購入しました。そして、「江戸しぐさ」を実践しようと思い、これはと思う「しぐさ」をノートに書き写し始めました。 最初は、「これは素晴らしい」と感動しながら転写しましたが、書いているうちに、「素晴らしい」と思うよりも、素晴らしすぎて転写する気持ちが薄れてしまいました。ある特殊な人たちの勉強会・・・例えば、大河ドラマで、今、放映中の「松下村塾」みたいなところで訓練しているならばいざ知らず、多数の江戸庶民が学ぶにはどう考えても内容が高度過ぎるように思え、感動が薄れて、転写を止めてしまいました。 そうして2、3ヶ月が過ぎた頃、小さく紹介された本の題名と内容・・・本当に不思議なんですが私の目に止まり、購入したのが「江戸しぐさの正体・・・教育をむしばむ偽りの伝統」(原田実著、星海社)でした。大変緻密な裏づけ調査をしていて、とにもかくにも、偽の話にはビックリ仰天しました。これは凄い本です。 結果的には、私の直感はドンピシャリでした。いかに「江戸しぐさ」がまやかし、オカルトチックであるか、一つ一つ、シッカリ調査をした大変な労作です。「江戸しぐさ」を文部科学省や大メディアが、本気で信じて、「道徳の授業」で使われたりするのは、ただ、ただ、驚くばかりです。 下記の(2)で著者が述べていることに、私(藤森)も賛成です。 <<わけのわかった大人が、その胡散臭さを承知したうえで「江戸しぐさ」を学ぶのは自由である。私たちには、ヨタ話をヨタ話として楽しむ権利も許されているからだ。 さて、私の下手な説明よりも、本の内容をご紹介しますので、いかにおかしなことがまかり通っているかをジックリと・・・・世の中は、本当に分からないものです。 |
●(2)「江戸しぐさの正体・・・教育をむしばむ偽りの伝統」(原田実著、星海社)
<はじめに「江戸しぐさ」を読み解く3つの視点> <「嘘・大げさ・紛らわしい」の見本> その昔、旧営団地下鉄の愛称・東京メトロにまだなじめなかった頃、私は上京する毎に、地下鉄の駅に張られた奇妙なポスターに目を奪われた。 私は、さっそくその「江戸しぐさ」なるものに調べてみた。 つまり、現代人が現代人のために作ったマナーとしか思えないわけである。 <歴史捏造が、教育現場にまで浸透する危機的状況> また、教科書出版の各社も現場での動きを受けて、道徳副読本や公民教科書などで「江戸しぐさ」を好意的に扱っていることが判明した。 わけのわかった大人が、その胡散臭さを承知したうえで「江戸しぐさ」を学ぶのは自由である。私たちには、ヨタ話をヨタ話として楽しむ権利も許されているからだ。 この状況に、まずはストップをかける必要があるだろう。 <「江戸しぐさ」の作者・芝三光と、以降の展開> また、「江戸しぐさ」講師の著書にも「『江戸しぐさ』はその数800とも8000とも言われ」(山内あやり『「江戸しぐさ」恋愛かるた』2009)と、これから水増しする気満々と受け取れるような記述がみられるものもある。芝の生前には、「江戸しぐさ」の数は200前後と言われていたのだから、8000と言えば40倍の水増しである。 その場合、本書は「江戸しぐさ」という文化現象の発祥から2014年前半までの展開を記録した文献としての史料価値も帯びてくるはずだ。 <オカルト物件としての「江戸しぐさ」> そこで本書では、他のオカルト物件との類似にも注目しつつ、「江戸しぐさ」の形成と流布の構造について分析を加えることにした。 このように、「江戸しぐさ」は様々な角度で分析・検証すべき問題を含んでいる。 |
●(3)<「江戸しぐさ」の目次>
第1章「江戸しぐさ」を概観する・・・17p <300年の太平を支えた町人哲学?> <社員研修・市民講座から学校教育まで> <普及に手を貸すマスコミ> <文部科学省の教材にまで登場> <恐怖の「江戸っ子狩り」と隠れ江戸っ子の苦難> <「しぐさ」を「思草」と書く意味> <1980年代、『読売新聞』に突如現われた「江戸しぐさ」> <具体化してゆく「江戸しぐさ」> 第2章「江戸しぐさ」パラレルワールドの中の「江戸」・・・・・ <個々の「江戸しぐさ」を解剖する> <「傘かしげ」はありえたか> <威嚇しあう「肩引き」> <海軍式の「蟹歩き」> <電車が走る江戸の街> <江戸時代の例も挙げられない「仁王しぐさ」> <身分時代の例も挙げられない「仁王しぐさ」> <身分社会で平等主義?> <「三脱の教え」は身分社会では不要> <時間泥棒に支配された江戸> <オランダ人の見た「時間にルーズな日本人」> <芝の個人的感覚の産物> <江戸の往来の風物詩も否定> <「横切りしぐさ」> <「駕籠とめしぐさ」> <江戸に嫌煙権はありえたか?> <トマトの食用は近代以降> <「じっくりコトコト」は現代的> <昆布は江戸ではなじみがなかった> <野菜スープ健康法の亡霊> <心に肥やしを撒く?> <「こやし」=「人糞尿」> <チョコレート入りのパン?