●(1)主にテレビでの議論ですが、専門家の議論というのはひどいものですね。それぞれの専門の立場から、自己主張するだけで、おそらく教育再生会議の委員が10人いたならば、議論はまとまらないのではないかとさえ思います。そういえば、高速道路の民営化の会議は、元経団連会長で民営化の委員長だった今井敬氏など数人が辞任して、空中分解してしまいました。
●(2)さて、テレビでの「イジメ」の議論ですが、例えばある委員が「いじめるのはいけない」というと、別の委員が「いじめられる側にも問題がある」と発言する。「たとえいじめられる側に問題があろうとも、いじめることはいけないことだ!」と発言されると、いじめられる側の問題を発言した委員は、シュンとして黙ってしまう。
「いじめをしたら学校にこさせないことだ!」と言うと、「学校はそういう子供を教育したり、矯正する場だ」と発言し、ある委員は「いじめの定義がなされていない」等など、百花繚乱です。
ある委員は、「テレビは一家に一台」とか、「塾を禁止すべきだ」とか、それぞれの委員が、自分の立場や考えから、問題を提起したり、言いっ放しをするだけという感じです。
こういう議論をしたならば、活発な意見が沸騰するけれど、結果は、紛糾するだけのように思えます。
●(3)そこでこれから、問題を提起します。
「イジメ」の問題は、もちろんイジメの側に問題がありますが、いじめられる側にも問題があります。そうであるならば、イジメの側だけを問題にするのか、いじめられる側も含めるのか、まずここを整理するべきです。そして・・・・・
①いじめる側の問題をより良くするためには、どういう解決策があるだろうか?
②いじめられる側の問題をより良くするためには、どういう解決策があるだろうか?
いじめる側の問題は、明らかに良くないことをしているので、わかりやすい問題です。「いけないことはいけないんだ」と強く主張して、強制的に中止させるという、(いじめられる側の問題に比べて)比較的単純な対応を取ることができます。
それに対して、いじめられる側の場合は、そう単純なわけにはいきません。日本中で、ここの深層心理が適切に理解されていないために、学校も周囲の大人も解決すべき適切な手段が取れずにいます。そしてそのために、「イジメ」の問題がさらに複雑になり、そして悲惨な結果にもなっています。
いずれにしても、上記①と②を分けて議論すべきで、ゴッチャにして議論すべきではありません。
●(4)次に、イジメの定義が大事です。
③「どのような種類のイジメ」があるのか?
④「どの程度のイジメ」をしているのか?
⑤そして、その「イジメの種類や程度」を、誰がどのように判断するのか?
こういう「イジメ」の定義が無くて、「イジメ」をする子供は学校に来させないとか、それはまずいなどの議論が行なわれているのは、首相直属の権威ある会議とはとても思えない、素人のような会議です。
●(5)ここで、より正確を期すために、テレビの「みのもんたの朝ズバッ」で、放映されたものを再録します。
<a>まず文部科学省と警察庁の定義が一部紹介されていましたので、判読されたものを紹介します。
文部科学省 |
警察庁 |
(1)自分より弱いものに対して一方的に・・・ |
単独又は複数の特定人に対し・・・ |
(2)身体的、心理的な攻撃を継続的に加え・・・ |
身体に対する物理的攻撃又は言動による脅し、いやがらせ、
無視等の心理的圧迫を反復継続して加えることに・・・ |
(3)相手が深刻な苦痛を感じているもの・・・ |
苦痛・・・(?) |
上記のように紹介されていました。警察庁のほうはいいでしょうが、文部科学省のほうは、一体、誰が、いつ、どのような体制の下にこれを判定するのでしょうか?或いは、判断できるのでしょうか?
<b>教育再生会議の当面の取り組みの中の「②いじめを許さない安心な教室」
1)安心して学べる規律ある教室にする
*規律を守ることの意義や大切さの指導
*問題ある子供への適切な対応(十分な対話と指導)
*繰り返し反社会行動等をとる子供への対応(立ち直りに向けた支援、サポートを伴う出席停止)
2)父母を愛し、兄弟姉妹を愛し、友を愛そう
*ボランティア体験・集団スポーツ活動・茶道・華道・武道・他
<司会者いわく、ものすごく当たり前のことが書いてある!>
<c>司会者いわく、唯一具体的だなと思われるもの、上記の「出席停止後のサポートとは?」
*教育再生会議の委員・義家弘介氏:親に丸投げするのではなく、家庭訪問をしたり、反省文を書かせたり、クラスとの文章のやりとり等を。
*教育再生会議の委員・渡辺美樹氏:校長室に閉じ込めればいいのではないか(今の先生に出席停止という武器を与えてしまったら、手に負えない生徒には出席停止にしてしまう。空いている先生が順番に説諭しに行け)。
*教育再生会議の委員・野依良治氏:問題ある生徒を指導する学校を国立で作れないか。
<d>「イジメ」が起きたときに、それの「調査」や、調査の結果の「事実」がスムースに「公表」されているのか?
*小森美登里さんという方は、かつて香澄さん(享年15)が「イジメ」で自殺したときに、真実をしるために、行政に情報公開請求をされた。しかし、香澄さんと青少年相談センターとのカウンセリング記録は、ほとんどの部分が黒塗りされていた。
*古賀和子さんの場合、洵作さん(享年16)が「イジメ」で自殺。学校が実施した「イジメ」についてのアンケートの原文は、古賀さんの目に触れることなく、学校側によって焼却された。
*上記お二人は、子どもが自殺した後の調査方法に大きな問題点があると指摘。調査しても学校が自分の学校を調査するから、ここでは真実が出てこないと思う。だからここに第三者が必要。
*上記二人の「自殺」は、文部科学省の統計上は「イジメ」ではなく「その他」と分類。
*隠したり、誤魔化したりするのではなく、この問題に対して、大人が本気で向き合っている姿勢を見せなければいけないと、上記のお二人は言う。
*自分を責め続ける毎日。自分たちも「イジメ」に気づけなかった。守れなかった親として、自分を責めることってあると思う。私は「我が子を守れなかった親」は、加害者と一緒じゃないかという気持ちを、今持っている。
●(6)さて、「殺人事件」の例を考えてみましょう。
③「どのような種類のイジメ」があるのか?
