2013年12月31日 第137回「今月の映画」
キャプテン・フィリップス
監督:ポール・グリーングラス  主演:トム・ハンクス  キャサリン・キーナー  バーカッド・アブディ

●(1)「もう一度家族に会いたい!」

 海賊に襲われ、拉致された時、フィリップス船長がこのように叫びます。誰でも家族を愛しているにも関わらず、平穏無事な日常生活の中では、この極めて大切なものを、私たちは、往々にして忘れてしまいます。

もっとも危険なときに思いつくことこそ、もっとも大切にすべきものなのでしょう。

いつ、いかなる時においても、「もう一度家族に会いたい!」という気持ちを大切にしながら余生を送りたいと、改めて感じました。

○(2)<INTRODUCTION>

2009年、
世界を震撼させた
衝撃と感動の実話を、
早くも映画化!

船長の勇気と
アメリカの威信を懸けた
救出劇の壮絶な記録

 2009年4月。あまりにもショッキングなニュースが世界中を駆けめぐった。オマーンの港からケニアへ、5千トン以上の援助物資を運ぶアメリカ船籍のコンテナ船、マースク・アラバマ号が、インド洋のソマリア沖で海賊に襲撃されたのだ。

船長と乗組員20人。非武装のアラバマ号は、わずか4人のソマリア人海賊にあっけなく占拠されてしまう。船長のフィリップスには、さらなる悲劇が待ち受けていた。アラバマ号を解放しようとして、自らが海賊の人質となってしまったのだ・・・・・。

インド洋に突き出した地形から「アフリカの角(つの)」とも呼ばれる、アフリカ東端に位置するソマリア。1991年に勃発した内戦によって無政府状態が続き、国内が混乱する中、海賊の活動は年々激化していき、沿岸を往来する船にとって果てしない脅威となっていた。05年あたりから被害はさらに急増するが、このマースク・アラバマ号の事件は、アメリカのバラク・オバマ大統領が救出指令を出し、海軍特殊部隊ネイビーシールズ(NAVY SEALs)が作戦を実行したことで、世界に大々的に報道された。

事件発生からわずか4年。人質になった船長、リチャード・フィリップスの回顧録を基にした、緊迫と衝撃、そして感動の実話が、今ここにスクリーンで再現される。
周囲と隔絶された海上。交渉の余地もなく銃をつきつけてくる海賊たち。そして一瞬先の生死も分からない想像を絶する恐怖・・・・・。異様なまでのテンションが貫かれ、観客は事件を追体験することになる!

追い詰められた人質の恐怖と、
解放の瞬間の命の輝き・・・・・
トム・ハンリアルなクスの
かつてないリアルな演技に
早くもアカデミー賞の呼び声!

 乗組員を救うため、自らの命を犠牲にすることを厭わない。しかし、愛する家族のために必ず生きて帰国する。冷静な判断力と不屈の闘志を併せ持った、リチャード・フィリップス船長役には、2度のアカデミー賞最優秀主演男優賞受賞を誇るトム・ハンクスという、これ以上ないキャスティングが実現した。

武装した海賊たちを冷静になだめつつ、命の危機には恐怖を隠せなくなる、様々な状況におけるフィリップス船長の心理を、人間味たっぷりにハンクスが表現。彼の名演技は、観ている我々にも船上の危機に立ち会ったような錯覚を与える。かつて『アポロ13』(95)では宇宙空間での苦闘に挑んだハンクスが、今度は海上での恐ろしいサバイバルを強いられるのだ。

自宅から彼を送り出す、妻のアンドレア役には、『マルコヴィッチの穴』(99)、『カポーティ』(05)で2度のアカデミー賞助演女優賞ノミネートとなったキャサリン・キーナー。そして4人の海賊を演じるのは、リアリズムにこだわる監督ポール・グリーングラスの意向によって、アメリカのソマリア人コミュニティーでオーディションが行なわれ、演技経験がほとんどないソマリア人の若者たちが抜擢された。

