2009年1月15日 第78回「今月の言葉」
強毒性鳥インフルエンザ(H5N1)について

~賢者は歴史に学び、愚者は体験に学ぶ~

 私たちは、今回の正に未曾有の「新型ウイルス危機」を、過去の「歴史」から学ぶか、「体験」してから学ぶ(のでは手遅れですが)か、どちらでしょうか?それはあなたの考え方、受けとめ方一つにかかっています。

 12月はカセットテープレコーダが壊れるまで複製し、ご縁のある方々にと準備しました。今月は、目をショボショボさせながら、可能な限り十分な情報を、ご縁のある方々にお伝えしたいと思い・・・・・かなり詳しくご紹介しています。
 できるならば、全てをご覧いただきたいと思っていますが、十分な時間を確保できない方は、下記の目次から、まず、興味ある項目をご覧ください。下記のご紹介の中で、しばしば登場する「国立感染症研究所の岡田晴恵先生」は、テレビのインタビューで、「三年以内に発生する確率は99%」であると明言しています。
 万が一、或いは百万が一、「新型ウイルス危機」が訪れなかったとしても、「それで良かった!!」と思えるような準備をしたいと、私(藤森)は思っています。長期間の「籠城準備」が必要ですが、2週間分でもかなり大変な量になります。まるで宇宙のどこかへ移住するかのような大変な準備が必要になります。自転車で何度も買出しに出かけ、整理をしていると、なんとなくおかしくなって、笑いが出てしまいます。
 笑って済んでしまう結果になれたら、それは本当に嬉しいことですが、ウイルスは変異し続けるわけですから、笑って済ませるような嬉しい結果になる可能性は、知れば知るほど、無いような大変残念な気がしてきます。目次<前半><後半は、今月の映画「感染列島」(1月31日)をご紹介する中で、紹介します>(1)~(4)・・・・・平和ボケ日本のいろいろ

<以下の(5)~(31)は「パンデミック・感染大爆発」(浅井隆著、第二海援隊)の本の内容のご紹介です>

(5)・・・・・・・・「パンデミック・感染大爆発」浅井隆著、第二海援隊の中の<プロローグ>

(6)「パンデミック・感染大爆発」の著者、浅井隆氏は・・・・・

(7)<グローバル化が呼んだ黒死病・・・ペスト>

(8)<大航海時代が疫病を世界中に撒き散らす・・・梅毒>

(9)<文明開化がもたらした疫病・・・コレラと結核>

(10)<第二章 人類史上最悪の疫病・・・スペイン風邪の脅威>

<人類史上最悪のパンデミック>

(11)<「スペイン風邪」という名前の由来>

(12)<アメリカ全土を襲った「スペイン風邪」の恐怖>

(13)<エボラ出血熱を思わせる凄惨な症状>

(14)<社会機能も麻痺状態>

(15)<人から人への感染のカウントダウンが始まった>

(16)<中国ではすでに人から人への感染が発生していた!?>

(17)<SARS騒動の教訓>

(18)<医療も年金もない農民たち>

(19)<恐るべき感染スピード>

(20)<国家プロジェクトとして取り組む必要性>

<いつ起きてもおかしくない新型インフルエンザの爆発的感染>

(21)<各国の被害想定内容とその対策>

(22)<アメリカ、パンデミック・ワクチンの早急な製造と対策>

(23)<スイス、プレパンデミック・ワクチンによる予防>

(24)<危機意識の乏しい日本>

(25)<新型インフルエンザの基礎知識>

<正しい知識こそ最大の防御策>

(26)<新型インフルエンザはどこから来るのか>

(27)<高病原性ウイルスの恐ろしさ>

(28)<ワクチンと薬の効果は>

(29)<プレパンデミック・ワクチンとは何か>

(30)<抗インフルエンザ薬とは>

(31)<パンデミックになった時、どのようなことが起きるのか>

(32)2008年11月21日、NHK首都圏ネットワークで、東京都の「新型インフルエンザ対策」を放映。その要点

●(1)新型鳥インフルエンザの脅威について、これからご紹介したいと思いますが、私たちは専門家ではありませんので、専門的・医学的な詳細は必要ありません。概要が分かれば十分ですので、下記の本を参考にこれからご紹介したいと思います。

 さて、1年前から私(藤森)は関心をもっていましたが、でも何かのきっかけがなければ、これほど深く関心をもつことはなかったように思われます。そういう意味で私自身も同様ですが、「新型インフルエンザ」の脅威がわかればわかるほど、日本人の多くの方々が、あまり本気で関心を持たない「平和ボケ」はかなり深刻であると思っています。
 恐怖をあおるわけではありませんが、、わかればわかるほど、これは空恐ろしいことだと思い、ご縁のある方々に、可能な限り、お知らせしたいと思いました。私は、ある最高レベルの情報が詰まったカセットテープを入手しましたので、12月は暇さえあればダビングを繰り返しましたが、とうとう、機械が壊れてしまいました。ダビング専門の大型のカセット・テープレコーダーでしたが、もうカセット・テープの時代ではないので、修理に出さず、ホームページで下記の本の内容を中心にご紹介することにしました。

●(2)日本は長らく平和な時間を過ごしてきました。恐らく、世界史的にみても、これほど「飢餓」や「疫病」や「戦争」などによる「死の恐れ」の少ない平和な時代はなかったのではないでしょうか?その結果として、「平和ボケ」現象が現われています。
 外国のホテルで非常ベルがなると、ほとんどの宿泊客が、着の身着のままでホテルの外に出るが、何があったのだろうというノンビリした風情で、部屋の窓を開けて顔を出すのは日本人だそうです。

 今回の「新型インフルエンザ・・・H5N1」は、誠に強烈な大問題で、連日のように、何らかの形(例えば、マスクや備蓄品の紹介など)で、メディアで取り上げていますが、多くの人が、「対岸の火事」のように思っているようです。例えば、アフリカで何百万人が難民になっているとか、餓死しているという報道に接しているような「他人事」のようにしか感じていないような感じがします。
 東京都は「新型インフルエンザ」を「大震災」と並ぶ脅威と位置づけていますが、とてもそんなレベルではありません。関東大震災は大災害が予想されていますが、関東に限定されています。1週間も凌げば、他県からの物資も来ますし、外国からの援助物資も届くでしょう。しかし、「新型インフルエンザ」は、ほとんど世界中が同時に発生しますので、他からの応援がまったくなされません。

 それがどれほど恐ろしい事か、これから下記の著書を参考にご紹介したいと思いますが、その前に、2008年10月9日、あるテレビ番組に登場した、国立感染症研究所の岡田晴恵先生は「3年以内に新型インフルエンザが発生する確率は99%」だとおっしゃいました。公の立場の専門家がテレビで公言したのですから、これには驚きました。
 では何故、このように断言できるのでしょうか?それは、ウィルスの変異の流れを知ることでわかります。そのことも下記の本(「感染大爆発」)の内容をご紹介しながら、理解していただければ幸いです。
 「3年以内に発生する確率は99%」これは衝撃的です。これをどのように受けとめるか否か、ここが運命の分かれ道です。まさに、冗談や言葉の綾ではなく、地球はいまや「タイタニック号」です。

●(3)ある有力な情報によりますと、中国とインドネシアが一番危ない、つまり「発生源」になるだろうと言われています。それは生活環境からきます。昔の日本もそうでしたが、普通の家で普通にニワトリを飼っていました。場合によっては豚も飼っていました。それをさらに拡大したような生活環境があるために、発生しやすいようです。

 2009年1月7日の朝日新聞、9面にも掲載されていました。
 「地球24時」<鳥インフルエンザ、北京で女性感染、死亡>

 北京市衛生局は6日、北京市朝陽区在住の女性(19)が、鳥インフルエンザウイルス(H5N1)型に感染して死亡したと発表した。新華社通信によると、女性患者と接触した116人について調べた結果、1人の看護師が発熱していたが、すでに回復していたという。
 市衛生局によると、女性は昨年12月19日、友人と一緒に隣接する河北省の市場に行き、生きたアヒル9羽を買って自宅に持ち帰り、内臓を取り出すなどの加工をした。5日後に発症、27日に症状が重くなり入院。1月5日朝に死亡した。

 この記事から何がわかるかと言いますと、本の紹介の中で詳しくご紹介しますが、鳥インフルエンザのウイルスが鳥から鳥の段階から、鳥から人に感染する段階になっていることです。
 さらに、鳥から人に感染したウイルスが、人から人に感染するようになっていることです。今回は、人から人に感染したウイルスは、まだ十分な感染力にいたっていませんので、軽症ですみましたが、もうすでにインドネシアを中心に、人から人への感染で多数の死亡者を出しています。
 しかし、まだ感染力が弱いために、「鳥から感染して死亡した人」と濃厚に触れ合う、つまり看病した家族などの死亡例があるだけですが、1年前の2008年1月13日放映の「NHKスペシャル」では、インドネシアで人から人への感染があり、WHOが騒然として対応したようです。家族が次々と死亡し、父親が恐怖で行方をくらましてしまいました。
 この男性が感染大爆発の発生源になるのではないかと、必死の捜査をし、やがて発見された男性は感染していないことがわかって、関係者一同ホッとしたようです。
 現在、新型インフルエンザに感染して死亡した人数は、インドネシアで113人で、世界の約40%を占めています。専門家の間では、人から人に感染爆発をする「変異」は、氷塊に激突する寸前の「タイタニック号でのパーティー」同様、風前の灯火状態のようです。だからこそ、3年以内に発生する確率は99%と言えるのです。決して「恐怖心」をあおるのではなく、現実に「そこにある危機」になっていることを、是非、認識していただきたいと念願しています。

●(4)さて、日本がいかに平和ボケしているか、朝日新聞の次の記事で、現実の日本の姿をご覧ください。大なり小なり、日本の会議の実態は、ほとんど下記の区議会の議論と同様です。意味のない議論に大きな時間を割き、意味のあることは「忌み(?)嫌われる」強い傾向にあります。何故ならば、日本の伝統は、どんな内容のことを発言したかが重要ではなく、誰が発言したかが重要です。それは役職であったり、社会的な地位や名誉、財産、権威、受賞や受章などの経歴が自分より上か下かが、この国では一番重要です。

 朝日新聞、平成21年1月5日「議会・未来・不要論を超えて①」

 <市長逆質問を・議員ドキッ>

 議員の質問は事前に用意した原稿を長々と棒読みするだけ。役所側の答弁も同様だった。丁々発止のやりとりもないまま、淡々と議事が進んでいく。絶えず数人の議員が居眠りし、いびきが議場に響いていた。
 昨年11月下旬、慶応大学で地方行政を専攻する学生10人が東京都のある区議会を傍聴した時の光景だ。「一体、何のためにやっているんだろう」。古賀央美(ひさみ)さん(21)は傍聴席で考え込んだ。「台本を読んでいる感じだった。これなら議会はいらないんじゃないか」
 「ほとんどの自治体議会は八百長だ」と07年に発言し、物議を醸した前鳥取県知事の片山善博さんは言い切る。
 「大半の議会が、その区議会と同じです」

 地方議会では、質問内容の事前通告を受けた役所側が議員とすり合わせたうえで答弁を用意するのが普通。それがなれ合いを生み、議会の「儀式化」を招いているという批判だ。
 だが、変化は始まっている。議員に逆質問する「反問権」を首長らに認める動きがその一つだ。
 京都府の北部にある京丹後市。昨年6月の定例市議会で、子どもの医療費無料化の対象を高校生まで広げるべきだと迫る市議の質問に対し、中山泰市長(48)が切り返した。「財政負担はどれくらいになって、当市の(厳しい)財政との関係をどう考えるか、教えていただきたい」
 反問権を盛り込んだ議会基本条例が昨年4月に施行されてから初めて市長が権利を行使し、議場は緊張感に包まれた。財政負担の計算をしていなかった市議は「それほど負担にならないと考えます」と答えるしかなかった。「あれ以降、いつも逆質問を想定するようになった」と話す。
 <後略>

 国会も含めて、こういうことで成り立っているのですね。バカバカしくて話になりません。こういう議員さんたちが、百年に一度の未曾有の危機に対応できるわけがありませんし、「新型インフルエンザ」対策についても果たして頼れるのでしょうか?「自衛」ではないでしょうか。

○(5)「パンデミック・感染大爆発」浅井隆著、第二海援隊(以下、同じ)

<プロローグ>

<致死率最悪60%を超える感染症が迫っている>

 人類史上最大の危機が迫っています。それこそ、新型インフルエンザの大流行による「パンデミック」です。パンデミックとは、ある感染症が全世界で大流行するという意味です。「感染爆発」ともいいます。
 現在、パンデミックを起こすかもしれないとして注目されているのが、「H5N1型インフルエンザウィルス」です。このウィルスは、従来のインフルエンザウィルスとは全く異なる恐るべきウィルスなのです。今までのウィルスは呼吸器の表層の炎症だけですんでいますが、H5N1型ウィルスは血液を介して全身に感染し、多臓器不全を起こさせます。致死率は、最悪で60%を超えるといわれるほどの恐るべきものです。
 H5N1型ウィルスは、鳥から鳥、鳥から人へは感染するものの、今までは人から人へは感染しないといわれていました。しかし、H5N1型ウィルスが人から人に感染するウィルスに変異し、感染者が爆発的に増える可能性が日に日に高まっています。
 もし、人から人に感染するウィルスに変異した場合、事態は深刻です。ある専門家の予測によれば、最悪の場合「世界人口の半数が感染し、その中で4人に1人が重症化し、死者は5億人以上にもなる」といいます。
 もし、現実にパンデミックが起きれば、経済はもとより社会そのものが崩壊の危機に瀕するといっても過言ではありません。私たちは大変な時代に生きていることを認識すべきでしょう。