④「どの程度のイジメ」をしているのか?
⑤そして、その「イジメの種類や程度」を、誰がどのように判断するのか?
「イジメ」の種類や程度を、誰が、どのように判断するのかという問題を考える上で、「殺人事件」を例にして考えてみます。
「殺人事件」という、誰が考えてもわかる凶悪事件でさえ、多数の検察官や弁護士が専門に対応しても、裁判は長期にわたり、しかも裁判の結果は、「死刑」から「無罪」まであり、千差万別です。
そして、地方裁判所と高等裁判所の判断が変わることさえありますし、最高裁判所まで争い、さらに何十年も経過して、死刑囚が再審請求をして、無罪になることもあります。しかし、この場合は、犯人とされていた人が、実は、犯人ではなかったという問題です。
実際に人を殺すという重大事件を起こしていても、次のような事件も、最近、ありました。今、キーを叩きながらも、涙が溢れてくる悲しい事件です。ご存じない方がいらっしゃるかもしれませんので、全文をご紹介します。
●(7)夕刊フジ(平成18年7月21日)<裁判官も目を赤くした「介護の悲劇」どう裁く>
「認知症の母と無理心中あす判決」
認知症の母親、当時(86)、の介護で生活苦に陥り、母親に相談の上で殺害したとして承諾殺人などの罪に問われ、懲役3年を求刑された京都市伏見区の無職、片桐康晴被告(54)の判決が21日、京都地裁(東尾龍一裁判官)で言い渡される。
検察側は母親を献身的に介護しながら、失業などを経て追い詰められていく被告の姿を詳述。裁判官らが目を赤くしながら聞き入る一幕もあった。親の介護という誰にも起こり得る事態が引き金になった悲劇だけに判決に注目が集まる。
「失業保険途切れ」
検察側の冒頭陳述や弁護士側の弁論によると、片桐被告は京都市伏見区の木造アパートに両親と3人暮らしだったが、平成7年に京友禅の染め職人だった父親が死去。同時期から母親に認知症の症状が現われ、1人で介護を始めた。
その後、母親は徘徊を繰り返したり、昼夜逆転の生活を送るなど症状が徐々に悪化。片桐被告は休職してデイケアを利用したが、負担は軽減せず、昨年9月には退職し、介護に専念した。
しかし、失業保険を受給していたため、生活保護は認められなかった。介護と両立する新たな仕事も見つけられず、失業保険が途切れた同12月に生活が困窮。今年1月下旬には、家賃とデイケアの料金が支払えなくなった。
<人に迷惑かけてはいけない。返せない金は借りてはいけない。生活を切り詰めてでも、人に金を借りないような生き方をしろ>
幼いころから職人かたぎの父親に、こう教えられてきた片桐被告は親類や行政に助けを求めず、心中を決意した。自室を清掃後、1月31日昼ごろ、車いすの母親を押し、最寄りの京阪淀駅から三条駅へ向かい、「最後の親孝行」と、京都市内を散策。
その後、三条駅から淀駅に戻ってきたが、アパートには帰らず、翌2月1日早朝、アパート近くの桂川に架かる宮前橋付近の遊歩道にたどり着いた。
<検察も同情の余地>
「最後のやりとり」
検察側が4月に行なわれた初公判の冒頭陳述。2人のやりとりに法廷は静まりかえった。
片桐被告「もう生きられへんのやで、ここで終わりやで」
母親「そうかあかんか。康晴、一緒やで、お前と一緒やで」
片桐被告「すまんな、すまんな」
母親「こっち、来い康晴、こっち来い」(片桐被告が母親の顔に額を密着させる)
母親「康晴はわしの子や。わしがやったる」
この直後、片桐被告は母親の首を絞め殺害。自身も、持参した出刃包丁などで首を切ったが、未遂に終わった。
検察側は2人のやりとりに続き、「生まれ変わっても、母の子に生まれたい」という片桐被告の供述内容も紹介。東尾裁判官は目を赤くしながら聞き入り、刑務官も涙をこらえてまばたきを繰り返す場面も見られた。
検察側は今月5日の論告求刑公判で、「いかなる理由があろうとも尊い人の命を奪うことは許されない」としながらも「母への思いは哀切極まるものがあり、同情の余地がある」と異例とも言える論告を行なった。
片桐被告のアパート近くに住む主婦(40)は「手をつないで近所のスーパーに買い物に行く仲の良い親子で、生活が苦しそうには見えませんでした。あとで事情を知り驚きました。判決が寛大なものになるといいのですが・・・」と話した。
翌日の夕刊フジ(7月22日)<承諾殺人の息子に温情判決>
「認知症の母絞殺」京都地裁
認知症の母親の合意を得た上で殺害したとして、承諾殺人などの罪に問われた京都市伏見区、無職の片桐康晴被告の判決公判が21日、京都地裁で開かれ、東尾龍一裁判官は懲役2年6月、執行猶予3年(求刑懲役3年)を言い渡した。
検察側は公判で片桐被告の献身的な介護ぶりや殺害時の2人のやりとりなどを詳述。高齢化社会時代を迎え、親の介護のあり方がクローズアップされるなか、裁判官らが法廷で涙ぐんだ裁判として注目を集めた。
検察側は論告などで、認知症の母親を抱えた片桐被告が社会保障制度から見放され、失業し、しだいに絶望していく姿を詳述。
そのうえで、死を前にした親子がお互いの額をすり寄せるなど、固いきずなで結ばれていたと指摘。「犯行動機には哀切極まるものがあり、同情の余地がある」と述べた。
弁護側は「献身的な介護を続けた被告を法的に非難することができても、道義的に避難することはできない」と執行猶予付き判決を求めていた。<後略>
●(8)今現在でさえ、お粗末な対応しかできない多くの学校や教育委員会が、「イジメ」をする生徒を学校に来させないとなったとき、それをどのように判断し、誰が「合理的」な判定を下す事ができるのでしょうか?
③「どのようなイジメ」をしているのか?
④「どの程度のイジメ」をしているのか?
⑤その「イジメ」を、誰がどのように判断するのか?
これだけ「イジメ」や「幼児虐待」などが騒がれていても、相も変わらずお粗末な対応をしている「教育委員会」や「学校」や「児童相談所」などが、どれだけ適切に対処できるのでしょうか?
