2017年8月31日 第181回「今月の映画」
野火
原作:大岡昇平 監督:塚本晋也  主演:リリー・フランキー  中村達也  森優作  中村優子

●(1)戦争の悲惨さはいうまでもありませんが、それにしても、この映画の悲惨さは言語に絶します。以前はよく言われたことですが、戦争の体験を、例えば、おじいちゃんが、あるいは、お父さんが何も話さないなどということが、時折、報道されました。

しかし、悲惨さの程度は違うにしても、大なり小なり、似たようなレベルの悲惨さを体験したであろう方々、おじいちゃんやお父さんが、安穏とした、何不自由なく平和な生活を送っている家族の方々に、これらの体験の一部が含まれるであろう「戦争体験を話せる訳が無い」と、この映画を見て、改めて感じました。
そのために、「戦友会」などに参加した時には、大いに盛り上がったであろうことが、十分に想像できます。

私(藤森)は終戦直後の生まれ、団塊世代の直前の生まれですので、もちろん、戦争体験はありませんが、悲惨な戦争体験者が溢れている中で育ちました。電車に乗ると、傷痍軍人の方が不自由な体で車両を回って寄付を求めていました。
都会に出ると、私と同じ世代の幼児というのか、少年というのか、そういう幼い年齢の子供が、駅近くの道端で靴磨きをしていました。

そういう時代の中、我が家は貧しい生活をしていましたので、この映画『野火』の悲惨さは他人事のようにはとても思えませんでした。ただ「人肉」を食べなくても良かっただけ幸運だったのかも知れません。
人生を困難に感じ、生きる辛さを感じた方には、何か、参考・・・耐える力を与えてくれるかも知れません。さらには、戦争の悲惨さを記憶するためにも大事な映画かも知れません。

恐らく、シリアやアフリカなどの難民の方々の中の一部は、現代でも、これに近い人生を送らざるを得ない状況に追い込まれている可能性があるのではないでしょうか。

〇(2)地の匂い。
水と空気の匂い。
樹液の匂い。
めくれ上がる皮膚の匂い。
散らばる内臓の匂い。
腐りゆく自分の匂い。〇(3)<STORY>

第2次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。日本軍の敗戦が色濃くなった中、田村一等兵は

結核を患い、部隊を追い出されて野戦病院行きを余儀なくされる。しかし負傷兵だらけで食糧も困窮している最中、少ない芋しか持ち合わせていない田村は追い出され、ふたたび戻った部隊からも入隊を拒否される。途方にくれる田村に声をかけてきたのは、病院前で同様に、行き場をなくしていた負傷兵の安田だった。足の怪我を言い訳に安田は、子供ほど年齢の違う永松に命じ、持ち合わせのタバコを使って同胞たちから芋を巻き上げてはその場を牛耳っていた。
ここでも芋一本で殺伐となる光景に嫌気がさした田村だったが、群れる安心感を優先し、一団と共に過ごすことにする。だがそれもつかの間、目の前の病院が空爆に遭い、皆、三々五々逃げ出した。

田村はまたも一人、原野を彷徨うことになる。青々とした葉をつけた木々、赤く咲き誇る花々、川のせせらぎ・・・・・。楽園のような風景は、一瞬、戦争に来ていることを忘れさせてくれる。しかし容赦なく照りつける太陽が、空腹が、望郷が、田村を圧倒していくのだった。

田村は、伍長と遭遇する。いわく日本兵は皆、パロンポンへ向かうよう軍令が出ているという。帰国といういちるの望みを糧に、田村は伍長の後を追うことにする。それが、さらなる狂気の世界へと続く道とは知らずに・・・・・。

〇(4)<HISTORY>

<レイテ島の戦い>

 太平洋戦争の開戦を告げた真珠湾攻撃以降、勢いに乗った日本軍はマレー半島やシンガポールなどのアジア諸国に次々と進軍。1942年1月にはフィリピン・マニラを陥落し、アメリカ極東陸軍司令官だったマッカーサーを豪州へと撤退させたほどだった。しかし同年6月のミッドウェー海戦で日本軍は大敗を喫し、以降、戦況は悪化。

1944年10月には、マッカーサー率いる米軍がフィリピンのレイテ島に再上陸する。その数は10万人もの大部隊で、すでに食糧や医薬品の補給路も絶たれていた日本軍は2ヵ月足らずで敗北が決定的に。結果、同島での日本兵の戦没者は約8万人と推測され、フィリピン全体では約50万人にのぼった。そのうちの8割が飢餓や病気による戦病死と言われている。

