2013年11月30日 第136回「今月の言葉」
監督:深川栄洋 主演:八千草薫 武田鉄矢 伊藤蘭 檀れい 上地裕輔
●(1)今回の映画「くじけないで」は、主に次の諸点に感動しました。
①昔の人、特に女性は強かったなと思います。戦争や大地震に遭遇したり、戦後の極端な食料不足があったりする中で、さらには私(藤森)のように出来の悪い息子がいたりするなどの中で、とにもかくにも、家族を支えて必死になって生きる姿は、私のように軟弱な人間にとって、ただ、ただ、感動します。 ②八千草薫がチャーミングで、とても素敵でした。私が20歳の頃に、あるテレビドラマで主演した八千草薫、素敵な女優さんだなと強く印象づけられたことを覚えています。 ③深川栄洋監督、37歳という若さですが、とても鋭い視点を持っていることに驚きました。下記の「(8)<インタビュー>」で紹介してありますが、これからも活躍する監督だと思いました。 ④リキミが取れている柴田トヨさんの素晴らしさも印象的でした。大変な人生を生きてこられたことは当然ですが、ポッカリ浮かんだ白い雲のようにフンワリとした詩や生き方に感動しました。私もさらに楽に生きたいと思います。 |
○(2)(パンフレットより)
くじけないで ねえ 不幸だなんて 陽射しや そよ風は 夢は 私 辛いことが あなたもくじけずに ○(3)<解説> 詩と出会ってわかったのは、 200万部のベストラー詩集が みずみずしく温かなその言葉で多くの人を勇気づけた詩人・柴田トヨさん。初めて詩を綴ったのは90歳を過ぎてからのこと。そして産経新聞「朝の詩(うた)」に投稿された作品は次第に共感の輪を広げ、98歳で刊行された処女詩集「くじけないで」と第2集「百歳」は、累計200万部のベストセラーになりました。 うっかりすると見落としてしまう日々の小さな幸せ。自らの老いを見つめるユーモラスな視線や、懐かしい少女時代への追憶。飾らない言葉で紡がれた詩は生きる喜びに満ち、今では海外7カ国で翻訳・出版されて世界中で読まれています。 2013年1月、101歳の天寿を全うし、天国へと旅立ったトヨさん。心の奥深くに染みわたる詩に乗せて、その生き方を描いた感動作が誕生しました。映画『くじけないで』は母と子の絆を軸に、明治から平成までを見つめたトヨさんの半生を温かく繊細なタッチで綴ります。 |
○(4)<物語>
人生、いつだってこれから。 <移りゆく時代を見つめて・・・・・> ある晩、トヨは勘違いからベッドを抜け出し、そのまま床の上で寝入ってしまった。幸い体に別状はなかったものの、診療所医師の上条(上地雄輔)はトヨの目の異変に気付く。心配する静子は、自分たちの家で一緒に暮らそうと言うのだが、トヨは微笑みながら首を振るばかりだ。 <人は、何歳からでも始められる> 「おっかさん、詩を書きなよ。俺が教えてやるから」。翌日、トヨの家に飛び込んできた健一は、こうまくしたてた。「私が詩なんて書いてどうするの?」とトヨは不思議がるが、「季節のことや、毎日考えたことを詩にするんだ」と譲らない。盛り上がる息子を見て、トヨもつい笑ってします。「やってみようかね。いつでも人生はこれからだものね」「ああ、そうだよ、詩は情熱が大事なんだから」。その日からトヨの詩作が始まった。 <日常から紡ぎ出される前向きな言葉> 健一が初めて静子を連れてきた日のこと。その昔、まだ小さかった健一と駅まで夫を迎えにいった幸せな日々。戦争中、防空壕の中で夫と手を握り合った思い出。優しかった自分のおっかさん。そして幼い頃、父親の借金を返すために奉公に出たこと・・・・・。出会った人々、生きてきた時代が鮮やかに蘇る。 生きる喜びに満ちたトヨの言葉は、気が付けば周囲の人々にも、前向きな力を与えていった。将来を悩んでいた上条医師や、不登校の娘を男手ひとつで育てるサラリーマンは、トヨからもらった詩に励まされ、自分を取り戻してゆく。 <息子が投稿した詩が新聞に?> それでも諦めきれない健一は、妻が隠していた通帳を見つけ出し、競輪場へと向かってしまう。それはトヨと同居する日のために、静子が少しずつ貯めていたお金だった・・・・・。 |
○(5)<明治・大正・昭和・平成・・・日本の激動の100年を見つめ続けた詩人柴田トヨ> 1911年(明治44年)、裕福な米穀商の一人娘として栃木市で生まれる。しかし、家運は衰退。自らも奉公に出て家計を支えるなど、苦労を重ねる。20歳の頃、親戚の紹介で見合い結婚をするが、夫は家にお金を一切入れず、半年余りで離婚。44年,旅館や料理屋の仲居、和裁の内職で一家を支えていた33歳の時、2歳年上の夫に見初められて再婚。翌年、長男の健一を授かった。「夫は小さいときに両親に死なれ、弟と妹の3人で、親戚の家をたらい回しされていたようです。だからでしょうか。家のことは何でもしてくれ、家族を大事にしてくれました。そして昭和20年、健一が生まれました。