2024年8月15日第263回「今月の言葉」≪≪「交流分析」の「人生脚本」と「照見五蘊皆空」とは何か?⑩(カルロス・ゴーン氏)≫≫

 ≪≪≪少々、長い「今月の言葉」ですが、タイトルの≪≪「交流分析」の「人生脚本」と「照見五蘊皆空」とは何か?⑨(カルロス・ゴーン氏)≫≫がドンピシャリに証明されていますので、時間をかけて、ジックリとご覧ください。

 下記の全ては、2019年7月15日の「今月の言葉」第201回の再録です。改めて、「深層心理」に潜む「人生脚本」の不可思議さ、「人生脚本」に振り回される我々の「人間性」の不可思議さが、最大級に証明されていますので、じっくり、ジックリ、そして、さらにじっくりとご覧ください.

  私・藤森は、社会的に恵まれている「才能」が何も無かったために、自分の人生を少しでも改善させたいと、「心理学」、特に「深層心理」に必死で取り組んできました。そして「十分の1」位は「自己回復」することができました。そのために、社会的に評価される素質はゼロでしたが、何とか「深層心理」を専門とすることができました。

 そして「深層心理」を専門にしてから周囲を見てみると、心理学のほとんど全ての専門家が、何と「深層心理」、そして自分の「深層心理」をほとんど全く把握していないことが分かって、本当に驚きました。

 「深層心理」がいかに重要、いや「人間性の全て」であり、そしてその「深層心理」によって、その人の人間性が「無意識」のうちに、いかにコントロールされているか、それを証明できる典型的な「実例」をカルロス・ゴーン氏の例で、しっかり、そしてジックリとお考えください。

 カルロス・ゴーン氏は、確か、自身を、荷物のように「梱包?」させて、国外に脱出したように記憶しています。そのやり方も、まさに「カルロス・ゴーン氏の深層心理」がドンピシャリに「投影」されていることが「推測」出来ますので、下記の全文をジックリご覧ください。≫≫≫

2019年7月15日第201回「今月の言葉」「ウィーケスト・リンクとは何か?②(カルロス・ゴーン氏)」(weakest link)

(1)カルロス・ゴーン氏は1999年に日産に赴任してきました。

 そして2003年、私(藤森)が大阪に仕事で出かけた帰りのことです。新幹線の座席にあった雑誌を読むと、日産の復活やカルロス・ゴーン氏の大活躍の記事が載っていました。

 「奇跡の復活」で、最近の情報によると・・・「日産リバイバルプラン」を発表し、村山工場など車両組立工場や部品工場の閉鎖、グループ人員の21,000人削減、購買コストを圧縮するための下請け企業半減といった大規模リストラを情け容赦なく断行し、2003年までに2兆1000億円という巨額の借金を完済してV字回復を成し遂げたのである(大前研一氏、週刊ポスト、2018年12月21日、全文は(6)でご紹介)

 一般的に日本ではあまり行われないほどの猛烈なリストラでした。その結果の大成功に、カルロス・ゴーン氏が英雄的な扱いをされていて、その状況を16年前に、当時の雑誌を読みながら、私の専門である深層心理の観点から、先行き、極めて不安な出来事が発生するように思えてなりませんでした。

 何故でしょうか?

 ゴーン氏が大活躍したのですから、英雄扱いされることは当然のことではありますが、日本的な発想をする私の感覚では、これだけのリストラをしたのですから、その被害に遭った方々のことを思うと、もう少し慎ましい姿勢であって欲しいという気持ちが強くありました。

 それは「リストラ」という、例えていえば「戦死」させられたような方々がたくさんいらっしゃる訳です。多くの方々を戦死(?)させた結果としての大成功ですから、生き残った方々にはもう少し慎ましくいてほしいという「ノスタルジー」のようなものが、私には強くありました。

 そこでかなり長い間、新幹線の中にあった雑誌の切り抜きを保存していたのですが、それが全く不要なほど、日産の奇跡的な復活とカルロス・ゴーン氏の素晴らしい活躍が続き、私の「予想は外れた!」と思って、いつか、2003年の雑誌の切り抜きを廃棄してしまいました。

