2011年11月30日 第58回「トピックス」
「TPP」についての一考察

●(1)私(藤森)は、「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)」に参加することは反対だと思っています。
 その理由は大きく分けて2つあります。ひとつは、アメリカの事情です。オバマ大統領の「脚本」からくると思われる「政策の失敗」と、その結果によるアメリカの不況などを、前回の<「今月の言葉」第112回「脚本分析・オバマ大統領は大丈夫か」>で説明しました。今回は、日本の国内事情から説明します。 元改革派官僚で、私が「官界の坂本龍馬」と呼んでいる古賀茂明氏は、平成23年10月31日の「TVタックル」で、「TPPに入って、農業改革などをやるべきだ。だから参加は賛成だ」という趣旨で発言しました。
 その時、反対派の宮崎哲弥氏と青山繁晴氏が声をそろえて、「外圧を使って改革するのは情けない」といった趣旨の猛攻撃に、確かにその通りだという雰囲気で古賀氏は頷いていました。

 また、私が「マスコミ界の坂本龍馬」と呼んでいる上杉隆氏は、平成23年12月2日号の週刊ポスト「ナベツネこそが『記者クラブ』の象徴だった 『会長兼主筆』という大矛盾」の中で・・・・・

 「~略~ところで不思議なのは、読売をはじめ記者クラブメディアが、みなTPPに賛成していることだ。TPPに参加すれば、いつか日本のメディアの異常さが問題視される。特にクロスオーナーシップ(同一資本が新聞、テレビなど複数のメディアを系列化すること)は、言論の多様性を確保するため、欧米では制限・禁止されている。放送通信事業に目が向けば確実に禁じられるだろう。
日本の新聞・テレビはいつものように、自分たちだけは助かるはずだと舐めてかかっているようだが、相手のある外交では通用しない。私は日本のメディアを開放するという一点だけでも、TPPには賛成である」

●(2)偶然にも、私(藤森)がマスコミ界や官界で最も信頼しているお2人が「TPP」に賛成しています。

 恐らく、既存の勢力、既得権益を死守することが目的化している勢力の抵抗は凄まじいものがあるのでしょう。それは実際に体験している人にしかわからないものかも知れません。お二人は、まさにその渦中、というか、その甚大な影響を被っている方々です。
 ですから、日本が変わるためには、「黒船」であったり、「敗戦・GHQ」の外圧がなければいかんともしがたい・・・・・とにもかくにも、「外圧」がなければどうしようもないものを感じているのでしょう。

 そして、現政権も消費税アップを、外圧を利用して実行しようとしています。日本人には説明していないのに、外国で公約したり、財務省が「IMF」という外圧を利用(?)して、消費税アップの必要性を言わせたり、そして自民党時代は、「アメリカの年次教書」に従って政策を立案したり・・・・・。
 一体全体、日本はなんという主体性の無い国なんだろう???

 さて、古賀氏や上杉氏は、実際に、甚大な影響を被っている・・・・・つまり、貴重な体験者の意見ですから、現実的・体験的に知らない人間が偉そうに言えることではありません。実体験のある人の意見は、まずは尊重すべきです。

 が、敢えて、その上で申し上げます。
 そういう「部分的」なものの見方、考え方で判断しても良いのだろうか。我々日本人は、自らの力では改革できないからアメリカという外圧に頼ろうというのは、何だか悲しいですね。
 幕末に、イギリスを頼るか、はたまた、フランスを頼るか・・・・・みたいな気がします。

 そして、万一、「外圧」を頼らなければならないとした場合、アメリカという国は、そんなにお人よしなのだろうか。そんなに「外圧」を利用して、果たして実害が無いのだろうか。
 「トモダチ作戦」は、本当に「善意」だけで行われたのだろうか。もしかしたら、日本が丸裸にされているのかも知れません。「外交的行為」がそれほど「善意」の塊で行なわれるのだろうか。

 変な喩えですが、「泣く泣くも良いほうを取る形見分け」という川柳があります。人間はそんなときでさえも、「打算」が働くものです。ましてや専門家集団が国を代表して交渉をする外交ごとで、お人よしの日本人が考えるほど「善意」だけで行動しているとは思えません。

●(3)「官僚の責任」古賀茂明著、PHP新書より

 <発送電の分離は15年前からの課題だった>

 <略>

 しかし、発電部門と送電部門を分離して別会社にし、使う側が地域を超えて自由に電力会社を選べるようになればどうか。新規事業者が発電事業に参入しやすくなり、競争原理が働いて料金が下がったり、サービスが向上するのはもちろん、経営にも緊張感が生まれて効率性の追求が図られるなど、さまざまなメリットが生まれるはずだ。私はそう考えた。

 むろん、電力会社から見ればとんでもない話である。電力会社からさまざまな見返りを受けている政治家や通産省(現・経産省)にとっても、そんなことをすれば大きな利権を失うことになる。大反対が予想された。

 「正攻法で行っても、最終的には闇に葬り去られるだけだろうな・・・・・」
 そう思った私は、発送電分離がOECDで議論されていることを活用しようとした。つまり「外圧」をかけることにしたのだ。そうすれば、日本国政府も通産省も無視するわけにはいかなくなるだろうと考えた。そして、そのための地ならしをし、旧知の新聞記者に頼んで記事にしてもらった。