夫と2人『健康第一だから』という願いを込めて命名しました。私にとって、一番幸せな時代の始まりでした」 (詩集「くじけないで」巻末の言葉より)詩を作り始めたのは、90歳を過ぎてから。腰を痛め、趣味の日本舞踊が踊れなくなり、気落ちしていたトヨを元気付けるために、息子の健一が勧めたのがきっかけだった。2004年、産経新聞の「朝の詩(うた)」欄に投稿した「目を閉じて」が、選者で詩人の新川和江の目にとまる。その後、作品が定期的に掲載されるようになり、次第にファンが増えていく。「難しい言葉は一切使わないで、やさしい言葉で書くようにしています。いらない文句は全部省いて、必要な言葉だけで、『用が済む言葉』だけで作っていくんです。これがなかなか難しいです。でも、難しいから楽しくもあるんですね」 (詩集「百歳」より) 09年、処女詩集「くじけないで」を自費出版。翌年、飛鳥新社より刊行された拡充版は、詩集としてはきわめて異例の168万部を突破し(13年9月現在)、第2詩集「百歳」と合わせて累計200万部を超える大ベストセラーとなった。また、韓国、台湾、中国、イタリア、オランダ、ドイツ、スペインなど海外でも翻訳出版され、共感の輪を拡げている。 「私は、今が一番幸せだと思っています。人にやさしくする。そして、やさしくしてもらったら忘れない。これが百年の人生で学んだことです。 明治、大正、昭和、平成と、100年にわたり日本の激動の時代を見つめてきた柴田トヨ。読む者を勇気付ける言葉を生み出し続けた彼女は、13年1月、101歳で天国に旅立った。 |
○(6)<思い出Ⅱ> 子どもと手をつないで あなたの帰りを 待った駅 大勢の人の中から あなたを見つけて 手を振った三人で戻る小道に 金木犀の甘いかおり 何処かの家から流れる ラジオの歌あの駅あの小道は 今でも元気で いるのかしら
<『くじけないで』普遍的な“日本の母”の物語> 映画『くじけないで』を観た後、私は、柴田トヨさんの名を日本中に知らしめた2冊の詩集「くじけないで」と「百歳」を改めて読み、「おばあちゃんじゃないわ、トヨさんよ」という台詞の元になった詩があるのか、チェックしてみたら、「くじけないで」の中に「先生に」という詩の書き出しに「私を おばあちゃん と 呼ばないで」とあった。 この台詞を詩集の中から抜き出した脚本も兼任の深川栄洋監督に、座布団一枚! えっ、トヨさん7の好きな人?ずっと年下の男性で、トヨさんは手書きした自作の詩をその人にプレゼントする。相手が誰だかは、どうぞ映画でご確認を・・・・・。 映画は、夫に先立たれ、以来、一人暮らしをしている90歳のトヨさんの日常の中で、現在に至るトヨさんの人生の節目、節目が、回想ふうに手繰りよせられていくのだが、通いのヘルパーさんにも、デイサービス先でも決して弱音など吐かないトヨさんの唯一の心配ごとは、60歳を過ぎても自立できない一人息子の健一のこと。 健一はまったく困った息子で、甘ったれの短気、都合が悪くなると、大声で逆ギレする。しかもギャンブル好きで、何から何まで妻の静子さんにおんぶにだっこ。そういえば、自己チューで空いばりするこういうタイプ、かつて昭和の男によくみかけたような。忍耐強い静子さんも昭和の女性の雰囲気。 夫がまだ元気だった頃、「やればできる子なのに」と健一をかばうトヨさんに、律義で働き者の夫が「それはできない子への慰めだよ」と言うシーンがあるが、それでもトヨさんにとって健一は唯一無二の存在なのだ。トヨさんがしっかり者の嫁の静子さんにどんなに、一緒に暮らしましょう、と言われても一人暮らしを続けるのは、ひょっとしたら静子さんへの気がね以上に、自立できない息子への負い目の感情があるのかもしれない。 けれどもトヨさんが詩作を始めるきっかけを作ったのは、皮肉なことにこの健一で、そしてトヨさんの日常に言葉と思い出が堰を切ったように溢れ出す。健一が若い頃、文学をちょっとだけ齧ったということで、トヨさんにエラソーに詩作のポイントを指南するのがおかしい。 この詩作の過程で、トヨさんは何度も過去へと“心の旅”をするのだが、山あり谷ありのその“旅”が、健一が静子さんと結婚した頃、健一の子供時代、夫と所帯を持った戦時下、トヨさんの少女時代と、少しずつ時代を遡っていくのがユニークで、特にトヨさんの少女時代のエピソードは、国民的ドラマとして一世を風靡した「おしん」もかくや。 聞けば人は齢を重ねると子供の頃に戻るといわれる。映画の冒頭とラストの映像が。美しい野原で遊ぶ幼いトヨさんの姿に、トヨさんを呼ぶ母の声が流れるというのも、トヨさんの原点として感動的である。そしてこの原点が、トヨさんという奇跡の人を生み出したこと。 とはいえ、この作品最大の見どころは、やはり八千草薫が全身で演じるトヨさんである。 |
○(8)<インタビュー>監督・脚本 深川栄洋
