●今の日本は少子・高齢化で、日本経済に非常に大きな影響があるようです。
本日(2006年4月2日)の朝日新聞によりますと、一人の女性が一生に産む子どもの数は、厚生労働省の2004年の人口動態統計では、過去最低の1・29人だったそうです。人口を維持するには2.1人程度が必要だそうです。
都道府県別では、最高は沖縄の1・72人、最低は東京の1・01人だそうです。
●すごい数字ですね。単に「高齢化」だけでも、それを支える若年者に負担がかかる上に、若年層が「少子化」ですから、経済的には若年層に二重の負担になってしまいます。
高齢者の老後をどのように支えるか、税金をどうするのか、年金をどうするのかなどの問題と同時に、労働人口が稼ぎだす日本の国力は、諸外国と比べて大幅に低下してくるのではないでしょうか。
●しかし私は、(具体的なアイデアはありませんが)むしろ少子化という世界にさきがけて困難な状況に直面することで、逆に、諸外国よりも「IT革命」を進めたり、世界の先頭を走るような「種々様々」な「創意工夫」を大胆にすることができるのではないかと考えています。
それは例えば、公害がひどかったり、30年前のオイル・ショックを経験したりしたお陰で、世界のトップレベルの省エネや低公害化が進みました。そしてそのお陰で、今回のオイルの高騰でも、輸入国の中で一番被害が少ないのは日本のようです。
また、日本の「短・近・少」でしょうか。一時は先進諸国から馬鹿にされていましたが、この「縮み思考」のお陰で、「ラジカセ」や「ビデオ・テレビ」などのように、種々のものを一体化させる技術や発想が、携帯電話に猛烈に活かされているのではないでしょうか。
小さいながらも、JRの切符代わりにもなるし、インターネット・バンクにも利用できるし、写真も取れるし、ホームページの閲覧もできるし、4月からは「ワンセグ」とかで、テレビも見ることができるそうです。電話帳や手帳代わりは当然です。
もう私のような老人には、何が何だかサッパリわからないほど、高度かつ猛烈に多機能化しています。
●このように、日本の特徴や過去の行き詰まりを、今の大発展に結び付けていますが、同様に、労働人口が大幅に減る事で、その対策を真剣に考えて「創意工夫」することが、世界の最先端を行くことになるのではないでしょうか(前回の「危機とは何か」をご参照ください)。
「少子・高齢化」対策は、世界最先端のビッグビジネス・チャンスになるはずだと、私(藤森)は思っていますが、「少子化」対策については、「少子化担当相」がいるくらいですから、今さら、私がとやかく言うほどのことは何もありません。では何故、今回、「今月の言葉」として取り上げたのでしょうか。
実は、私は「少子化」よりも、人口が増えることのほうが地球規模的に遥かに重要かつ深刻なことだと思っています。乱暴なことを言いますと、「少子化」は放っておいても長期的には自然に解決する可能性があります。
以下、新聞と週刊誌に紹介されたものを三つ、ご紹介します。
●<「連載エッセー・昼寝するお化け」の第326回「やせ細りする国」曽野綾子著、週刊ポスト2005年6月24日>
1人の日本人の女性が、生涯に生む子供の数が、ついに1・29人になったという。ベビー・ブームの頃は4人を超えていたというから、大変な変化である。
その理由を街頭でテレビが道行く人に聞いている。
もう少し安心して子供を生んで育てられるような支援が要る、と中の1人は言う。支援はあるに越したことはないが、私の幼い頃のお母さんたちは、支援など皆無だった。保育所さえも近所になかった所が多い。幼稚園に通わせる費用も、送り迎えの時間もない暮らしをしている人もたくさんいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<略>(略した部分は別の機会に紹介させていただきます)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
かつて旱魃による飢餓の国で、人間の受胎率は、飢餓の時には上がるのだと聞いて驚いた。食うや食わずの人たちが、性行為をしたり、受胎することは少ないのだろう、と私は一方的に思い込んでいたのである。
しかし飢餓で栄養が悪くなると、人間には種の保存の本能が働いて受胎率が上がるのだという。これもまた一種の神秘である。
●<読売新聞「中東の人口が爆発」(地球を読む)ポール・ケネディ・米エール大教授、2002年5月6日>より
<イスラエルの憂鬱>
イスラエルは生き延びるだろうか?
