2010年6月30日 第94回「今月の映画」
FLOWERS

監督:小泉徳宏   主演:蒼井優  鈴木京香  竹内結子  田中麗奈  仲間由紀恵  広末涼子(五十音)

○(1)<パンフレットより>

<「美しい日本」の「美しい女性」に感動する>

登場する6人の主人公は、三世代でそれぞれの人生を賢明に強く美しく生きる女性たち。様々な時代環境の中、自分の本当の姿を探しながら人生のターニングポイントに直面します。恋愛、出産、そして別れ。
彼女たちは、悩み苦しみながらも、決して目をそむけはしません。やがてひとりが「自分らしく生きる」ことを決意する時が訪れます。そのひたむきさと、次の瞬間に花咲く笑顔、それこそ日本女性の美しい姿そのものなのです。

彼女たちの背景を彩るのは四季折々の美しい風景。懐かしい日本の風土や時代ごとの街並みは、忘れかけていた「日本人の原風景」を思い出させてくれます。映画を観たすべての人々が、それぞれの主人公の生き方に共感し、劇場から出たその一歩が、「自分らしく生きる」ためのそれぞれの幸せに向けた新たな一歩になる。そんな願いをこめた映画が「FLOWERS」なのです。

昭和から平成まで、三代にわたって登場する主人公たちを演じるのは美しい日本女性を代表する6人の女優たち。これだけの顔ぶれが揃うのは前例がないほどの、スクリーンでしか観ることのできない、おそらく最初で最後の豪華な夢の競演となります。「FLOWERS」が描く世界観に賛同した女優たちが、時にはシリアスに、時にはコミカルにと、6人それぞれの個性を最大限に引き出した表現で、芯の強い日本女性たちをみずみずしく演じています。

さらに大沢たかお、井ノ原快彦、河本準一(次長課長)、平田満、塩見三省、真野響子、長門裕之らの実力俳優が脇を固め、6輪の花たちの物語に見事な彩りを添えています。

○(2)<時代を超えた6人の女性たち。それは一本の糸へと紡がれていく>

<ストーリー>

昭和11年・春。旧来のしきたりが依然として残る古き時代の日本。
親同士が決めた、会ったこともない相手との結婚に悩み続ける凛(蒼井優)。絶対的な家父長としてふるまう父・寅雄(塩見三省)と、その妻として耐え続ける従順な母・文江(真野響子)を見ながら育った凛は、この結婚を受け入れれば自分も母のような生き方をしなければならないと不安を募らせていた。女学校を出て進歩的な考えを持つ凛は、これからの時代の女性には、もっと自由な生き方もあるのでは?という迷いもあった。そして婚礼当日、結論を出せないまま、ついに凜は花嫁姿のまま家を飛び出してしまう。

時は流れて、昭和30年代。日本が未来に向かって輝きながら成長を遂げている時代。凛の長女・薫(かおる)、次女・翠(みどり)、三女・慧(さと)は、高度経済成長の中で大人としての第一歩をそれぞれに歩き始めていた。

薫(竹内結子)は、大学在学中に教授であった真中(大沢たかお)と出会い、卒業と同時に恋愛結婚をする。彼の妻となった薫は、夫を一生愛し、支えていくことが自分のよろこびであると確信する。そして最愛の人と結ばれたしあわせを胸に、満たされた日々を送っていた。そんなある休日、散歩の出かけた夫の帰りを食事の仕度をしながら待っていた薫だったが・・・・・。

翠(田中麗奈)は、大手出版社に務める、当時まだめずらしいキャリアウーマン。竹のようにまっすぐで明るく、勝気な性格。職場でも男性に負けじと背伸びをしているため、周囲からの風当たりは強く、言い争いになることもしばしば。
そんなとき、交際相手の菊池(河本準一)から思いもよらずプロポーズをされ、仕事と結婚のあいだで心が揺れ始める、これからの自分の人生をはじめて深く考えるときに直面し、担当作家の遠藤(長門裕之)にも相談するが、簡単には答えを見つけることはできない。