 本文でも詳しく見ていきますが、パンデミックの対策を国家プロジェクトとして取り組んでいる国とそうでない国とに分かれます。国によって対策に温度差があるのが現状です。本当にパンデミックはやってくるのか・・・・・いまや、そういった認識は極めて甘いと言わざるを得ません。新型インフルエンザはもはや起きるか起きないかといった次元の問題ではありません。世界保健機関(WHO)の専門家は「ほぼ間違いなくやって来る」と断言しています。起きることを前提に、いまやどうやって被害を最小限に食い止めるのかというアプローチが求められているのです。
 90年前の20世紀前半、誰もが信じられないような出来事が突如やって来ました。人類史上最悪のパンデミックと言われる「スペイン風邪」です。スペイン風邪はある日突然やってきて世界中に広がり、とてつもない災禍をもたらしました。元気だった人が突然咳き込みはじめ、数日で苦しみながら死んでいくのを目の当たりにして、人々はパニックに陥りました。中には死ぬ間際に皮膚が紫色に変色する人や全身から血を流して死んでいくといった凄惨な症状もあったといいます。
 このように、スペイン風邪はたった1年の間に多くの人々の命を奪っていきました。全世界の約4分の1が感染し、4千万人もの人々の命を奪ったのです。まるで竜巻のように急にやって来て、人々の生活を完膚なきまでにたたきのめしていきました。そして、突然去っていったのです。

 <藤森注・・・・・別の資料によりますと、公式の死亡者数は4千万人ですが、当時は第一次世界大戦であったために、兵隊が多数死んでいるそうです。①兵隊の死者は報告されないのと、②中国でも発表されていないために、一説によりますと、8千万人とも1億人とも言われているようです。また、③スペイン風邪は弱毒性ですが、今回の新型インフルエンザは強毒性ですので、致死率はさらに高まります。その上に、④当時は交通網が未発達でしたが、交通網の観点からは、今や、世界はほとんど一つといっても良いでしょう。
また、⑤当時の人口は今の3分の1くらいではないでしょうか。これらを全て総合すると、上記の「死者数5億人」は決して大げさではないでしょう。>

○(6)「パンデミック・感染大爆発」の著者、浅井隆氏は・・・・・

 「・・・・・しかし、人間なんて目に見えないほど小さなウィルスによってあっという間に食い殺されてしまうほど、ちっぽけな存在でしかないのです。そんな」恐ろしい情景を、いまあなたは頭の中ですぐに想像できるでしょうか?実は私(浅井隆氏)はその恐怖を、近い将来の映像としてはっきりイメージしています。
それには、私の経歴が大きく関わっています。私はかつて、新聞社の報道カメラマンとしてこの世で起きるあらゆる災害や大事件、事故の現場を見てきました。御巣鷹山の日航機墜落事故の現場には第一陣で入り、悲惨な事故の現場を目撃しています。北海道南西沖地震も凄惨でした。巨大津波によって漁村が全滅した北海道奥尻島の現場に、ヘリコプターで上空から取材に駆けつけました。その他、ありとあらゆる衝撃的な現場に立ち会った経験から確信しているのは、
“この世の中では何でも起こりうる”ということです。また、自分が傷ついて初めて人の痛みが理解できるように、本当の危機とはどういうものなのか、実際に体験しなければわからないことがあります。私は最前線に立ち、それを肌で感じてきたのです。
そうした様々な災害を見てきたからこそ、私はいま新型インフルエンザがただの病気などではなく、人類最大の危機だと直感しているのです。本当の危機というのは、目前に迫るまでその実態がわかりづらく、早い段階での予測がとても難しいものです。経済と同じで、初めに見える危機の兆候というのはほんのわずかでです。バブルの渦中にいた人が崩壊など考えもしなかったように、常に危機意識を持っていなければその予兆に気付くことができません。
アンテナを張り巡らせて情報を集め、直感をフル活用して危機を察知しなければ、その先に待ち受けているのは奈落の底です。転落してから後悔しても遅いのです。だからこそ、私はまず自分自身が勉強し、新型インフルエンザの本当の脅威をできるだけ多くの方に伝え、危機回避につなげたいと考えました。それがこの本を書いた一番の動機なのです。」

 <藤森注・・・・・病理学者でない浅井氏がパンデミックがやって来た場合、どう対処するべきかという社会科学的見地から執筆するにあたり、多くの専門家の書籍を参考にされたようです。特に人類とパンデミックの歴史の関係を調べるにあたり、立川昭二氏著『病気の社会史』(岩波現代文庫)、岡田晴恵氏著『感染症は世界史を動かす』(ちくま新書)からは多くの知見を得、また、新型インフルエンザに関しては、岡田氏の多くの著書を主に参考にされたようです。
 浅井氏のような立場からの著書のほうが、私たち一般の人間にはわかりやすいかもしれません。

○(7)<グローバル化が呼んだ黒死病・・・ペスト>

 記録上はっきりとしたペスト・パンデミックは、6世紀に発生しました。エジプト地方で発生したペストが東ローマ帝国に侵入。アラビア商人たちの交通路に乗って首都ビザンティウム(現在のトルコの都市イスタンブール)に達しました。ビザンティウムでは半年近くも流行が続き、1日に1万人以上の死者が出たと記録されています。埋葬場所がなくなったため、城壁の塔に遺体を無差別に投げ込むと、ほとんどの塔が遺体で一杯になったのだそうです。
 ペストはさらにイタリア、フランスなどヨーロッパ内陸部に広がり現在のアイルランドまで達しました。
 その後、ペストは各地で散発しましたが、8世紀から約300年間、突然ヨーロッパから姿を消します。再びペストがヨーロッパを襲ったのは11世紀でした。ちょうど十字軍の遠征が始まった時期と同じです。11世紀~13世紀の間は、ヨーロッパ各地で小流行を繰り返しました。
 そして14世紀に入ると、当時のヨーロッパ人口の4分の1から3分の1にあたる2500万~3500万人が犠牲になり、全世界で7000万人が死亡したパンデミックが発生するのです。
 この時のペストは、細胞が壊死して皮膚が黒紫になることから「黒死病」と呼ばれ恐れられました。抗生物質のなかった当時では有効な治療法がなく、致死率は50%~80%にのぼったとも言われています。なぜこれほどの恐るべき災厄が起きたのか。その原因は、十字軍とモンゴル帝国にあると言われています。
 ペスト菌はもともと人の病気ではなく、動物やネズミ同士でノミを介して広がりました。そしてクマネズミから、やはりノミを介して人に感染してしまったのです。しかし、このクマネズミは、もともとヨーロッパにいなかったそうです。ところが十字軍の遠征が始まるとクマネズミは十字軍の船倉に忍び込み、そのままヨーロッパ大陸に上陸します。数字が倍々に増えていくことを「ネズミ算式」と呼ぶようにクマネズミは瞬く間に繁殖し、ヨーロッパを席巻します。クマネズミの棲息域拡大とともに、ペストも広がって行ったのです。

 さらに13世紀になると、チンギスハン率いる騎馬部隊によってユーラシア大陸を覆う広大なモンゴル帝国が誕生します。モンゴル帝国は経済政策を重視し、交易ルートを保護したので、ヒトとモノの往来が盛んになります。これまでシルクロードを通じて細々と交易していた東洋と西洋が、巨大帝国の出現で一気に距離が縮まったのです。旅行者も多くなり、東方見聞録で有名なマルコ・ポーロもこの時代の人です。言わば、世界史上最初のグローバル化といえる社会変化でした。
 物流が発達し経済活動が盛んになるのは、必ずしも良い面ばかりではありません。歴史上、人の移動が爆発的に増えた時期には必ず、恐るべき疫病が大流行しているからです。

 14世紀に入ると、気候変動により世界中が寒冷化しました。特に元朝の中国では、1320年代から1330年代にかけて、冷夏や干ばつ、洪水、地震や蝗の大量発生などの災害が続発し、大規模な飢饉が発生しました。さらに、恐ろしい疫病発生が重なり、500万人が死亡したとも言われています。この疫病がペストだったと見られています。
 食糧不足になったのは人間だけではありません。クマネズミも餌を求めて西へ西へと移動しました。その中にはペスト菌に感染したネズミも混じっていたのでしょう。シルクロードに乗って、中国から中央アジア、中近東、地中海沿岸、東ヨーロッパと、ペスト発生地域も西へ移っていきます。
その頃、ヨーロッパでも災害が頻発していました。イタリア・エトナ火山の噴火や一週間に渡り続いた大地震、台風や蝗の大発生などが立て続けに起きました。
 そして災害で疲弊したヨーロッパに追い討ちをかけるように、ペストが全土を襲います。1347年頃コンスタンティノープルに到達したペストは、交易船に乗ってジェノヴァやフィレンツェ、マルセイユなどの商業都市に侵入。そこからロンドン、スウェーデン、ポーランド、ロシアと、ヨーロッパ全土に広がって行きました。
 ・・・・・・・

 当時のヨーロッパの都市は城壁に囲まれていましたが、その城壁の中を、夥しい数の死体が埋め尽くしました。墓場には、毎日のように大量の死体が運び込まれ、やがて大きな穴の中に死体を投げ捨てるだけの状態になりました。それすらもたちまち溢れ、市街では家族の遺体を路傍に投げ捨てたり、全滅した一家の死体はそのまま放置されました。
 当時の都市人口は10万人~20万人程度だったと推定されています。フィレンツェ市では少なく見ても、人口の半分が死亡したことになります。都市だけではありません。閉鎖的な中世の村では、一度ペストが流行すると、あっという間に村中に蔓延します。この時期に村民が全滅し廃村になったところがいくつもあるのです。

 この黒死病パンデミックは、14世紀だけで3回発生し、ヨーロッパを覆い尽くしました。死の恐怖から人々は集団ヒステリーに陥り、狂ったように踊り騒ぎました。これをモチーフにして、骸骨が生者のように踊る姿を表現した「死の舞踏」と呼ばれる絵画が、ヨーロッパ各地に残っています。当時のヨーロッパ人は、まさにこの世の終わりを実感していたのです。
 しかし、この黒死病の蔓延が暗黒の中世を終わらせ、ルネッサンスの時代を拓く原因ともなっているのです。
 当時のヨーロッパの荘園制度では領主が土地と農奴を支配していました。領主にとって農奴は土地を耕すための道具程度の認識でした。しかし、ペストにより労働力人口が減少すると、領主は農奴に賃金を支払ってでも労働力を確保するようになります。農奴の地位が相対的に上昇したのです。さらに賃金が払えなくなると、領主は農奴に土地を貸し出すようになりました。所有権が事実上農民に移ったことで、封建制度は崩壊することになりました。
 また、神も信仰もペストの前には無力でした。そのためカトリック教会の権威が失墜し、後の宗教改革を生む下地となります。さらに、もうひとつの権威であった大学でも学者の多くが命を失い、知識の断絶が起きます。それまでの権威だった古典尊重主義が衰え、代わって若く新しい自由な発想の学者が増えてきました。これが後の「ルネッサンス」へとつながっていくのです。
 死の恐怖と権威で抑圧された人々が解放されたことで、長く苦しかった中世は終わりを告げ、明るく革新的なルネッサンス時代が訪れました。見方によっては、ペスト・パンデミックが暗黒の中世を終わらせて、新しいヨーロッパ社会を築いたともいえるのです。

○(8)<大航海時代が疫病を世界中に撒き散らす・・・梅毒>

 コロンブスが新大陸から持ち帰った3つの土産は、「タバコ」「トウモロコシ」「梅毒」と言われてます。
 梅毒はもともと、中米ハイチのある島に広まっていた風土病でした。コロンブス一行がこの島に立ち寄った際に、現地民と接触して感染したといわれています。そしてコロンブス一行は新大陸発見の報告とともに梅毒を持ち込み、それがわずか数年でヨーロッパ中に広まったのです。
 コロンブスが新大陸に到達したのは1492年。翌1493年には、すでにスペイン内で流行が始まっています。そして1498年にはインドに、1500年には明朝中国の広東に感染が拡大。そして、日本の鉄砲伝来(1543年)よりも30年以上も早い1512年には日本でも梅毒患者の記録が見られます。マゼラン艦隊による世界一周(1522年)よりも先に、梅毒が世界を一周してしまったのです。

・・・・・・・・・・

 <文明を滅ぼした疫病・・・天然痘>
 新大陸から持ち込まれた梅毒は、長い間ヨーロッパ社会を苦しめました。しかし反対に、ヨーロッパから新大陸に持ち込まれた病気もあります。その威力はすさまじく、南米大陸に発達した文明を滅亡させたほどでした。
 16世紀の大航海時代にスペイン人たちは、中南米の国を次々と征服しました。南米ペルーのインカ帝国を征服したピサロや、中米メキシコのアステカ帝国を滅ぼしたコルテスたちはコンキスタドール(征服者)と呼ばれました。数百人というわずかな兵力で、短期間でこれらの帝国を滅亡させた最も強力な武器が、天然痘や麻疹などの疫病だったと言われています。
 天然痘はウィルスによる感染症で、40度C以上の高熱や頭痛の後、全身が豆粒のような発疹に覆われます。その後、血液がウィルスに侵されたり(ウィルス血症)、肺炎などの二次感染によって死に至ります。致死率は20~50%に至ります。
 また麻疹もウィルスによる感染症で、高熱や発疹など天然痘と似た症状がでます。現在ではそれほど死亡率が高くありませんが、当時の中南米にはこの疫病はなく、インカ帝国やアステカ帝国の人々はまったく免疫を持っていませんでした。
 天然痘や麻疹は非常に伝染力が強い病気です。スペイン人たちが持ち込んだこれらの疫病は瞬く間に蔓延しました。スペイン人たちは現地住民を支配し、鉱山労働や大規模農場などに使役させることで、莫大な富を蓄えました。一方で、現地住民たちは過酷な労働とこれらの疫病によって次々と倒れていきました。人間は、免疫を持たない病気に対しては驚くほど弱いものなのです。
 彼らの代わりに労働力として連れて来られたのが、アフリカの黒人奴隷でした。カリブ諸島には、ハイチやジャマイカのように、住民の大半が黒人の国家がありますが、彼らは黒人奴隷たちの子孫です。疫病によって、もともとの島民たちはほとんど全滅してしまったのです。

 北米大陸に入植した白人たちが、ネイティブアメリカンたちを圧倒していったのも、天然痘が大きな要因のひとつでした。18世紀にイギリスとフランスが植民地支配権を争ったフレンチ・インディアン戦争では、フランス側と同盟を組んだネイティブアメリカンに対してイギリス軍は、天然痘を一種の生物兵器として使用したほどです。
 その後、種痘(天然痘ワクチン)の普及によって、天然痘は根絶されました。研究用に残されている天然痘ウィルスは、エボラ出血熱ウィルスなどとともに最も厳重な警戒が必要な「レベル4施設」で保管されています。天然痘は、生物兵器として最も危険なウィルスのひとつなのです。