上記の「みのもんたの朝ズバッ」より。(2006年10月13日)
「イジメが原因です。いたって本気です。さよなら」の遺書を残して自殺の中学生。学校側は、いじめの事実を把握していないという。
町立三輪中学校・合谷智校長「暴力行為や金銭強要があったとか、目に見えるいじめはほとんどなかった」。その後、生徒へのアンケートで、男子生徒が1年のころ、「イジメ」を誘発するような言動が、担任教師にあったことが判明し、学校は両親に謝罪。
筑前町教育委員会は、大学教授、PTA、児童相談所長等で構成する「調査委員会」を設置し、詳しい経緯を調査。昨年の12月28日、「最終報告書」をまとめ、自殺の原因は「イジメ」であったと判断。
ある週刊誌の書評欄に掲載された本をご紹介します。
「彼女は嘘をついている」<身に覚えのない“痴漢容疑”と最後まで闘いぬいて>(小泉知樹著、文芸春秋、1600円)
「満員電車で男の手をつかまえて、『痴漢!』で大声をあげるの。いいお小遣いになるわよ」と、ある女子高生。
「ぼくじゃない」男が否定すれば、「じゃあ、警察へ行きましょう」と声を強めるいっぽう、「和解」を匂わせる。“事件”となれば煩わしいうえに膨大な時間を取られる。「たいていの男は2、3万出す」と彼女はいう。
本書の著者小泉知樹は、朝の通勤電車の中で同じように、15歳の女子高生に手をつかまれた。バカ正直に、「痴漢に間違えられたけど、どうしたらよいですか」と名乗り出て、そのまま逮捕・拘禁(勾留)された。
裁判で無罪を争うも、懲役1年6ヶ月の有罪判決を受ける。本書はその一部始終を綴った「痴漢冤罪手記」である。
<略>
審理が高裁へ移って、被告・弁護側は、産婦人科医の「意見書」を提出した。裁判所は受け取りを拒否して判決を下した。裁判官にも恵まれなかった。
日本の警察・検察、裁判所は性的被害者に寛大だ。
「恥ずかしい思いまでして嘘の被害を申し出るはずがない」と頭から信じているからだ。それだけに、立証活動は困難極まりなく、痴漢冤罪者は絶えない。
有罪になったが、著者が最後まで闘えたのは家族や勤め先に信頼されていたからだろう。“万一のとき”に問われるのは、つね日頃の生活態度なのである。<評者:佐藤友之(ジャーナリスト)>
●(9)今までのことに加えて、さらに重要なことは・・・・・
⑥政府がどれだけの資金を準備するのでしょうか?或いは、委員の方々は、共通の予算額を前提に議論しているのでしょうか?
個々の学校ならばともかく、日本の全ての小学校や中学校が対象の問題を議論しているのに、予算の裏付けなくして議論できるのでしょうか?
現在でも、学校の先生は仕事が多くて、手がいっぱいだと聞いています。手がいっぱいな上に、今でもお粗末な対応をしている学校や教育委員会が、予算の裏づけがなくて、新たな規則や方針にどうやって適切に対応できるというのでしょうか?
例えば、1つの学校に1人の「イジメの専門家」を配置するとします。全国の小学校、中学校合計で、約33,000校ありますので、年収500万円だとして、単純計算で1650億円が必要になります。年収1000万円では、3300億円が必要です。
その他、いろいろな経費を考えると、毎年、数千億円の予算が必要になるのではないでしょうか。
それでもたったの1名しかいないわけです。その他に、学校や教師たちを指導、教育するとするならば、5千億円~1兆円という巨額が必要になるのではないでしょうか。
これは1つの例ですが、このような予算的な処置まで考えているのでしょうか。それとも既成の組織や人材で対応できるのでしょうか。もし、対応できるのであれば、こんな程度の議論をしなくても、今、すぐに対応すれば良いことになります。
警察の駐車違反の取り締まりでも、専門に違反を取り締まる担当者を準備しました。より専門的であり、より心理学的であり、さらにはより深層心理的な問題であり、しかも、学校の先生達が、現在でも手がいっぱいになるほどの雑用を抱えている中で、これだけ国家的な事業として検討をしていることが、万一、予算的な認識がなく議論をしているとしたら、一体全体どうなるのでしょうか?
現在のままでの対策を検討すべきなのか、それとも100億円くらいは出せるのか、1,000億円か、それとも国家事業として1兆円を用意できるのか?それによって検討内容が大幅に違ってきます。
家を建てるときに、予算を考えずに家族会議をするようなものです。広い庭も、駐車スペースも欲しいし、広いリビングも欲しい。セントラル・ヒーティングも、床暖房も、システム・キッチンも、子供部屋も書斎も欲しい・・・・・!?
しかし私たち庶民は、まず念頭に置くのは予算ではないでしょうか?
父親が、「正月に旅行しよう!」と言ったとします。奥さんは北海道を考え、子どもはハワイを考えて、パンフレットを集めてくるかもしれません。お父さんが、もし、熱海や箱根あたりを考えていたら、二人が集めてきたパンフレットを見て、ギョッとするのではありませんか?
教育再生会議のメンバーの皆さんは、費用を考えているのでしょうか?
家のクロスを張り替えるだけのリフォームでしょうか(10万円単位)?それともシステム・キッチンを換えるのか(100万円単位)?それとも耐震補強を考えて、大幅なリフォームをするのか(5百万円以上)?思い切って、立て替えるのか?
リフォームしたいことと、費用を考えながら検討することは当然です。それならば、日本全国の「イジメ」をどうするのかという課題を、予算の概念が無しに議論したならば、単に議論百出するだけになってしまうのではないでしょうか。
私(藤森)はメディアでの議論のみを情報源としていて、議事録を読んでいません。もし、会議のほうでこのような議論をしていたら、ごめんなさい。
●(10)⑦偏差値一辺倒教育も大きな問題です。
その端的な例が「履修不足問題」です。「履修不足」は「偏差値一辺倒教育」が引き起こした問題です。
イジメをする子供は学校に来させないとヤンキー先生が言うと、学校は教育をするところであるという意見がありました。
でも今や学校は、学問をするところというよりも、より偏差値が高いとされる学校に行かせるための予備校的指導がなされているのではないでしょうか。
それが端的に表れたのが「履修不足問題」です。
何故、教育をする学校で、意識的に手抜き教育が行なわれたのでしょうか。それは明らかに、入学試験に必要なものを優先的に教えるという、偏差値教育、つまり本来の教育をしていない、価値観の偏りを意味しています。
しかも、たくさんの学校が手抜き教育をしました。その上、「補修」をどうするかという大問題が発生しましたが、これだけ大規模になると、みんなで渡れば怖くない状態です。
文字通り、必要な時間を補修させるのは苛酷であるということから、大幅に補修時間を削ってしまいました。
さて、これは一体何を意味しているでしょうか?
