2006年7月15日 第48回「今月の言葉」
現場力について(補足)

私(藤森)が最も強調したい「現場力(職人)」について、最近号の週刊ポストにすばらしい記事が載っていましたので、ご紹介します。
 私が生まれ育った三鷹市には有名な東京天文台があります。子ども時代にこの天文台が遊び場だったというご兄弟が、隣接地に会社を作り、驚異的な技術力を発揮するという凄い話です。しかし、この会社の社員数はわずか43名です。
 
○毎週、山根一眞氏が、「メタルカラーの時代」と題して、時代の最先端技術者をインタビューします。<週刊ポスト、2006年7月14日号より>
 「ブラックホール初観測にも寄与!世界が注目する」
 「NASAをも驚愕させた宇宙機器開発を原点に0・1ミリメートルのブレも許さぬ医用顕微鏡が人名を救う」  

<今週のゲスト、三鷹光器の代表取締役社長・中村勝重さん・・・・1944年東京都生まれ。12歳離れた長兄・義一さん(現・会長)が経営する三鷹光器株式会社でさまざまな精密機器の製造販売に関わる。
 会社案内に明記されている営業品目は「天体望遠鏡・観測用ロケットおよび人工衛星用搭載光学機器・非接触三次元測定装置・精密座標測定器・脳神経外科用手術顕微鏡・半導体欠損チェック装置・医療用具輸入販売」と多分野にわたり、「東京都発明研究功労賞」「中小企業優秀新技術・新製品賞優秀賞」など受賞も多数>
 
 世界を震撼させる技術力を持つ「小さなメーカー」への関心が高まっている。超精密機器メーカー「三鷹光器」はその代表例で、今週も先週に引き続き、同社代表取締役社長の中村勝重氏に、世界一の技術について伺います。
 ・・・・・・
<中村>「シャトルの実験で宇宙で人工的にオーロラを作るが、それを撮る宇宙用ビデオカメラが必要だ」ということで、話がまわってきた。
<山根>どういう経緯で三鷹光器に依頼が?
<中村>大手メーカーが、作れなかったんです。宇宙は真空で、太陽が当たれば100度C以上、日陰はマイナス50度C以下。そんな過酷な条件に耐えるテレビカメラを作るのは至難の技でした。大手メーカーが50人がかりで基礎研究して3年以上費やしていたとか、手間も時間もかかりすぎるわけです。
 でも、うちはそもそもそんなに手をかけられないし、かけなくてもできるよ、と。
<山根>どうしてそう簡単に作れたの?
<中村>経験の蓄積があったんです。我々は天文台のための望遠鏡を開発・製造してきたが、(公害で)日本の空がだんだん明るくなり、地上からの観測ができなくなってきた。
 そこで天文学者たちはロケットに望遠鏡を積んで、宇宙で観測するようになっていた。それに応える軽くて丈夫な望遠鏡を作り始めていたんです。地上では何トンもあった望遠鏡を、ロケットに積める、人間が持てるほどの重さに仕立てたり。
<山根>そんなこと、常識では不可能ですけど?
<中村>可能になったのは、光を電子に変え増幅する「光電子倍増管(浜松ホトニクス製)」のお陰でした。
 ・・・・・・・
<山根>中村社長とお兄さん(実兄である同社会長の義一氏)の頭の中には、すでに宇宙空間の環境がイメージできていた?
<中村>そうかもしれないですね。どういう場所で、どう使われるのか、その「最終製品」のイメージがあれば、最短距離で到達できます。
 学校を出た頭のいい人がとことん計算したあげくに「できません」となってしまうことが多いが、三鷹光器なら最短時間で開発します。世の中、知識が邪魔してることも多いんじゃないですかね?
<山根>重みのあるお言葉。
<中村>シャトル搭載のカメラは、たまたま東京大学の宇宙科学研究所(当時)を訪ねたところ、「3日後に最終回答をしなきゃいけないが、もうギブアップ寸前」と担当の先生の顔色が青くなっていた。
 ギブアップならば、シャトルに確保されていたカメラ設置スペースを返上することにも・・・・。
<山根>崖っぷちだ。
<中村>大手メーカーさんから出てきたそのカメラの概略が、いくつか白板に描かれていたので、「これじゃ先生、ダメだよ。基本がなっていない」とアドバイスしたんです。
<山根>基本がダメ。
<中村>「赤子を抱いたお母さんが犬に吠えられ追いかけられている。逃げるお母さんは赤ん坊をどう守りますか」と?
<山根>どういう謎かけ?
<中村>S社さんの方法は赤ん坊の足だけを持つカタチだし、H社さんは耳をつかんでいるようなものだ、と。でも三鷹光器なら赤ちゃんを両手でそっと抱えて守るような構造にしますよ、といったんです。
<山根>具体的には?
<中村>赤ん坊(カメラ本体)の重心をお母さん(保持駆動機構)に接近させ、抱え込ませるようにする。その場で図をサラサラと描いたところ先生方は「あぁ、これだ、これだ!」と(笑い)。
<山根>何だかわからないけど、凄い(笑い)。よく考えつきましたね。
<中村>考えたのではなく、先生に話を聞き終えたときにはもうできていた。3日後には図面も完成(笑い)。そしてごく短期間でスペースシャトル搭載のオーロラ実験用の高感度モニターカメラを作ったんです。
<山根>大手メーカーは驚愕?
<中村>一番驚いたのは、宇宙科学研究所に来ていたNASAの若いエンジニア。
<山根>あのNASAの。
<中村>その若造がNGを連発するものだから、大手メーカーの皆さん、3年も振り回されていたらしい。コネクターがああだとか、信号ケーブルのノイズを除去がこうだとか。
 ところが彼は、我々のカメラを見て感心し、社員3000人ぐらいの会社が開発したと思ったらしいです。
<山根>当時の社員数は?
<中村>12人(笑い)。
 ・・・・・・・
<山根>「お母さんが赤ちゃんを抱える」というようなアイデアを、どうやって形にしていくの?
<中村>三鷹光器では必ず1対1のサイズで図面を描くのが基本です。
<山根>原寸大の図面?
<中村>そのため製図台も1メートル×2メートルとか大きいものを用意しています。原寸大にすることで、実際の製造や組みつけのイメージがより確実なものになる。
 原寸大なら「ここをこんなスピードで動かしたら無理が出るな」などということも直感でわかる。宇宙で高熱にさらされれば金属は膨張し、日陰は極低温で収縮しますが、原寸大の設計図だと、その影響がどこにどう出て、どこの肉厚を変えれば、どうそれを逃がせるかも見えてくる・・・・・。