 「OECDが規制改革指針」「電力 発電と送電分離」
そんな見出しが全国紙の経済面のトップに躍ったのは、1997年の1月4日だった。しかも、当時の佐藤信二通産大臣がこれに前向きととれる発言をした。そのため、日本では大騒ぎになったらしい。通産省ではさっそく犯人探しが始まった。そして、「こんなことをするのは古賀しかいない」ということになったのだそうだ。ある若手官僚がこういうメールをくれた。

 「古賀さんがやったのではないかという話になっているから、絶対に『やった』なんて言わないで静かにしていたほうがいいですよ」
とりわけ資源エネルギー庁はカンカンになり、まだ赴任して半年もたっていないにもかかわらず、 「パリから呼び戻してクビにしろ!」と息まいたという。

●(4)上記の本を読んで、古賀氏は「日本の国益を考えて行動がとれる勇気ある人だな」と思いました。

 と同時に、官僚はみな、日本を動かそうとするときにこの手の「外圧」を利用していることに暗澹としました。古賀氏は、真に「国益」を考えて行動できる「官僚界最大級の改革派」の信頼できる方です(すでに退官しましたが)。
 古賀氏のように「国益」を考え、真に「善意」で行動する官僚には、是非、「外圧」を活用して、日本を改革してほしいと切望しますが、と同時に、私利私欲(省益)で行動する「悪代官」にも「外圧」が利用できることが証明されています。そして、最近は、この「悪用」が目に付くのではないでしょうか。

 古賀氏と上杉氏のお2人に限らず、アメリカの「外圧」を利用して日本を改革するために「TPP」賛成と考える方々、果たして、それで良いのでしょうか。「黒船」や「GHQ」は選択の余地がありませんでしたが、「TPP」は選択の自由があります。しかも、あの当時よりも、民主主義ははるかに進んでいます。それでも「外圧」を使わなければ変われない日本そのものに暗澹とします。

 しかし、日本は本当に暗澹とするほど、現状、最悪なのでしょうか???

●(5)さて、私(藤森)のような雑学程度の知識や情報では根本的な改革案を提示できませんが、参考になる程度のことは提案できます。そこで大雑把ではありますが、下記のように提案したいと思います。

◆①まず、すぐにやろうと思えば、法律の改正も何もいらないけれど、効果は抜群の改革・・・・・記者クラブ制度の廃止
 そうすれば、政界や官界などの問題点を本気で炙り出してくれるのではないでしょうか。今回の「オリンパス事件」もそうです。かなり以前から問題視されていたようですが、全く触れなかった大マスコミの責任は重大だと思います。


◆②デフレ脱却政策・・・・・嘉悦大学の高橋洋一教授がしばしば提案していることですが、まずやることは円安誘導でしょう。欧米に比べて紙幣の発行数が少ない、つまり、希少価値が上がっているから円高になっているわけです。よく「TPP」で、関税が撤廃されれば輸出がしやすいなどと妄言を吐く専門家が多いですが・・・・・

 諸外国のマネタリーベース(日銀券発行高と市中銀行の日銀当座預金の合計)残高というもので、この10年間、中国は7倍、米国は5倍、韓国は3倍程度まで増やしているが、日本は2倍に満たない。(11月3日、夕刊フジ「安倍晋三 突破する政治」)

 韓国はアメリカとの「FTA」を妥結したりして、外交がうまくいっていることで輸出が伸びている、つまり、関税が撤廃されることこそ重要だと言われていますが、関税などまったく問題外なのです。マネタリーベースを単純に比較すれば、日本は韓国に対して50%もの円高になります。
 立場を逆にして考えてみると、日本で100万円する商品が65万円で買えるようになることを意味しますから、当然、輸出は大幅に伸びるでしょう。
 近い将来、1ドル150円になるとしたら、輸出競争力が倍増するでしょう。緩やかなインフレにもっていく以外に、日本が救われることは無いように思えます。増税すれば、さらにデフレになるわけですから、完全に論理矛盾です。

◆③国会議員数と歳費の削減・・・・・現実に効果としては微々たるものですが、やはり「姿勢」を見せることが重要です。

◆④最大の問題は、官僚(行政)改革だと思います。「人数」も「給料」も「体制」も民間に近づける法律改正が必要です。東北の瓦礫処理などの問題は、処理が終わっても、役人の縄張りが温存されて、縄張り維持のための無駄な仕事が継続されてしまうはずです。
 役人がいかにして、民間の活力を奪っているか、無駄な仕事を維持させているか・・・・・無駄な仕事を維持しながら、民間の活力を奪っているので、ダブルで日本を沈没させています。こいつが日本の最大の問題です。
 自民党の長期政権無能な民主党政権の結果、官僚は想像を絶する権益(縄張り)と権力を手に入れてしまったようです。ここを改革しない限り、すべては「絵に描いた餅」になるはずです。
 そういう意味では、理屈を超えて、大阪の橋下市長の躍進は改革派には歓迎できることではないでしょうか。多くの人が誤解をしていますが、改革とは、まず「壊すこと」です。壊さずに改革することは、現実には不可能でしょう。「自己成長」も同じです。

 しかし、この官僚世界の大改革は、実は簡単だと私(藤森)は思っています。総理大臣に本気の覚悟さえあれば簡単です。
 私ならば(と酩酊して言いますと)・・・・・私が名付けた「官界の坂本龍馬・古賀茂明氏」を筆頭に、「改革派の元官僚」をすべて元の職場に呼び戻して、「事務次官」に任命します。
 年齢的にかなり若い元官僚ならば、「局長」に任命します。明治維新を考えるならば、少々若くても、根性さえあれば、十分に「局長」を務められるはずです。そうすれば、現職の若手官僚は挙って支持するはずです。