○(9)<文明開化がもたらした疫病・・・コレラと結核>

 21世紀の科学文明の中に生きる私たちから見ると、文明が発達するにつれて医学が進歩し、病気が次々と克服されるように思いがちです。しかし歴史を振り返ると、これがまったくの錯覚であることに気づかされます。むしろ、文明が発達する段階ごとに新たな病気の大流行を引き起こしているのです。
 その代表例が「コレラ」と「結核」です。この二つの疫病は、一種の「文明病」といえるのです。

 <藤森注・・・・・私はこれと全く同じ意見を持っています。今の時代は「癌」の撲滅に必死になっていますが、上記のように「結核」が克服(また流行り出しているようですが)された後に、「癌」が大流行しています。つまり、結核なり、癌なりが克服された、あるいは克服されつつあるだけで、常にそれと同等の病気が新たに出現して、結局は、いつも何かの病気に襲われているのが人類です。その根本は何か?という視点が抜け落ちていて、現象的なものばかりを追いかけています。車を運転しているとよく体験する「逃げ水」のように、何かを克服したつもりでも、次にまた何かが待ち構えていて、本来の意味での「克服」はできないことを悟るべきです>

 <文明開化とコレラ>
 明治維新は文明開化の時代でした。開国した日本には、西洋の優れた科学技術文明が次々と入ってきました。しかし、同時に海と鎖国によって守られていた日本も、疫病の世界流行という荒波にさらされることになったのです。
 そのひとつがコレラです。明治元年から44年間で1万人以上の患者を出したとしが9度あり、うち5回は3万人~10万人以上の死者を出しています。明治時代のコレラによる総死者数は37万人にものぼるのです。日清戦争の犠牲者が約1万3千人、日露戦争の犠牲者が約12万人ですから、コレラの流行は戦争以上に大きな被害をもたらしたのです。
 ・・・・・
 最初のコレラ・パンデミックは1826年に終息しましたが、1829年には第二次コレラ・パンデミックが世界を覆います。この時は、前回の災厄から逃れていたアメリカ、ロシア、ヨーロッパ各国も襲われ、コレラは世界中に広まったのです。
 19世紀になって突然コレラが世界に広まった背景には、欧米列強を中心にした帝国主義と植民地主義政策があります。国を超えた交易が活発になり、蒸気機関の発明がさらに拍車をかけました。それまでとは比較にならないほど大量の物資が、短期間で行き交うようになったのです。
 第二次コレラ・パンデミックでは、日本は鎖国のため影響を受けませんでした。しかしペリーが率いる黒船来航により、ついに江戸幕府は鎖国を解きました。アメリカはじめ5カ国と通称修好条約を結んだ1858年、日本は早速コレラ・パンデミックの猛威にさらされてしまうのです。この時は日本全土に感染が拡大し、江戸市中だけで3~4万人、一説には10万人の命が失われたといわれています。
 ・・・・・
 感染源も治療薬もなかった当時は、強制隔離と封鎖が対策の中心でした。患者発生がわかると、警官が患者を強制的に病院に隔離したり、周辺一帯を封鎖するなどの措置をとったのです。
 しかし、病院では医師も看護師も少なく、まともな治療を受けられないため、ほとんどが死にました。全滅した病院ごと火をかけて遺体を燃やすなどの措置が取られたために、人々は警官に連れて行かれれば二度と戻れないと恐怖しました。患者を屋根裏に隠したり、暴動や打ちこわしで抵抗し、「コレラ一揆」と呼ばれたりしました。
 その後、ドイツの細菌学者コッホによるコレラ菌の発見や、検疫体制の整備、予防法や治療法の確立によって、先進国での大流行は収束しました。
 しかし、それと平行して、もうひとつの疫病が文明国家に牙を剥いたのです。それが「結核」でした。

 <産業革命と結核>

 結核は、菌が肺を侵して咳や喀血を伴う「肺結核」が一般的なイメージでしょう。しかし実は肝臓、腎臓、腸や髄膜、脳など全身のあらゆる部位に感染する病気なのです。骨や脊椎へ感染するとカリエスという病名になります。ドイツで発掘された9000年前の人骨や3000年前のエジプトのミイラには、このカリエスの病根が残っているため、結核が古くから世界各地に広まっていたことが分かっています。日本では古くは「労咳」と呼ばれていました。
 ・・・・・
 日本でも明治時代後期から昭和初期にかけて常に死因の上位を占め、「国民病」と呼ばれていました。
 この結核が最初に社会問題化したのは、最初に産業革命を果たしたイギリスでした。その後、産業革命の波がヨーロッパの他の諸国やロシア、アメリカ、そして日本に伝わると、歩調を合わせるように結核もその国の都市部に蔓延していきました。産業革命と結核蔓延はワンセットになっているのです。
 産業革命と結核の関係を、イギリスを例に見てみましょう。19世紀初頭のロンドンは、人口100万人程度でそれでも当時の世界トップクラスの大都市でした。そのわずか50年後には倍以上の230万人に膨れ上がり、20世紀初頭には人口650万人に達します。人口規模、拡大速度ともに、これほどの急成長を遂げた都市は歴史上ありませんでした。
 産業革命により急速に都市が発展し、多くの労働者が農村から流入しました。しかし、人口流入に都市機能の拡大が追いつきません。結果として、狭く未整備な区域に多くの労働者が詰め込まれ、スラム街が形成されます。路地には汚物が溜まって悪臭を放ち、住居は狭い古小屋。工場からの煤煙が漂い、住民は常に飢え栄養不足です。人々は虚ろな瞳で工場へと向います。
 ・・・・・

 当時のイギリスのある報告書によると、工業都市の伝染病死者数は農村の3倍に達し、肺病による死者数は都市が農村の2・5倍、麻疹や天然痘などによる子供の死者数は4倍に達したと言われています。当時の工業都市の労働者階級の平均寿命は、わずか15歳~19歳だったほどです。
 遅れて工業化の道を歩んだ日本でも、欧米列強の足跡をなぞるように結核が蔓延します。明治政府の殖産興業政策により、各地に近代的な紡績工場が建設されます。当時の工場労働力の中心は、寒村から出稼ぎにやって来た女工たち、それも20歳未満の若い女性が大半でした。埃が舞う狭い工場で、粗末な食事で長時間の労働に従事しており、一人が結核にかかるとたちまち工場内に感染が広がり、次々と命を落として行きました。
 病気で働けなくなった女工は、解雇され故郷に戻されました。こうして、結核と無縁だった地域にも感染者が広がって行きます。さらに徴兵制度が拍車をかけました。集団生活をする軍隊の中では、感染症は容易に広がります。結核によって除隊になった人々が、結核菌を全国津々浦々に運んでいくのです。

 こうして結核は「国民病」となり、日本人を長い間苦しめ続けたのです。
 その後、劇的な効果を発揮する抗生物質の発見によって、現代では結核は「過去の病気」とされています。しかし実は、現代でも日本は毎年2万人以上の新たな患者が出ています。先進国の中では発症者数が飛び抜けて高く、WHOから「中程度の蔓延国」と指摘されています。
 かつて日本が工業化の過程で結核を蔓延させたように、いまでも発展途上国を中心に結核の流行は続いています。WHOの報告書によると、2006年は世界で920万人の新規患者が発生し、170万人が命を落としました。結核は感染者数、病死者数とも世界の感染症のトップクラスで、「エイズ」「マラリア」と並ぶ世界三大感染症に数えられています。

○(10)<第二章 人類史上最悪の疫病・・・スペイン風邪の脅威>

 <人類史上最悪のパンデミック>

 1918年、世界はとてつもない規模の疫病の流行に見舞われました。1918年3月、第一次世界大戦中、アメリカ国内で発生したインフルエンザは、米軍のヨーロッパ進軍とともに大西洋を渡り、5月中にはフランス全土を席巻、スペインにも飛び火していきます。強力な感染力を持ったこのインフルエンザは止まるところを知らず、その後も猛烈な勢いで人から人へと染まっていき、6月にはヨーロッパ全土に広まり、海を挟んだイギリスも災禍を免れることはできませんでした。
 この年の夏には中国、西アフリカにまで疫病は広がっていきます。8月にはアメリカに再上陸、さらにこの年の秋には世界中に現われて各地に災厄をばら撒いていきました。翌年の冬に起こった第三波はそれまで感染のなかった地域も襲い、多くの人命を奪いました。タヒチや、サモアといった熱帯の島々は壊滅状態となりました。『感染症は世界史を動かす』には世界人口の約4分の1がスペイン風邪に罹ったとありました。

 ・・・・・当時の世界人口20億人のうち、5億人が発症した。犠牲者数は、アメリカ55万人、イギリス20万人、ドイツ23万人、イタリア50万人、ロシア45万人といわれる。さらに中国では400万~1000万人、インドでは1200万人~2000万人が死亡したと推定されている。日本でも、38万人の犠牲者が出た。
 『感染症は世界史を動かす』(岡田晴恵著、ちくま新書)・・・(藤森注・・・岡田先生は国立感染症研究所の専門家です)

 <第一次世界大戦とスペイン風邪>

 スペイン風邪が大流行した当時、ヨーロッパでは1914年から始まった第一次世界大戦の最中でした。この戦争はそれまで行なわれたものとはまったく次元の異なる悲惨なものでした。毒ガスや戦車、飛行機といった最新兵器が初めて導入され、兵士たちは何ヶ月もの間、銃弾が飛び交う中、塹壕に立てこもり、そして多くが死んでいきました。特に西部戦線におけるドイツ軍と連合軍の戦力は拮抗し、長期にわたって膠着状態が続いていたといいます。

 戦況に変化の兆しが見られたのは1918年の春です。ブレスト・リトフスク条約が結ばれ、ロシアが第一次世界大戦から離脱します。これにより、東部戦線から開放されたドイツは、西部戦線に兵力を集中し攻勢に出ました。フランスの首都パリを陥落すべく総攻撃をかけるのです。
 連合国軍を上回る戦力を有するドイツ軍は、当初大きな戦果をあげました。しかし、次第にドイツ軍の進撃の勢いは衰えていきます。1917年に参戦を表明したアメリカから送り込まれて兵士たちがインフルエンザを運んで来たのです。

 同年5月、フランス軍の塹壕でインフルエンザが爆発的に広がっていきます。西部戦線でにらみあっていた連合国軍およびドイツ軍の両陣営で爆発的に広がり、まもなくフランス全土を覆い、やがてスペインへと広がっていきました。6月には欧州大陸から英国へと渡り猛威を奮っていきます。
 1914年から続いた戦いによって、兵士たちは疲弊していました。それに加え、衛生状態および栄養状態が悪化していたところに「殺人ウイルス」がやって来たのです。戦場はウイルス蔓延の格好の繁殖地となっていきました。

 重篤な症状の場合には、患者の肺に水がたまり、たいていの場合は1週間もたたないうちに肺が水で一杯になってしまいます。若くて戦闘能力の高い兵士が敵と戦う前にインフルエンザウイルスによってバタバタと倒れていきました。
 スペイン風邪の流行は、両軍にとって大きなダメージを与えていきます。アメリカ軍の記録によれば、ヨーロッパに遠征し、死亡した兵士の8割は、戦争による犠牲ではなくインフルエンザで死亡したとされています。ドイツ軍の被害も甚大だったようです。どの部隊からもインフルエンザ患者が多数出たため、通常の兵力を保てなくなっていきます。兵士たちの志気は低下し、戦闘能力が極端に落ちこんでいきました。

 そんな中、ドイツ軍は7月に起死回生を狙って再度侵攻作戦を試みるものの失敗。ドイツ軍がこの戦争に勝利する望みを完全に絶たれてしまうのです。8月になると連合国軍はついに前線を突破、ドイツ軍に敗戦ムードが漂い始めます。
 それと同時にドイツ国内では、長期にわたる戦争で国民の不満が爆発、反戦運動やデモが多発し、ドイツ革命の勃発へとつながっていきます。このようにドイツは戦争を継続することが不可能になり、ついに11月、連合国との休戦協定に署名することになるのです。
 このように、多くの兵士たちを死に追いやったスペイン風邪の大流行は、結果的に第一次世界大戦の終結を早めることになったのです。

○(11)<「スペイン風」という名前の由来>

 第一次世界大戦で中立国だったスペインでは、報道規制がなかったために、国内での大流行が世界中に知れ渡りました。しかし、他の参戦国は戦時下ということで報道規制が敷かれて何も報じませんでした。否定的な報道や志気を損ないかねない報道は一切行なわれなかったのです。そのため、スペインで発生したインフルエンザが広がっているかのように、広く世界に報道されてしまったことから、「スペイン風邪」と呼ばれるようになったのです。
 第一次世界大戦では中立国であったスペインで流行が始まったのは同年5月から6月にかけてのことで、約800万人が感染し、国王や大臣も発症しています。このニュースは日本の新聞でも取り上げられたといいます。

○(12)<アメリカ全土を襲った「スペイン風邪」の恐怖>

 「スペイン風邪」が最初に世界のどの場所で発生したのかはっきりとは分かっていません。記録にある最初の患者はアメリカで発生しています。1918年3月4日、第一次世界大戦に参戦するためカンザス州のファンストン基地に集結していた兵士の中から発熱・頭痛を訴えるものが出たとあるのが最初の記録です。症状は喉の痛み・発熱・頭痛だったといいます。その終末までに多数の兵士から同様の報告がありました。
 しかし、大部分は数日で回復したため「三日熱」と呼ばれ、あまり注目されることはありませんでした。
 ・・・・・
 しかし、インフルエンザはその間にもアメリカ全土に広がる準備を着々と進めていたのです。夏になると、インフルエンザの大流行の予兆が現われ始めます。
 8月、ボストンで帰国兵受け入れの任務に当たっていた水兵が風をひいたとの報告がありました。その後、一気に大勢の患者が発生したため、埠頭の医療施設はパンク状態に陥り、患者を収容できなくなってきます。一部の患者たちは近隣の病院に運ばれました。見るからに健康そうな人がほんの数時間でほとんど動けない状態になってしまい、体温はみるみるうちに上昇し、身体の節々に痛烈な痛みが生じました。患者たちの症状は全身をこん棒で打たれたようだと報告されています。

 9月、市内の病院はすべて患者で埋め尽くされ廊下にまでベッドが設営されていました。患者の顔色は青く、咳には血が混じっているようなひどい状況だったようです。そんな中、マサチューセッツ州ではインフルエンザ流行の事態を重く見て、非常事態宣言を発令したといいます。
 連邦保健長官は新聞にインフルエンザの症状と対症療法についての記載を要請しました。その内容はインフルエンザとはどういったものかということ、もし罹った場合の対処法・・・ベッドで安静にすること、栄養価の高い食事を摂ること、アスピリンを服用することなどといったものでしたが、こんな程度では蔓延を止めることはまったくできませんでした。