 ところが昨年、突然、ゴーン氏の<<<「実際の報酬よりも減額した金額の有価証券報告書への記載」「私的な目的での投資資金の支出」「私的な目的での経費の支出」>>>で逮捕されました。

 幸か不幸か、私の予想は「的中」しました。ただし、いろいろな情報を総合すると、果たして、ゴーン氏が「有罪」になるのか、あるいは「無罪」になるのか、予断を許さない状況のようです。

 私のここでの解説は、「有罪」であるか、「無罪」であるかは全く問題ではありません。ここでの「キーワード」は、「強欲」です。結果的に「有罪」になろうとも、「無罪」になろうとも、いずれにしても、その「キーワード」は「強欲」ですから、結果は関係ありません。

 今の時代(21世紀)は、いくら無慈悲にリストラしようが「成功」することが全ての時代になっているのかもしれません。しかし、そこには「リストラ」された方々への「感謝」とか「思いやり」とか、「謝罪」と言ったら良いのでしょうか、そういう「慎ましさ」は、いつの時代でも、そして日本においては必要のように思われるのですがいかがでしょうか。

(2)さて、「報酬」ですが、成功したならばいくらもらっても良いのでしょう。しかし、ゴーン氏は、不正とハッキリ言えるのか、不正とは言えないギリギリなのか、正式には今後の裁判になりますが、やはり、一言いえることは、「強欲」、あるいは「強欲」に近いことをやってきたように思われます。

 今はカルロス・ゴーン氏だけに的を定めて、ゴーン氏の場合の「強欲」とはどういう意味があるのだろうかを考察してみたいと思います。

 <<<見えるものは、見えないもののあらわれ>>>です。これが全てのキーポイントです。

 では、ゴーン氏の見えるもの「強欲」から、見えないもの「推測」できるものはなんでしょうか。それが今回のテーマ<<<「ウィーケスト・リンクとは何か?②(カルロス・ゴーン氏)」(weakest link)>>>です。

 見える「強欲」から「推測」できる「見えないもの」とは、「強欲」を裏付けるものが必ずあるということです。

 「深層心理」を専門にしている私・藤森からみると、「見えないもの」は簡単に推測できますが、第三者に納得していただくために、それを裏付ける「具体的な事実」を探すことが、実はとても難しいのです。

 そのために、気になった事件やトラブルがあると、メディアに書かれている種々様々な情報に注目して探します。

 カルロス・ゴーン氏の場合は、2003年に<<<一般的に日本ではあまり行われないほどの猛烈なリストラ>>>だったために、かなり注目していましたが、英雄的な大成功だったために、裏付ける情報が全くありませんでした。

 ところが、2018年になって事件化したことで、いろいろな情報が溢れ出てきたために、私の「推測」を裏付けるドンピシャリの「情報」を入手することができました。

 それを裏付ける「情報」は(4)で紹介しますが、その前に、ゴーン氏の犯罪性の疑問や、捜査への疑問点などを、法律関係では私が最も信頼している「郷原信郎氏」の下記の月刊誌の内容を紹介して、バランスを取りたいと思います。

 その後で、ゴーン氏の深層心理に潜むものを紹介します。

(3)日産・ケリー前代表取締役が明かした「西川廣人社長の正体」(郷原 信郎/文藝春秋 2019年7月号)、2019/06/17 06:00

 私が「西川廣人」という人物を初めて目にしたのは、カルロス・ゴーン日産自動車前会長が東京地検特捜部に逮捕された「衝撃のニュース」の直後、日産本社で行われた記者会見の際だった。

 西川氏は会見の冒頭、ゴーン氏について「社内調査の結果、本人の主導による重大な不正行為が大きく3点あった」と述べ、逮捕容疑となった「実際の報酬よりも減額した金額の有価証券報告書への記載」のほかに、「私的な目的での投資資金の支出」と「私的な目的での経費の支出」を挙げた。