トヨさんの人生は特別ではない。 <詩集を映画に> 詩集はよく買って読むんですが、柴田トヨさんの詩は、素朴なやさしい言葉で綴られていて、すっと心に入ってきました。読んでいると自然に光景が浮かんできたので、それをつないで映画にする作業は楽しそうだなと思いました。トヨさんの詩や、プロデューサーが聞いたトヨさん自身の話、健一さんから聞いた話などを元にして膨らませていったんですが、たとえ脚色したところがあったとしても、トヨさんの精神性や人間性をきちんと浸透させた作品にしたいと思いました。僕は、特に「こおろぎ」という詩が好きなんですね。僕も夜中に脚本を書いたりしていて、感情が溢れて涙が出てくることがあるので、すごく共感しました。この詩は、作家が生まれた瞬間の詩だなと感じました。90歳を越えて始めた創作活動ですけど、その人が作家として目覚めた瞬間までを描いた映画にしようと思って、この詩を最後に登場させました。 <柴田トヨさんの人生> トヨさんのドラマチックなエピソードのすべてを映画にできたわけではありません。話を聞く限り、本当のトヨさんの人生は、もっと苦しみの時間や孤独な時間が長かったんだろうなと思うんです。陰の部分をもっと掘り起こすこともできたんでしょうけど、トヨさんの詩は前向きなものが多いので、それをトヨさんの人生に重ね合わせていきたいと思いました。 トヨさんの人生は決して特別ではないと思います。あの時代に生きた人は誰もが重ね合わせられる人生じゃないでしょうか。2回も戦争があって、オリンピックがあって、万博もあって。当時の誰もが、良い時もあれば悪い時もあるという人生を歩んできたはずですから。 <八千草薫、武田鉄矢との仕事> 年下の僕が言うのは言葉が過ぎているかもしれないんですが、八千草さんはチャーミングでかわいらしい方でした。僕は、役者さんが自分の芝居を正しいと思ってやっている芝居ほどつまらないものはないと思っているんですね。やりたい芝居がある人には何を言っても無駄ですから、監督がいる意味がない。 八千草さんには「これでいいんでしょうか?」と何度か相談されたんですが、それは役者としてまだまだ余白のある方だということ。ですから、まだ見たことがない八千草薫さんがスクリーンやテレビ画面に現れる可能性があると思います。 武田さんはスターだし、早くから認められた人。それに対して、健一さんは文芸の世界に飛び込んだり、映画のシナリオも書いたりしたけど、全く認められなかった人。武田さんとは全く違うので、もしかしたらこれまで武田さんがやってこられたお芝居とは違うものを求めることになるかもしれませんとお話ししました。 健一さんがトヨさんに「詩を書きなよ」と言うシーンの時、垣根を越えて走ってきて、玄関ではないところから上がってきてくださいとお願いしました。映るのは「詩を書きなよ」と言うところだけなんですけど、まず走って息づかいを荒くしてもらいました。そういうふうに、計算したお芝居がしにくい状況を作るようにしていたので、武田さんには苦労させてしまったと思います。 八千草さんは静、武田さんは動。それをどうやって出してもらえばいいかをずっと考えながらやっていたような気がします。 <シルバー世代を描く> 上の年代の方と話をしたり、お仕事したり、同じ作業をしたりするのは、とてもエキサイティングです。『60歳のラブレター』の時と同じように今回も楽しんでやれるだろうと思いました。人を描くという意味では、どの年代であっても、いつの時代を生きている人であっても、同じだと思います。若者のドキドキな恋愛は、やっぱりある年代から上の方にはノレないものかもしれませんが、逆にシルバー世代の人たちを描いた映画は、僕ら下の世代が観てもおもしろいんです。人生の中に何か気付きをもたらすものが多いからではないでしょうか。 ふかがわ・よしひろ・・・・・1976年、千葉県出身。在学中から自主制作を開始。『ジャイアントナキムシ』(99)と『自転車とハイヒール』(00)が2年連続でPFFに入選。巧みな会話シーンを活かした丁寧な演出術で映画関係者の注目を集め、2004年、オムニバス映画『Movie Box-ing ムービーボクシング』の一篇「自転少年」で商業監督デビュー。初の劇場用長編『狼少女』(05)と『真木栗の穴』(08)がともに東京国際映画祭「ある視点部門」に選出され、高い評価を得る。09年『60歳のラブレター』のヒット以降、『半分の月がのぼる空』(10)、『白夜行』『神様のカルテ』(11)、『ガール』(12)など、話題作を立て続けに手掛ける。14年には『神様のカルテ2』が公開予定。今、最もオファーが集中している映画監督のひとり。
○(9)<道(あなたに・・・)> 好きな道なら 付いて来るわよ あなたにⅡ 追いかけて 後になると あなたのこと |
<文責:藤森弘司>
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