①1939・9  第2次世界大戦勃発
②1940・9  日独伊三国同盟成立
③1941・12 真珠湾攻撃で太平洋戦争勃発
日本軍第14軍がフィリピン各地に上陸し、翌年3月、米軍司令官マッカーサーは豪州へ脱出
④1942・1  日本軍マニラ占領
⑤1942・2  日本軍シンガポール占領
⑥1942・6  ミッドウェー海戦で米軍が日本軍に勝利
⑦1942・8  ガダルカナル島に米軍上陸、翌年2月日本軍撤退
⑧1943・4  山本五十六連合艦隊司令長官がブーゲンビル島上空で戦死
⑨1943・9  イタリア無条件降伏
⑩1944・3  インパール作戦を開始するも7月に日本軍大敗
⑪1944・6  マリアナ海戦で日本軍敗北、米軍サイパン上陸
⑫1944・10 マッカーサー率いる米軍がレイテ島に上陸
⑬1945・5  ドイツ無条件降伏
⑭1945・8  広島・長崎に原爆投下
⑮1945・8  ポツダム宣言受託 日本は無条件降伏し終戦

〇(5)<原作 大岡昇平>

 1909年3月6日生まれ。東京出身。青山学院中学部に入学し、キリスト教の影響を受ける。京都大学仏文科卒業。帝国酸素、川崎重工業などを勤務し、1944年に召集されてフィリピン・ミンドロ島に赴任し。翌年、米軍の捕虜となりレイテ島収容所に送られる。

帰国後の1949年に「俘虜記」で第1回横光利一賞を受賞し、文壇デビュー。1952年に「野火」で読売文学賞、1972年に「レイテ島戦記」で毎日芸術賞を受賞した。また、得意な仏語を生かして「フランス映画輸出組合日本事務所」に勤務し、ジャン・コクトー監督の映画「美女と野獣」(1946)の紹介記事を「映画春秋」に発表、映画「悲恋」、ジャン・ドラノア監督の映画「しのび泣き」などの字幕翻訳を手掛けた。1988年死去。享年79歳。

〇(6)<戦場のリアリズム>(佐藤忠男・映画評論家)

映画『野火』は、すでに多くの傑作で国際的にも知られた監督である塚本晋也にとっても重要な作品である思う。これまで、その才能は知られていても、とかく、実験的な特異な映像作家というふうにみられがちであったのだが、大岡昇平の有名な小説と真っ向から取り組んだこの映画には、特異なところはなにもない。ただ多くの人に知ってほしい戦争の真実を見ようとする生真面目な態度がここにはある。

原作者自身が一兵士として参加した太平洋戦争末期のフィリピンのレイテ島における日本軍の惨たる敗走が、ここには確かなリアリズムで再現されている。この原作は一度、市川崑監督によって映画化されて名作となっているが、それと比較しても塚本晋也のリアリズムはすぐれている。単純な事実から言っても市川崑作品の頃にはまだ、現地ロケもフィリピン人の出演も無理だったが、熱帯の環境や、フィリピン人の演じる村人たちや、特にゲリラ兵などの存在が、今度の塚本作品では大きな意味を持つ。

また市川作品は黒白だったために血の色というものを意識できなかったが、塚本晋也はカラー作品として色彩を強烈なまでに活用している。じつは原作では、主人公の敗残兵が飢えてついに人肉食の誘惑に追い詰められたとき、見えない神の手らしきものがそれを止める。市川崑はこれではどうしても撮れないと考えて、歯が欠けるなどして実際上食べられないというふうに工夫した。こんどの塚本作品では主人公の口が血の色でギラギラしている。

もっとも、この血の色の強烈さに代表されるようなナマナマしさが外国の映画祭などでは残酷すぎるとして問題になったようだ。そう、確かに、敗走する日本兵たちがつぎつぎ死体になり、ただの肉の塊りのようなモノになってゆくありさまはすさまじい。しかしこれは決して悪趣味な残酷描写ではない。戦争の真実の姿である。その血の色の強調の仕方などに、実験的な映画で映像感覚を磨き上げてきた塚本晋也の独自の表現上の輝きがあることは事実で、それはなにも遠慮して引っ込めるようなことではない。