この問いの真意は、イスラエルが爆弾テロ攻勢から生き延びるかどうかではない。私の念頭にあるのは、目下の緊急事態はなく、もっと長期的で、いわばもっと根本的なものである。これから数十年の間に、イスラエル人口は徐々に、だが必然的に衰退する。その事実が持つ意味を熟考する時、私は頭痛を覚えてしまうのである。
私の憂鬱の原因は、米国と英国の特殊部隊がアフガニスタン作戦を展開しようとしていた昨年十月、国連が発表した公式文書である。劇的な時期に公表されたこの文書は、ほとんど注目を集めなかった。だがこれは、眼前の未来世界に関する、最も深遠な書物の一つと言えるかもしれない。少なくとも、テロに関する山のような記述より、はるかに重要だったのは確かである。
問題の文書を発表したのは国連人口基金。表題は「2001年の世界人口の現状」である。実際、余りにも心をかき乱す内容なので、私は今後何度か、新聞論評を通じ、その意味合いを精査していくつもりだ。今回は、最も憂慮すべき点から始めたい。それはすなわち、中東全体が人口爆発の傾向を見せていることである。
同基金の人口学者たちは、この報告書の中で、今後五十年間の人口推移の傾向を概略的に提示している。西欧では総人口が停滞し、南欧ではそれが低下し、ロシアと日本では急落し、アフリカと中東と南アジアでは爆発する。
もちろん、これは大まかな推定でしかあり得ない。戦争、病気、繁栄、生活様式の変化など、あらゆる種類の要因が予測に影響を与え得る。だが、眼前にある数字は余りにも鮮明である。かなり大きな誤差を見込んだとしても、全体像に変わりはないだろう。
現在、イスラエルの国内人口は約6百万で、その5分の1がアラブ系だ。そして人口は年間2%の割合で着々と増えているから2050年には1000万人に達するはずだ。これは農業資源、水資源の面から見て間違いなく重荷になる。そのほかすべてが順調なら何とか切り抜けられる水準ではあるが、事がそのように運ぶ可能性は極めて低い。
<水の確保も火種>
同報告書はまた、現在は330万人に過ぎない「パレスチナ占領地区」の人口が、イスラエルの二倍の速さで増加していることも指摘した。言い換えれば、イスラエル女性は平均2,3人の子供を産むが、パレスチナ女性は平均5,6人を産む。従って2050年には、既に過密状態のパレスチナ人の土地に、約1200万人が居を構えると予測される。
この人口には、他の諸国にいる600万人の難民は含まれていない。彼らもまた、同胞たちとほぼ同じ出生率を持つと推測される。従ってその人口も、これから半世紀の間に、やはり2倍、3倍に増えるだろう。
つまり2050年までに、800万のユダヤ系イスラエル人が、約2000万のパレスチナ人と数百万のアラブ系イスラエル人と共に、肩を接して暮らすことになる。たとえば水の供給など、ごく基本的な日常の必要事項に、彼らがどう対処するのか、想像するのもはばかれる。イスラエルは既に、水の55%を、正規の領土の外側で調達している。近隣諸国の地下水をくみ上げているのである。
他のイスラム世界もまた、人口爆発に直面するだろう。シリアの人口は、次の半世紀間に、1660万から3600万に増えると予測される。同じくサウジアラビアは2100万から6000万近くに、イラクは2360万から5360万になる。それどころか、アフガニスタンは2250万から7200万に、パキスタンは1億4500万から3億4400万に増えるだろう。
南に下って、イエメンの人口は年間4%以上も増加し、現在の1900万から、何と1億200万になると予測されている。
<15歳以下が45%>
既に述べたように、実際の人口総数が予測数より1000万上回ったり下回ったりしても本質に変わりはない。依然として深刻な問題を提起する。なにしろ幾つかの国々では、人口の45%を15歳以下が占めるようになる。これが問題にならないはずはない。
もっとも、これらのアラブ・イスラム諸国はみな深刻な社会・環境問題の対応に手一杯で、イスラエルに戦争を仕掛けるひまはないだろう、という結論が出せるかもしれない。だが逆のことも言えるだろう。そして恐らく、こちらの方が可能性は高い。
この土地には、絶望に追いやられた文字通り「何億人」もの青年と少年がいる。相変わらず過酷で人心操縦にたけたヒズボラとハマスの指導者たちは、テロ行為によって至上の犠牲を払い、永遠の報酬を受け取るよう、この若者たちをそそのかすだろう。それを回避しなければならない。
だが、過密な人口の圧力が根底にある。若いパレスチナ人やイエメン人たちには、われわれが考えるような普通の生活を送る機会がない。その現実の中で、どうすれば事態を逆転させられるだろうか。