迷いを抱えたまま夏休みを迎えた翠は、故郷に帰省する。実家に着くと一足早く姉の薫も着いていた。その夜、心の迷いを姉に打ち明ける翠だったが、混乱する感情があふれて思わず泣き出してしまう。自分の信念をもって、美しく強く生きている姉と話したことで、男女の軸でしか物事を測っていなかった自らの未熟さに気づく翠だった。

昭和52年・秋。日本は大きな成長を遂げ、誰もが安定した家庭を築き上げていた。三女・慧(仲間由紀恵)は、夫の晴夫(井ノ原快彦)、娘の奏(かな)と家族三人、郊外の団地でつつましくもしあわせな生活を送っていた。そんな慧が待望の二人目の子どもを妊娠したのだが、生まれつき身体が弱いため、医師から二回めの出産は厳しいことを宣告されてしまう。三姉妹の末っ子として愛情ゆたかに育てられた彼女にとって、すばらしい世界に生まれてこようとする新しい命をあきらめることは、どうしてもできない。慧を心配する晴夫も初めは反対するが、妻の固い決心を認め、全力で助けていくことを心に決める。

昭和から年号が変わって平成21年・冬。混迷の時代を迎える日本。
慧の長女である奏(かな・鈴木京香)は、ピアニストになる夢をかなえるために上京して、はや15年の歳月が流れていた。このところ自分の才能に限界を感じ始めていた奏は同じ頃、長く付き合っていた年下の恋人から別れを切り出され、ひとり妊娠していることに気づきながらも、それを受け入れることになる。
夢も自信も失ってしまった今のわたしに、ひとりでこの子を育てられるのだろうか・・・・・。自問自答をくり返し、苦しむ日々を送っていた。そんなとき、祖母・凛の訃報が届き、久しぶりに実家に帰省する。

5歳年下の妹・佳(けい・広末涼子)は、小さい頃から成績優秀でピアノの才能あふれる姉・奏となにかと比較されて育ってきたが、今は結婚してかわいい男の子に恵まれていた。どんなときも笑顔を絶やさず、いまを楽しんでいる佳。その心には母・慧の生き方のように毎日をたいせつに、前向きに生きようという強い想いが秘められていた。

奏は、自分が夢を追っているあいだに、女性としてのしあわせを手に入れている佳を見て素直にうらやましいと感じていた。
人生の岐路に立ち、悩みながらも、いまの自分にとっての進むべき道を選ぼうとする奏。ちょうどその頃、佳は偶然、小さな手紙を見つける。それは、32年前に母・慧が、奏と佳の二人に宛てて書いたものだった・・・・・。

凛が花嫁姿で走り出した昭和11年から、奏が決意する現代までの三世代。時代が変わっても同じように悩み、人を愛し、ひたむきに生きている6人の女性たち。彼女たちの踏み出した一歩は、一本の糸へと紡がれ、さらに未来へとつながっていく。

○(3)<賢い花>(作家・阿川佐和子)

女は基本的に男より、たくましい生物であると、つねづね思っている。もちろんそこには個人差があり、私のように、褒めてもらえないと元気が出ず、けなされるとすぐひがみ、厭なことがあると睡眠に逃避し、解決しなければいけない問題はできるだけ先延ばしにして、そのくせ思い通りにならないとたちまちイライラを顔に出して不要に周囲を混乱させ、そういう女をはたして「たくましい」と言ってよいのかどうかわからず、単なるわがままと言われればそれまでだが、しかしそれでもなお、とりあえずアガワはさておき、一般的に女はたくましいと思う。

ただ、女は素のたくましさを、そのまま表に出していれば、幸せになるとは限らない。たくましさに加え、賢さをもって対処しなければ、実の安堵を得ることはできないであろう。そこが難題なのである。
かつて私は長い間、たくましくて強いものはもっぱら男の持ち分だと信じて疑わなかった。そう教育されてきたせいもある。父は断固たる男尊女卑を貫いて、常日頃より、「女は馬鹿だ、女は馬鹿だ」と家族の前でも堂々と唱え続けてきた。その言葉を聞いて、心地よいと思ったわけではないけれど、何度も言われると洗脳されるものである。ああ、女は馬鹿なんだなあ。