塚本晋也が俳優として演じている主人公の田村一等兵は、幸い生きて日本に帰るが、平和な生活の中で彼は、あの口の中のギラギラしていた赤いものにこそうなされる。原作が発表された頃にはまだ、戦場での人肉食は軽々しく語れない事柄だった。

その後、ドキュメンタリーの『ゆきゆきて、神軍』(1987年・原一男監督)などで、じつはニューギニア戦線などではかなり実際にあったことが知られるようになった。強引に告白させるようにしてやっと表に現われたことだった。今度の『野火』は、その告白ができない元兵士の心の内側にまで迫ろうとしている。平和な生活の中でうなされている主人公の演技には本当に切迫したものがあって、演技としても見事である。

〇(7)<異形の者への変身>(四方田犬彦、映画・比較文学研究家)

塚本晋也の映画はすべて、異形の者へと変身することの恐怖と恍惚を描いた映画である。最初からそうだった。

『鉄男TETSUO』とは、平凡な勤め人の青年がふとしたことから不気味な女怪物に追いかけられ、いつの間にか、自分もまた、夥しいボルトやナットを伴い、全身が鉄屑でできたメタリックな怪物に課してしまうという物語だった。彼はやむにやまれぬ力によって自分が人間の座から滑り落ちたことを、決して後悔しない。というよりむしろ、宿敵である別のメタリックな怪物と戦った後、彼と合体してしまう。

そして「世界中を錆びつかせて、宇宙の藻屑に返してやろう」と宣言し、高らかに街角へと行進してゆく。『東京フィスト』でも、『BULLET BALLET』でも、過激な変身が主題となっていた。前者では主人公の青年は、たまたま高校時代の友人のボクサーと出会ったことが契機となって、自我に崩壊を来たし、妻もろともグロテスクな変身を遂げてしまう。

後者の主人公もまた不思議な少女と出会ったことから強い死への衝動に駆られることになる、荒涼とした都会の周縁地帯で死と向かい合う。続く『双生児』では、主人公はみずからの無意識のうちに押し殺してきた分身に出会い、ついに社会的自我を彼に乗っ取られてしまう。

塚本が『野火』を撮ると聞いたとき、やはりこれもまたグロテスクな変身劇になるなという予感を、わたしは持った。はたしてそれは正解だった。原作は大岡昇平による、もはや古典的ともいえる戦後文学の小説である。そこでは第二次世界大戦下における日本軍のフィリピンでの戦闘と、その戦列から離れた一人の兵士の彷徨が描かれている。彼は飢餓のあまり人肉嗜食の誘惑に駆られ、その禁忌を破れば人間界から脱落してしまうという恐怖に駆られている。

1959年、市川崑がこの長編を最初に映画化したとき彼が拘泥したのは、極限状態における兵士たちを捕らえて離さない複雑な上下関係であり、ひとたび軍隊を離れてもなおかつ個人を呪縛する、内面化された人間関係の政治であった。それは、誰もがまだ日本の軍隊の内実を身に染みて記憶していた時代にふさわしい映画のあり方だった。このフィルムは、主人公の兵士が敵軍の銃弾に倒れたところで終わっていた。だが、それから半世紀以上を経てなされた塚本による映画化は、市川のヴァージョンとは多くの点において異なっている。

塚本は煩雑な人間関係を思い切って単純化し、人肉嗜食の禁忌の問題に焦点を絞っている。日本兵たちは現地人などを殺害し、その肉を「猿」と呼んで密かに口にしている。主人公もまたこの誘惑に牽引される。だが「猿」を食うことは人間をやめることだ。人間界に留まるためには、「猿」から遠ざかっていなければならない。とはいえ人間から脱落してしまった者たちの間にあって人間であり続けることが、いかに困難であることか。

市川がどこまでも軍隊という人間の社会から脱落した者を描いていたとするならば、塚本は人間が人間である境界を越え、より不気味で恐ろしい存在へと変身を遂げていく過程を、情熱をもって描いている。それは彼が『鉄男 TETSUO』以来、片時も忘れていなかった、異形なる分身との対決であり、分身へ同化することで人間という観念の解体を目の当たりにすることに通じている。

『野火』は、塚本晋也における<作家>としての一貫性を、有無をいわせぬ形で観る者に確認させる作品である。われわれはここに、日本映画における戦争表象のもっとも新しいあり方を認めることができるだろう。戦争は人間を人間でないものに変える。この一見いい古された表現を文字通り実践し、新しい形で更新してみせたのが、今回の『野火』である。

<文責:藤森弘司>

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