 これら一連の司令塔を古賀氏にするために、古賀氏は「事務方の官房副長官」が最適任です。未熟な政治家自身が陣頭指揮を取るからハチャメチャになるのです。人事をうまくやることです。
 高級官僚は、クビにすれば種々様々な問題がありますが、古賀茂明氏が体験したように、「大臣官房付」の窓際に追いやり、今の給料を保証しながら、毎日、伝票計算をさせれば良いのです。計算はいくら間違えても構いません。後で、アルバイトに検算させれば良いことです。
あっという間に大改革が達成できるはずです。

◆⑤地方に大胆に権限もお金も委譲すること。

◆⑥定年退職後の仕事の確保・・・・・年を取れば取るほど、実際の収入を求めるよりも、張り合いのある仕事ができることが大切。例えば、「老老介護」の施設を拡充する。老人施設と保育園が一体になり、関わり合う。
 こういう施設では、若者が管理や応援に回り、可能な限り、「老老介護」や保育園に関われるようにすることだと思います。人件費が軽減するだけでなく、生き甲斐にもなります。

 また、100円ショップや千円ショップに並べられるような商品の工場ができると良いと思います。さらには、身体障害者やいろいろな障害を持っている人たちの「授産施設」で共同で働く。ポイントは若い人たち(20代、30代)が、会社にたとえると、社長や工場長、部長や課長・係長などの立場で管理運営して、彼らには十分な給与が支払えるようにすることです。

 タオルや民芸品、芸術品、書画や骨董品的なもの、各種の塾、ピアノや英語の指導などがあっても面白いと思います。10億円、100億円単位の資金を投じればかなりの運営ができるように思うのですが、単なる思い付きレベルでしょうか?全国的には「1兆円」くらい投入するのはどうでしょうか。

◆⑦農業改革・・・・・これについては、次の章で紹介します。

◆⑧ここまでくると、社会保障費も削減せざるを得ないでしょう。

◆⑨電力会社経団連も、さらには農協(JA)も、連合などの労働貴族が跋扈する労働組合も・・・・・多くの既製の団体は、一旦は壊す必要があるように思えます。

◆⑩こういう大胆なグランドデザインを、総理大臣が決死の覚悟で国民に提示してから、毎年、消費税を2%アップ・・・・・5年くらい前に、毎年1%アップの提案をした方がいます。今となっては、毎年2%アップが必要でしょう。
 つまり、①~⑦に手をつけ、実際に動き始めた3年~5年先から、毎年2%アップを10年続けたらどうだろうか。そうすれば15年後に消費税は25%、多くの国民が納得するプランだと思うのですが、はてさていかがでしょうか。

 要は、総理大臣の覚悟の問題だと思います。

 さて、日本の農業は弱い、自給率が低くて、何かがあれば国民は飢えてしまうと脅かして既得権益を死守しようとする勢力がいますが、下記の本は、まさに「目からウロコ」です。
 「はじめに」と「目次」を紹介するだけでも、驚くべき日本の農業の実態がわかります。日本の農業を阻害しているのは、政策であり、そして官僚なのです。次の(6)で、日本の素晴しい農業の実態をじっくりとご覧ください。

(7)は、<「TPP」「ISD条項」知られざる恐怖>
(8)は、<TPP 日米食い違い「すべての品目を対象」>
(9)は、TPPの黒幕 経産省女性官僚がやったコト>

(10)は、<前原政調会のナンバー2(桜井政調会長代理)が看破したTPPの本質
(11)は、「国際公約」は一皮めくれば「国内謀略」

●(6)「日本は世界5位の農業大国」淺川芳裕著、講談社+α新書

 <はじめに・・・日本農業弱者論はまったくの事実無根

 農業を語るとき、二つの潮流がある。
 一つは、「農家弱者化・危機論」である。「農業はきつい仕事のわりに儲からない。だから、もっと農家を保護しないと日本人の食料は大変なことになる」という主張だ。これが長年、農業を語るうえでの主流となってきた。農林水産省やマスコミが声高に叫び続けているため、世間一般にも根づいた考え方である。

 もう一つは、「農業問題化・成長論」である。「日本農業は今のままではダメだ。しかし、構造的な問題を解決すれば、成長する可能性を持っている」という、こちらは最近、にわかに増えてきた論説である。農政改革や一般企業の参入が、旧態依然とした農業界を活性化させるとして注目を集めている。
 本書の趣意はどちらでもない。なぜなら、そもそも両論とも前提を間違えているからだ。「日本農業は弱い」なんて誰がいった?日本はすでに「農業大国」なのである。

 農業の実力を評価する世界標準は、メーカーである農家が作り出すマーケット規模である。国内の農業生産額はおよそ8兆円。これは世界5位、先進国に限れば米国に次ぐ2位である。この数字は農水省が発表しているもので、2001年以降、8兆円台を維持している。

 日本が農業大国である所以は、日本が経済大国だからという点に尽きる。戦後、まず農業以外の産業が発展し、人々の生活が瞬く間に豊かになった。そして消費者の購買力が増すにつれて、食に対する嗜好も変化していった。それにともない、食品の流通・小売業や加工業も発達した。
 それらの食品産業のもっとも川上に位置するのが、農業である。