 襲撃アクションを洋上で撮影、
アメリカ海軍特殊部隊
ネイビーシールズの攻防も再現

 高速で進むコンテナ船を、海賊側のモーターボートが追いかけるなど、襲撃の攻防は、実際に地中海に浮かぶマルタ島沖の洋上で撮影され、本物の波のうねりや船内の揺れが再現された。洋上での撮影は60日以上におよび、実に全編の75%にもわたる。観る者にかつてない臨場感を届けるのも本作の特徴だ。

海賊VS.非武装の乗組員という、ある意味で戦闘には未熟な者同士のバトルは生々しい描写も盛り込みながら展開していく。そして後半はアメリカ海軍の精鋭部隊ネイビーシールズが参加し、最先端テクノロジーを使ったプロフェッショナルな攻防へシフト、カウントダウンで緊迫感を高めていく。こうしたアクション映画として醍醐味を備えつつ、あくまでも実録の再現にこだわった作りが、現在の世界情勢をも浮き彫りにするのは言うまでもない。

ヒーローのイメージとはほど遠い主人公が、自らの勇気、そして乗組員や家族への愛を頼りに、孤高の闘いに立ち向かっていく。実際のリチャード・フィリップス船長のその姿は、オバマ大統領をして「すべてのアメリカ人の鑑だ」と言わしめた。

事件発生から4日間。生死を懸けたキャプテン・フィリップスの信じがたい体験を、世界が目撃することになる!

○(3)<STORY>

 生死を懸けた緊迫の4日間
フィリップ船長を支えるものは、
「生きて、愛する家族のもとへ還る・・・・・」
という願いだけ

 2009年3月28日。リチャード・フィリップス(トム・ハンクス)は、アメリカのバーモント州、アンダーヒルにある自宅を出発した。マースク海運に勤務する彼にとって、今回の任務は、オマーンからケニアへ援助物資を運搬する「マースク・アラバマ号」の船長だ。見送りの妻アンドレアが同乗する車内では、ありきたりな夫婦の会話が交わされていた。最近の社会情勢のこと、ふたりの子供の将来のこと・・・・・。仕事が終れば、ここアンダーヒルに戻って来るだろう。すべてが、いつも通りだった。後日、過酷な運命に見舞われることを、この時のフィリップスは、まったく予期していなかった・・・・・。

オマーンのサラーラ港に到着したフィリップスは、積荷のコンテナや燃料などを細かくチェックしながら、出航の準備を進めていく。ベテランの船長として、20名の乗組員の士気を高めることも忘れない。やがてマースク・アラバマ号は、予定通りケニアのモンバサ港へ向けて出航。しかしフィリップスには、ひとつだけ気がかりなことがあった。航海ルートのソマリア海域で、最近、海賊の活動が激化していたのだ。万が一に備え、彼は出港後に、緊急時訓練を行なうと決断する。

同じ頃、ソマリアの海岸では、海賊の人集めが行なわれていた。2隻の小型モーターボートに分乗したソマリアの若者たちが、海岸から沖へと向かっていく。彼らの目的はただひとつ。ソマリア海域を行く船を襲撃し、金を強奪すること。簡易レーダーを駆使しながら、彼らは標的を探し始める。やがて単独で海域を進む、無防備なコンテナ船を探知した。海賊にとっては、これ以上にない標的。マークス・アラバマ号だった・・・・・。

「これは訓練ではない。本番だ!」
猛スピードで追尾してくる2隻の不審なモーターボートに気付いたフィリップスは、船内の乗組員に警戒するよう指示する。緊急事態を察した彼は、ドバイの英国海運貿易オペレーションにも海賊船の襲撃を報告。その交信を傍受した1隻の海賊船はひるみ、もう1隻はエンジントラブルで襲撃を諦める。アラバマ号の船内では、乗組員たちがパニックになり、言い争いも始まる中、フィリップスは彼らをなだめるのが精一杯だった。

翌朝、1隻のボートが再びアラバマ号を追跡し始めた。ボートは「ソマリアの沿岸警備隊、検査に来た」と急接近してくるが、明らかに昨日の海賊たち。フィリップスは彼らの言葉を無視。ボート側は、最後警告を聞かないアラバマ号に向かって発砲。フィリップスは、ホースからの放水を命令し、応戦を始めた。やがて海賊たちは梯子を使ってアラバマ号へ侵入。船内が大混乱へと陥る中、乗組員の大半は訓練通り、機関室へ身を隠す。