 そして、検察当局に社内調査の結果を報告した経緯を明かし、自らの心情についてこう言い切った。

「『残念』という言葉ではなく、(それを)はるかに越えて強い、『憤り』ということ、そしてやはり私としては、『落胆』ということを強く覚えております」

 私を含め、西川氏の記者会見を見たほとんどの人が、日産を経営危機からV字回復させた「国際的経営者カルロス・ゴーン」の下で社長に上り詰めた西川氏が、社内調査で明らかになったゴーン氏の「不正」の内容に驚愕し、検察当局に不正を報告して、会社として捜査に協力する「苦渋の決断」を下したものと受け止めたはずだ。

 ところが、6月10日発売の 「文藝春秋」7月号 に掲載されたグレッグ・ケリー前代表取締役のインタビュー記事「西川廣人さんに日産社長の資格はない」の内容は、記者会見とは真逆の「西川廣人の正体」を示すものであった。

 ケリー氏の証言によって、それまで徐々に高まっていた西川氏に対する「疑念」の多くが裏付けられることになったのだ。

 西川氏の高額報酬をめぐる「疑念」

 そもそも、私が最初に抱いた疑念は、西川氏の「役員報酬」に関するものだった。

 ゴーン氏が逮捕された2日後の11月21日、日経新聞の一面トップで、虚偽記載された50億円のうち「40億円分は株価連動報酬」と報じられた。

 日産は役員報酬としてストック・アプリシエーション権(SAR)と呼ばれる、株価に連動した報酬制度を導入している。これは、株価があらかじめ決めた価格を上回った場合に、その差額分の報酬を会社から現金で受け取れる権利である。

 日経新聞の記事では、ゴーン氏にSARで支払われた報酬40億円が有価証券報告書に記載されておらず、東京地検特捜部は、その40億円を有価証券報告書に記載すべきだったとしているというのだ。

 私が日産の有価証券報告書でSARについて確認したところ、日経新聞の記事では触れていない「もう一つの疑惑」に気づいた。

 2017年度の「役員報酬」の欄には、ゴーン氏とともに西川社長の報酬が個別開示され、「金銭報酬」が約5億円と記載されている。ところが、SARを示す「株価連動型インセンティブ受領権」という欄は、西川氏もゴーン氏と同じく、「-」。つまり非開示になっているのだ。

 日経新聞が、ゴーン氏について「SARの金額を記載すべきなのにしていなかった」と指摘したのはこのことだろう。しかし、そうであれば、社長の西川氏も「-」と記載され、金額が開示されていないのはどういうことなのか。

 日経新聞が報じたとおり、ゴーン氏の逮捕容疑である有価証券報告書の役員報酬の虚偽記載がSARに関するものであれば、私は、西川氏のSARの非開示について指摘しようと考えていた。

 ところが、その後、虚偽記載とされたのはSARではなく、「退任後に支払うことが約束された報酬」についてだったという“衝撃の事実”が明らかになった(【 ゴーン氏事件についての“衝撃の事実”~“隠蔽役員報酬”は支払われていなかった 】)。これによってSARのことは話題から遠ざかることになった。

 しかし、今回の「文藝春秋」の記事によってSARが再び俎上にのることになった。ケリー氏は、西川氏が「SARの行使を一週間ずらすことで大きな額の現金を手にした」という“さらに衝撃の事実”を明かしたのだ。

 ケリー氏の証言によれば、西川氏はSARの金額を決める「行使日」が、2013年5月14日とあらかじめ決まっていたのに、それを約1週間ずらして22日にすることで、4700万円を上積みして、合計1億5000万円もの報酬を受け取ったという。

 ところが、2013年度の有価証券報告書を確認してみると、西川氏のSARによる収入は1500万円と記されている。この食い違いはどういうことだろうか。

 それにしても、西川氏の「金銭報酬」の約5億円だけでも、とてつもなく高額だ。逮捕以降、ゴーン氏の報酬が「年間約20億円」だったことが、「高額報酬」として問題にされたが、「プロの経営者」の国際的な市場水準と比較すると一般的なものに過ぎない。しかし、西川氏の場合、14万人の日産社員の中から社長となった「内部昇格者」だ。その報酬が5億円というのは、他の日本企業の内部昇格の社長と比較して破格に高額だ。