 他産業が発展し、人々が豊かになることで農業は継続的に発展できるのだ。物資が足りず、食うや食わずの生活を送っている国民が大半を占める時代では、主食となるコメや一部の野菜以外は売れない。しかし、経済的なゆとりが生まれれば、それまで贅沢品だった肉や果物なども売れるようになる。つまり、国民所得が増えるにつれて選択肢が広がり、消費者のニーズが多様化するわけだ。農業経営者がそのニーズを創り出し、ニーズに応え続ける経営努力によって、農業は産業として成長してきたのである。

 農家数の急減が日本農業を衰退させるという論調もあるが、それはまったく実情を把握していない。確かに、過去40年間で農家の数は激減したが、農業外所得の増大と農業の技術革新にともない、生産性と付加価値は飛躍的に向上している。

 農家数減少の実態をより正確にいえば、変化する顧客の需要、高度化する品質要求に対応できた少数の農業経営者が生き残り、できなかった多数の農家が廃業、もしくはより魅力的な産業に移動したということである。読者が本書を手に取られたこの瞬間にも、農業を本業とし、きっちり成果を挙げている優良農家は進歩を遂げているのだ。

 すなわち、今ある少数の農家だけでも日本国民の需要を十分に賄いきれるほど、農場の経営は進歩を遂げているのである。これは何も日本に限った特殊な現象ではなく、農業就業人口の流動化、減少、生産性の向上は、すべての先進国が歩んできた道である。その結果、個々の農場が個別の経営判断により社会で自立した存在になり得るのだ。

 それではなぜ、こうした事実に反して「農業は弱い産業だ」という単純なレッテルが貼られているのか。それはすべて、農水省および日本政府が掲げる「食料自給率向上政策」に思想に起因する。
 昨今の世界的な農産物価格の高騰と相まって、日本の食料自給率(41パーセント)が世界で最低レベルの危機的状況にあると取り沙汰されている。メディアが農業関連の話題を報じるときも、自給率の低さは必ず引き合いに出されるため、ご存じの方も多いと思う。

 「国内産で賄える食料が半分以下では、万が一、輸入がすべてストップした場合に、国民の多くが飢えて苦しむことになる。そのためには自給率を上げて、国民の食料安全保障を磐石にしておかなくてはならない」というのが、政府と農水省の主張だ。

 しかし、この主張の裏づけとなる食料自給率の数字は、実は極めていい加減なものなのだ。そもそもスーパーに並ぶ農産物の大半は国産だし、棚には一年を通して十分すぎるほどの量が陳列され、品質についても大きな不満は聞こえてこない。それどころか、現実は生産過剰だ。コメの減反政策は40年以上続けられ、畑での野菜廃棄の光景も日常化している。

 自給率が示す数字と一般的な感覚がかけ離れているのは、農水省が意図的に自給率を低く見せて、国民に食に対する危機感を抱かせようとしているからである。
 では、なぜそんなことをするのか。詳しくは本文に譲るが、端的にいうと、窮乏する農家、飢える国民のイメージを演出し続けなければならないほど、農水省の果たすべき仕事がなくなっているからだ。それはつまり、民間による農業の経営、マーケットが成熟し、政府・官僚主導の指導農政が終わりを迎えていることの証である。

 そして、どうすればラクをして儲けられるか、いかにして省や天下り先の利益を確保するかという自己保身的な考え方で、農水省が農業政策を取り仕切っているからである。農水省幹部の頭には、国民の食を守るという使命感などまるでない。
 最後のあがきとして、世界でも日本でしか通用しない自給率という政策指標を編み出した。自給率政策によって、あたかも農水省が国民を「くわせてやっている」かのようなイメージ操作が実現できるからだ。その結果、統制経済的で発展途上国型の供給者理論を正当化し、農水省予算の維持、拡大を図っている。

 「自給率政策がなければ俺たちが食っていけなくなるな」・・・・・。これは、ある農水省幹部の言葉だが、この言葉がすべてを象徴している。
 こうした政策で、どれほど史上の成長が歪められようとも、弱い産業イメージを国民に植えつけ、農業の職業としてのプライドを傷つけようとも、農業の向上心と農場の進化は止められはしない。

 私は政治家に会うと、「日本農業の規模は世界で何位だと思うか」と聞くことにしている。ある大物政治家からは「80位くらいではないか」との返答を得た。もっとも近い人でも50位。実際は先ほど述べたように世界5位の市場規模だ。そして農家の所得は世界6位である。つまり、一般国民のみならず、多くの政治家が、農水省の喧伝する自給率の低さや農業弱者論を鵜呑みにし、日本農業の真の強さを認識していないのだ。

 本書では、食料自給率向上政策がいかに無意味か、そして農家にも国民にも害を与える愚策であるかを論証している。また、日本農業弱者論がまったくの事実無根であり、実際に日本農業がどれほどの実力を持っているのかも示している。さらには、農業界が直面する本当の課題を提示し、日本農業がさらなる発展を遂げるには何をすべきか、その方向性を提案する。

 「農業=食」は、人間にとってなくてはならない。だからこそ、その産業の健全化と発展は我々すべての利害である。農業に従事されている方はもちろん、これから農業を始めようと考えている方や日本農業の将来に関心を抱かれているすべての方にお読みいただきたい。そして農業界、農政の真の姿を認識してもらえれば幸いである。
 最後に、「農業経営者」編集長の昆吉則氏にお礼を申し上げたい。執筆にあたり、励ましと貴重な助言をいただいた。
 <2010年2月  浅川芳裕>