たしかに私は馬鹿だもんなと、素直に納得した。二歳上の兄はそんな怖い父の前に立ちはだかった。私が父に叱られるとすぐに現れて、懸命にかばってくれた。父だけでなく、世間の恐怖や不安から、いつも私を守ってくれた。幼い頃だけですけれど。だから私は兄を頼り、兄に甘えて育った。頼りになる兄がときどき泣くこともある。そのときばかりは私の出番である。
常の恩を返そうと、兄を優しくなぐさめる。思えばなんと美しき兄妹の関係であったろう。何度も言うが、これは幼い頃の話です。

こうして私の理想は構築されたのだ。いつもは強く、自分をさりげなく守ってくれる男が、たまに弱くなったとき、女はなぐさめる役割に転じる。キンキンわめいたり、一刀両断にけなしたり、頭から軽蔑したりしない。小さな不満やささいな疑念は心の抽斗にしまい、観音様の心境で、男を包んであげようではないか。無理かもしれないが、そんな女でありたい。兄ではなく、いずれ自分の伴侶となる男と、そんな力関係でありたいと願った。

まあ、そんな幻想はまもなくガタガタと、いろいろな事情によって掻き崩されるのであるが、でもどこか心の片隅に、かすかな望みをいまだ捨て切れないでいる。

「FLOWERS」を観て、忘れかけていた女のたくましさと賢さを思い出した。この映画に登場する六人の女たちは、それぞれに、それぞれの時代と葛藤し、うちひしがれ、それでも笑顔を浮かべて選択するのである。不満や苦しみを抱いたとき、その根源となる環境や体制や世間を相手に闘うのではない。自分との闘いに挑むのである。そのたくましさこそが、女の本来の力だと思い知る。

そうだった。女はまず、自分の置かれている場所に順応する。そしてそこから一つ一つの問題を、できれば明るく、できるだけより良く、自ずと笑みがこぼれるかたちに変えていこうとする。女が自己中心的動物と言われるゆえんは、そこらへんにあるのかもしれないと思う。

悲しみが消え去ったわけではない。後悔が解けたわけでもない。新たな嫉妬や迷いや不安はかぎりなく、次々に生まれてくる。だからといって、いつも、いつまでもそんな心の闇に思いを馳せている暇はない。とりあえず晩ご飯の支度をしなければ。とりあえず、家計簿をつけなけりゃ。まずはたまったお礼状を書きましょう。あー、やれやれ。こうして女は至近の責務にせっつかれて、もやもやを追っ払うのである。女とは、そういう動物だ。女のたくましさと賢さは、そこにある。

だからそんな女を男たちは、「怖い、怖い」と敬遠してばかりいないで、ぎゅっと抱きしめて欲しい。そうすれば、キンキンわめいたりせず、観音様のような穏やかな笑顔を浮かべてときどき、まあ、たまに、なぐさめてあげられると思うから。
こんなに思慮深く、理解のある女がしかし、どうして花を咲かせられないのかしらね。

<阿川佐和子・・・・・東京出身。慶応大学文学部卒業。
TBSテレビ「情報デスクToday」「筑紫哲也NEWS23」「報道特集」でキャスターを務める。以後、執筆を中心にインタビュアー、テレビ、ラジオ等幅広く活動。1999年「ああ言えばこう食う」(壇ふみとの共著)で第十五回講談社エッセイ賞、2000年「ウメ子」で第十五回坪田譲治文学賞、2008年「婚約のあとで」で第十五回島清恋愛文学賞を受賞。テレビ朝日「たけしのTVタックル」、NHK「にっぽん巡礼」にレギュラー出演中。>

(藤森注・・・・・阿川氏は、上記3つの賞を受賞していますが、すべて「第十五回」で、私の打ち間違いではありません。念のために。もしかしたらパンフレットが間違えているかもしれません??)

<文責:藤森弘司>

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