 SARの行使日をずらした2013年度でも、西川氏の「金銭報酬」は1億2,000万円にのぼる。西川氏はそれに飽き足らず、SARの行使日をずらすことでさらに報酬を上積みしたというのだ。

 退任後の報酬に関する「書類」への署名

 5年分の金融商品取引法違反に続くゴーン氏らの再逮捕事実とされたのが、2016年3月期から2018年3月期までの「直近3年分の虚偽記載」であった。しかも、西川社長が退任後の報酬の合意文書に署名していたと報じられたことなどから、直近2年は「代表取締役社長」として有価証券報告書を提出した西川氏も、ゴーン氏及びケリー氏と同等、あるいはそれ以上の刑事責任があることは否定できない、という見方が強まった。

 しかし、西川氏は逮捕も起訴もされず、現在も日産社長の地位にとどまっている。そのような西川氏について、今年1月、東京都在住の一市民が東京地検に告発を行ったが、検察は、「嫌疑不十分」で不起訴処分にした。私はその告発人から委任を受け、6月4日に西川氏の不起訴処分について、代理人として検察審査会への審査申立を行い、東京第三検察審査会で受理されている(審査申立書の主要部分は、【 日産西川社長に対する「不当不起訴」は検察審査会で是正を 】で紹介している)。

 実は、この「ゴーン氏の退任後の報酬の合意文書」への署名についても、「文藝春秋」に掲載されたケリー氏の証言によって詳細な事実が明らかになった。

 編集部が、ケリー氏の弁護士に直接確認した結果についてこう記されている。

「ケリー氏の弁護士に書類の確認を求めたところ、書類には次のように記されていることが判明した。

 <日産は、ゴーン氏が日産のビジネスに重要な貢献を続けることができると認識しており、ゴーン氏を取締役ではない立場で雇用することを望んでいる>

 契約項目としては、「ビジネス戦略」「広報活動」「政府との交渉」などとあり、その報酬は、十年間の契約で一時金として「三十億円」(「30 oku yen」)、加えて各年の年間報酬として「三億円」(これは目標を達成した年には五億円まで増額される)。ただし、この報酬額は、青インクのペンで修正され、それぞれ四千万米ドル、四百万米ドル(増額は六百万米ドルまで)と書き換えられていた。さらにリオデジャネイロ、パリ、レバノンの不動産所有権の提供も報酬の一部として記されていた。

 書類の最後には、西川氏のものと思われるサイン(筆記体で「Hiroto Saikawa」)もある。」

 それに加え、ケリー氏は、西川氏がその書類にサインした状況についてこう明かした。

「ゴーン氏と西川さん、そして私のオフィスは日産本社の同じフロアにありました。角にゴーン氏の広い部屋があり、少し離れたところに私と西川さんの部屋が隣同士で並んでいました。私は隣にある西川さんの部屋に行ってたたき台の書類を見せ、西川さんはそれを注意深く読み込んだ後、サインをしたわけです」

 これらの事実からすると、ゴーン氏とケリー氏に加えて、法人としての日産まで起訴されているのに、代表取締役社長として有価証券報告書を提出した西川氏について、「犯罪の嫌疑が不十分」ということはあり得ない。

 検察審査会で、市民の常識に基づく審査が行われれば、「起訴相当」の議決が出ることは必至だ。その場合、検察は再捜査の上、西川氏の処分を決することになるが、その判断は非常に微妙だ。ゴーン氏とケリー氏、そして法人としての日産の起訴を維持して西川氏を不起訴にすることができるだろうか。西川氏を起訴するか、ゴーン氏とケリー氏、日産の公訴を取り消すしかないはずだ。