平等に教育をするという神聖な場所で、卑怯卑劣(受験に有利)なやり方をしたほうが、より評判の高い学校に合格する確率が高い、つまり、卑怯卑劣な手段を取ったほうが、一般に、より高く評価される学校に行けることになります。
さらに、不正が発見されても、必要な補修をやらせては可哀想であるとして、大幅に時間を削りました。その上に、受験が終わってから補修授業をするところもあります。
正しく履修している全国の受験生は、この「履修不足」の時間だけ、受験戦争でのスタートラインを前におかれているのと同じことになります。つまり「履修不足」の生徒たちは、<本人たちには問題が無いとはいえ>、卑怯・卑劣なやり方をしたにも関わらず、有利な競争をさせてもらえることになります。そしてそれに政府がお墨付きを与えてしまいました。
これは、不正をしたにも関わらず有利なハンディをもらっている子供たちを、大人が必死で守っているという図になります。「替え玉受験」をしたり、試験の最中に、他人の答案を覗いたり、隠れて辞書などを利用したにもかかわらず、彼らを無罪放免するのと同じ行為ではないでしょうか?
そして、すでに卒業している人たちは、やり得になっています。これは「談合」にも通じるものがあります。
一番似ているのが、「耐震不足」の問題です。あまりにも多くのマンションやホテルが耐震不足となり、それへの対処の仕方が、今回の「履修不足」に酷似しています。「耐震不足」も「履修不足」・・・マンションの住人も、正しく履修している生徒も共に、良心的な側が不利になっています。
今回の問題を別にしても、受験に有利な勉強方法ばかり教えて、そしてより偏差値が高いとされる人間が、より社会から評価されるという歪んだ学校教育、そしてそれを支える社会や家庭の歪みは、「陰湿なイジメ」の問題や、毎日のように発生する「悲惨な事件」のかなり根源をなしているように思えます。
例えば、「1853年にペリーが浦賀に来た」という年表を丸暗記しているだけの人と、1850年ころ、ペリーが浦賀に来て、それがどれだけ日本に影響を与えたかを詳しくわかっている人とでは、単純に丸暗記しただけの人のほうが有利になってしまいます。それが「偏差値一辺倒の受験戦争」です。
いわゆる頭の良い人とは、受験戦争に勝てる記憶の仕方、あるいは受験戦争にうまく対応できる人が頭が良いとされます。こんな歪んだことで良いのでしょうか?
昔、NHKの「教育電話相談」で、相談が不調に終わった後、アナウンサーがホローしたところ、一流とされる立派な女医さんは、ヒステリックに「これが最新の理論です!」って。バカじゃあないかって言いたいですね。
●(11)日刊ゲンダイ(平成18年4月29日)<耐震偽装捜査のグチャグチャ>
「本丸なんかない」
姉歯秀次・元建築士(48)らの一斉逮捕で始まった耐震偽装捜査。今後は「積み残し」のヒューザー・小嶋進社長(52)と総研の内河健所長(72)を逮捕して、事件の全容に迫るという。もっとも、それぞれの容疑は姉歯が「名義貸し」、木村建設の木村盛好社長(74)が「粉飾決算」と、偽装とは無関係のもの。
マスコミは「外堀を埋めて本丸に迫る」と解説しているが、この捜査には「本丸」がないのだ。
「捜査当局は一連の耐震偽装は組織的な詐欺とみて捜査を進めましたが、膨大な資料を当たっても、関係者を事情聴取しても姉歯、木村、小嶋らが集まって謀議をしたり、偽装に共通の認識を持っていた形跡がない。つまり姉歯、小嶋らが加害者でインチキマンションを売りつけられた2200世帯が被害者という詐欺事件は構成できないのです」(事情痛)
しかし、一連の登場人物を逮捕して処罰しないと、世間が納得しない。だから別件でもなんでも引っくくれというのが捜査方針になった。いわばケシカラン罪みたいなものだ。
<トバッチリ逮捕で廃業のイーホームズ藤田>
さらにヒドイのは確認検査機関、イーホームズ・藤田東吾社長(44)だ。容疑は偽装設計を見抜けなかったことではなく、会社を大きく見せかけた架空増資容疑。藤田の告発がなければ偽装は公にならなかったのに、逮捕され会社は廃業に追い込まれた。
これは、泥棒を車で追いかけて警察に突き出したら「あんた、スピード違反をしただろう」と逮捕されるようなものだ。これでは身奇麗にしていないと不正告発もできないことになる。
「もし、イーホームズを逮捕するなら偽装を見逃した業務上過失でやるべきですが、そうなると同じく姉歯物件を見逃した自治体の確認検査機関である東京都各区、川崎市、横浜市、大阪市などもやらなければならないし、それを認可した国交省の責任も問わなければならない。つまり、ハナっから外されているのです」(関係者)
だから耐震偽装事件の捜査は、どんどんグチャグチャになってきた。
●(12)この耐震偽装事件の前、「牛肉ラベル偽装事件」がありました。このときも、倉庫会社の社長が告発することで事件が発覚しましたが、この倉庫会社は倒産してしまいました。
何かおかしいですね。
さて、少し横道にそれましたが、「履修不足問題」は、全国の多くの学校が偏差値一辺倒の歪んだ教育に傾いていることが、如実に示されました。しかも、それは、競争に勝つために意識的に「不正」をしたものです。
スタートラインを誤魔化したり、「偏差値一辺倒」という歪んだ教育をする現場(学校)では、人間関係がかさかさしてくることが十分に予想できます。
それは学校だけの問題ではもちろんありませんが、多様な価値観を認めて、それぞれがそれぞれの価値を持って存在<仏教ではこれを、「差別相即平等性(しゃべつそう、そく、びょうどうしょう)」と言います>できにくい学校現場である限り、家庭での親子関係も、多様な価値観を認めにくくなり、その結果、「イジメ」の問題も、このことを抜きに議論することは、かなり偏っているように私(藤森)は思います。
●(13)⑧イジメられる側の両親も問題です。
ただし、この問題は重要な面、デリケートな面をもっていますので、軽々には語れません。このホームページでは、詳細は省略しますが、次の二点だけを解説します。