 <目次・・・日本は世界5位の農業大国・・・・・大嘘だらけの食料自給率

第1章 農業大国日本の真実
*「エセ国内農業保護」の実情        *農水省のヒット商品

*「世界最大の食料輸入国」の      *農業GDPが示す実力
*食料自給率に潜むカラクリ         *現実に即した自給率は高水準
*自給率栄えて国民滅びる          *もう一つの食料自給率計算法
*自給率の歴史に隠された闇        *自給率の発表は日本だけ
*世界の笑いものになった政策       *食料自給率は新たな自虐史観
*減反政策の延命装置

第2章 国民を不幸にする自給率向上政策
*国が示す空虚すぎる皮算用        *自給率1パーセント向上の中身

*自給率向上政策の被害者         *知らずに増える国民のコスト負担
*リスクが高すぎる飼料米の生産      *農家の思考力を奪う補助金
*補助金支給は環境破壊の元凶      *民主党が推進する農業衰退化計画
*黒字の優良農家が消える日        *悪知恵を働かせる労働組合
*自給率向上は票田獲得の手段      *「黒字化優遇制度」の創設を

第3章 すべては農水省の利益のために
 *耕作放棄地を問題にするワケ       *小麦の国家貿易でボロ儲け

*食料安全保障という偽善          *事故米問題で見えた農水省の陰謀
*税金で事故米を増産する愚かさ      *消費者不在のバター利権
*利益を誘導する巧妙な仕掛け       *豚肉業界を圧迫する差額関税
*「養豚家保護」は真っ赤な嘘        *米国農務省のとてつもない戦略
*比較から見えた農水職員の無職責    *農水職員を有効活用すると

第4章 こんなに強い日本農業

*大幅な増産に成功した日本農業      *生産性の向上はここまできた
*「農業人口減=農業衰退」の幻想     *日本の農家数はまだ多すぎる
*知られていない農家の所得         *自給率の呪縛から脱した農業者
*農家の高齢化は問題ではない       *農業に魅せられる若き事業者たち

第5章 こうすればもっと強くなる日本農業
*「農業は成長産業」が世界の常識     *「日本農業成長八策」を提言する

*作物別マーケティング組織の構築     *科学ベースで国際競争に勝つ
*大きな可能性を秘めた農産物輸出    *農産物輸出は検疫戦争
*農家も海外で経営するという発想     *世界を視野に入れた農業者たち

第6章 本当の食料安全保障とは何か
*自給率による食料安全保障は幻想    *何が食糧危機の脅威になるのか
*自給率政策の誤りを唱えた英国      *農業輸出大国オランダの自給率
*「輸出大国=輸入大国」の常識       *食糧危機は来ない
*バイオ燃料は米国農家のヒット作      *補助金廃止が発展させる農業
*自給率向上政策の終焉

●(7)平成23年11月19日、夕刊フジ

 <「TPP」「ISD条項」知られざる恐怖>

 野田佳彦首相が前のめりになっているTPPで、「ISD条項」のリスクが注目され始めている。外資企業が「規制によって不利益を受けた」として各国政府を仲裁機関に訴えることができる制度なのだが、海外ではすでに政府側が米国企業に多額の賠償金を支払わされたり、国内の制度を変えざるを得ないケースも出ている。専門家は「毒まんじゅう」「訴訟地獄必死」などと警告している。

 「訴訟大国・米国相手にISD条項を認めるのは狂気だ。賠償金をむしり取ったり、自社が儲かるように制度を変えさせる手段として使うだろう。参加表明国で、米国に次ぐGDP2位の日本は最大の標的だ」
 TPPに詳しい京都大学大学院の中野剛志准教授はこう話した。
 「ISD」は、「Investor-State Dispute」の略で、「投資家と国家間の紛争」という意味。実際に訴訟となれば、仲裁機関が審理を行なう。何が問題なのか。

 11日の参院予算委員会で、ISD条項を取り上げた自民党の佐藤ゆかり参院議員は「(相手国側には)2度おいしい毒まんじゅう」といい、こう解説する。
 「条約なので、ISD条項が国内法よりも上位になる。国内の司法機関が関わる余地はなく、国連の仲裁機関で審査され、決定に不服があっても覆らない。一審で確定する。従わなければ制裁を受ける可能性がある」
 治外法権といえる制度だ。佐藤氏は続ける。

 「例えば、日本の資源である水。地方自治体が安全保障面からも水源近くの土地を守る規制をしても、海外企業が『差別だ』と訴える可能性がある。最終的にはISD条項に従って、国内法を曲げるしかなくなる」
 ISD条項が盛り込まれたNAFTA(北米自由貿易協定)では、米企業が各国を訴えて賠償金を勝ち取った例が続出している。

 <「訴訟地獄」に国内法曲げる事態も>

 1998年、カナダのケースでは、州政府がガソリンへの神経性物質混入を禁止していたのを米企業に訴えられ、1000万円相当の賠償金を取られた。実はこの物質は、米国の多くの州で禁止されていたという。
 中野氏は「エコカー減税のせいで米国産の車が売れない、国民皆保険制度のせいで民間の保険商品が売れない・・・など。国の訴訟リスクは計り知れない」と指摘した。