 9月28日、フィラデルフィアで自由国債募集パレードが開催されました。感染症の専門家や医師たちがインフルエンザの蔓延を防ぐため、パレードを中止するように市当局に要請しましたが、聞き入れられませんでした。パレードは愛国心を煽り、士気を高めるために大いに効果がありましたが、それと同時にインフルエンザが猛威を奮う絶好のチャンスでもあったのです。

 パレード終了後、フィラデルフィアではインフルエンザ患者は爆発的に増えていきます。当時の記録によれば、10月第一週には700人が亡くなり、第二週には2600人、第三週には4500人もの人が亡くなっていったといいます。保健所はインフルエンザの蔓延を防ぐため、協会・学校・劇場の閉鎖を命令します。数え切れないほどの人が体調を崩し病院には患者が溢れかえっていました。しかし、医者と看護婦が戦争でヨーロッパにかり出されており、満足な治療を受けられることはほとんどありませんでした。

 1918年10月になると東海岸だけでなく、西海岸でも急速にインフルエンザ患者が発生していきます。サンフランシスコでは、全ての市民にマスク着用を義務付ける条例が可決されました。この条例では、人が集うところでは常にマスクをしていなければならないことやマスクはガーゼ4枚重ねのもので、ひもはしっかり結んで着用することなどと定められていました。マスク着用条例の施行当初はインフルエンザ患者の報告数が目に見えて減りましたが、あまり効果をあげることができませんでした。
 『史上最悪のインフルエンザ』(A・クロスビー著、西村秀一訳、みすず書房刊)によると、サンフランシスコ市では1918年9月下旬から1919年1月上旬の4ヶ月間におけるインフルエンザおよび肺炎の患者数は3万9771人、死亡者数は3557名と記されています。

 <藤森注・・・・・何故、マスク着用が効果をあげなかったのか?それは今回の「新型インフルエンザ(H5N1)」で詳しくご紹介します>

○(13)<エボラ出血熱を思わせる凄惨な症状>

 このように、甚大な被害をもたらしたスペイン風邪ですが、人々を恐怖に陥れたのは患者たちの症状でした。インフルエンザに罹った人たちはそれまで誰もが経験したことのない凄惨な症状を患っていたのです。

 アメリカ国内でのスペイン風邪の蔓延の状況を克明に記録した『グレート・インフルエンザ』(ジョン・バリー著、平澤正夫訳、共同通信社)には次のように描かれています。

 そのほとんどは鼻血で、中には咳き込んで血を吐く水兵もいた。耳から血を流している者もいた。ものすごい咳き込みようだったので、死後、検死解剖してみたら、腹筋があばらの軟骨から離れてしまっている者さえ見られた。その多くが苦悶のあるいはうわごとでも言うように七転八倒し、意思疎通のできる者のほとんど全員が、目のうしろの頭蓋骨に楔(くさび)を打ち込まれたかのような頭痛と、骨が砕けるかと思うほど激烈な体の痛みを訴えた。少数ながら嘔吐する者もいた。死のまぎわに、皮膚の色が変わる水兵がいた。唇の周りや指先が青みを帯びているだけなのだが、その色が濃すぎて、白人なのか黒人なのかちょっと見分けがつかないような者さえいた。黒色といってもおかしくなかった。

 米陸軍の兵営では、入院した兵士の5%~15%がエボラのような出血性ウイルスによる鼻血・・・鼻から出血・・・に苦しんでいた。鼻血はときとして1メートル先まで飛ぶほどの勢いだったという報告が多数あった。<中略>ある患者の場合、500ccもの鮮血が鼻から噴き出した。

○(14)<社会機能も麻痺状態>

 スペイン風邪の影響は社会の至るところまで及びました。多くの人がインフルエンザに罹り、欠勤したために、会社や工場が通常通り機能しなくなっていきました。また、ゴミの収集が行なわれずそのまま放置されていたり、運転手が不足して電車やバスが動かなくなったりしました。あまりに死者が多く、火葬場には死体の山ができ、ついには穴を掘って埋めるというところも出たそうです。このパニックが、アメリカ中あちこちの街で起こったのです。

 『グレート・インフルエンザ』では、

 死体は葬儀屋に滞り、葬儀屋の建物の至るところにあふれ、住居にまで押し寄せてきた。病院では、死体安置所に置かれる死体が廊下にまであふれていた。町の死体安置所でも死体が通りまであふれ出ていた。そして家庭にも死体が滞って、玄関、押入れ、廊下の隅、ベッドの上などに横たわっていた。

 ノースカロライナ州ゴールドボロのダン・トンケルは「息をするのも怖かった。劇場も閉鎖されていたため、人混みに入ることはできなかったし、まるで卵の殻の上を歩いているようだった。外へ出るのも怖かった。(中略)実際、みんなひどく怖がっていて、家から出ようとしなかった。人と話すのを恐れていた。まるで私の顔に息をかけるな、私の顔を見るなと言っているようだった。毎日次は誰が死亡リストに載ることになるかわからなかったし、人はこんなにもあっけなく死んでいくものなのかと、それが恐ろしかった」と述懐した。
 『グレート・インフルエンザ』(ジョン・バリー著、平澤正夫訳、共同通信社)

 このスペイン風邪は、日本にも襲いかかってきました。船、電車、汽車等の交通機関の中や学校の教室、オフィスの中、映画館、レストラン、ホテル、駅、観劇場、その他いろいろな集会等、多くの人が集まる場所で急速に感染が拡大しました。日本国内では政府が適切な指導や対策を取ることができなかったため、厚生労働省によると当時の日本の総人口5500万人の半分近くである2300万人が感染し、約38万人の死者を出したとされています。
 結局、インフルエンザの蔓延を止めることができず、治療の方法もわからないため、流行が収まるまでの間に全世界で4000万人が死亡したといわれています。スペイン風邪の全世界での死者数は第一次世界大戦での戦死者をはるかに超え、戦線が維持できない事態も起こるなど深刻な事態を引き起こしました。

○(15)<人から人への感染のカウントダウンが始まった>

 新型インフルエンザの脅威が刻一刻と近づいています。H5N1型インフルエンザウイルスは、新型インフルエンザに変異する危険性がもっとも高いとされるウイルスのひとつで、ウイルスが「新型」に変異すると世界的な大流行が懸念されています。
 ニワトリや野鳥と接触した人が感染しているケースが多発しています。自宅の庭で鳥を飼育したり、生きた鳥を市場で売買するなど、鳥と接触する機会の多いインドネシアやベトナム、中国などに集中しています。

 <藤森注・・・・・平成20年5月30日、読売新聞、「論陣・論客“新型インフルエンザのワクチン接種”」で、国立病院機構三重病院院長は次のように発言しています。「・・・しかし、歴史上、新型インフルエンザは、アヒルと豚、人が一緒に住んでいるところで発生したとされる。この条件を満たす東南アジアで、H5N1が流行し、多くの人が感染している現実を直視すると、新型に変異する可能性は高い。H5N1に備えるのは社会防衛上、必要不可欠だ」>

 これまでのところ、鳥から人への感染がほとんどですが、ここ数年は人から人への感染が疑われる事例が発生しています。2004年のベトナムを皮切りに、タイやインドネシアでも同様のケースが発生しています。中国、パキスタンでも同様の報告がありました。発症した患者を家族が看病するなど、家族間で濃密に接触したときに感染する場合が多く見られます。
 WHOの報告によれば、鳥インフルエンザの人への感染は1997年12月に香港で最初に確認されました。その後、2003年より東南アジアを中心に流行。2006年5月にはインドネシア・北スマトラで家族(親族含む)内集団感染が発生し、8人が感染し、7人が死亡しています。さらに、インドネシア保健省は2月8日に感染を確認し、入院したジャカルタ市内の女性(15歳)は、母親(38歳)も感染者で「人から人へ感染した疑いもある」と発表、同省とWHOが感染経路の調査に乗り出すことになりました。

 詳しくは後述しますが、新型インフルエンザの流行レベル(フェーズ)には6段階あります。人から人への新型インフルエンザ感染が確認されているが、感染集団は小さく限られているレベルがフェーズ4、人から人への新型インフルエンザ感染が確認され、パンデミック発生のリスクが大きな、より大きな集団発生がみられるレベルがフェーズ5です。そして、パンデミックが発生し、一般社会で急速に感染が拡大しているレベルがフェーズ6と分類されています。先のインドネシアのケースはフェーズ3で、フェーズ4に進むのをなんとかくい止めている状況だといいます。

 では、H5N1型インフルエンザウイルスが人から人に感染するウイルスに変異し、最初に大流行する地域・国はどこでしょうか。新型インフルエンザの事情に詳しい国際感染症医療要員養成センター会長・牧野長生氏によると、患者の発生数、人口の多さ、衛生観念、国家の対応能力など様々な観点から考えて、インドネシアもしくは中国で起きる可能性が高いといいます。

○(16)<中国ではすでに人から人への感染が発生していた!?>

 2007年12月、中国政府のある発表に関係者は一時騒然となりました。江蘇省南京市で人から人への感染事例が初めて確認されたことが報告されたのです。南京市に住む息子(24歳)と父親(54歳)が相次いでH5N1型インフルエンザウイルスに感染し、息子が死亡した事例について、「家庭での密接な接触によって感染した」と明かしたのです。
 中国衛生省は、父子の密接な接触による特殊なケースだとしています。鳥インフルエンザウイルスが人から人に感染するように変異するという、世界中が恐れる「新型インフルエンザ」の発生は否定しました。衛生省は当初「人から人」ではないと主張していました。父子感染を認めたのは感染が確認されてから1ヶ月も経った2008年1月10日のことです。

 中国は、今回感染事例について、「ウイルスの遺伝子の変異なはい」と発表しています。しかし、感染した息子の感染源は明らかにされないままです。中国政府によれば2003年からこれまで30例の鳥インフルエンザ感染が確認され、うち20人が死亡していますが、人から人への感染は初めてとされています。
 中国衛生省はウイルスに新型インフルエンザへの変異は見られず、事態はコントロールされていると繰り返し強調されています。また、中国衛生省は新型インフルエンザウイルスが発生しても、感染地域の封鎖や検疫の強化、企業の稼動停止などの措置を取ることにより、大流行にも対応できると主張しています。
 このように、中国政府は対策が万全であることを強調していますが、南京での事例が発生して以降、従来の対策でパンデミックを阻止できないのではないかとの見方もでてきています。

 <二次感染の恐れは本当にないのか?>

 中国では今年に入って、H5N1型ウイルスが原因と見られる死亡例が3件発生しています。1件目は湖南省永州市に住む22歳の男性です。1月16日に発症し、1月23日に入院、1月24日に死亡しています。2件目は広西チワン族自治区南寧市に住む41歳の男性です。2月12日に発症し、2月20日に死亡しています。3件目は広東省汕尾市に住む44歳の女性です。2月16日に発症し、2月22日に入院、2月25日に死亡したということです。
 最初の2件については日本では報道されていませんが、3件目の事例については、2月26日付の日本経済新聞14面に「鳥インフルエンザで女性死亡」という見出しで記事が掲載されています。これで死者数は20人目。

 一体、どのような経緯があったのでしょうか。このニュースについて、先述の牧野氏が詳細を話してくれました。
 亡くなった女性は四川省出身の出稼ぎ労働者で張さんといいます。地方から出稼ぎに来ている工員6~12人くらいと一緒に工場の宿舎に住んでいました。2月16日に発熱、咳、痰、肺炎などの症状を訴えました。周りの人たちが懸命に看病してくれたようです。張さんは健康保険がなかったようで、40度C以上の高熱が続いたにも関わらず病院に行けません。欠勤が続き、容態も悪化する一方なので、会社が費用を負担して地元の診療所で受診しましたが好転しませんでした。22日午前に?彭湃記念病院に転院。市衛生局は「原因不明の肺炎」と診断したようです。

 省衛生庁は報告を受けた当日、二度にわたり専門家を派遣し、現地の医療スタッフと共に全力で治療に当たらせたようです。しかし、病状は重く治療の甲斐なく24日に9時25分に亡くなりました。わずか8日間でウイルスが体中に広がって亡くなったのです。
 中国当局はこの症例を含めこれまで発生したすべての症例について、いずれも二次感染の恐れはないと発表しています。しかし、牧野氏によれば新型インフルエンザの潜伏期間はだいたい3~4日で、その間は発熱したりしないので感染したのかどうか判別できないのだといいます。したがって、本人がまだ感染したことを気付かないうちにウイルスを撒き散らしてしまうということがあり得ます。死亡した人以外に感染者が発生しているかもしれませんが、発表されていないため本当のところは分からないというのが現状です。

○(17)<SARS騒動の教訓>

 中国はSARS流行の際に、北京市内での発生患者数を減らして報告したという大きな過ちを犯しました。SARSはSARSコロナウイルスを病原体とする新しい感染症です。このSARSは2002年11月中国広東省仏山市で第1号の患者が確認されたのを皮切りに、終息宣言される2003年7月まで29の国と地域で猛威をふるい、その合計死亡例は775例にのぼっています。

 被害が最も深刻だったのは、広東省と北京市です。北京市における感染拡大は、天災というよりもむしろ人災であったといってよいでしょう。北京市政府による初めての発表は2003年3月末に行なわれ、その内容は「感染者8人、死亡者3人、拡散していない」というものでした。しかし3月1日、後に院内感染から北京中にSARSを蔓延させる原因となった重症患者が山西省から北京市内の病院に移送されています。おそらく、市政府の発表があった時点で実際は院内感染により被害が拡大し、発表した内容よりも深刻な事態に陥っていたのではないかと推測されます。

 2003年4月20日、これまでの過少申告を大幅に修正する記者会見が行なわれ、それと同時に衛生部長(日本で言えば厚労大臣に相当)と北京市長が更迭され、代わって副首相が直接指揮を執り、SARS封じ込め作戦が展開されます。
 この日を境に、SARS対策に本腰が入れられるようになったとはいえ、市政府による情報隠蔽疑惑と増加の一途を辿る患者数が中国および全世界の人々恐怖に陥れました。