<a>いじめが発覚した時点で、これは対外的には、一種の戦いです。戦いの中で、自分の子どもが劣勢になっているのです。ですから母親が中心になって処理する問題ではありません。
古来、戦いの中心は「男性」ですので、父親が前面に出て、学校関係者や自分の子どもに対処すべきです。仕事の関係などで、時間を割きにくい事情があると思いますので、そういう場合は、父親が司令塔になって、その指示のもとに、母親が対応すべきです。
もちろん、父親が司令塔であっても、夫婦でよく協議することは当然のことです。二人の間では意見の違いがあっても良いのですが、自分の子どもや学校などに対するときには、夫婦一致して対応すべきです。これができれば、半分は成功したも同然ですし、絶対に無事、解決できます。
少なくても、自分の子どもに対して、「お父さん、お母さんが全力で守るから、安心して任せなさい!」と、力強く伝えることです。親にとって、子供の命よりも重要なものはありません。
「全財産!」「全エネルギー!」を使い、「最大限の工夫」をして、子供を守ること!それが親の務めであり、親のこれ以上の愛情表現は他にありません。対応の仕方がうまいか下手かが問題ではありません。両親が一致して、全力で対応する姿勢を見せること、これが「イジメ問題」における最大のポイントです。
<b>「イジメ問題」の結果、不幸な結果になった場合、まず親である自分に相談してもらえなかったことを悔いるべきです。理由や原因がなんであろうとも、上記で述べたように、世界中で一番大切な子供、一番愛している子供から、こんなに苦しいこと、こんなに辛い事を相談してもらえなかったことを、まず第一に後悔すべきです。
原因を追及すべきことはたくさんあるかもしれませんが、「全財産」「全エネルギー」を使って愛し、守るべき親が、守ってあげられなかった子どもを、この世の中の誰が、守ってくれるでしょうか!!!
原因も理由も一切関係なく、まず、相談相手になってあげられなかった自分自身の反省ではないでしょうか?ですから、幸運にも、まだそのような状態に遭遇していない方は、今から、この覚悟をしておくことこそが肝心です。
●(14)少し休憩して、国際的な「イジメ」についての、日本政府の弱腰をこれからご紹介します。
読売新聞(平成19年1月5日)<資源争奪>より
世界最大級の資源開発事業「サハリン2」の心臓部、液化天然ガス(LNG)プラントの建設現場。国際石油資本(メジャー)のロイヤル・ダッチ・シェルと三井物産、三菱商事の3社が事業を手がけてきた。2008年の完成後は年間480万トン以上のLNGを日本へ輸出する。
この事業は、累積債務を抱え、資金余力がなかった当時のロシアが外資の力を借りる形で始まった。巨大開発は極東の辺境サハリン州にガス景気をもたらした。州民の平均給与は5年間に4倍以上に跳ね上がった。
ところが、8割方工事を終えていた昨年9月、ロシア天然資源監督局が環境破壊を理由に工事許可の取り消しを求めてきた。
「1兆円相当の環境破壊がある」
「下請け業者の工業用水の使用を禁止する」
「事業費の増額は認められない」
政府幹部や各省庁が矢継ぎ早に圧力をかけてくる。
「ロシア側の意図がわからない」と、シェルや日本商社の交渉担当者は頭を抱えた。その時、追い打ちをかけるように、ロシア国営の天然ガス独占企業体「ガスプロム」がサハリン2の事業会社「サハリン・エナジー」の株式の過半数を譲渡するように要求してきた。
ロシアの交渉態度は、シェル、三井物産、三菱商事の3社の社長を12月15日と21日の2度にわたってモスクワに呼びつけるほど強圧的だった。
「ガスプロムが参加した方が、ロシア国民へガスが安定供給されて好ましい」(サハリン州議会のエフレモフ・イリチ議長)
地元経済を潤してくれる外資企業に同情的だったサハリン州も、いつしか政府寄りに傾いてゆく。国家ぐるみの圧力を受けた3社は「このままでは事業が存続できない」として、要求を受け入れざるを得なかった。
「サハリン2に、あらゆる協力をする用意がある」
ロシアのプーチン大統領は、3社の社長をわざわざクレムリンに招いて株式譲渡の報告を聞くと、上機嫌で応えた。一連の出来事が大統領の意思に基づくものだったことをうかがわせた。
<略>
欧州諸国はロシアの強引な手法に反発するが、欧州連合(EU)の天然ガス需要量の25%をロシアから供給されているため、強く出られないでいる。
「欧州の弱腰ぶりを見て、プーチン大統領は日本にも強圧的に迫ってきた」
日本側関係者は、ロシアが資源外交の照準を日本に向けてきたと分析する。
ところが、国際的なビジネス・ルールを無視して契約をほごにされ、一方的に自国の権益を奪われたにもかかわらず、日本政府に危機感は乏しかった。
甘利明経産相は12月22日の記者会見で、「(日本へのガスの)安定供給を約束されて、評価できる」と、歓迎する発言すらした。石油業界関係者は「政府と民間が一体となって交渉にあたれば、結果は違っていたかもしれない」と悔しがる。
ガスプロムは欧州各国で一定の供給シェアを握った後、その国の電力、ガス会社などとの提携や出資に乗り出している。「次は日本の川下市場へ攻め込んでくる」(業界関係者)との警戒感が高まっている。
●(15)同じ日の同じ新聞に載ったもう一つの記事をご紹介します。
読売新聞(2007年1月5日)<北方領土「露への譲歩案は逆効果」>(袴田茂樹・青山学院大学教授・・・専門は現代ロシア論。近著に「現代ロシアを読み解く」62歳)より
日本とロシアが国交を樹立した日ソ共同宣言から半世紀が過ぎた。新年にあたり、今日の日露関係の問題点と日本のとるべき姿勢について考えてみたい。
<略>
これに関連して指摘したいのは、近年とみに領土問題に対するロシア側の姿勢が強硬になっていることだ。4島どころか、2島の返還さえ拒否する空気が強まっている。まず、4島の帰属問題を交渉の対象とすると合意した東京宣言(1993年)を無視し、平和条約締結後に歯舞、色丹を引き渡すと合意した日ソ共同宣言だけを認める姿勢を強めた。