 それでも、検察が「引き返す」ことなく、西川氏を再度「嫌疑不十分」で不起訴にした場合、検察審査会の2回目の審査に委ねられることになる。ここで「起訴議決」が行われれば、指定弁護士が西川氏を起訴することになるが、その場合、西川氏が有罪を認めるとは考えられない。「退任後の報酬についての合意」の有価証券報告書への記載義務などの法律問題も含めて全面的に無罪を主張する可能性もある。そうなると、ゴーン氏とケリー氏及び日産の起訴は根拠を失い、検察の「有罪立証」全体が崩壊することになりかねない。

 日産に自宅を購入させようとした西川氏

 実は、ケリー氏は「文藝春秋」の記事で、もう一つ信じ難い事実を明らかにしている。2013年春、日産に新たに不動産を購入してほしいとケリー氏に相談していたという事実だ。これは西川氏が渋谷の新居を購入し、それまで住んでいた世田谷区の自宅から引っ越した直前の時期にあたる。

 西川氏は、ゴーン氏が逮捕された直後の記者会見で、社内調査によって明らかになった不正の一つとして、「目的を偽って、私的な目的で、当社の投資資金を支出した不正行為」を挙げた。この中には、日産の子会社がパリやリオデジャネイロ、ベイルートの高級住宅の購入資金を支出したことが含まれていたはずだ。

 ケリー氏の証言によれば、これらの海外の住宅購入は、海外でのビジネスのために拠点となる場所として日産が購入したもので、西川氏の承諾も得て不動産の契約を行ったということだ。その西川氏が、自分が日本で購入する自宅の資金を日産に出させようとしたというのだ。日本国内の自宅であれば、その購入費用を会社に出させる筋合いは全くない。事実であれば完全な「会社の私物化」である。

 会見で語った西川氏の「残念」、「憤り」、「落胆」とは

「文藝春秋」に掲載されたケリー氏の証言によれば、西川氏はゴーン氏が逮捕された直後の記者会見で「不正」だと述べた行為のほとんどを認識、承諾していただけでなく、自らも日産を私物化しようとしていたことになる。

 記事の内容は、当然、弁護人も事実関係をチェックし、慎重に検討されたものであろう。また発売後、日産や西川氏の側から、記事について何の反論もコメントもないことからしても、事実関係に大きな誤りはないと考えてよいのであろう。

 この記事が事実だとすると、西川氏が、記者会見で、ゴーン氏の不正を知って感じたという「残念」、「憤り」、「落胆」という言葉は一体何だったのだろうか。

 自らを、5億円を超える高額報酬を得られる日産社長という地位に取り立ててくれたゴーン氏に対して、自分のやっていることを棚に上げて、そのような言葉を浴びせて非難することができるという「鉄面皮」のような厚顔無恥さは、日本人の一般的な感覚からは凡そ理解できないものだ。

 信じ難いことに、そのような人物がいま、日仏間の国際問題にもなりつつあるルノーとの経営統合問題や急激な業績悪化などの渦中にある日産の経営トップの地位にあることに関して、なぜかマスコミからも、日産社内からも、ルノーとの関係で後ろ盾になっていると思える経産省からも、何一つ疑問の声が上がらない。

 日本の社会は、いつからこんな「異常な社会」になってしまったのだろうか。≪≪以上は、日産・ケリー前代表取締役が明かした「西川廣人社長の正体」(郷原 信郎/文藝春秋 2019年7月号)、2019/06/17 06:00≫≫

(4)<「暗闘 ゴーン事件」(下)仏政府乗っ取り防ぐ「国策」>(株式会社 産経デジタル2019/01/12 22:05)

 昨年11月19日午後3時過ぎ、成田空港に降り立った日産自動車の元代表取締役、グレゴリー・ケリー(62)=金融商品取引法違反罪で起訴、保釈=は日産が準備した車で滞在先のホテルへ向かっていた。

 前会長、カルロス・ゴーン(64)=同罪、会社法違反罪で起訴=の側近で、米国に在住し、年に数回しか来日しないケリー。数日前、日産の外国人執行役員から「取締役会でゴーン会長の退任後の報酬について話し合いたいので日本に来てもらえませんか」と電話があった。首の手術を12月7日に控え、最初は「どうしても、ということでなければテレビ会議でお願いしたい」と難色を示したが、執行役員は「どうしても」と食い下がった。