<山根>脳外科手術用顕微鏡でダントツ世界一というのも、根っこは望遠鏡や宇宙カメラ?
<中村>基本は同じです。高性能顕微鏡を支え、ブレを出さないスタンド(保持のための可動アーム)も、ほとんど不可能といわれていたが・・・・。
<山根>宙に固定された顕微鏡をのぞきながら、神経や血管の吻合などのデリケートな手術をする。顕微鏡1ミリメートルぶれると視野が5センチメートルも揺らぐのだとか?
<中村>命に関わりますよね。でも、要はバランスです。望遠鏡もシャトルカメラも同じで、「やじろべえ」の原理。左右の腕に同じ重さがかかっていれば軽く動き、適切なダンパー(振動吸収器)を用いればピタリと止まります。そこが肝心なところです。
 ・・・・・・
<中村>手術中には予期しない大量出血もある。そうなったときには、いかに素早く顕微鏡をどけて吸引・止血し、再び顕微鏡を戻したときにはピンポイントでさっきのポジションに復帰できるかが勝負。
 そんなことに手間取っていては、患者さんはあの世に行ってしまいます。
<山根>パッと顕微鏡をのけ、パッと元に戻る・・・・。それが望遠鏡と同じ技術で?
<中村>我々にとっては当たり前の技術ですよ。位置精度は0.1ミリメートルにできました。これをアメリカの医療機器の展示会に出したところ、2列の行列が延々。口々に「コンピューターはどこに置いてあるんだ?」と聞かれ、そのたびに「ノー・コンピューター」というが全然信じてもらえず、しょうがないからやじろべえの重りに当たる鉄の固まりを指さして、「これが我々のコンピューターだ」と答えてました(笑い)。レンズを含め開発した顕微鏡本体も、大好評でした。
<山根>どういうレンズ?
<中村>手術用顕微鏡は、被写界深度が深いほどいい。手術で触っている部分だけでなく、その手前も奥も、かなりの奥行きのどこにでもピントが合うようにしたんです。
 さらにレンズの先端と手術野の間に、ちゃんと手が入るスペースがとれないといけない。被写界深度が深い光学系は、天文などの世界では出来が良くないものになるんですが、医療の世界ではそれが最高の光学系なんですね。専門の光学メーカーさんは生真面目に設計をするので、こういうレンズを作れないんじゃないでしょうか。そういう工夫なら負けませんから。
 ・・・・・・・
 社員数わずか43人。会長73歳、社長61歳でともにバリバリの現役というこのメーカーを先日、突然、天皇陛下が訪問された(4月28日)のも納得。同社は、太陽光のエネルギーを生かし水資源の問題の解決に資する秘策もあたためているのだという。日本のメーカーが培ってきたモノ作り思想とは、本来、こういうものだったはずと思い知らされました。(構成/山根一眞)