海賊たちは4人。英語も堪能なリーダー格のムセに、血気盛んなナジェとエルミ、そして、まだ少年の面影を残すビラルだ。海賊たちはフィリップスら数名の乗組員を操縦室に連行し、銃で脅迫しながら交渉を開始した。フィリップスは、金庫に保管した3万ドルの現金を提供しようとするが、ムセはそれでは満足できない。船内を把握したいムセは、操縦室にナジェとエルミを待機させ、ビラルとフィリップスを伴って、他の乗組員を探し始めた。キッチンを通り、機関室へ降りていく一行。機関室に隠れた乗組員がガラス片を床にばら撒き、裸足のビラルに大ケガをさせる。さらに主甲板の発電機を切って停電させるなど、時間稼ぎは成功し、乗組員たちの命はかろうじて繋ぎ止められる。

やがて事態は急転。機関室に隠れていた乗組員たちがムセの捕獲に成功した。海賊側はフィリップスの提示した条件をのみ、現金3万ドルだけを受け取って、アラバマ号の救命艇でソマリアへ向かうことを決意する。しかし救命艇が発進する直前、フィリップスが人質に捕らわれてしまった!

フィリップスと4人の海賊を乗せた救命艇はソマリアを目指して進んでいく。海賊の元締めが船会社と交渉し、保険金からフィリップスの身代金を出してもらおうというのがムセの算段だった。

その頃、米駆逐艦のベインブリッジに、アラバマ号が海賊に襲われた、という連絡が入っていた。やがてソマリア沖に無人偵察機が送り込まれ、アラバマ号と救命艇の動きを探索。アメリカ大統領からも救出を急ぐように指示が出され、アメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズ(NAVY SEALs)が出動する。

その間も、救命艇の中ではフィリップスに銃が向けられ、一触即発の状況が続いていた。SEALsは、いつ救命艇を攻撃するのか?その時、フィリップスの命は助かるのか?静かな海上で一瞬のスキを狙った救出作戦が進んでいく。アメリカはもちろん、全世界が固唾をのんで見守る、その結末とは・・・・・。

○(4)<REVIEW>

<日本も決して対岸の火事ではない、この映画が投げかける社会の現実>(田原総一郎・ジャーナリスト)

先日、日本の海上自衛隊とロシア海軍がオホーツク海にて合同の対海賊対策の共同訓練を行なうというニュースが流れていましたが、今や日本にとっても海賊の横行は他人事ではすまされない、世界的にも重要な問題のひとつです。

そんな中で、ソマリア沖に出没する海賊に拉致された米国人奪回事件を題材にしたこの映画を見せていただきましたが、実際に起きた事件の映画化なだけに、一つひとつのエピソードにものすごいリアリティーがありました。まず、そこが素晴らしかったですね。

また通常の映画なら、もっとドラマティックにするために、ストーリーをはしょったりしてテンポを良くしようとするものですが、ここではドキュメンタリー・タッチを貫くことで、あえてはしょることもしていない。それでいて2時間14分、まったくだれることなく最後まで緊張が持続しますし、とにかく全体的に迫力がみなぎっている。

人質となる船長役のトム・ハンクスがいいですね。映画の3分の1は彼の演技と魅力で持っているのではないかと思わされるほどで、それでいてドキュメンタリー・タッチの中にも上手く溶け込んでいるし、特に後半なんて人質になったまま身動きもとれないのに、ものすごい存在感でした。

意外だったのは、ああいう民間の船って海賊とかに備えてもっと武装しているかと思っていたら、実はそうではない。しかも海賊が出没することが分かっている危険な海域を通るのに、まったく無防備であるというのは驚きで、船員たちも「海賊と戦うほど、俺たちは給料をもらってない」とか、いろいろな意見が出てくるあたりも面白いというか、非常にリアルですよ。会社がお金をかけられないのか、そもそもどこかで海賊を甘く見ているところがあったのかもしれない。