しかも「引き渡し」は「返還」ではないとの解釈を前に出している。プーチン大統領も昨年9月、国外の有識者との対話で「どのような条件で引き渡すか、日ソ共同宣言には述べられていない」と、微妙な発言をしている。
4島の主権はロシア側にあるとか、それは戦争の結果であり国際法でも認められている、などの発言と組み合わせると、その意図は透けてくる。この強硬姿勢の背景には、オイルマネー景気による大国主義やナショナリズムの台頭と、それに対して日本側が一時、日ソ共同宣言を強調するアプローチをしたことなどがある。
この状況の中で懸念されることがある。それはわが国の外相、政治家、専門家などが、プーチン在任中に解決をと、次々と譲歩を重ねる「新提案」発言をしていることだ。麻生外相は12月13日の衆議院外務委員会で北方領土の折半論に言及し、個人的見解と釈明した。外相はこれまでも、3島返還論や共同開発論にふれ、そのつど外務省が否定してきた。
10月には鳩山民主党幹事長らが、モスクワで日ソ共同宣言50周年の記念会議を開き、その場でも日本の政治家や専門家から同様の「新提案」の発言が出ている。
膠着状況にある領土問題を何とか動かそうとの気持ちは理解できるが、三つの点で基本的な間違いを犯している。第一に、ロシア側が、この動きを見て、最近の対日強硬路線は正しかったと結論し、さらなる譲歩を迫るために一層強硬姿勢を強めるだろうということ。
第二に、日本側の「新提案」は、折半論であれ3島であれ、現在ロシア側には交渉の意思は全くないという状況を無視した能天気な楽観論であること。
第三に、たとえ最終的に政治決着が必要だとしても、落としどころを交渉の前に公然と示すのは、交渉術としても愚劣だということ。そこから値引きが始まるからだ。
今日本がすべきことは、焦って次々と譲歩を示すことではない。4島の帰属交渉を開始することは東京宣言の基本合意であり、まずその実行を断固として求めることだ。この問題がどのような形で最終的に決着するかは、交渉の中で出てくる事柄である。
その交渉は、信頼関係を構築した当事者間において非公開で行なうべきものだ。政治決着もその先にある。今その実現が難しいというのであれば、国家百年の計として臨む腹をくくることだ。
●(16)⑨組織は、すべてトップ次第です。
いろいろな組織や集団を見ていると、結局、組織はすべてトップ次第です。トップがどういう対応を取るか、それによって決まります。
会社であれば「社長」であり、工場であれば「工場長」、○○部であれば「部長」、○○課であれば「課長」、学校であれば「校長」、国であれば「首相」、都道府県であれば「知事」であり、市町村であれば「市町村長」、家庭であれば「一家の大黒柱(父親)」です。
最近、大会社で大きな不祥事が続きました。
数年前には、天下の三菱自動車がリコール隠しをして、倒産の危機に見舞われました。欧米では、この種の危機管理がしっかりしていて、全社を挙げて、全力で善処します。
*そういう欧米的な危機管理が日本でも浸透しつつある中、一昨年から昨年にかけて、松下電器は石油ストーブの不良品交換の件で、理想的なすばらしい対応をしました。死亡事故が起きた石油ストーブを交換してもらうために、文字通り全社を挙げて、全力で対応しました。
自社のテレビコマーシャルを全て、不良石油ストーブ交換のお願いに換えたり、日本の全家庭にハガキを郵送したり、雪国では、雪を掻き分けて一軒一軒、社員が民家を訪ねて、不良の石油ストーブがないか尋ねて歩きました。私(藤森)の記憶では、数百億円をかけ、涙ぐましい努力をしました。
テレビコマーシャルを全て中止した上に、処理のために莫大な費用をかけましたので、その後の決算が懸念されましたが、案に反して、すばらしい結果を残し、役員が涙ぐみながら決算発表したのを記憶しています。
さて、そのような日本の歴史上空前・壮絶な対応を松下電器がやったことは、日本の経営者ならば誰でも知っているはずです。
しかし同じ年に、全く同じケースの「ガス瞬間湯沸かし器による一酸化炭素中毒」の死亡事件が発覚したにもかかわらず、パロマの会社は、松下電器に反比例して、まったくお粗末な対応をしてしまいました。
最近、パロマの会社の動静を聞きませんが、存亡の危機に立たされているのではないでしょうか?次の「不二家」と同様、パロマと不二家は、社長が一族の方でした。
*読売新聞(平成19年1月11日)<不二家販売休止「細菌、規定の10倍の商品も」「古い牛乳使用論外」「消費者から批判相次ぐ」>より
洋菓子「シューロール」について、細菌検査で食品衛生法の規定を約10倍も上回る細菌数が検出されたにもかかわらず、そのまま出荷していたことを認めた。<略>
同社によると、昨年10月中旬から11月上旬にかけて、同県新座市の埼玉工場で、消費期限切れの牛乳を計8回使って、約1万6000個のシュークリームを製造・出荷した。同工場ではこのほか、①シュー生地でクリームなどを巻いた洋菓子「シューロール」で、細菌検査で法の基準に満たない商品を出荷②アップルパイなどで賞味期限切れのリンゴ加工品を使用③プリンの消費期限を社内基準より1日長く表示・・・なども判明。<略>
こうした問題について、同社は昨秋の社内調査で把握していたが、公表していなかった。・・・会見した藤井林太郎社長は「考え方が甘かった」と認め、「生活者を第一に考えた対応が不十分であったため、このように信頼を裏切る行為になったことを深くおわびしたい」と陳謝した。
この問題を受け、同社は11日から、埼玉のほか北海道、栃木、大阪、佐賀の洋菓子工場の操業を休止、全国約800店に上る直営・フランチャイズ店と、子会社が経営するレストラン約100店で、洋菓子販売を休止した。
*また、こんな例もあります。読売新聞(平成18年10月23日)<編集手帳>より
日本の最北の動物園で知られる北海道旭川市の旭山動物園の入園者数が、驚異的に増え続けている。昨年度は206万人で全国2位(注:トップは上野動物園)、今年度は早くも220万人を突破し、全国のトップを走る。
