2016年12月16日 第123回「トピックス」
ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち

●(1)平成28年11月26日、東京新聞「筆洗」

 ロンドン郊外の美しい町に住むグレタ・ウィントンさんが、夫ニコラスさんの重大な秘密に気づいたのは、結婚して40年もたってからだった。屋根裏で夫の過去の行いを物語る驚くべき書類を見つけたのだ。

 その秘密が公にされると、世界中から「あなたこそ、私の父だ」と名乗りを上げる人が現れ、その数は200人を超えた。「あなたは、私の祖父だ」という人まで現れて、夫妻を驚かせた。

 1938年、ナチスの脅威が迫る中、チェコスロバキアを訪れたニコラスさんは、ユダヤ難民らの姿に衝撃を受けた。各国とも難民受け入れに消極的だったが、彼は「せめて子どもたちだけでも」と里親を探して、669人の子どもたちを英国に脱出させた。

 しかし戦後、ニコラスさんは、救い切れなかった無数の命を思い、自らの英雄的な行いについて、口をつぐんだ。妻にさえ打ち明けなかった。その理由を問われれば、英国紳士らしくユーモアを交え答えた。「夫が妻に言わないことなど、たくさんあるよ」。

 昨年106歳で逝った彼と、彼を父と慕う子らの姿を描いた映画『ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち』がきょう、東京などで公開される。
映画は、こんな字幕で始まる。
<世の中には、観客として見るだけでなく、自身が主人公となる物語もあります>。「戦争と平和」とは、そういう物語なのだろう。

<「今月の映画」第162回「杉原千畝」ご参照>

<文責:藤森弘司>

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