 オーストラリアは、米豪FTAで、ISD条項を拒否。韓国も米国とのFTA締結にあたり「ISD条項を外せ」との議論が盛り上がっている。一方、野田首相は11日、佐藤氏の国会質問に対し、「ISD条項は寡聞にして詳しく知らなかった」と無知をさらけだした。
 佐藤氏は「(野田首相は)実績を挙げたくて焦っているようだが、外交オンチ極まりない。最低でも、ISD条項に反対する国内世論を盛り上げ、オーストラリアなどの反対派と連携していくべきだ」と話している。

 <藤森注・・・・・国論を二分するほどの大問題を政治決断したにも関わらず、その中でも最大級のテーマを「寡聞にして詳しく知らなかった」というのは、無知を通り越して「恥さらし」です。
政府・与党(自民党の場合も同じだった)の中枢は、「TPP」は開国だとゴマカしているが、本当のところは、国の富をアメリカに
収奪させて「自己保身」や「政権延命」の材料として利用しようとしていることがバクロされました。つまり「国賊」的です。
こういう人間を大量生産しているのが
「松下政経塾」です。次の総理大臣候補ナンバーワンの人気がある「口先番長・前原誠司政調会長」や天下の外務大臣・玄葉光一郎氏、等々。

 玄葉大臣は、この数ヶ月で評価が急速に落ちている。
「8月の民主党代表選では、若手30人ほどが出馬を促したが決断できず、選挙戦では最後の最後まで、野田首相と前原誠司政調会長のどちらに付くかで迷っていた。外相としての政策の理解度が極めて遅いらしい。外務省側は『レクチャーに時間がかかりすぎる』と嘆いている。政策の勉強より、
飲み会など人付き合いが好きなタイプで、本人も『組織とか仕組みづくりの方が好き』と公言している」
こんなツートップで、国益にかなう結果を導けるか。(11月17日、夕刊フジ)

 つまり、天下の外務大臣を誰がやろうとも、総理大臣が誰であろうとも、官僚がすべてコントロールしているということらしい。ワン・ツー・スリーが「松下政経塾」出身者!高額の手当を支払い、合宿生活で3年もかけて指導・教育して、「松下政経塾」は何やってんだろう!>

●(8)平成23年11月19日、日刊ゲンダイ「元凶は経産省と枝野大臣だ」

 <TPP 日米食い違い「すべての品目を対象」>

 TPPをめぐる日米両政府の発表が食い違っている問題が、ますますヒートアップしているが、ミスリードの張本人は、経済産業省と枝野大臣だった疑いが出てきた。疑惑のシーンをテレビカメラがバッチリ撮影していたのだ。

 日米首脳会談の前日(11月11日)、野田首相や玄葉外相同様、APECでハワイを訪れていた枝野は、米通商代表部(USTR)のカーク代表との会談。日本テレビが、現地での枝野の様子を密着取材し、“日本外交の舞台裏”と題して13日放送の「真相報道 バンキシャ!」と14日放送の「NEWS ZERO」でリポートしていた。

 <日テレの報道番組で文言がバッチリ>

 テレビカメラは、枝野が経産省の事務方と会談の事前打ち合わせをしている部屋にも入り込み、枝野が手元に持っていた資料にズームアップ。すると「*米国」と書かれたペーパーには、問題の文言が一字一句ハッキリ書かれていたのだ。

◆日本は、非関税措置を含め、全ての品目・分野を交渉の対象とする用意がある。

 調子に乗ってテレビカメラに映させるぐらいだから、枝野と経産省にとって「全品目」を交渉のテーブルに乗せることは“規程路線”だったのだ。これじゃあ、枝野がカーク代表との会談で、「全品目」の言質を与えたとしてもおかしくない。

 自民党は、きのう(17日)の外交・経済産業合同部会でこれを問題視。外務省と経産省の幹部を呼んで問い詰めたところ、「紙に書いてあるのは想定問答にすぎない。枝野大臣はペーパーを持たないでカーク代表と会談した」と苦しい説明で、終始しどろもどろだったという。自民党経産部会長の菅原一秀衆院議員がこう言う。

 「そもそも、米国との交渉文書の存在がテレビ映像で簡単に出てしまったことが大失態ですよ。TPPの是非はともかく、密着取材によって、外交交渉の手の内を相手に教えているようなものです。あまりにオソマツだし、大問題です」

 民主党内でも、きのう(17日)のTPP慎重派の総会で、この文書への批判が噴出した。
 今後、枝野が野田と一緒に火だるまになるのは間違いない。

●(9)平成23年11月22日、日刊ゲンダイ「国を売るのか!」

 <TPPの黒幕 経産省女性官僚がやったコト>

 マイクを握り、身ぶり手ぶりで説明する女性官僚。彼女こそ、いま、TPPの黒幕と呼ばれる宗像直子・経済産業省通商機構部長(グローバル経済室室長)である。
 なぜ、彼女が黒幕と呼ばれるのか。

 日米で言った言わないでモメている野田首相発言、「日本は全ての物品サービスを(TPPの)貿易自由化交渉のテーブルに乗せる」というセリフ。これは経済産業省が事前に用意したペーパーに書かれていて、これを作成したのが宗像なのである。