アザラシが悠々と通り抜ける透明の円柱トンネルや、オランウータンの空中散歩など、動物の生命の躍動感を伝える展示は、広く国内外で知られている。台湾や韓国などからの観光客も急増した。
地域への経済波及効果は、9年間で約190億円に達したという。新たな動物園のスタイルを創り、地方活性化の可能性を示したと評価され、先日、菊池寛賞の受賞も決まった。
旭山動物園が成功を収める一方、ほどんどの動物園で入場者数がこの30年間に半減している。レジャーが多様化し、珍しい動物がいるだけではお客が集まらなくなった。
最近は、自治体が民間団体などを指定管理者として、動物園の管理運営を委ねるケースも増えている。契約期間が切れて、管理者が次々と変わるのであれば、長期の展望は描けない。動物園の運営は、短期の収支だけで評価されがちだ。
旭山動物園も、かつては入園者が減り続けていた。10年前、職員の改革構想を市長が採用したのが転機だった。投入された施設整備費は、約40億円に上る。旭山動物園は、公的施設のあり方に一石を投じている。
●(17)⑩イジメに対するすばらしい解決案の一つ
夕刊フジ(平成19年1月10日)<VSいじめ「子どもと向き合う大人たち」>より
いじめやいじめに伴う自殺が全国で吹き荒れている。教師までもいじめに加担していた末期的な事実も明らかになった。なぜ人は人を追い込むか?その凄惨な連鎖の断絶に取り組む人々を追ってみた。
《俺だってまだ死にたくない。だけどこのままじゃ生きジゴクになっちゃうよ》
昭和61年2月、中野区立富士見中学2年の鹿川裕史君=当時(13歳)=は、岩手・盛岡駅ビルの地下トイレ内に遺書を残して命を絶った。自殺の引き金になったのは、同級生による暴力と恐喝といったいじめ。子供だけでなく、教師4人も加わり、陰湿な「葬式ごっこ」が行なわれていたことも発覚し、世間は唖然とした。
<中野富士見中の再生に向けて20年奮闘>
あれから20年、世間の耳目を集めた富士見中を訪ねてみた。
「事件を契機に『おやじの会』が発足しました。現在も地域の牽引役として活動、貴重な存在となっています」(牧井直文校長)
おやじの会は事件1ヶ月後に在校生の「おやじ」約50人によって結成された。現在も当時のメンバーが中核だ。事件当時、PTA会長だった同会事務局長の矢口正行さん(65)は「事件前から学校はすでに荒れていました。授業中に平然と生徒が出入りすることも黙認されていたような有り様でした」と振り返る。
大人の抑止どころか、子どもの顔色ばかり気にしていた。父親は子どもを母親と学校に任せきりだった。「それが1人の生徒の悲痛な死で目を覚ました。親の責任を強く感じ、私たちが何とかしなくちゃと立ち上がったんです」(矢口さん)
おやじの会は積極的に体育祭などの学校行事に参加し、ロックバンド大会や餅つき大会を企画したり、生徒たちとのコミュニケーションを図ることに力を注いだ。
効果絶大だったのが、「ナイトウォーク」。夜から朝にかけて都内数十キロを踏破する。辛いのは大人も子どもも同じ。励まし合い、苦難を一緒に乗り越える中で心が通い合い始めた。今ではすっかり夏の恒例行事として定着した。父親ならではの企画力・実行力に学校や保護者、生徒も信頼を寄せた。
「行事で生徒がだらしなければ、おやじの雷が落ちる。いい意味で威厳があるから、生徒もおやじに一目置くし、素直になる」(牧井校長)
会の活動資金は、商店街の祭りや地域の花火大会での出店で賄う。これもおやじの知恵だ。商店街の祭りの屋台には副校長も立つ。おやじは商店街で生徒を見れば、気軽に声をかける。たむろする子どもに「悪いけど、ちょっと手を貸してくれよ」と自分の店を手伝ってもらうこともある。子どもたちは実に素直に動いてくれるという。
「都会では学校と家庭がバラバラで、地域なんてあってないようなものです。それを繋げ、活性化させるのが、ガンコおやじの役目なんです。お父さんたちに、家族が住む街づくりに参加してほしいんですね」
(太田鉄平)
教育再生会議のくだらない議論よりもはるかに素晴らしい取り組みだと、私(藤森)は思います。
●(18)私(藤森)がお世話をさせていただいている関西方面のご家族・・・その家庭の子どもさんが通う学校で問題が発生し、その地方の新聞沙汰になり、保護者集会もあったということです。
それはこういうことでした。
①小学校4年生のある生徒が、給食の時間、ご飯を団子にして、天井に投げて遊んだ。担任はそれを注意し、このことを校長に報告。
②翌朝、校長は校門でその児童が来るのを待ち、その児童を叱責し、頬をつねり、お尻を7~8回叩く。
③児童は転倒し、ひざを擦りむく。頬にはつねりの痕と血が滲む。
④児童は帰宅後、親と病院へ
⑤同日、校長は指導に行き過ぎがあったとして、児童宅へ謝罪に行くが不在で、翌日、再度、謝罪に行く
⑥校長は自宅待機処分
⑦一週間ほどして、新聞に載り、保護者集会があった。
概ね、以上の出来事です。
ここには色々な課題が含まれています。
ご飯を粗末にしていることやこの程度のことで大騒ぎになること、新聞社への投稿などです。私がお世話をしている方(父親)は、むしろご指導いただいてありがとうございますと言いたいとおっしゃっていました。
ここで私が取り上げたい問題は、校長です。この校長は熱血先生で評判の先生だということでした。
さて、その場の瞬間的な対応は、誰でも適切に行なうのは難しいものです。しかしこの場合、直接に対応した先生ではなく、しかも、翌日までの「間」がありながら、校門という大衆の面前で、まるでカッとしてやったかのような、このような処罰は、明らかに「異常」です。
このように明白な出来事を適切に対応できない学校や校長が、陰湿かつ隠蔽されるような「イジメ」の問題をうまく処理できるわけがありません。
●(19)私(藤森)が体験した出来事です。
数年前、あるコンビにの前で、中学生か高校生らしき3人が喧嘩をしていました。それほどの喧嘩でもないように思えましたので、それとなく気を配って様子見をしていました。
暫くすると、ある女性が、「イジメられているから止めてくれ」と、私に言いに来ました。