<国家存亡の危機>
昨年9月11日以降、的外れの議論が盛んに行なわれた。ウサマ・ビンラーディンは大富豪で、自殺攻撃をしたパイロットたちも高学歴だから、こうしたテロ行為と、いわゆる人口過密と貧困と若い男たちの欲求不満との間に「連関」はない、というものだった。それは、イスラエルと米国に対する、アラブ・イスラム世界の怒りの二つの起因を、混同させようとする議論だった。
すなわち。資金豊富で手の込んだアル・カイーダのテロ作戦と、欲求不満の若者たちが欧米に対して、特にイスラエルに対して行なう一連の攻撃を同日に論じることである。
いずれの行為も卑劣で危険であることに変わりはない。だが、ビンラーディンのテロ細胞を除去することをひたすら優先して、中東全体の人口爆発を無視するのは、実に近視眼的な政策である。
確かに、イスラエル自身が、このことを考えている余裕はない。最近の自爆テロの急増によって、パレスチナ人とイスラエル人の戦いの死者の比率は、これまでの約15対1から3対1近くに変わってきている。
人口予測と、死者の比率の接近を合わせて勘案すると、イスラエルの将来は実に恐るべきものになる。ここからの出口は、あるのだろうか。
私には全く分からない。だから頭が痛いのである。悲観的過ぎるだろうか。人口学的な奔流は、イスラエルを消滅させるか、ないしは絶望的な行動に駆り立てるだろう。そう考えると、いまの私は途方もなく憂鬱なのである。国連人口基金のデータを読んで、何か別の幸せな結論を出せる人がいるだろうか。もしいたら、それを聞かせてもらいたいものである。
●<読売新聞「中国・貪欲な資源消費」(地球を読む)レスター・ブラウン・米地球政策研究所理事長、2005年5月2日>
<「米国の夢」猛追>
中国版の「アメリカン・ドリーム」は、世界にとって「悪夢」になるのだろうか。いまや中国は、豊かさの象徴である「米国の夢」を急速に自分のものとしつつある。すでに何百万もの中国人が、まるで米国人のように肉を食べ、車に乗り、海外旅行をしている。
その背景には急速な所得の向上がある。こうした米国型の消費者は、まだ13億人の人口のごく一部である。だが、地球上の資源に対する中国の食欲は、すでに目に見えて大きくなっている。
中国経済における食糧、エネルギー、工業部門で使われる五つの基本材料、穀物と食肉、石炭と石油、そして鉄鋼の消費量は、石油だけを除き、すでに米国を上回っている。
中国の1人当たり資源使用量は、いずれ現在の米国並みになるのだろうか。また、それと深く関連するが、現在の中国人1人当たり年間所得5300ドルが、3万8000ドルという2004年の米国の数字に並ぶまで、何年かかるのだろうか。
中国経済は、1978年に大規模改革を始めて以来、26年間にわたって、年率9・5%の急速な成長を遂げてきた。今後8%成長を続けるとすれば、経済規模は9年ごとに倍になり、2031年、推定人口14億5000万の中国人の年間所得は、3万8000ドルに達する。控えめな6%成長を仮定すれば、経済は12年ごとに倍になり、40年に、現在の米国の所得に追い付く。
ここでは8%成長を前提に、31年の中国が、今の米国並みの貪欲さで資源を消費すると仮定したい。肉や牛乳、卵が豊富な米国風の食事を維持するのに必要な、1人当たり穀物消費量は、現在の291キロ・グラムから、935キロ・グラムに上昇する。
31年の中国は、04年の3億8200万トンを大幅に上回る、13億5200万トンの穀物を消費することになる。04年、世界全体の穀物収穫量は、20億トン強だった。これは、その3分の2に等しい数字である。
いま世界に存在する耕地の生産性を高めることには限界がある。中国の消費に応えるため10億トンの穀物を追加生産するとすれば、ブラジルに残存する熱帯雨林の大部分に相当する広さを穀物生産用の耕地に変えることになる。もちろんこれは、開墾した土地が農耕に堪えることを前提にしての話である。
<使い捨て経済いずれ限界>
2004年、米国の1人当たり食肉消費量は125キロ・グラムだった。31年の中国がこの水準に達するとすれば、年間消費量は現在の6400万トンから1億8100万トンに増加する。これは、目下の世界食肉生産量2億3900万トンの、ほぼ5分の4に相当する。
エネルギー関連の数字は、さらに驚くべきものである。もし中国が、今の米国並みの割合で石油を使えば、31年までに、日量9900万バーレルの石油が必要になる。目下、世界の石油生産量は日量7900万バーレルであり、これを大きく超えるのは無理かもしれない。
石炭も同様である。もし中国の石炭使用量が、現在の米国並みの1人当たり2トンに達すれば、使用量は年間28億トンとなり、現在の世界総生産量25億トンを上回ることになる。