 この中国発のSARS騒動は、香港経由で全世界に広がりました。WHOによれば、中国や香港の他、カナダ、台湾、シンガポールなどで、SARSの感染者が多数発生したと報告されています。SARSウイルスは幸いにも感染力が弱かったために、パンデミックには至らずにすみました。感染者数は全世界で約8069人、775人の死者を出しましたが、予想される新型インフルエンザに比べれば、被害はずっと小さかったといえるでしょう。
 SARS騒動によって、中国は国際社会から信頼を失いました。中国政府はSARSでの失敗を教訓に、今回の新型インフルエンザについては「これは大変な問題だ。隠し通せるものではない」という認識をしているようです。

 前出の牧野氏(国際感染症医療要員養成センター会長・牧野長生氏)によると、中国政府は公にしていませんが、パンデミックの発生に備え、「国家一級備戦備蓄管理体制」を敷いているという情報があります。これはどういうことかというと、アメリカやロシアといった超大国との戦争に備え兵力を増強し、食糧備蓄を強化するなどして備える体制を敷くことです。3年分の食糧の備蓄に加え、2~3億枚という膨大な量のマスクを備蓄しているといいます。
 いずれにせよ、中国は新型インフルエンザによるパンデミックが起きたら、全力を挙げて制圧しなければならないということをSARSの失敗から学んだわけです。

○(18)<医療も年金もない農民たち>

 それでは、中国発パンデミックは起きないのでしょうか。残念ながら、国家レベルで新型インフルエンザの封じ込めに取り組んだとしても、中国にはパンデミックが起きる可能性のある、いくつかの構造的な要因があると牧野氏は指摘します。
 その一つ目の要因は、都市部と農村部とのあらゆる点での格差です。中国ではこの数年、各地で暴動・騒乱などが頻発しており、深刻な社会不安を引き起こしています。その背景にあるのが所得格差の拡大や社会保障制度の格差です。
 都市部に住むサラリーマンや公務員に対する医療、年金などの社会保障制度はおおむね整備されています。一方、地方に住む農民に対してはほとんど行き届いていないというのが現状です。

 中国における地方の農民の置かれている状態は深刻です。都市部に住む人たちの中には年収数億円といった富裕層がいる一方、地方の農民の中には年収数千円で食べていくのがやっとといった人たちがいます。最近は開発ブームにより、生活の糧である農地まで奪われてしまった農民が多く発生しています。しかも、農村には医療や年金といった社会保障制度はほとんどありません。いま、農村では病気になってもお金がないため、医者に診てもらえないという深刻な問題が表面化しています。

 なぜこんなことになってしまったのでしょうか。かつて、計画経済下の農村には「合作医療」と呼ばれる互助制度がありました。村人たちが毎年一定額を出し合って、病気になった時に治療費を賄うというものです。簡単な治療は「裸足の医者」と呼ばれる、短期の研修を受けた農民が担っていました。しかし、1980年代に農村で人民公社が解体されると合作医療も崩壊し、医療費は全額自己負担という過酷な時代に突入したのです。

 近年、経済発展に伴って医療費は高騰し続けているのにも関わらず、農民の所得の増加率は低いため、ますます満足な治療が受けられないという状況になってきています。家族の中に一人病人が出れば、一家全体が借金を抱え、その返済にあえぐことは農村では日常茶飯事なのです。
 余談になりますが、牧野氏によると中国では特に地方においてすさまじいばかりの環境破壊が進行しているといいます。中国の経済発展優先政策は、かつての日本をはるかに上回る規模と速度で進んでおり、その分代償も大きいのです。
 ・・・・・

 さらに、水質汚染も深刻です。特に、中国中部を東西に流れる「淮河(わいが)」は惨憺たる状況になっています。地元の漁民でさえ、「淮河で捕った魚を食べる勇気はない」と敬遠するほど汚染されているといいます。
 ・・・・・

 このように、公害や環境に対する中国政府の取り組みは依然として進まず、地方の農民たちは取り残されています。悲惨な状況から何とか抜け出したいという農民たちが毎年1000万人単位で農村から都市へ流入しているのです。
 話を戻しましょう。すでに見たように、中国では特に農村部に関しては医療制度がほとんど整備されていないのが現状です。ただし、現在でも政府が指定した一定の金額以下の薬については無料で国民に提供されています。したがって、通常の病気に罹った場合は、政府からもらう薬で治せばよいわけです。
 ところが、新型インフルエンザはそういった薬で簡単に治せるものではありません。タミフルを処方し、症状がひどい場合は人工呼吸器が必要になるなど、特別な対策をすることが必要となります。
 ・・・・・
 SARS騒動の際も、ひどい症状に耐えかねて病院に駆け込んだ(運ばれた)貧しい人々が、治療にかかる高額な医療費を思って病院を脱走する事例が相次ぎました。SARSから命が助かっても、高額な借金をかかえては生きていけないと思ったのです。それらの人々は、結果的に感染を広めることになりました。
 新型インフルエンザが流行した場合もSARSのときと同様、経済的な理由から医者に行かない、あるいは行けない人が続出することが考えられます。

○(19)<恐るべき感染スピード>

 また、別の要因として新型インフルエンザの感染スピードが今までの感染症に比べて比較にならないくらい速いため、患者が発生後に感染拡大を防ぐのが極めて難しいということもあげられます。SARSは「飛まつ感染」がメインでした。飛まつ感染とは感染者の咳やくしゃみで排出された唾液などの飛まつを吸い込むことで起きる感染のことです。
 インフルエンザの場合は飛まつ感染に加え、飛まつよりも小さな粒子を吸い込んで起きる「飛まつ核感染」や空気感染などによっても感染します。
 飛まつ核感染の場合はホコリなどとともに空気中に数時間浮遊し、空気とともに移動します。また、鼻と口を手で抑えてくしゃみをした人がつり革につかまると、飛まつが乾燥して飛まつ核となり、インフルエンザウイルスが手につき、接触感染することもあります。
 2007年2月24日付読売新聞夕刊によると、国立感染症研究所の大日康史主任研究官らは新型インフルエンザウイルスの感染スピードについて、次のように発表しています。

 ・・・・・・人口密集地の首都圏で新型インフルエンザが発生した場合、最初の患者の診断が推定した時には、感染者は首都圏全域で約3000人にも広がっている可能性があることが、国立感染症研究所の試算でわかった。大都市圏での感染の早期封じ込めが、極めて困難なことが裏付けられた。
 大日康史(おおくさやすし)・同研究所主任研究官らは、首都圏在住者88万人の移動パターンを調べた東京都市圏交通計画協議会のデータを使い、新型インフルエンザの感染拡大の様子をコンピューターで試算した。

 アジアかぜ(1957年)や香港かぜ(68年)など、過去の新型インフルエンザの潜伏期間は1~3日。そこで、東京・八王子市の会社員が新型インフルエンザが流行している海外で感染し、その潜伏期間中の3日目に帰国したと想定。翌日の4日目には発熱症状が出始めたが、東京駅周辺の会社に通勤し、5日目に会社で倒れるまで2日間、電車や会社、家庭などで感染を広げる最悪のケースを考えた。
 会社員の1メートル以内に近づいた人は感染するとして試算した結果、感染者は4日目に30人、5日目には154人。会社員から採取したウイルスが、検査で新型インフルエンザウイルスと確認された7日目には、3032人まで膨れあがった。

 厚生労働大臣が先月示した新型インフルエンザ対策指針案では、発生初期は限定的に指定した医療機関に可能な限り患者を収容して、感染拡大を抑え込む方針だが、今回のケースでは、それだけではとても間に合いそうもない。
 新型インフルエンザが海外で流行した場合、通常、その地域への渡航自粛が呼びかけられ、帰国時の検疫も強化される。症状があれば隔離されたり、自宅待機を勧められる。

 今回の試算は考えられる最悪のシナリオを想定したが、大日主任研究官は「もし大都市圏で患者が発生したら、早期に大流行に対応する体制をとり、広範囲に自宅待機や休校などの対策を実施するべきだ」と指摘する。
 今後、電車通勤が少ない地方都市でのケースも試算する方針だ。
 <読売新聞2007年2月24日>

 この記事によれば、1人の新型インフルエンザ患者が発生した場合、わずか1週間で3000人もの潜伏感染者が発生するというのです。電車、バス、飛行機、映画館、デパート、病院など人が集まっているところではどこでも同じことが起きる可能性があります。
 前出の記事は東京で第一号患者が発生した場合のシュミレーションですが、13億人という、日本の10倍強の人口を有する中国で患者が発生したと考えるてみてください。いくら国が懸命に封じ込めをしたとしても、これだけの人口がいては難しいと考えられます。したがって、もし中国で新型インフルエンザが発生した場合、どれだけ被害を少なくするかというアプローチを取らざるを得ないのです。
 感染症に国境はありません。私たち一人ひとりが危機意識を持つことが何より大切です。中国でのパンデミック発生は避けられないという認識を持った上で情報収集をするとともに、食糧、生活必需品を備蓄することはもちろん、対策マニュアルを作成するなど具体的な対策を行なって、万全の備えをしていただければと思います。

 <藤森注・・・・・2008年11月21日、NHK首都圏ネットワークで、東京都の「新型インフルエンザ対策」を放映しましたが、その放送の中で、アメリカのフィラデルフィアは、最初の死亡者から2週間後に措置をとったために、短期間に死者が急増し、10万人あたりの死亡者は約1万4千人。
 これに対して、アメリカのセントルイスは最初の死者が出た直後から、多くの人が集まる学校や映画館などを閉鎖し、集会も禁止した。その結果、全米の大都市でもっとも低い死亡率で、10万人あたりの死亡者は約3千人。フィラデルフィアの約5分の1です>

○(20)<国家プロジェクトとして取り組む必要性>

 <いつ起きてもおかしくない新型インフルエンザの爆発的感染>

 1997年に香港で最初の人への感染が確認されて以来、H5N1型鳥インフルエンザは東南アジアを中心に世界中に広まっています。WHO(世界保健機関)によると、2008年5月28日までに世界中で累計383人が感染し、うち241人が死亡したといいます。致死率は63%にものぼります。H5N1型ウイルスの人間への感染力はいまのところ弱いわけですが、毒性が非常に強いため感染後の死亡率は高くなるのです。また、発展途上国などでの感染者は把握されていない例も多く、実際の数はこの統計をはるかに上回るのは間違いないと考えられます。
 新型インフルエンザが世界的に大流行すると、最悪の場合、1億5000万人もの死者が出ると国連は試算しています。

 時間的余裕もありません。現在の鳥インフルエンザウイルスが変異して、人から人へと感染する特性を獲得すれば、パンデミックは確実に起きます。第一次世界大戦中に流行したスペイン風邪の場合、世界中に感染が拡大するまで7~11ヶ月かかりましたが、現在は当時よりもはるかに交通網が発達し、世界人口が増えた上に人口密集地も拡大しています。そのため、発生からわずか1週間ほどで世界中に感染が広がる可能性が指摘されています。新型ウイルスの出現、そしてパンデミックは「本当に発生するか」ではなく、「いつ起きるか」という問題なのです。

 <藤森注・・・・・1918年の「スペイン風邪」の時と、今回の「新型インフルエンザ」とを簡単に比較してみます。「スペイン風邪」のときは、公称4000万人が死亡となっていますが、①中国やヨーロッパ戦線での死亡者が正確にわかっていない分を加味すると、一説には8000万人、或いは最大1億人とも言われています。
②「スペイン風邪」の当時は、地球の総人口は約20億人、現在は約60億人で、わずか3分の1です。また、③交通網の発達の度合いも(?)分の1です。交通網が発達していると、短期間の内に、多数の人が感染する確率が高くなります。満員電車の中で1人感染者がいれば、一度に多数の人に感染させる可能性が高くなりますし、あっという間に外国にも感染者が広がります。「スペイン風邪」の時は、ライト兄弟が1903年に動力で世界初の飛行に成功して、わずか15年後のことです。④さらに
「スペイン風邪は弱毒性」ですが、「新型インフルエンザは強毒性」です。これらを総合して単純計算すると、国連の最悪の試算はかなり現実的になってしまいます。というより、さらに厳しい数字になりかねません>

 WHOは新型インフルエンザの発生により起きる世界的規模の健康被害、社会的被害を最小限にするために、2005年に「世界インフルエンザ事前対策計画」を公表しました。この計画において、WHOは新型インフルエンザ発生前からパンデミックがピークを迎えるまでを「フェーズ1」から「フェーズ6」までの6段階に分類し、それぞれのフェーズでの対策計画を打ち出しています。そして、これをもとに各国に対策計画の策定を求めています。

 現在は「フェーズ3」。感染した鳥に直接接触した場合に感染するおそれがあります。基本的に人から人への感染はありませんが、限定的ながら感染者を看病した家族など密接な接触者への感染が見られるという状況です。ただし、現在はフェーズ3とはいっても、フェーズ4に極めて近い段階にあるという指摘もあります。簡単に言えば、フェーズ3では鳥から人にまれに感染する段階ですが、フェーズ4になるとウイルスが変異し、人から人へと感染しやすくなります。つまり、「新型インフルエンザ」の発生です。

 欧米の主要国を中心に各国では、感染、発症の情報を収集、分析し、緊急時の対策を練っています。国家レベルのパンデミック対策としてまず考えられるのが、封じ込めによって新型ウイルスの侵入そのもを阻止することです。封じ込めができればそれが理想ですし、重要な対策であることは間違いありませんが、世界各国で鳥がインフルエンザウイルスにより大量死していることからもわかるように、鳥の間ではすでに感染が広がっています。人から人へと感染するウイルスが本格的に出現した場合、交通網が発達し人の移動が活発な現代では封じ込めは容易なことではありません。

 <藤森注・・・・・封じ込めは不可能であるという専門家もいます。おそらく、これが事実であろうと思われます。何故ならば、交通網が発達していることなどを総合的に考えるならば、防ぎようがないのが現実であろうと思われます。封じ込めは不可能でも、少しでも感染の広がりを遅らせることで、対策をより効果的にすることだと思います。これを念頭に自衛することではないでしょうか!!(19)<恐るべき感染スピード>をご参照ください>

 そこで封じ込めに失敗した場合、被害を最小限に抑える努力が重要になってきます。具体的には、ワクチンや抗インフルエンザ薬などの使用、外出や行動の制限などが考えられます。