もうひとつは、船長が海賊の襲来を海事局などに伝えた時の対応の悪さね。通信員が「きっと漁船でしょう」なんて言っているけれど、ソマリア沖の海賊は有名なわけだし、ああいった対応をするものなのか。また連絡を取ってから海軍が来るまでにも非常に時間がかかっているし、あれにはかなりいらつきましたけど、これまた本当にあった話だと思うと逆に興味深い。まあ、これは2009年に起きた事件ですから、それを機に今は対応なども変わっているかもしれませんけどね。

ソマリアの海賊たちにしても、要は失業して食えない連中が、日雇いみたいな感覚でやらされているわけですよ。僕はもっと海賊としてしっかりした訓練をやっている軍隊のような武装集団を想像していたのですが、実際は全然組織化されていないし、単に貧困な人たちが集められているだけ。僕自身、もちろんソマリア沖の海賊の脅威は知らされていたけど、具体的にどのようなものかまでは特に追究したことはなかったので、この映画を観て初めて知ったことも多かったですね。保険会社経由で身代金を奪おうとするあたりも、なるほどそういうものかと。また、そういった事実をこの映画はうまくドラマティックに利用している。

そんな風に海賊たちが割りと人間臭く描かれていた分、最後はちょっと可哀想に思っちゃいましたね。でも、ひとりの国民を救うために、国家が威信を懸けて徹底的に取り組み、結果として3人の海賊の命を奪うというのも、いかにもアメリカらしい。そもそもソマリアをああいう風に追い込んでいったのも、アメリカなどの先進国ですからね。

たったひとり、騙されて逮捕されたボスも割かし人間的に描かれていたから、懲役33年というのも少し長すぎやしないかと思ったけど、それもまた事実なわけで、非常に複雑な気分になる。本当はもっと別の結末というか、船長とボスが最後にどこかですれ違うとか、再会するみたいな設定を想像していたんだけど、それもなくて非常にあっさりした終わり方でした。もしこれがフィクションだったら、そういったラストも設けられていたかもしれない。でも、やはりこれは実話の映画化だから、あくまでもリアルに対処したというか、結局、船長とボスはあの後一度も会っていないのでしょうね。

それにしても、実際に起きた事件をそのまま映画の中で再現するなんて、いかにもハリウッドらしい豪華な作りになっているし、とにかくお金のかけ方がケタ違いですよ。後半、あんな風に軍艦が何隻も出てきたりするあたりも、およそ日本映画では考えられないスケールですしね。しかもそれをドキュメンタリー・タッチで貫きながら魅せていくわけだから、僕としてはもういろいろな意味で面白かった。

実際、ソマリア沖は日本の船舶も行き来しているわけですし、この事件にしても決して対岸の火事ではないわけです。海賊たちがあんな小さな船で荒波をかきわけながら襲来してくるあたりも意表をついていて驚かされましたが、襲われる側も武装していないからホースで水をかけるくらいでしか応酬できない。連中が割かし簡単に梯子をかけて船によじ登ってくるあたりも、観ていてぞっとさせられるものがありましたね。でも、そういった予想を裏切ることがいっぱいある世界の現実というものを、最初から最後まで緊張が持続する「映画」として実に面白く仕上げている。それが僕には何よりも素晴らしいと思えました。(談)<Interview & Text 益當竜也>

○(5)<2009年に起きた本事件、
ソマリアの海賊を徹底的に取材したジャーナリスト・後藤健二氏が、ソマリアを語る・・・。>
 <知られざるソマリア海賊の実態!その真実に迫る>
(インデペンデント・プレス 後藤健二・ジャーナリスト)

<ソマリア海賊を求めて>
 

 私はソマリア北部のアデン湾に面した港町ベルベラに居た。
早朝にケニアのナイロビを出て、ソマリアの首都モガディシュからイエメンのアデンを経由し、午後2時にベルベラ空港に到着、滑走路に降り立った。
暑い・・・。熱線と熱風に目と肌をさらした途端に、五感は刺激され、体力を奪われる。目を突き刺すまぶしさが脳に伝わり、一瞬思考が停止する。

<略>

 

<海賊、ついに発見!> 

 鋭い石の突き出た誇りっぽい大地をひたすら走る。切り立った岩場を抜けて緑に覆われた谷間に出ると、その先に紺碧の海が広がっていた。その手前の白い浜辺に海賊の一大拠点エイル村はあった。沖合いには乗っ取られたタンカーや貨物船が3隻、はっきりと確認できた。浜辺に集まる住民たちの視線の先に白い船体のボートがずらりと並んでいた。高速艇用のエンジンを備えたボートは普通の漁船とは違う。
海賊だ!