●私(藤森)が日頃から強調したいことが、ここでは見事に表現されています。
 理論はもちろん大事です。しかし、現実の場面では、それを十分にこなしている「職人」の技が必要になります。(上手か上手でないかということを論じているのではなく)現実の場面で活躍するのは、学者的な勉強をたくさんしている人ではなく、それをこなす事を訓練している人であることは当然のことです。
 例えば、病院で治療する「医者」は、「医学」をたくさん研究している「医学者」が治療しているのではなく、医学を背景に、「治療の訓練をした職人」が対応しているはずです(純粋に「学者」的な部分だけでも、「職人」的な部分だけでもないことは当然のことです)。
 ところが「心理」などの「精神世界」は目に見えないために、全くおかしなことが多く行なわれています。

●来月の「今月の言葉」で詳しく述べる予定ですが、私は「心理・自己成長」分野の職人であると思っています。そのため一番本格的に学んできた「交流分析」でさえ、全体を十分に指導できる自信がありません。ましてや他の心理学は、全体像さえもよくわからないものが多いです。
 私の学び方は、自分が自己成長に必要なところが手に入れば、もうそれで十分な気持ちになってしまいます。そういう意味では、かなり「いい加減」な学び方をしています。
 ある「心理学」を定義的にしっかり・キッチリ覚えたり学んだりすることよりも、学んだ事が私自身の「血となり肉」となって、それを十分にこなせるようになりたいという気持ちがとても強くあります。
 ですから、本の内容が頭だけで書かれたと思しきもの(いろいろな情報の寄せ集め的で、内容を十分に吟味していない、こなしていないようなもの)は、体が反応するのですぐにわかります。読んでも読んでも、頭の中に染み込みません。私の「脳みそ」が拒絶反応を起こして、その1冊を読了するのに、かなりの時間を要してしまいます。読むのに苦痛を感じる事さえあります。
 そういう私を振り返ってみると、学者的な部分の能力がかなり不足しているのを感じます。その私が逆に、「学者」的に本をたくさん読んで、研究している人間のように間違えられることが多いのには苦笑してしまいます。「学者」には憧れますが、私は根っからの「職人タイプ」のようです。

●そのような私にとって、「週刊ポスト」の上記の内容には強く「共鳴」します。特に赤い部分には・・・・。
大手メーカーが50人がかりで基礎研究して3年以上費やしていた・・・・・アメリカの「エスリン研究所」は、膨大な敷地に多数の専門家が集まって「心理学・心理技法」を研究していて、今や、この分野では世界の「メッカ」になっていますが、本質を捉えていない専門家がいくら集まっても、数が多ければいいというものではありません。一般にアメリカの「心理学・心理技法」は、荒削りで、奥行きもそれほどではありません。この点で、日本は本当に凄い国です。
 アメリカのエリック・バーンが開発した「交流分析」という「心理学」は、故・池見酉次郎先生や杉田峰康先生たちが、九州大学病院の患者さんたちに適用してみたが、不都合な部分がたくさんあったために大改造。
 精神分析の理論を大幅に取り入れた「日本独自の交流分析」といっても良いほどのすばらしいものを完成してくださいました。おそらく欧米の心理学をこれほど充実させて日本に順応させた心理学は他にないものと思われます。