 1つは・・・・・H5N1型ウイルスから作った「プレパンデミック・ワクチン」の作製です。プレパンデミック・ワクチンは、パンデミック(感染大爆発)が起きる前に鳥から人に感染した患者、または鳥から分離されたウイルス、つまりH5N1型ウイルスをもとに製造されるワクチンです。新型ウイルスワクチンではありませんが、同じH5N1型であれば基礎免疫をつけることができるので、ある程度の予防効果が期待できます。

 2つは・・・・・実際に感染してしまった場合に使う抗インフルエンザ薬の備蓄です。代表的なものに「タミフル」という経口剤と「リレンザ」という吸入剤があります。これらの抗インフルエンザ薬は決して特効薬ではありません。新型インフルエンザにどの程度の効果があるかどうかも未知数ですが、体内におけるウイルス増殖量を減らし感染拡大を抑制する一定の効果が期待されています。
 たとえば、タミフルは発症後48時間以内に服用すると重症化を抑えるといわれます。また、事前に服用することによりインフルエンザの発症を予防する効果も期待されます。WHOは、各国に対して全国民の25%以上のタミフルを備蓄することを推奨しています。

 3つは・・・・・「パンデミック・ワクチン」の作製です。これは新型インフルエンザウイルスをもとに作る新たなワクチンです。それだけに高い効果が期待されますが、最大の欠点は新型インフルエンザが発生してからでなければ作れないことです。つまり、事前に備蓄しておくことができないのです。新型ワクチンの作製には発生から少なくとも半年かかるといわれます。
 さらに、電気、ガス、水道などのライフラインの維持をはじめとして社会の機能をどのようにして維持していくかも重要な課題です。

 <藤森注・・・・・新たに作るワクチンは、5か月を要するようです。そして、我々が利用できるまでに、もう1ヶ月、そしてワクチンの効果が発揮するまでにもう1ヶ月、最短で合計7ヶ月です。また、ライフラインですが、私のところは「都市ガス」ではないので、会社に問い合わせたところ、私の持っている情報よりはるかに少なかったので、私が持っている全資料を営業所長経由で社長に届けてもらいました。ライフラインがオーケーか否かは、備蓄に大きな違いがあります>

○(21)<各国の被害想定内容とその対策>

 <日本・・・ワクチンの絶対的不足と危機管理体制の欠如>

 日本では2005年に厚生労働省が「新型インフルエンザ対策行動計画」を策定し、対策に乗り出しました。厚生労働省は、全人口の25%に相当する3200万人が感染し、そのうち最大で2500万人が医療機関を受診し、53万人から200万人が入院、17万人から最大で64万人が死亡すると想定しています。
 ただ、この想定は甘いという指摘があります。この死者数はスペイン風邪と同じ2%の致死率をもとに想定されていますが、スペイン風邪は弱毒性のウイルスです。その弱毒性のインフルエンザでさえ、日本国内だけで約38人が死亡しました。それに対して、いま心配されている新型インフルエンザウイルスは強毒性のため、致死率が高くなります。現在の鳥インフルエンザによる致死率は60%を超えています。感染が拡大し、致死率が多少下がったとしても死者は64万人をはるかに上回る可能性が高いのです。実際、オーストラリアのあるシンクタンクでは日本における死者数を210万人と試算しています。厚生労働省の試算の3倍以上の犠牲者です。

 <藤森注・・・・・単純計算してみても、人口は約3倍、交通網は発達し、弱毒性から強毒性です。単純に人口が3倍増えていることを考えてみても、スペイン風邪の犠牲者38万人の3倍とすれば、114万人になります。オーストラリアのシンクタンクの210万人が多すぎるというほどではないように思えます。一説によりますと、政府が発表している関東大震災の被害状況も、現実にかなり低く見積もられているといわれています。「新型インフルエンザ」についても同様のことが言えるのではないでしょうか?大本営発表でしょう?恐怖心をあおるのではなく、事実を正しく把握しておくことが大事です。大震災の場合も同様です。できることから自衛すべきでしょう!>

 日本の具体的な対策は、プレパンデミック・ワクチンについては2000万人分を備蓄。中国、ベトナム、インドネシアで採取された3つのタイプのウイルスをもとに製造しているといいます。そのため、これらのタイプ以外から新型インフルエンザが発生した場合には、効果はあまり期待できません。
 しかも保存期間が約1年と短いため、3年間保存できる原液の状態で備蓄されています。ところがあ、原液のままだと接種できる状態にするのに約1ヶ月半もかかってしまうというのです。
さらに、新型インフルエンザ発生時の接種体制も確立されていません。プレパンデミック・ワクチンはボトルに分けて保管されているといいます。いざ接種する段になると、これらを小分けにして詰め直し、接種する医師のもとに届けなければなりません。これには1ヶ月から1ヶ月半かかるといわれ、発生から1週間ほどで世界中に感染が広がるろいわれるパンデミックにはまったく間に合いません。

 <藤森注・・・・・タミフルやリレンザの備蓄はかなり不足していますが、福田前総理大臣のときに、全国民の半数を備蓄することを了承したという話も聞いていますので、このあたりはかなり流動的ではないかと思われます>

 2008年4月には、「新型インフルエンザ対策法」が成立しました。この法律を根拠に、海外からのウイルス流入を防ぐ水際対策案が立てられました。
 ・・・・・・・・
 しかし、国立感染症研究所の研究者で、新型インフルエンザに関する著書も多い岡田晴恵氏は、このような水際対策により、ウイルスの侵入そのものを防ぐことは難しいとその著書で指摘しています。

 ・・・・・SARSの場合は、高熱などが出て発症してから、対外にウイルスを排出して、他者への感染源となります。ですから空港などの検疫で、まず熱のある人をスクリーニングすることで、感染した人、病気の人を国外に出さない、入国してもそこで隔離し、ウイルス感染の拡大を阻止することが可能でした。けれども新型インフルエンザでは、感染し発病するまでの潜伏期間である発病1日前からウイルスを体外に出すのです。
ですから本人が新型インフルエンザにかかったという自覚症状がないまま、自分でも気が付かないうちに、咳やくしゃみなどで、周辺に新型インフルエンザウイルスをまき散らしてしまう可能性が高いのです。そして、その時点では検疫で、見つけ出すことは不可能に近いのです。検疫官の前を潜伏期の患者さんは、いとも簡単にすり抜けて行くでしょう。
そのため感染の疑いのある人の出入国を検疫という水際でくい止めるのはとても難しいことであり、ひとたび
海外で発生したら、日本へのウイルスの侵入を防ぐことは、ほとんど不可能だと言っても過言ではないのが現実です。
<『H5N1型ウイルス襲来』岡田晴恵著、角川SSC新書>

 パンデミック発生時の医療体制もまったく不十分です。<略>
また、新型インフルエンザウイルスに感染すると、肺炎を起こし呼吸困難に陥る患者が増えると考えられています。ところが、肝心の人工呼吸器は大きな病院であっても数台しかないケースが多く、その多くが使用中だといいます。パンデミックにはまったく足りません。<略>

 医療体制以外にも、電気、ガス、水道などのライフラインや物流をどう確保していくかという問題もあります。さらには治安の維持、遺体の処理からゴミの収集にいたるまで事前にしておくべき課題は山積しています。
 現時点(藤森注:この本の出版は、2008年7月8日)では、具体策についてほとんど決まっていない日本の新型インフルエンザ対策は、非常に遅れていると言わざるをえません。政府の対策がこのような状況ですから、各企業や家庭における対策がより重要になってくるわけですが、何かしらの対策を取っている企業や家庭はほんの一部というのが実情のようです。

○(22)<アメリカ、パンデミック・ワクチンの早急な製造と対策>

 アメリカは2005年には、新型インフルエンザ危機を「バイオテロや核の脅威よりも上位」とみて、その準備対応策を国家戦略の「重要政策」と位置づけました。つまり、アメリカはパンデミックを安全保障の課題と認識しているのです。<略>

 では、アメリカの具体的な対策を見ていきましょう。
 プレパンデミック・ワクチンについてはすでに2800万人分の備蓄が完了。また、タミフルについては8100万人分の備蓄を目標としています。
 また、パンデミック・ワクチンを新型インフルエンザ対策の大きな柱と位置づけ、全国民3億人分のワクチンを発生から半年で製造できるよう体制を整備しています。製造期間を少しでも短縮できるよう、ワクチン製造メーカーにも資金援助を行なっています。新型インフルエンザの流行は、感染するか、あるいはワクチンを打つかして、ほとんどの国民が免疫を獲得するまで終息することはないのです。
 <略>
 2008年1月に放送されたNHKスペシャル「シリーズ最強ウイルス」では・・・<略>・・・
 当初、アメリカ政府は、ワクチン製造者、医療関係者に加え、65歳以上の病気の高齢者を優先する案を発表しました。この政府案に対し、「高齢者より子供を優先すべきだ」という議論が国民の間で巻き起こります。2007年、政府はこれを受け、新たな案を発表しました。6~35ヶ月の乳幼児、3~18歳の子供や若者を高齢者よりも優先することにしたのです。
 命の優先順位をつけるというのは非常につらいことですし、本人や家族にも納得してもらわなければなりません。そのような議論は、新型インフルエンザが発生してからではできるものではありません。コトが起きる前に、あらかじめ議論しておくべきことなのです。
 病院の準備についても番組の中で取り上げられていました。患者の緊急増加にも対応できるように、病院に簡易ベッドを準備したり、人工呼吸器の備蓄などが行なわれています。そして、パンデミックが発生すると、病院の診療体制は非常モードに切り替えられます。一人の患者を丁寧に診るのではなく、より多くの人の命を救うという考え方です。医師も多数感染し、医師不足が予想されるため、緊急性のない手術はすべて中止されます。さらに、眼科、皮膚科、歯科など専門外の医師にも診療に当たらせる準備も進められています。
 病院での治療においても、ワクチン接種と同様、命の優先順位が考慮されます。すでに述べたように、パンデミックが起きると、重度の肺炎により呼吸困難に陥る患者が増えるため、人工呼吸器の不足が心配されます。
 ・・・足りなくなった場合は、例えばニューヨーク州であれば、ニューヨーク州知事が非常事態宣言を出し、助かる見込みのない患者から本人、家族の同意なしに人工呼吸器を外し、それを他の生存の見込みのある患者に回すというのです。
 パンデミックが発生すると、国民がパニックに陥る可能性があります。パニックを防ぐためには、事前に国民に対して正しい情報を提供し、説明と議論を徹底する必要があります。パンデミックの被害を最小化するためには、国民の理解と協力が不可欠となるのです。
 アメリカでは、不要不急の外出を中止するのは当然として、通勤、通学、買出しなど日常生活に必要な外出にも規制を加える計画です。つまり、原則として国民に自宅籠城を求めるわけです。そのために政府は、数年前から家庭における食糧備蓄や、企業における事業継続計画の策定などの対策を促してきました。

 <藤森注・・・・・上記の「65歳以上の病気の高齢者を優先する案」は、政府の心理的な対応で、一般国民の意識の高まりを予測した高度な対応だと推測します>

○(23)<スイス、プレパンデミック・ワクチンによる予防>

 スイスは世界的にも早い段階から新型インフルエンザ対策を実施している代表的な国で、一つのモデル国といえます。
 国家新型インフルエンザ準備計画に基づき、国民全員分のプレパンデミック・ワクチンの準備を完了し、軍が管理・保管しています。人から人への感染が増え始めるフェーズ4(現在はフェーズ3)になった段階で、その備蓄したワクチンんの接種を始めるといいます。パンデミックになる前に全国民に対して予防接種をすることにより感染者を大幅に減らし、流行の波を平坦化するのです。こうして時間を稼ぎ、その間にパンデミック・ワクチンの製造を急ぐという計画です。ワクチンの備蓄が減少した際の製造・補充体制も整備されています。
 また、タミフルについても国民全員分の備蓄を行い、発症した場合に備えています。
 国がこのような対策をとる一方、国民に対しても対策を促します。その一つとして、スイスでは一人につきマスクを50個備蓄しておくことを勧めています。1パック50個入りのマスクがスーパーなどで5スイスフラン(約500円)程度で販売されているといいます。パンデミック時に国民がパニックに陥らないようにするための対策だといいます。そもそも、ひとたびパンデミックによるパニックが起きれば、マスクを入手することはまず不可能と考えるべきでしょう。

○(24)<危機意識の乏しい日本>

 アメリカとスイスのワクチンに対する考え方はある意味で対照的といえます。アメリカはパンデミック・ワクチンを重視し、スイスではプレパンデミック・ワクチンを重視しているのがわかります。各国の対策についても、アメリカ式の対策を採る国とスイス式の対策を採る国とに分かれます。
 プレパンデミック・ワクチンについては、スイスに続きフィンランド、イギリスなどでも国民全員分の備蓄、接種に向けて動いています。また、タミフルについてはスイスの他、ニュージーランドなどでも国民全員分の備蓄が行なわれています。
 また、カナダはプレパンデミック・ワクチンの備蓄目標はありませんが、人口の半分に相当する1600万人分のタミフルの備蓄を目標としています。特筆すべきは、4ヶ月以内に国民全員にパンデミック・ワクチンを接種する体制をめざしていることです。カナダは、パンデミック・ワクチンを重視するアメリカ式の対策を志向しているといえるでしょう。

 翻って日本はどうでしょう。確かに対策の指針や計画といった面ではそれなりに進められてはいますが、内容的に具体性を欠きます。欧米など海外の国々が「国家の安全保障」として取り組んでいるのに比べ、日本の取り組みには切迫感が感じられないのです。
 その最大の原因は、この国の危機管理の欠如にあると考えられます。日本と欧米では危機管理に対する認識が異なります。日本では「何も起こらない」ことが前提になっているのに対し、欧米では「ありえないことが起こる」ことが前提になっているのです。

 アメリカには“ファースト・アライバルの法則”というものがあります。非常時には、最初に現場に到着した人が責任者になる。ヒラであっても、最初の権限を握って式をとるのです。その後、エラい人が来れば、次々と権限を委譲していきます。
 ところが、日本人は何もしないで組織上の責任者の到着を待ちます。犬がご主人様の帰りを待つがごとくひたすら待ち続けるのです。つまり、物事を決められない。誰一人、責任を一身に引き受けて決断を下し、指揮命令を買って出ようとはしないのです。
 危機意識が乏しいのは政府に限ったことではなく、私たち国民についてもいえることです。国が頼りにならないのであればなおさら、私たち一人ひとりが十分な危機意識を持って備えなければなりません。パンデミックが起きてからでは間に合わないのです。