せわしなく動き回る男たち。自動小銃を肩にかける若者もいる。沖合いに停泊する乗っ取られた貨物船から、海賊を乗せた高速ボートが戻って来た。話を聞きたい!彼らに近づこうとした時、突然銃声が響いた。とっさに振り向くと、15メートルほど離れたところでライフル銃を持った12歳くらいの子供が木の小屋の影に素早く隠れた。

ソマリアの海賊は、片目に黒い眼帯をしていない。髪の毛は長くないし、立派な髭もない。、ましてや、骨董品店で目にするような古くさい剣や銃などは、あいにく持ち合わせていない。
ソマリアの海賊は、褐色の肌の上に薄汚れたタンクトップと膝上までの半ズボン、それにビーチサンダルというファッションだ。使う船も塗料がはげ落ちた木製の小さなボート。

どこから見ても、魚で生計を立てている海の男たちだ。
そんな普通の猟師たちが、AK47ライフル銃で武装し、高速艇に改造した漁船を駆って、巨大なタンカーや貨物船を次々と襲う。ソマリアの海賊は、「海賊らしくない海賊」なのだ。
なぜ、ある日突然、漁師が武器を持った海賊になるのだろう?
理由はふたつある。長く続いた

内戦と生きる希望を見出せない貧困だ。 

<NO MAN GOES(誰も行かないところ)>

ソマリアでは、1960年にイギリスとイタリアの植民地支配から解放された後、82年頃から反政府運動が起きた。暗殺、クーデター、軍部による独裁、民族対立を経て、90年初頭には激しい内戦に突入した。92年、アメリカ軍が中心の国連平和維持軍が軍事介入したものの、失敗してあえなく撤退。以来、国内の武装勢力同士がひたすら権力争いを繰り返した。ソマリアは無政府状態のまま、終わりの見えない戦闘を20年以上続けることになった。
その上、その間に幾度となく干ばつで大飢饉が起き、夥しい数の人たちが飢え死にした。戦闘と干ばつから逃れて周辺国に難民として逃れた人は

100万人を超え、また、ソマリア国内に留まっている避難民は130万人に上る(2012年 国連難民高等弁務官事務所統計)。ソマリアはいつしか「NO MAN GOES(誰も行かないところ)」と言われるまでに危険で荒れ果てた土地になってしまった。無政府状態の中で、国内の産業は崩壊。アフリカでもっとも豊かな漁場を持つと言われるソマリア沖には、外国の大きな漁船が現れ、マグロやロブスターなどを

乱獲して漁場を荒らした。また、ソマリア沖では不法に産業廃棄物が捨てられるようになった。国際機関の報告書では、人体に悪影響を及ぼす危険なものもあるとされる。小さな船で沿岸漁業をしていたソマリア人猟師たちの生活の糧は、こうして根こぞぎ奪われてしまったのである。普通、こうした自国の海域における漁業や産業廃棄物の投棄は、当事国の政府同士が正式な契約を結んで行なう。しかし、ソマリアには交渉する政府そのものが、長年存在していなかった。

 

<無政府状態の国で>

フィリップス船長が受けた最初の無線交信の中で、海賊は「(こちら)ソマリア沿岸警備隊」と呼びかけてきた。彼らはジョークで自分たちをそう呼んでいるのではない。自分たちは、外国の密漁船や危険な産廃船を取り締まるためにやっていると言う。いわば、自警団、ボランティアだ。当然、給料はないから自分たちで稼がなくてはならない。それが海賊・強盗をして身代金を要求する大義名分になっている。
無政府状態のソマリアには、犯罪者を取り締まる警察もなければ、罰する法律もない。ギャングやマフィアがはびこり、様々な武装勢力が現れては分裂、消滅し、資金源を得るとまた現れて暴れ始める。金と武器を持つ者たちが一般市民を支配する社会だ。中でも、一般市民の日常生活を支配するのは、統制のとれた武装グループではなく、宗教やモラルといったものなど一切お構いなしのギャング連中だ。