 執行役員が来日にこだわった理由はほどなく判明する。ケリーの乗った車は高速道路のパーキングエリアに止まり、待機していた東京地検特捜部の検事から任意同行を求められ、逮捕された。執行役員は、特捜部と司法取引に合意し、捜査に協力していた人物。ケリーはゴーンとの「同時逮捕」を狙う特捜部と水面下で連携した日産側が仕掛けた“罠”にかかったのだ。

 ゴーンが問われた金商法違反罪は、毎年の報酬約20億円のうち、有価証券報告書に記載するのは約10億円だけにし、残りの約10億円は退任後に別の名目で受け取るというものだ。「報酬隠し」の総額は8年で約91億円に上った。

 ゴーン自身の報酬額について、フォードやゼネラル・モーターズなどの自動車大手4社から引き抜きを受けた際に示された金額を参考にしているとし、「自分の市場価値」として記録していたという。検事の取り調べでも「自分にはそれくらいもらう価値がある」と胸を張った。

 約15年前に取締役会で、すでに報酬額への強いこだわりを見せていた。報酬の3割増額を提案したゴーンに対し、出席者から「お手盛りが過ぎる」と異議が出た。ゴーンの顔がみるみるうちに赤くなった。

 「業績で貢献したんだから、これくらい当たり前だろ!」

 早口の英語でまくし立てるゴーンに圧倒され、場は静まり返った。ある幹部は「並みの怒り方ではない。獣のような顔で怒鳴り立てていた」と振り返る。

 幹部がその剣幕を目撃したのは1度ではない。2度目は出自について、言及された時だったという。

 祖父はレバノンからの移民だったというゴーンはブラジルのアマゾン川流域の田舎町で生まれた。自著によると、高温多湿で蚊に悩まされる厳しい環境で育ち、2歳の時には井戸水を飲んで生死をさまよった。

 外食ではラーメン店や焼き鳥店に通う庶民性を見せるが、幹部は言う。「とにかく強欲でカネへの執着は異常だった。出自へのコンプレックスも強かった」

 ゴーンは自著で「数字は多様な言語、文化の中で育った私が考え抜いた共通の言語だ」と書く。業績追求の果てにたどり着いた唯一のアイデンティティーが、報酬額だったのだろうか。

 ルノーを経て平成11年6月、業績が悪化していた日産の最高執行責任者(COO)に就任したゴーンはわずか1年でV字回復を果たし、13年に最高経営責任者(CEO)となる。17年には日産株を43%持つルノーの社長兼CEOとなり、日産トップでありながら日産を監視する側のトップになった。元幹部は「ルノーを始め、日産の株主総会を動かす力を持ったことで独裁者になった」と話す。

 だが社内には「ルノーから日産を守る盾としては報酬20億円、30億円の価値がある」(日産関係者)との声もあった。ルノー株を15%持つ仏政府は26年、株主の議決権を強化する「フロランジュ法」を制定。ルノーを通じて日産への支配を強めつつあったが、ゴーンは27年に仏政府が日産の経営に関与しないことで合意を得るなど、日産の独立性を重視する姿勢に、社内でも評価する支持者がいた。

 ところが昨年2月に潮目が変わる。ルノーCEOに留任の条件としてゴーンが仏政府に「日産との不可逆的な関係づくり」を約束したとされたからだ。不可逆的関係とは「経営統合」を意味し、社内ではついにゴーンがルノー側に回ったと解された。「この時、社内でゴーンを切る覚悟ができたのだろう」(日産OB)

 ちょうどその頃から、不正を調査する内偵チームが極秘の活動を加速させていく。背景には日本政府の意向も見え隠れし、ある政府関係者は「不況にあえぐ仏政府が技術力と雇用欲しさに日産を乗っ取ろうという状況を(日本の)経済産業省が問題視していたのは事実」と明かす。