これほど大量の化石燃料を燃やせば、息苦しくなるだけでは済まない。中国による化石燃料の使用から生じる炭素排出量だけでも、現在の世界全体の排出量と並ぶだろう。手に負えないほど急速な気候変動が発生し、食糧安全保障を脅かし、沿岸部の都市を水浸しにするかもしれない。
また、中国の1人当たり鉄鋼消費量が米国並みに増えることは、総使用量が、現在の2億5800万トンから、5億1100万トンに跳ね上がることを意味する。これは、欧米先進諸国全体の現消費量に匹敵する。
さらに、近代化のもう一つの指標である紙の使用量を見てみよう。現在、年間わずか27キロ・グラムの1人当たり使用量が、31年に今の米国並みの210キロ・グラムに増加すれば、中国は3億300万トンの紙を必要とする。これは、目下の世界総生産量1億5700万トンの、ほぼ倍である。世界中の森林が消えるだろう。
車はどうなるのか。もし中国の自家用車保有台数が、米国並みの1人当たり0.77台になれば、31年の総保有台数は11億台となり、今の世界全体の総数7億9500万台を、はるかに上回る。これほど大量のために一般道路や高速道路、駐車場などを舗装するとすれば、その広さは、現在の中国の稲作面積に近いものになるだろう。
以上の予測は、中国の使い過ぎを非難するためのものではない。人類の大きな部分が、地球規模で急速に経済的地位を向上させると、何が起きるかを知るためのものである。欧米の経済発展モデルは、化石燃料を基盤とし、自動車に依存する使い捨て経済だが、これは中国では機能しない。要するに十分な資源が存在しないからである。
もし中国で機能しなければ、年率7%で経済成長し、30年までに人口が中国を追い越すとされるインドでも機能しないだろう。「米国の夢」にあこがれる、そのほかの発展途上諸国の30億人にとってもまた、機能しないだろう。
そして、地球規模の経済一体化がますます進み、縮小しつつある資源をあらゆる国が同時に争う時、いま豊かな工業社会に暮らしている12億人にとってもまた、この経済モデルが機能し続けることはないだろう。それが恐らく、最も重要なことである。
現在の経済モデルでは経済発展を維持し得ない。先進諸国がそれに早く気付けば気付くほど、良い結果を全世界にもたらすだろう。現在の消費水準が地球に及ぼす負担はあまりにも大きく、現代の産業経済が依存するエネルギー資源と鉱物資源は、急速に枯渇しつつある。
しかもわれわれは、地球の自然環境が持続的に再生産できるものを、はるかに超えて消費している。過剰な伐採や農耕、地下水のくみ上げ、牧畜、漁獲を行なう時、われわれは自然の恵みの余禄を消費するだけでなく、その元本をもむさぼっている。経済と同様に生態系においても、これは破産への道である。
中国は、新たな経済モデルが必要であることを教えている。それは化石燃料に依存せず、風力や水力、地熱エネルギー、太陽電池、太陽熱発電、生物燃料などを含む、再生可能なエネルギー資源を活用するものである。新エネルギーを探すのは、石油地質学者ではなく風力気象学者の役割である。建物の設計には、エネルギー建築学者が参加するようになるに違いない。
この新しい経済の中で用いられる交通手段は、自動車ではなく、最大限の機動性を図るものになるだろう。この新経済は、あらゆる種類の資材を再利用し、再循環させる。工業の製造過程と製品の設計は、ゼロ排気とゼロ廃棄を目標にすることになる。
「現状維持」という選択肢は、もはや命脈が尽きた。われわれは直ちに別の道に向かう必要がある。石油、穀物、そして原材料の枯渇が、経済不安と政治紛争をもたらし、経済発展の基盤となる社会秩序を混乱に陥れる前に、そうしなければならない。
●「少子化」の問題よりも、人口爆発による地球資源の枯渇や環境問題の対策のほうが遥かに重要であり、経済発展にも大きく寄与するのではないでしょうか。
現に、中国では日本の会社と合弁会社を作って、風力発電に取り組んでいるようです(聞くところによると、150億元を投じて、200万キロワットを目指すそうです)し、これからますます砂漠の緑化や海水を飲料水に利用する事業などが重要になってくるのではないでしょうか。
人口が爆発的に増えて地球の資源が枯渇したり、環境汚染の問題を考えてみると、少子化の問題って、何か変な感じがしてきます。むしろ「少子化」すべきではないのでしょうか。もしかしたら日本は、江戸時代の2500万人くらいが一番住みよいのかもしれません。 |
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