ギャングたちは、日本製の4WDを乗りまわし、豊富に武器を持ち、大金をちらつかせて貧しく小さな漁村に乗り込んでくる。生業を失った猟師たちを海賊としてリクルートし、外国船を襲わせるためだ。ギャングたちに文句や批判を言う者はその場で殺される。見て見ぬふりをすれば逆らっていると決めつけられて殺される。ギャングたちを前に、漁師たちに選択肢はない。

「どうせ従わなくてはならないなら、自分も大金を手にしてやる!」と若者たちが思ったとしても不思議なことではない。それだけ殺伐と荒廃した空気が充満しているのだ。希望もなく飢えで死ぬか生きるかという瀬戸際にある当事者に、

善悪の判断を委ねるのは難しい。一個人の正義感やモラルに期待するのは限界がある。 

<莫大な身代金はどこへ?>

今回、海賊が要求した身代金の額は10ミリオンUSドル(およそ10億円)。途方もない金額だ。ちなみに、身代金の相場は1億円とされるが、その10倍の金額をつけたのは、マースク・アラバマ号が超大国アメリカの貨物船だったからだ。
まんまと乗っ取りに成功した4人の海賊たちは、アラバマ号が米国籍だと知ると、フィリップス船長の前でAK47ライフル銃を構えながら大喜びでステップを踏む。襲う船が毎度金持ち国のものとは限らない。海域を頻繁に往来する商船はピンからキリまであり、それこそ「ハズレ」もある。ギャングの親玉からケツを叩かれながら、船を乗っ取るための準備や手間をかけ、さらに身の危険を冒してまで捕らえた船が貧乏商船だったら・・・・・海賊にとって、これほど不運なことはない。

10億円という身代金、それもキャッシュ!!

1日200円以下で暮らすソマリアの地元民が使い切ることができる金額なのだろうか?と余計な心配をしてしまうほど釣り合わないのだ。莫大な身代金は、先ず船会社や保健会社と交渉した「海賊側の仲介人」が4分の3を持って行くと言われている。映画では海賊同士の会話の中で、「将軍」と呼ばれる人物が出て来るが、身代金の一部が、「将軍」に貢がれているのが分かるシーンだ。しかし、仲介人と将軍が同じ人物なのかは分からない。もっと言えば、ソマリア人かどうかも謎だ。確かなことは、ソマリアの海賊たちは身代金ビジネスに必要な知識と装備を持ち、技術も洗練されているということだ。彼らの親玉は欧米並みの金銭感覚を持ち、「金儲け=ビジネス」の方法として誘拐や拉致を利用するだけの知識を持つ人間だ。そして、身代金ビジネスを成功させるには、人質を決して死なせてはならないという大原則を、きちんとマニュアル化して現場の海賊たちにしっかり教え込む技術を持っている人間だ。

 

<アルカイダ系原理主義組織との繋がり>

長い内線と大飢饉からヨーロッパやアメリカに移り住んだソマリア人は大勢いる。よそ者の彼らは、闇社会で働く者も決して少なくない。海賊たちの背後に欧米のマフィアなどの犯罪組織がいたとしても不思議ではないだろう。
もうひとつ気になるのは、イスラム原理主義武装勢力と海賊の関係だ。マースク・アラバマ号を乗っ取った海賊たちは「ノー・アルカイダ!ノー・アルカイダ!」と叫び、自分たちの目的が殺害でないことを訴える。アルカイダではないから自分たちはお前たちを殺さないと言うのだ。なんとも滑稽な言い訳だ。

<ごとう・けんじ・・・・・1967年、宮城県生まれ。番組制作会社を経て、96年に映像通信会社インデペンデント・プレス設立。「戦争・紛争」「難民」「貧困」「エイズ」「子供の教育」の5つの人道分野にフォーカスし、困難な環境の中で暮らす子供たちにカメラを向け、世界各地を精力的に取材している。>

<文責:藤森弘司>

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