 昨年10月、ゴーンに重用されてきた日産社長兼CEOの西川広人に調査結果が報告されたとき、もはや西川に選択肢はなかった。

 先の政府関係者はこう続ける。

 「技術力と雇用を流出させないという意味では事件は国策の側面もあった」(敬称・呼称略)(連載は、市岡豊大、山本浩輔、吉原実、松崎翼が担当)

(5)<<<約15年前に取締役会で、すでに報酬額への強いこだわりを見せていた。報酬の3割増額を提案したゴーンに対し、出席者から「お手盛りが過ぎる」と異議が出た。ゴーンの顔がみるみるうちに赤くなった。

 「業績で貢献したんだから、これくらい当たり前だろ!」

 早口の英語でまくし立てるゴーンに圧倒され、場は静まり返った。ある幹部は「並みの怒り方ではない。獣のような顔で怒鳴り立てていた」と振り返る。

 幹部がその剣幕を目撃したのは1度ではない。2度目は出自について、言及された時だったという。

 祖父はレバノンからの移民だったというゴーンはブラジルのアマゾン川流域の田舎町で生まれた。自著によると、高温多湿で蚊に悩まされる厳しい環境で育ち、2歳の時には井戸水を飲んで生死をさまよった。>>>

 ここにゴーン氏の根本があるように思われます。私・藤森が課題にするもの、つまり<(weakest link)>です。

 この(weakest link)のお陰で大出世するエネルギーになっていますが、しかし、この(weakest link)によって身を亡ぼすものになっています。

(6)「『ビジネス新大陸』の歩き方」(大前研一氏、週刊ポスト、平成30年12月21日)

 <私だけが知っているゴーン日産リバイバル神話の舞台裏(第641回)>

 日産自動車のカルロス・ゴーン前会長が有価証券報告書に役員報酬を過少記載した金融証券取引法違反の疑いで逮捕された事件は、日産の役員構成とルノー・日産・三菱自動車のアライアンス(出資比率や提携内容)がどうなるか、東京地検特捜部が容疑を立件できるかどうか、ということが今後の焦点となる。

 手前味噌だが、今回の事件では本連載の過去記事の予想が当たったと、ネットなどで大いに話題になった。

 私は今年5月の時点(第616回)で、日産・ルノーの経営統合をめぐるフランス政府とゴーン氏の不穏な動きに警鐘を鳴らした。さらに、2年前にゴーン氏がルノーと日産に加え三菱の会長に就任して「3足のわらじ」を履いた際も、同業種の上場企業である日産と三菱のCEOや会長を兼務すると「利益相反」を生む可能性があるので看過されるべきではないと指摘し、ゴーン氏の報酬に対する貪欲な姿勢についても批判した(第552回)。

 さすがに、今回明らかになった退任後の巨額報酬や会社資金の不正な私的流用などまでは予想していなかったが、企業のガバナンスとコンプライアンスの観点から見ると、そうしたゴーン氏の“強欲”な経営姿勢がゆるされないことは自明だったのである。

 ただし、私は日産が1999年にルノーからゴーン氏をCOO(2001年からCEO)に迎えたこと自体は正しい経営判断だったと考えている。

 それまでの日産は“悪しき官僚主義”が蔓延し、組織が完全に硬直化して深刻な経営危機に陥っていた。

 ディーラー、系列部品メーカー、下請け外注先などの関連会社や子会社に日産OBが官僚のように“天下り”して支配する構造が固まっていたのである。それに伴う高コストと在庫の山が赤字の根本的な原因だったので、当時、同社の経営コンサルタントを務めていた私は、その構造にメスを入れ、合理化の大ナタを振るわなければ経営を改善することはできない、と提言した。しかし、関連会社や子会社のトップは日産の先輩ばかりだから、本社の社長も手出しできない状態だった。