○(25)<新型インフルエンザの基礎知識>

 <正しい知識こそ最大の防御策>

 繰り返しになりますが、新型インフルエンザは、いつ発生してもおかしくない段階に入ったと言われています。特に現在流行しているH5N1型鳥インフルエンザは、「高病原性鳥インフルエンザ」の一種で、このウイルスが変異して人間への感染能力を獲得した場合、相当な社会的混乱が予想されます。
これまで人類は、新たな感染症が登場し、蔓延してから初めて対策に乗り出していました。感染症から常に先制攻撃を受けていたようなものです。しかし新型インフルエンザに対しては、事前に発生を予測して、世界規模の迎撃体制を整えようとしているのです。いわば歴史上初、「人類とウイルスの全面戦争」の火蓋を切ろうとしているのです。

 そうした状況の中、行政や自治体に任せきり、頼りきりで、私たちは生きていけるのでしょうか?新型インフルエンザ対策は、私たち一人ひとりの命に関わる問題です。ワクチン製造や検疫体制の整備なども大切ですが、個人でもできる限り新型インフルエンザの発生に備えなくてはならないのです。
 個人レベルでの新型インフルエンザ対策で最も重要なポイントは、「正しい知識」を身につけることです。必要以上に恐れてパニックに陥るのを避けること、無知による不用意な行動でリスクを上げないようにすることが、最大の感染予防策なのです。

 新型インフルエンザについては、最近注目度が高まっており、様々なメディアで報道もされています。しかし断片的な情報ばかりを集めても、全体像はなかなかつかめません。基本的な知識を身につけてこそ、情報の本当の価値が見えてくるものです。

○(26)<新型インフルエンザはどこから来るのか>

 ニュースなどで、大量のニワトリを処分する場面を見かけたことはないでしょうか。私がテレビで目にしたのは、マスク、ゴーグル、防護服に身を包んだ物々しい姿で、何万羽ものニワトリを大きな穴に埋めていました。「なにもあそこまでしなくても」「ニワトリがかわいそう」「もったいない」などという声も聞こえてきそうです。
 しかし実は、あの場面こそ「人類VSウイルス」の最前線なのです。この最前線をウイルスに突破された時、新型インフルエンザ・パンデミックが世界中を襲い、人類が未曾有の危機にさらされる可能性が高まるのです。

 「すべてのインフルエンザはもともと、鳥インフルエンザだった」と聞いて、驚かれる方が多いかもしれません。実は新型インフルエンザだけでなく、毎年冬になると流行する普通のインフルエンザも、すべてもともとは鳥インフルエンザウイルスが進化して、人類に広がったものだということが、研究によって明らかになっています。
 東京大学医科学研究所感染症国際研究センター長の河岡義裕教授著『インフルエンザ危機(クライシス)』(集英社新書)によると、かつて人や鳥、豚や馬などの動物もインフルエンザにかかることは知られていましたが、それぞれのウイルスは別種だと考えられていたそうです。ところが1970年代になって、世界規模の流行となった香港風邪とアジア風邪のウイルスには鳥インフルエンザが関与していること、ニワトリのインフルエンザウイルスは野生のカモや白鳥から感染することが発見されたのだそうです。

 インフルエンザウイルスの本来の宿主であるカモは感染しても発症しませんが、ニワトリなど他の動物はウイルスが伝染すると発症します。カモは渡り鳥ですから、一度感染すると世界中を飛び回ってウイルスを撒き散らしてしまうことになります。すべての渡り鳥の飛来を止めることなどできませんから、インフルエンザウイルスの伝播を防ぐのも極めて難しいのです。

 このインフルエンザウイルスとは、一体どういうものなのでしょうか。その特徴について、もう少し詳しく見てみましょう。まず、細菌とウイルスの違いについて、『ウイルスの時代がやってくる』(菅原明子著、第二海援隊)を教科書代わりにして解説します。
 私たちの身体はおよそ60兆個の細胞からできていますが、細菌とはこの細胞1個で成立する単細胞の生物です。わずか数ミクロン(1000分の1ミリ)ですが1個の細胞でも生物として機能を備えているので、栄養や空気を吸収してエネルギーを生み出し、細胞分裂によって子孫を増やすことができます。

 一方で、ウイルスというのは、遺伝子があり、それを頑丈なタンパク質の殻が包み込んでいるだけ生命体です。生物かどうかもはっきりしておらず、生物と化学物資の中間のような存在なのです。その大きさも、細菌の十数分の一から数十分の一で、ナノメートル(100万分の1)の単位になります。また細菌と違って、ウイルスは生命維持機能をまったく持っていません。そのため子孫を増やすために、他の細胞の生命活動そのものを乗っ取って、自分の遺伝子を再生産するのです。

 もう一つ、ウイルスには大きな特徴があります。それは「突然変異しやすい」性質を持つことです。中でも特にインフルエンザウイルス遺伝子は、突然変異を起こしやすいのです。インフルエンザウイルスの遺伝子は、DNA(デオキシリボ核酸)ではなく、RNA(リボ核酸)です。RNAはDNAよりも、コピーエラーを起こしたり、遺伝子組み換えが起きやすい特徴があります。
 インフルエンザウイルスは人の1000倍の確率で突然変異を起こし、さらに1個のウイルスが1日で100万倍にまで増殖します。その結果、極めて短期間に様々な遺伝子配列を持ったウイルスが誕生するのです。突然変異の結果、たまたま増殖力が強かったり感染力が強いウイルスが誕生したとします。するとその新しいウイルスは、爆発的に広がります。さらにそのウイルスをベースに、再び次々と遺伝子変異を起こしてどんどん進化するのです。

 このように次々と進化するインフルエンザウイルスは、いくつもの型に分類されています。やや専門的になりますが、『新型インフルエンザ』には以下のように記されています。

 ・・・・・インフルエンザウイルスには、内部蛋白の違いによりA型、B型、C型の三種類のウイルスが存在する。この違いをタイプ(型)という。感染した後の症状の重篤性で見てみると、C型は軽い風邪症状を、B型は季節性のインフルエンザを起こす。季節性の流行も起こすが、周期的に世界的大流行も起こすという意味で問題となるのはA型インフルエンザウイルスである。(中略)
 A型インフルエンザウイルスは、ウイルス表面にHA(ヘマグルチニン)とNA(ノイラミニダーゼ)と呼ばれる2つの蛋白を有している。ともにウイルスの抗原性を規定する蛋白として知られている。A型インフルエンザウイルスは、HAにH1-H16の16種類のサブタイプ(亜型)を、NAにN1-N9の9種類のサブタイプを持つ。(中略)

 ちなみに、インフルエンザウイルスはRNAと呼ばれる核酸を8本、遺伝子として持っているRNAウイルスである。RNAを遺伝子として持つウイルス(RNAウイルス)はDNAを遺伝子として持つウイルス(DNAウイルス)に比較して、複製の際に遺伝子の読み間違いが起こりやすい。その結果、頻繁に突然変異が起こることになる。
 『新型インフルエンザ』(山本太郎著、岩波新書)

 A型ウイルスにはHA型16種類、NA型9種類の組み合わせすべてが見つかっており、合計16X9=144の亜型ウイルスがあることになります。ちなみに毎年流行を繰り返すA香港型インフルエンザはH3N2型、現在世界中で流行している高病原性鳥インフルエンザはH5N1型になります。
 鳥インフルエンザは本来、人には感染しづらい性質を持っています。ところが、遺伝子変異を繰り返すうちに、本来感染するはずのない亜型ウイルスの中に、たまたま人間に感染することができるウイルスが出現することがあります。まったく新しいタイプのウイルスに対しては、人間は免疫力を持たないため、爆発的に増え、次々と感染が広がっていきます。これが「新型インフルエンザ」なのです。

 不思議なことに新型インフルエンザは、10~数十年周期で出現しているようなのです。同書によると、記録がはっきりする18世紀以降から現在まで、インフルエンザは7回の世界的流行を引き起こしています。これはおよそ40~50年周期で、その当時にとっての「新型インフルエンザ」が出現していることを示しているのです。つまりスペイン風邪も、当時の人にとって「新型インフルエンザ」だったために、あれほどの被害をもたらしたのです。
 次の新型インフルエンザ出現がいつ起きるかは誰にもわかりませんが、前回の大変異(1968年、香港風邪)から40年が経過しています。「すでにいつ発生してもおかしくない段階にある」というのが、多くの専門家の一致した見解です。

 その根拠の一つが、世界中で大流行しているH5N1型鳥インフルエンザです。鳥の間ではすでに、パンデミックが始まっているのです。新型インフルエンザ発生の前には、まず鳥類の間でパンデミックが起きると見られています。鳥の間で流行が広がるほど、人間が病気の鳥と接触する機会が増えます。そして、感染した鳥と接触する機会が増えるほど、人間の体内にウイルスが侵入する確率が高まるからです。
 この時の感染は偶発的なものです。小さな変異を起こした鳥インフルエンザウイルスの中で、たまたま人間にも感染できるウイルスがあった場合に、鳥から人間への感染が起きるのです。しかし、ウイルスが進化を遂げると人間の細胞に適合した新種ウイルスが誕生してしまいます。すると、感染経路が「鳥から人間へ」から「人間から人間へ」に変わってしまうのです。これが「新型インフルエンザ」なのです。このプロセスについて、専門家は次のように説明しています。

 まず、鳥インフルエンザウイルスが突然変異して、直接人間に感染するウイルスに変異する場合です。もともとインフルエンザウイルスは、亜型によって感染しやすい動物が分かれています。H5N1型ウイルスも本来は、ニワトリなどには感染しやすいのですが、人間の細胞には感染しにくいのです。そのため、これまでの感染者はH5N1型ウイルスとよほど密接に接触した場合、偶発感染したというケースがほとんどのようです。
 ところがインフルエンザウイルスは、頻繁に突然変異をする性質があります。そのため、突然変異を繰り返すうちに、たまたま人間の細胞にも感染しやすい性質を持った鳥インフルエンザウイルスが出現する可能性があります。これが、「新型インフルエンザウイルス」となるのです。

 次に、現在すでに人間への感染能力を持っているインフルエンザウイルスと、現在の鳥インフルエンザウイルスが遺伝子交換によって「ハイブリッドウイルス」となる場合です。たとえば、養鶏場で働いている人が普通のインフルエンザにかかり、養鶏場のニワトリが鳥インフルエンザにかかっていたとします。このひとがニワトリの世話をしているときに、たまたま鳥ウイルスが体内に侵入したとしましょう。つまり、人ウイルスと鳥ウイルスの同時感染です。すると、人ウイルスと鳥ウイルスは細胞内で遺伝子を交換し合い、両方の遺伝子が交じり合った結果、新しいウイルスができてしまうのです。
 このようにして、鳥ウイルスが遺伝子交換によって人ウイルスから「人間感染能力遺伝子」を獲得してしまうと、それが「新型インフルエンザ」となってしまうのです。先ほども述べましたが、もともと鳥インフルエンザウイルスは人間には感染しにくいので、このパターンでの新型ウイルス発生の可能性は、それほど高くありません。ところが、人インフルエンザウイルスにも鳥インフルエンザウイルスにも感染しやすいという動物がいります。それが豚です。豚の細胞には、人ウイルスも鳥ウイルスも感染しやすいことが研究で判明したのです。

 つまり、人のインフルエンザに感染した豚が、鳥インフルエンザに感染してしまうと、豚の細胞内で両方のウイルスが遺伝子交換して、両者の特徴を持ったハイブリッドウイルスが出現する可能性が高いのです。
 現在の研究では、アジア風邪や香港風邪など、過去の新型インフルエンザは、アジア地域で発生した可能性が高いとみられています。アジアでは、農家などでニワトリと豚を一緒に飼っていることが多いため、ハイブリッドウイルスが誕生しやすい環境が整っているからではないかという考え方からだそうです。
 鳥インフルエンザから新型インフルエンザへの進化を食い止める方法は、鳥インフルエンザに感染した鳥との接触機会を可能な限り減らすしか、いまのところ手はないそうです。インフルエンザウイルスの感染力、増殖力はすさまじく、一人でも新型インフルエンザ感染者が発生すると、そこから爆発的に感染者が拡大する恐れがあるからです。感染したニワトリの一斉処分など、過剰にも見える鳥インフルエンザ対策ですが、それでも新型インフルエンザ発生を遅らせることはできるが防ぐことはできないというのが、現段階での専門家の一致した見解です。

 すでに中国やインドネシアなどで、人から人へ感染した事例がWHOに報告されています。このウイルスの感染能力は限定的で、長時間近くにいて看護するなど、密接な接触でしか人から人へは伝染しないとみられています。しかし、高病原性鳥インフルエンザウイルスが、人間への感染拡大に向かって進化を続けているのは確実なのです。

○(27)<高病原性ウイルスの恐ろしさ>

 鳥インフルエンザのニュースは連日のように報道されていますが、大半の人は「遠い世界の出来事」という程度の受けとめ方で、あまり危機感を持っていないのではないでしょうか。それはインフルエンザという病気があまりに一般的なため、「新型」と付いてもせいぜい「風邪と同じような症状」と思い込んでいるからです。
 しかし、現在大流行中の高病原性鳥インフルエンザは、ただの「風邪」どころではありません。致死率は60%以上。しかも患者のほとんどは、発症からわずか1週間で亡くなっています。もともと養鶏業者の間では知られていた病気で、その毒性の高さから「家禽ペスト」とも呼ばれていたそうです。またその危険性から、感染したニワトリの症状を指して「鳥エボラ」と説明する識者もいるほどです。
なぜこれほど症状が重くなるのでしょうか。それは、通常の弱毒性インフルエンザウイルスが呼吸器など身体特定の部位の細胞にしか感染できないのに対し、高病原性ウイルスは肝臓や腎臓、脳といったあらゆる臓器に感染してしまうからだといいます。

 さらに、生体防御反応が過剰反応を起こす「サイトカイン・ストーム」という一種のアレルギー反応のような病態に陥ることで、全身の臓器がダメージを受けてしまい、致死率が高くなるというのです。実際にH5N1型鳥インフルエンザに感染した人には次のような症状が出ているようです。