どういう場所で、どう使われるのか、その「最終製品」のイメージがあれば、最短距離で到達・・・・・カウンセリング、自己成長の「個人面談の場」がそうです。クライエントの方のおっしゃる内容や質問の内容が、具体的に、真に具体的に理解できれば、答えは比較的簡単に出せるものです。

世の中、知識が邪魔してることも多いんじゃないですかね?・・・・・大学や大学院で心理学を専門に研究してきた人ほど、どうでもいいことに「定義」的に理解しようとしたり、自己成長にほとんど関係ない部分を熱心に研究したり、ディスカッションする傾向にあります。それでいて重要な事、全体の把握などが不得手のようです。詳しすぎるのかもしれません!

考えたのではなく、先生に話を聞き終えたときにはもうできていた。・・・・・クライエントの方のお話を理解するのは、考えてもダメです。直感的な理解、体験的な理解、インスピレーションとでもいいましょうか、ヒラメキが重要です。ですから研究しすぎた人、勉強しすぎた人には難しい分野です。でもほどほどに研究することが必要であることは当然のことです。

原寸大にすることで、実際の製造や組みつけのイメージがより確実なものになる。・・・・・原寸大の設計図だと、その影響がどこにどう出て、どこの肉厚を変えれば、どうそれを逃がせるかも見えてくる・・・・・これは私(藤森)が直接お話ができる人には、くり返しくり返し説明している「具体的」と同じことだと思います。私が「学者的」というときの特徴として「抽象的」があります。それに対して、「職人的」というときの特徴は「具体的」があります。
「抽象的」にするのが「学問・学者」で、「具体的」にするのが「職人」だと思っています。もちろん、どちらかだけということはありません。両者をコントロールしながら行なうでしょうが、特徴としてはうまく表現できていると思うのですが、不適切な部分がありましたらどなたかご一報いただければ幸いです。

顕微鏡1ミリメートルぶれると視野が5センチメートルも揺らぐ・・・・・この場合、1ミリが「具体的」で、5センチが「抽象的」といえるのではないでしょうか。個人対応をしていますと、クライエントの方は多くの場合、抽象的な「悩み」や抽象的な「質問」をされます。それに対応すると、5センチのズレが生じてしまいます。どこまで「具体的」に確認できるか、そしてどこまで体験的に理解できるか、直感を働かせることができるか、ここが勝負どころです。1ミリから5センチでは、50倍の誤差です。
「やさしくする」といっても、どうすることが「やさしい」のか、具体的にわかるでしょうか。実際にどうするかを、あるひとつのケースにあてはめて、実際に対応できる「具体的」な指導が「職人的なタイプ」で、「やさしくしてあげてください」といえる人が「学者的なタイプ」ですが、そこには50倍の誤差が生じる可能性があります。

手術中には予期しない大量出血もある。そうなったときには、いかに素早く顕微鏡をどけて吸引・止血し、再び顕微鏡を戻したときにはピンポイントでさっきのポジションに復帰できるかが勝負。・・・・・クライエントの方の「悩み」や「質問」を、後日、よく調べて完璧な答えをしても、あまり意味がありません。今、この瞬間に、クライエントの方の気持ち・ムードの中で、いかに「より適切な対応」ができるかが重要です。

専門の光学メーカーさんは生真面目に設計をするので、こういうレンズを作れないんじゃないでしょうか。そういう工夫なら負けませんから。・・・・・これは研究をやりすぎると、細部にこだわりすぎて「大局観」がなくなるからではないかと思われます。体験的理解、経験的理解、大局観こそが重要だと思います。
 聞くところによりますと、飛行機は、なぜ飛ぶのか正確にはわかっていないそうです。でも500人もの人を乗せて大空を飛んでいます。

<文責:藤森弘司>

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