 それに異を唱えたのが塙義一元社長である。当時はまだ企画部長だったにもかかわらず、久米豊社長に対し、日産の官僚主義を打破して経営改革を断行すべき、と直言していた。当初、久米社長は及び腰だったが、戦後日本も進駐軍(GHQ=連合国軍最高司令官総司令部)によって変わったのだから、ダグラス・マッカーサー最高司令官のような人間がいればできないことはないよな・・・というようなことを言い出した。そこで私は、米軍横田基地PX(売店)で調達したマッカーサーと同じ帽子、レイバンのサングラス、コーンパイプを久米社長にプレゼントして、それらを着用した写真を撮り、「私の提言を実行しなかったら、これを公表します」と冗談めかして言ったこともあった。だが結局、久米社長は何もしないまま退任した。

 その後、1996年に社長になった塙さんは就任した途端、販売店などに押し込んだ車が不良在庫となり、大幅な赤字決算に見舞われた。このため日産を生き残らせる窮余の一策として、ドイツのダイムラー・ベンツ(現在のダイムラー)やアメリカのフォード・モーターなどとの提携を模索した。しかし、どの会社も日産の有利子負債の大きさに二の足を踏み、支援を得ることができなかった。そんな窮地に追い込まれた日産の支援に名乗りを上げてくれたのが、ルノーだった。

 そして当時のルノーのルイ・シュバイツァー会長は、北米ミシュランのCEOとして子会社のユニロイヤル・グッドリッチ・タイヤを再建した手腕を買ってルノーの上席副社長にヘッドハンティングして間もないゴーン氏を、日産に送り込むことを提案した。塙さんはゴーン氏がコストカッターという“劇薬”であると分かっていたが、そういう非情な人間にしか日産は改革できないと腹をくくっていたから、その提案を進んで受け入れたのである。

 <ゴーンは奇跡を生んでいない>

 ゴーン氏も当初の5年間は期待に応える活躍をしたと思う。「日産リバイバルプラン」を発表し、村山工場など車両組立工場や部品工場の閉鎖、グループ人員の21,000人削減、購買コストを圧縮するための下請け企業半減といった大規模リストラを情け容赦なく断行し、2003年までに2兆1000億円という巨額の借金を完済してV字回復を成し遂げたのである。

 だが、その後の日産の好業績を支えた主要因はゴーン氏の経営手腕ではない。

 1990年代に経営破綻の危機に直面した日産が今日のように復活したのは、たしかに“奇跡”である。しかし、ゴーン氏は大規模リストラによるコストカットで日産の“負の遺産”を清算しただけであり、「GTーR」や5代目「フェアレディZ」などの人気車種を生み出して奇跡をもたらしたのは、もともと日産が持っていた技術力である。

 その象徴が、イギリスのサンダーランド工場(英国日産自動車製造会社)だ。

 私が初めて日産のコンサルティングを担当したのは、1980年代前半の石原俊社長時代である。当時、日産はイギリスで16%のシェアを持っていたため、マーガレット・サッチャー首相が石原社長にイギリスでの工場建設を要請し、用地選定や立ち上げ方などをマッキンゼーに依頼するようアドバイスした。それで私にお声がかかり、調査の結果、サンダーランドがベストと判断したという経緯がある。このサンダーランド工場が技術力と生産性が非常に高いヨーロッパ最大の生産拠点に成長し、優秀なイギリス人マネージャーを何人も輩出している。

 ゴーン氏は“コストカッター”や“整理屋”としては優秀だが、日産の高い技術力なくしてはその経営手腕も発揮できなかっただろう。実際、中国市場を重視するあまり手薄になった国内市場のシェアは無残な状況である。かつてはトヨタ自動車に次ぐ2位が指定席だったのに、今や5位に凋落しているのだ。

 また、ゴーン氏が卓越した経営者であれば、ルノーも日産と同じように立て直しているはずである。だが、ルノーの経営は未だに日産の配当金や日産車の生産に頼っている。その理由は、日産のような技術力がないからだ。

 そういう実態を踏まえれば、そもそもルノーと日産の関係は歪んだものだったということが分かる。今回の事件が起きていなくても、両社の歪なアライアンスは遠からず限界を迎える運命だったといえるだろう。