私は、仲裁に入るほどの喧嘩やイジメだとは思いませんでしたが、声を掛けられては、放っておくわけにはいきません。近寄って様子を見ていると、一人が馬乗りになって文句を言っています。
暫くして、さらに近寄り、馬乗りになっている子どもに、「どうしたんだい」と優しく声を掛けながら、肩をさすりました。その内に、馬乗りをしている子どもは力が抜けたのか、スーッと降りて、それで無事に終了しました。
●(20)こんなこともありました。
私(藤森)の次男は、今、小学校の三年生です。
一年生と二年生のとき、息子のクラスに凄い子どもがいました。その子をA君とします。A君は授業中、勝手に教室を歩き回ったり、周囲にチョッカイを出したり、大声を出したりします。学校公開日に授業参観すると、担任の先生(年配の女性)だけでなく、補助の先生の二人がかりで、カリカリしながら対応しても全く動じません。
他の子どもが教室の前に出て、何かを発表しているとき、A君も前に出て行き、発表している子どもの後ろから、発表している資料を取り上げたりします。そのA君を強力に強制するのでなく、補助の先生と二人で、何とか穏やかに処理しようとしているのです。喩えていえば、若様のいたずらに爺やが閉口しながら追い掛け回しているようです。今の時代は凄いことだなと驚きました。
しかし、このA君はわが家に遊びに来たり、クラスメイトの家に遊びにいくときは、実に礼儀正しいのには驚きます。近くを散歩しているときに、家族と一緒のA君と出会うときがあります。挨拶をすると、内気な子どものような雰囲気を見せるA君の姿を思うと、学校でのあの様子は一体なんだろうかと思ってしまいます。
息子が三年生になったときに、A君とはクラスが別になりました。教室中を勝手に歩き回るA君とクラスが別になったと聞いて、少しは授業が落ち着いてできるであろうとホッとしました。
三年生になって最初の学校公開日が来ました。教室の後ろから、妻と一緒に授業を参観して、前よりももっと驚きました。前よりももっと手に負えない子ども(B君)がいるのです。
体はクラスで一番小さいのですが、前の子どもの頭を叩いたり、暴れたり、蹴っ飛ばしたり、手がつけられません。今度の担任は男性ですが、補助の先生と二人で、カリカリ・イライラしながら、何度も何度もB君の所に来て注意をするのですが、どうにもなりません。
私は、後ろから見ていて、<今の学校は、多少の拳骨を使ったりして、こういうことを適切に処理できない制度になっているのだろうか>などと思いながら、私自身がカリカリ・イライラ、腹が立って仕方がありませんでした。
後日、妻がどなたからか聞いてきました。
B君の両親は離婚し、お母さんが引き取ったそうです。ところがお母さんは、B君を育てられなくて施設に預けたとのことです。私の家の近くの一軒家に、何人か同様の人が預けられている施設があったのです。B君は、そこの施設から学校に通っているとのことでした。
この話を妻から聞いて、私は自分の未熟さを反省しました。
そこで、三年生の息子に、「お父さんがいるときに、B君を遊びにくるように誘ってちょうだい」と言いました。
ある日、B君は遊びに来ました。
私の息子は、三年生になるまでかなり長時間、ゲームをして遊びました。また、同じ日に遊びに来た数人の友達も、ゲームはよくします。そのために、B君はほとんど彼らと一緒にゲームをして遊ぶことができません。
仲間外れのような形になったB君は、私のところにやってきました。そこで私はB君と一緒にトランプをしたり、紙飛行機を作って飛ばしたりして遊びました。その後、B君は、わが家に遊びに来ると、「お父さん、お父さん」と言って、私のところにやってきます。
朝、保護者は、学校へ行く子どもを数分間の距離、一緒に歩いて「見送り」をすることになっています。私が近くの信号機まで見送ったある日、先に横断歩道を渡り終えて、学校に向かっていたB君がたまたま私たちに気がつきました。そのときB君はわざわざ戻ってきて、信号が変わって横断するまで、息子を待ってくれたことがありました。
ある雨の日、同じ場所でまた、B君と出会いました。
私はいつも、信号機のところで別れたあと、その先の角を左折して、子どもの姿が見えなくなる200メートくらい見送ります。子どもの元気な姿を、見えなくなるまでジーッと見送ることができる幸せを感じながら。
息子は一年生のとき、途中、何度も振り返ってくれて、お互いに手を振り合いました。何度もなんども手を振り合う幸せ!二年生になると、あまり振り返らなくなりました。三年生になると、ほとんど全く振り返らなくなってしまいました。でも、ジーッと我が子を見送る事ができる幸せ、何気ない小さな出来事のように見えるかもしれないことが、私にはとてもうれしいのです。
雨のこの日、B君と一緒の二人を、ズーっと見送っていると、見えなくなる直前で、B君が振り返りました。私は大喜びで、「おーい!」というような気持ちで、傘を何度も振り上げました。するとB君も、傘を振り上げて合図を返してくれました。
「心が通じたなあ!」
私は、幸せな気持ちで、胸がいっぱいになりました。
ある日、妻と次男、B君の4人で映画を見に行きました。帰り、マクドナルドのハンバーガーを食べ、ソフトクリームを食べて帰りました。
後日、施設のお母さんから、「B君が帰宅してから、楽しかった!楽しかった!」と、とても喜んでいたと電話がありました。学校でも、B君は息子に、「映画楽しかったね!」と何度も言ったそうです。
この正月、僅かですが、お年玉を上げました。施設のお母さんは、「とても驚きました」と言って、喜んで電話をくださいました。この施設と同じ関係の施設が千葉にあるそうで、正月休みに、千葉の施設に泊りがけで行ったときに、お土産を買ってきてくれました。
最近、妻がどなたからか聞いてきた話では、B君は、以前よりも教室でおとなしくなってきているとのことです。 |
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