 問題のペーパーはAPECのためにハワイに先乗りした枝野経産相にカーク米通商代表との会談用として渡された。たまたま枝野に密着取材していたテレビが映したことで、存在がバレた。その後、枝野はカーク通商代表との会談に臨み、あとからハワイ入りした野田首相はオバマ大統領と会談、交渉参加に向けた協議に入ることを表明した。枝野も野田もペーパーに書かれているような発言をしていないと言うが、米国は、野田がこのペーパーに沿ったセリフを表明したと発表。で、宗像は与野党のTPP慎重派から吊るし上げを食っているのである。

 「18日に開かれた民主党の慎重派の勉強会にも呼ばれて、経緯を聞かれていました。宗像氏は首相の会見前に用意した発言要旨だったとし、首相の会見のあと、その趣旨を反映させたものに差し替えなかったため、ペーパーが残ってしまったと言い訳しました。でも、外形的にはTPP参加の旗振り役である経済産業省が極めて前のめりの参加表明文書を作り、それが米国に伝わって、日本の見解として発表されてしまったとしか見えない。

 それに対して、日本は訂正すらも求めていないのだから、おかしな話です。本当に差し替える気があったのか。経産省が交渉で、そう言わせようとしたのではないか。枝野氏はその通りの発言をしているのではないか。疑惑は尽きないし、“違う”と言うなら、枝野大臣とカーク通商代表との議事録を公表するか、『米側の発表は誤り』と日本から声明を出すべきです。宗像氏本人か、上司か、大臣か。誰かが責任を取らなければ、慎重派も収まらないと思います」(ジャーナリスト・横田一氏)

 今回はたまたまTVが映像を撮っていたからよかったものの、それがなければ、交渉の裏で役人が勝手に何をやっているかわかったもんじゃない。そう思うと、ホント、日本の官僚は恐ろしい。
 宗像氏は東大法卒、ハーバードでMBAを取得した後、1984年通産省に入省した。通商経済政策局経済協力課、総務課課長補佐などを経て、ブルッキングス研究所やジョージワシントン大で研究をした。新自由主義に染まった役人の身勝手な暴走は許されない。

 <藤森注・・・・・こんな幼稚ないい訳が、選良たちには通用するとは驚きです。要は、民主党の大臣がなんと思おうとも、全ては官僚の思惑通りに物事がすすんでいるということでしょう。しかも、アメリカに留学経験がある多くのエリート官僚が、アメリカに(深層心理の部分が)洗脳されているということだと思います>

●(10)平成23年11月5日、日刊ゲンダイ「反対派勉強会に登場」

 <前原政調会のナンバー2(桜井政調会長代理)が看破したTPPの本質前原政調会長といえば、ガチガチのTPP推進論者。「不満が残る人に配慮していたら責任与党といえない」とか言って、反対派の怒りに油を注いでいたが、その前原は直属の“部下”からも反旗を翻されている。政調ナンバー2の桜井充代理が今月2日、反対派の山田正彦前農水相が主催する勉強会に登場。交渉能力のない日本がTPPに参加した場合、米国のいいようにやられてしまう懸念を図解入りで、極めて具体的に指摘したのである。前原もこれじゃあ、形無しだ。桜井が指摘したのはこれまでの日米交渉の歴史だ。建築基準法の改正」「労働派遣法の制定」「大店立地法の制定」「司法制度改革」「第3分野の保険への外資の参入」

 すべてが米国の圧力によって、米国に利するように改正、制定、開放されたもので、その結果、例えば、輸入住宅は1300戸から10万戸に増えた。労働派遣法で正規雇用が増え、そうしたら、男の30%、女の20%が結婚できなくなった。正規雇用から非正規雇用に切り替えた大企業は浮いた金を株主に還元し、外国人に金が流れた。大店立地法でウオルマートが進出し、地方が廃れた。第3分野の保険は日本企業が扱えず、米国企業に独占され、日本の「危ない生保」はことごとく、外資に買収されてしまった。

 <米国による乗っ取りの最後の仕上げ

 桜井はこうした歴史的事実を取り上げて、「米国は非常に戦略的にやってきている。TPPの最大の問題は、日本の交渉力のなさなのです。TPPは交渉に勝てれば参加するべきです。交渉事で勝てないから、この辺を考えなければいけないのです」と結んだのだ。

 自由貿易というと聞こえはいいが、そんな甘っちょろい話じゃない。日本は負け続け、どんどん、経済が廃れている。これが現実なのである。それが前原らにはわかっちゃいない。というより、前原を筆頭に霞が関の役人どもは、みんな米国ベッタリだ。そこが問題なのである。桜井代理に改めて聞いてみた。

 「日本にとって守らなければいけない分野はどこか。そこを守るためにどうやって、交渉能力のなさを補うのか。議会の承認を得るようにするのも、交渉担当者にプレッシャーを与える方法のひとつです。こういう工夫を考えなければいけません」
 そんな工夫ができればいいができっこない。だから、参加はダメなのである。

 <藤森注・・・・・私は、桜井充氏が大好きです。私には無い紳士的・良心的で、率直かつ改革的な政治家であり、国益を優先する政治家だと思っています。

 さて、桜井議員の「交渉が下手で、負け続けている」という言い方はかなり良心的な表現です。私はもっと辛辣に理解しています。交渉が下手な上に、「売国」的な連中だから、アメリカが最も必要としている分野を収奪させてきたと思っています。ですから、上手い、下手、以前に、体を張って日本を守ろうなどとまったく思っていない連中が交渉していると思っています>

●(11)平成23年11月25日、週刊ポスト「ニュースのことばは嘘をつく」長谷川幸洋(東京新聞・中日新聞論説副主幹)