> <真夏の江戸で氷は手に入ったか> <江戸っ子はバナナが好物?> <江戸庶民のトロの食べ方> <現実の江戸の「町人哲学」は「心学」だった> 第3章「江戸しぐさ」の展開 越川禮子と桐山勝・・・・・ <当初の関心は高齢問題> <アメリカ公民権運動にのめりこむ> <アメリカ公民権運動から「江戸しぐさ」へ> <芝三光の晩年を看取る> <「江戸しぐさ」伝授は老人の愚痴> <先住民としての「江戸っ子」> <「NPO法人江戸しぐさ」設立への道> <集金システムとしての講師認定制度> <影のキーパーソン・桐山勝> <第4章「江戸しぐさ」の誕生 創始者・芝三光と反骨の生涯> <「江戸しぐさ」創始者は芝三光> <1922年生まれ説と1928年生まれ説> <GHQ伝説はなぜ生まれたか> <人間チェック・テストに合格しなければ「江戸っ子」になれない?> <江戸講の正体は米軍将校クラブ?> <マッカーサー顕彰運動> <「江戸しぐさ」のベースは英米式マナー> <華族の庶子というホラ話> <昭和へのノスタルジーとしての「江戸しぐさ」> <芝の夢想した「反現実のユートピア」> <自己啓発の元祖・1970年代ビジネス書の影響> <芝は「江戸しぐさ」の一人歩きを恐れていた> <和城流「江戸しぐさ」と「NPO法人江戸しぐさ」> <反骨の産物が権力に都合がいい物となる皮肉> <自民党=安倍晋三ラインによる教育現場への浸透> 第5章オカルトとしての「江戸しぐさ」 偽史が教育をむしばむ・・・・・ <「江戸しぐさ」浸透の構造を分析する> <江戸っ子は関東大震災を予知した?> <「ロク」とは科学的推論?> <偽史『東日流外三郡誌』との類似性> <偽史としてより巧妙な「江戸しぐさ」> <証拠の欠落が強みだと悟ったUFOオカルト> <一切証拠を示さないラエリアン・ムーブメント> <ネイティブ・アメリカンの長老を捏造・・・カスタネダ事件> <「すべてが嘘とは言い切れない」論法は無意味> <「専門家」の対応が事態をこじらせる> <専門家が社会的責任を果たさなかった帰結> <高学歴者もオカルトにはまる> <企業経営者・コンサルタントのオカルト嗜好> <オカルト好きコンサルの代表・船井幸雄> <第6章「江戸しぐさ」教育を弾劾する 歴史教育、そして歴史学の敗北> <教育に使ってはいけない、偽の歴史> <虚偽を根拠に「道徳」を説けるのか> <科学界の批判が食い止めた「水からの伝言」> <教育現場に蔓延する奇妙な話> <教科書検定制度の無力> <凶悪犯罪は江戸時代にもあった> <いじめや体罰も江戸時代からあった> <現状否定のために過去を美化することの無意味さ> <「江戸しぐさ」と同和教育は両立できるか?> <「歴史教育の敗北」と「歴史学の敗北」> <歴史学も無傷ではいられない> <反論や疑問を封じる狭量さ> <「現実逃避」から生まれた「江戸しぐさ」> <「江戸しぐさ」を教育から追放するために> <おわりに「江戸しぐさ」は最後の歴史捏造ではない> <「江戸しぐさ」はUFOよりもあり得ない> <芝三光のオリジナリティ> <「江戸しぐさ」は最後の歴史捏造ではない> |
●(4)<ウイキペディアより> 「原田実氏の略歴:編集」広島県出身、1983年(昭和58年)に龍谷大学文学部仏教学科卒業(文学士)。1984年(昭和59年)から3年半、オカルト系出版社八幡書店に勤務、古史古伝・霊学書籍の広告を担当した。また、伊集院卿のペンネームで雑誌『ムー』に記事を執筆。 その後、広島大学研究生を経て、1991年(平成3年) – 1993年(平成5年)に昭和薬科大学文化史研究室にて、古田武彦の下で助手を務める(最初の1年は事務助手(副手))[1]。退職後、古田を中心とする東日流外三郡誌擁護派と袂を分かち、偽史・偽書・疑似科学批判を行う。 1995年(平成7年)パシフィック・ウエスタン大学博士課程修了(Ph.D.)[2]。 元「市民の古代研究会」代表(2001年(平成13年)-2002年(平成14年))。と学会およびASIOS[3]の会員でもある。『トンデモ本の逆襲』あとがきには「自分の著作を送ってきた読者」の一人として書名『幻想の津軽王国』と共に紹介されているため、その後の入会と思われがちだが実際の入会は1994年(平成6年)である。雑誌『ゼンボウ』、『正論』、『新潮45』、『季刊邪馬台国』などに寄稿している。 著書[編集] 単著[編集] 『幻想の古代王朝 ヤマト朝廷以前の「日本」史』 批評社、1998年2月。ISBN 4-8265-0248-6。 『日本化け物史講座』 楽工社、2008年2月。ISBN 978-4-903063-17-1。 共著・編著・共編著[編集] |
く文責:藤森弘司>
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