 ・・・・・全身症状としては、セ氏38度以上の発熱、出血傾向や、サイトカイン・ストームによる多臓器不全などが報告されている。咳、血痰、呼吸困難、さらに肺炎が急速に進む急性呼吸器促迫症候群に移行する場合もある。(中略)ベトナムの小児患者では、脳炎での死亡例もある。(中略)さらに心筋炎や、妊婦では胎盤・胎児感染をおこしている。
 <『新型インフルエンザH5N1』岡田晴恵・田代眞著、岩波書店>

 スペイン風邪では、通常は体力や免疫力のある20代~30代の青年の方が、幼年層や高齢層よりも死亡率が高くなりました。これはサイトカイン・ストームが原因だといわれています。
 ところで、H5N1型鳥インフルエンザウイルスが人に感染する新型インフルエンザに変異したとき、毒性が弱まるのではないかと考えられないでしょうか。しかしウイルスの専門家によれば、人ウイルスと鳥ウイルスの遺伝子を解析したところ、強毒性か弱毒性かを決定する遺伝子と、人への感染能力を決定する遺伝子は別の部位にあることが判明しているそうです。つまり、H5N1型鳥インフルエンザウイルスの強毒性遺伝子は変異しないまま、人への感染能力を獲得する可能性が高いのだそうです。
 繰り返しになりますが、新型インフルエンザを普通のインフルエンザと混同して考えるべきではありません。空気感染し爆発的な伝播力を持ちながら致死率60%を超えるという、人類がかつて経験したことがない、最強最悪の殺人ウイルス出現が目前に迫っていると考えるべきなのです。

○(28)<ワクチンと薬の効果は>

 これほど恐ろしいウイルスに対して、人類はどのように対抗したらよいのでしょうか?新型インフルエンザに最も有効なのは、ワクチンだと言われています。人間の体には免疫という機能があります。これは体内に侵入した細菌やウイルスなどの病原体を発見し、排除する機能です。細菌やウイルスなどの病原体を犯人とすれば、免疫は体内を守る警察官の役割を果たします。
 免疫には、一度体内に侵入した病原体を覚えておく機能があります。強盗犯を指名手配して、常に警戒しておくようなものです。同じ病原体が侵入した場合、病原体や病原体に感染した細胞などを素早く発見して排除できるのです。結果としてウイルスが体内に入っても感染しなかったり、かかっても症状が軽くなります。

 この免疫の仕組みを利用したものが「ワクチン」です。毒性や感染力を弱めたウイルスをわざと感染させて、免疫にそのウイルスを記憶させるのです。いわば指名手配犯の顔写真を事前に配っておくようなものです。つまり、ワクチンは人間の生体防御反応を応用したものです。ワクチンはウイルスに対抗する強力な武器ですが、決定的な弱点があります。それは、ワクチンの原料はウイルスそのものなので、新型インフルエンザが発生してからでなければ、ワクチンを作ることができないということです。
 先にもふれましたが、厚生労働省によると、安全性の確認検査や物流経路まで考えると、新型インフルエンザ発生からワクチン接種まで、現在の体制のままでは1年半かかるそうです。これでは、ワクチンができた頃にはとっくにパンデミックは過ぎ去っているでしょうから、改善すべきだという指摘が専門家会議でも出たといいます。一方でアメリカでは日本の10~20倍の人と予算を投入して、この期間を半年に短縮する体制を整えようとしています。

○(29)<プレパンデミック・ワクチンとは何か>

 ワクチンは新型ウイルス発生後でなければ作製できません。そのため、新型ウイルス用ワクチンそのものでないにしても、似たようなウイルスを使ってワクチンを作れば、ある程度は効果が得られるのではないかという考えで備蓄が進められているのが「プレパンデミック・ワクチン」です。プレというのは「前の」という意味ですから、パンデミック前のワクチンということになります。
 H5N1型の高病原性鳥インフルエンザが新型インフルエンザに変異した場合でも、そのウイルスはもとの鳥インフルエンザウイルスに似た型になると考えられます。そのため、H5N1型の鳥インフルエンザ・ワクチンを接種しておけば、新型インフルエンザウイルスにもある程度は効果があると考えられています。たとえるならば、新型ウイルスとい凶悪な犯罪者の顔写真はまだありませんが、その特徴を予測した似顔絵を、警察官である免疫に配っておくようなものでしょう。

 新型インフルエンザ感染を完全に防ぐことはできませんが、感染しても症状を軽減する効果は期待できるです。そのため、プレパンデミック・ワクチンの製造、備蓄は世界各国で進められています。日本でもプレパンデミック・ワクチンの備蓄と事前接種計画が進んでいます。
 しかし、その備蓄は現在2000万人分です。読売新聞によると、厚生労働省は1000万人分を追加備蓄する方針ですが、それでも最大3000万人分に過ぎません。

 プレパンデミック・ワクチンの効果は未知数ですが、一方で、プレパンデミック・ワクチンを国民の60~70%に接種しておけば、いざ新型インフルエンザが発生してもパンデミックに至らないとする発表もされているそうです。
 全国民のプレパンデミック・ワクチンの製造費用は、およそ1700億円と見られています。もし、プレパンデミック・ワクチンが新型インフルエンザにあまり効果がなかったら、この1700億円は無駄になります。また、プレパンデミック・ワクチンには、数万件に1件の割合で副作用が出ることがあるそうです。この2点が、政府が全国民分のプレパンデミック・ワクチンの事前接種に踏み切れない足かせになっています。

 しかし、危機管理の要点は、最悪の事態に備えて最大限の手を打っておくことです。パンデミックは、国民の命が関わっているのはもちろん、社会機能全体が揺らいでしまうほどの脅威なのです。本当の危機的状況では、お互いに責任を回避するための調整能力よりも、すべての責任を負って独断するくらいの強いリーダーシップが必要不可欠になります。それが国家の危機管理能力を左右するのです。
 ただ、残念ながら現在の日本の政治をみると、国家の危機管理能力どころか自分自身の危機管理さえおぼつかない政治家が目立ちます。政府も今年に入って、プレパンデミック・ワクチンの事前接種実験を始めるなど、相次いで対策を打ち出してはいますが、肝心な時に決断し、実行できる強いリーダーシップを取れるかどうかを考えると、不安を拭いきれません。

○(30)<抗インフルエンザ薬とは>

 ワクチンと並び、新型インフルエンザに有効とされているのがタミフルに代表される「抗インフルエンザ薬」です。ただこの薬も、ワクチンを死滅させる特効薬というわけではないようです。
『鳥インフルエンザの脅威』によると、タミフルやリレンザは「ノイラミニダーゼ阻害薬」と呼ばれ、 以下のような働きをします。

 ・・・・・ノイラミニダーゼ阻害薬は、インフルエンザ・ウイルスの表面にあるノイラミニダーゼ(NA)という酵素の作用を抑えることによって、ウイルスに感染した細胞でつくられる子ウイルスがそこから出てくるのを抑え、ウイルス感染の拡がりを阻止するようにはたらく。
 <『鳥インフルエンザの脅威』岡田晴恵著・田代眞人監修、河出書房新社>

 すでに体内でインフルエンザウイルスが増殖し、身体のあちこちに感染を拡大している状態では、効果があまりありません。そのため、タミフルが有効なのは、発症後48時間以内とされているのです。このタミフルは、新型インフルエンザにもある程度有効と見られており、日本でも備蓄が進んでいます。
 しかし、タミフルにもいくつか問題点があります。ひとつは、タミフル服用後の異常行動です。特に10代の子供が服用した場合、窓から飛び降りたり道路に飛び出すなどの異常行動が、相次いで報道されました。そのため厚生労働省は、2007年3月から10代のタミフル使用を禁止しています。

 さらに問題なのは、タミフル耐性ウイルスの登場です。タミフルが効かないように進化したインフルエンザウイルスが見つかっているのです。『ダイヤモンド・オンライン』の記事によると、ヨーロッパでは2007年~2008年のシーズンで、タミフル耐性のインフルエンザウイルスが14%も見つかったと書かれています。
 また2008年2月28日付の読売新聞夕刊によると、日本でも横浜市でタミフル耐性インフルエンザによる集団感染のケースが紹介されています。<略>

 さかのぼって2005年、ベトナムの鳥インフルエンザ感染者からH5N1型ウイルスでもタミフルに対する耐性が見つかったケースを報道していました。

 ・・・・・日本など各国が新型インフルエンザに備えて備蓄中の抗ウイルス薬「オセルタミビル」(商品名タミフル)が効かない耐性ウイルスが、鳥インフルエンザに感染したベトナムの患者から見つかった。ウイルスの存在を確認した東大医科学研究所の河岡義裕教授らは、「新型インフルエンザの流行に備えるには、タミフルだけでなく、別の抗ウイルス薬ザナミビル(商品名リレンザ)も備蓄した方がよい」と提言している。20日付の英化学誌「ネイチャー」に発表した。
 ウイルスは、アジアで広がりつつあるH5N1型と呼ばれるタイプ。今年2月、14歳のベトナム人少女から見つかった。河岡教授らが、タミフルを服用して4日目の少女からウイルスを採取した結果、ウイルスの6割に、タミフルに対する強い耐性(通常の700倍)が確認された。少女は鳥インフルエンザを発症した兄の看病中に感染した可能性があるとみられる。
 <読売新聞2005年10月24日付>

 ウイルスは猛烈な勢いで進化します。薬が使用されればされるほど、耐性を持ったウイルスが出現しやすくなります。タミフルは非常に高価な薬のため、日本や欧米諸国など先進諸国の需要がほとんどです。特に日本では、軽度のインフルエンザでもタミフルを処方していたため、耐性が出現しやすい環境が整っています。
 さらに新型インフルエンザ発生直後は、患者の発生地域周辺に、短期間に集中的にタミフルが投与されることになります。すると、タミフルが効かないウイルスにすぐに進化してしまう恐れが高いのです。新型インフルエンザがタミフル耐性になれば、現段階ではほとんど治療法はありません。そのため、タミフルと同時にリレンザの備蓄を増やす必要があるだろうという専門家の意見もあります。実際に現場に立つ医師たちの間では、タミフルの使用を抑えて、リレンザの備蓄を増やしているという話もあります。

○(31)<パンデミックになった時、どのようなことが起きるのか>

 スペイン風邪では、一度目の世界的大流行(大一波)後、数ヶ月間の小康状態が続き、その後二度目の大流行(第二波)、再び小康状態を経て三度目の大流行(第三波)と数度にわたりパンデミックが襲いました。インフルエンザというと冬に流行するイメージがありますが、実際には、大流行には季節を問わないとみられています。新型インフルエンザも同様に、数度にわたる大流行の波が襲うと予測されています。
 では、実際にパンデミックが起きたらどのようなことが起きるのでしょうか。日本でパンデミックが起きた状況をシミュレーションした小説『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』(岡田晴恵著、ダイヤモンド社)があります。

 <藤森注・・・・・平成20年12月9日、「学べるニュースショー」~新型インフルエンザが発生したことを想定したドラマ・57分~タレントの野々村マコト氏一家が主人公になり、リアリティー溢れるドラマとして、テレビで放映されました。この監修者が上記の国立感染症研究所の岡田晴恵先生です。もしかしたら、上記の本を参考にしているのかもしれません?>

 同書によると国外で新型インフルエンザ発生が確認されてから1ヶ月足らずで日本にも感染者が出現し、2週間ほどで全国に拡大します。そして、発生からわずか2ヶ月ほどで感染が爆発的に広がります。医療従事者の過労死や医療物資不足などによる医療崩壊や、外出する人が消えてゴーストタウンのようになった街、そして犠牲者の火葬が追いつかず、巨大な穴の中に遺体を埋める集団埋葬の場面などが描かれています。ガソリンや生活必需品などの物資不足で窃盗事件が多発しても、取り締まる警察官もいないため、街の機能が崩壊していくのです。
 同書では、インフルエンザ流行の第一波が終息した時点までが描かれており、登場人物の一人が、これから何年も続くであろう社会の混乱に不安を覚える場面で結ばれています。小説として描かれていますが、これは決して絵空事ではありません。

 大地震が起きた後の災害復興と同じで、パンデミックによる直接の被害はもちろん、その傷跡から回復するためには長い年月が必要になります。しかもその被害は大地震の比ではありません。見通しが甘いと指摘されている厚生労働省の予測でさえ、死者64万人。これは阪神・淡路大地震の犠牲者の百倍に匹敵するのです。しかも震災のように、ある地域だけで起きるのではありません。日本全国あらゆるところで、これほどの大災害が起きる可能性があるのです。
 脅かし過ぎだと思う方がいらっしゃるかもしれませんが、危機管理は常に最悪の状況を考えなくてはなりません。特に、自分や大切な人の命に関わることでは、発生後にいくら後悔をしても遅いのです。どれだけ危機意識を持っているかが、生死を分ける重要な要因となるでしょう。

●(32)2008年11月21日、NHK首都圏ネットワークで、東京都の「新型インフルエンザ対策」を放映。要点は下記の通りです。

☆人類にとって大災害ととらえるべき

☆大震災と並ぶ脅威と位置づけ

☆11月20日、初めて「新型インフルエンザ対策」の本格的訓練を実施

感染拡大を封じ込めるのは簡単ではない・・・・・東京都では、少しでも時間を稼ぐことで、感染者の数を減らす。期間を遅らせることで、いろいろな対策がとれる。

☆1918年。鳥インフルエンザが変異した新型のインフルエンザであるスペイン風邪は、世界で4千万人の犠牲者

アメリカのセントルイス・・・・・最初の死者が出た直後から、多くの人が集まる学校や映画館などを閉鎖し、集会も禁止した。その結果、全米の大都市でもっとも低い死亡率で、10万人あたりの死亡者は約3千人に対して、フィラデルフィアは最初の死亡者から2週間後に措置をとったために、短期間に死者が急増し、10万人あたりの死亡者は約1万4千人。両者の開きは、約5倍。

☆早い段階で、人から人に感染するのをどれだけ封じられるか・・・・・行政の判断が極めて重要。それともう一つ大事なことは、一般市民の理解。一人一人が自分の命と健康を守る、そういう意味での「自助」が大事である。・・・・・事前の予防策を徹底して、正しい知識を持ち、各個人が正しく感染予防する。自分が感染したら、人にうつさない。そのために外出を自粛し、マスクをする。

☆協力病院に防護服(軍隊で使うような服)やタミフルやリレンザを配布。しかし、万全ではない。医師や施設も不足している上に、医師や看護士なども患者の側になる。

☆特効薬のワクチンができるまでに6ヶ月が必要。その間、個人が予防することが肝心である。

<文責:藤森弘司>

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