 <「国際公約」は一皮めくれば「国内謀略」

 先の主要20カ国・地域(G20)首脳会議で野田佳彦首相が消費税引き上げを「国際公約」したと各紙が報じた。たとえば次の記事だ。
 「野田首相は3日午後(日本時間3日夜)、主要20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)で(中略)消費税率を2010年代半ばまでに10%に引き上げる方針を事実上の国際公約として表明した」(読売新聞11月4日付夕刊)

 国際公約というと、いかにも重々しく響く。だが実際のところ、どれほど重い話かというと、口約束だけなら、実はそうたいした話でもない。欧州では国が公に宣言した約束を破った例はいくらでもある。
 典型は財政規律についての約束だ。欧州連合(EU)は国内総生産(GDP)比率で3%以上の赤字を出せば罰金を科すと定めていたが、フランスとドイツが2002年以降3年連続で違反したにもかかわらず見逃され、後でルール自体を緩和してしまった。

 ギリシャもEUが求めた緊縮財政策の受け入れを国民投票で決めると宣言したが、あっさり撤回している。欧州では方針撤回とか見直しとか、実に融通無碍というか柔軟である。
 だが、今回の国際公約は単なる口約束にとどまらず、もう少し重い。というのは、消費税引き上げ方針は会議での首相発言だけでなく「行動計画」の文書にも日本の約束としてしっかり書き込まれているからだ。

 米国や英国、フランスなど各国もそれぞれ財政健全化計画を文書で約束したので、後で日本だけ「知らない」と言い逃れるのは難しくなった。
 とはいえ日本国内で本格的な増税論議が始まっていないのに、外で約束するのは手順が違う。
 後で批判を浴びるのを承知のうえで、野田がまず国外で消費税引き上げを約束したのはなぜか。「対外的にも約束したから先送りできない」という論法は野党や国民向けには使えない。なぜなら「外でそんな約束をしたお前が悪い」という話になって責任追及されるのが関の山だからだ。

 そうではなく、これは民主党の党内向けだ。いずれ与党内では消費税引き上げ法案をめぐって火花が飛び散る。増税反対派をどう説得するか。そのとき「総理が国際公約した話なんですよ。それでも反対するなら総理の面子をつぶすだけでなく倒閣話になる。党を壊すつもりか」という脅し文句に使うつもりなのだ。

 与党議員は野党と違って基本的には総理を支える立場にある。その野田が世界に増税の決意を示した以上、反旗を翻すならもはや政局、党内権力闘争になる可能性が高くなった。
 野党がいくら「中で話す前に外で約束するとは何事だ」と拳を振り上げたところで「これは私の方針です」と突っぱねてしまえば、それまでだ。

 本当に怖いのは野党ではなく、与党内からの造反だ。それを抑えこむために、いまのうちに思い切ってルビコン川を渡ってしまった。そんなところではないか。先手必勝の作戦である。
 野田にこういう知恵を授けたのは、もちろん財務省だろう。まず野田を先に動かして、絶対に後戻りできないようにする。引き上げ撤回を言い出せば、直ちに政権崩壊という断崖絶壁に追い込んだ。そのうえで与党内の反対派とはガチンコ対決させる。腰が引けたほうが負けという構図だ。

 今回の「国際公約」は国内政治の産物でもある。(文中敬称略)

 <藤森注・・・・・長谷川幸洋(東京新聞・中日新聞論説副主幹)氏は、マスコミ界の「勝海舟」だと私は思っています。フリーではなく、これだけの組織がある新聞社の幹部が、これだけのことを書けるということが不思議でなりません。そういう意味では「勝海舟」が最も相応しい方だと思います。

 今、大問題になっている「沖縄新報」の報道。防衛省・田中局長のオフレコによる「レイプ暴言」発言を沖縄新報が報道したことで、「オフレコ報道の是非」ばかりがクローズアップ(12月3日、日刊ゲンダイ)され、沖縄新報を出入り禁止するのしないのと大騒ぎになっているようです。
私(藤森)の推測ですが、長谷川幸洋氏がこのオフレコ発言の場に同席していたならば、沖縄新報と同様、
報道することと思います。週刊ポストに連載中の「ニュースのことばは嘘をつく」・・・・・これだけ大きな組織の幹部でありながら、これだけのことを書ける長谷川氏は凄い方だと驚いています>

●(12)「TPP」の問題は、日本の現状が、実に多種多様な側面から炙り出されているようです。「黒船」来航から日本中が大騒ぎになったのと同様に、「TPP」参加問題をきっかけに、戦後日本の総決算的な議論になってきているように思えてきました。

 「TPP」に参加することがプラスかマイナスか、これを議論するうちに、まさにありとあらゆる問題が掘り返されてきています。民主党の政権運営があまりにもオソマツ極まりないお陰で、自民党時代には「岩盤」だった諸々の問題や課題が、液状化現象を起こしているようです。

 ボロボロと政府や官僚の垢や膿が吹き出ています。アラブ諸国の革命ではありませんが、民主党のオソマツさとインターネットのお陰で、我々、一般庶民までが権力の裏側まで知ることができるようになってきたので、戦後の総決算が行なわれてほしいものです。
 そうすれば、これだけの「円高=円が強い」であり、現状では、世界で一番安全だとされている日本円を持っている日本が、世界で最初に立ち直ってくれるかもしれません???

 <次回に続く>

<文責:藤森弘司>

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