2009年10月31日 第87回「今月の言葉」
沈まぬ太陽

原作:山崎豊子   監督:若松節朗
主演:渡辺謙  三浦友和  松雪泰子  鈴木京香  石坂浩二  西村雅彦  柴俊夫  宇津井健  香川照之  大杉漣  加藤剛  小林稔侍・・・・・・・

●(1)パンフレットに、「映画『沈まぬ太陽』は、山崎豊子の作品をもとに映画化したフィクションです。登場人物、団体は全て架空のものであり、実在の人物、団体等とは関係ありません」とありますが、これは、原作の山崎豊子氏もパンフレットの中で「1980年代前後ですが・・・」と述べているように、その頃の「日本航空」を題材にしたことは間違いありません。
 実際に、この映画の「国民航空」は「ナショナル・フラッグ」であり、「御巣鷹山」の墜落事故が大きなテーマの一つにもなっています。また、当時の政府の顔ぶれも、実際の政治家を彷彿とさせますし、さらには、「御巣鷹山」の事故後の建て直しのために会長に就任したのが、映画では、関西紡績の国見正之会長ですが、実際に、カネボウの伊藤淳二会長が日本航空の会長に就任しています。●(2)週刊ポスト、2009年11月6日号「<沈まぬ太陽>とJAL再生の運命」の中の一部をご紹介します。

 <「年金」より「資産水増し」が問題>
 JALの首脳人事は、常に政界の思惑に左右されてきたが、やりすぎた伊藤会長(映画では、関西紡績の国見会長)がやがて中曽根元首相の後ろ盾を失い、退任に追い込まれる。
 「伊藤会長が親衛隊と呼ばれた会長室を新設し、そこに中曽根さん自筆の激励を額に飾った。もともとJALは、企画管理、営業、労務といった派閥が覇権争いを繰り返してきたが、そんなやり方に対し、営業畑の利光副社長を筆頭にオールJALで伊藤会長の排斥に動いた。対抗したのですが、抗しきれず退任に追い込まれたのです」(JAL元役員)
<後略>

●(3)さて、映画の主題は、主人公が労働組合の委員長として活躍。過酷な労働条件は空の事故に繋がりかねないと、待遇改善を強硬に訴える。その成果は上がったが、その後、懲罰人事ともいえる海外の僻地へ追いやられます。
 本来は、海外勤務は2年で、やがて本社に戻されることになっていたのが、パキスタンのカラチから、イランのテヘラン、ケニアのナイロビなどに転勤させられる。家族関係が荒れる中、やがて帰国し、その後、御巣鷹山墜落事故の対応に追われます。
 
 この映画をみると、今、日本航空の再建が話題になっていますが、国策の会社として政治家の関与を受けるなど、長年、蓄積されてきた病巣がよくわかります。主人公が「御巣鷹山」の担当として孤軍奮闘しますが、これについては、かなり事実とは異なるようですが、全体として、現在の日本航空の状況がよく理解できます。
 今回、この映画を取り上げたのは、今年、最大級の話題の映画であるためでもありますが、もう一つは、このホームページに相応しい話題を抽出したかったからです。
 この映画がメーンとする問題は、メディアで十分すぎるほど取り上げられていますので、ここでは主として、このホームページの主題を中心に述べたいと思います。

●(4)今、日本は、まさに回避不可能なほどの財政危機状態に陥っています。
 今、NHKの大河ドラマ「直江兼続」の米沢藩について、<第81回「今月の言葉」、「自分が跨いでいる枝を切ると?」の中の(4)>でも書きましたが、「関ヶ原の戦い」での敗戦で4分の1に減らされ、さらにその後、半分に減らされ、米沢藩は「関ヶ原の戦い」以前の8分の1になりました。
 8分の1になっても、「人員の削減も、諸経費の節約も、収入増加の試み」もしなかったために、やがて財政が二進も三進も行かなくなり、上杉藩を幕府に返上しようかというところまで追い込まれましたが、その後、養子になって藩主になった「上杉鷹山」が、50年かけて藩の財政を立て直しました。  今の日本は、まさに、「上杉鷹山」以前の「米沢藩」状態です。今、国会中継をしていて、国債の発行問題などが論じられていますが、とうとう、来年度の予算は、収入よりも支出が2倍以上に(確実に)なりそうです。収入よりも支出が2倍以上ということは、収入以上の借金をして、予算を組むことになります。
 仮に収入が100だとしたならば、120くらいの借金をして、合計220の予算を組むということです。そして、すでに予算の10倍くらいの累積の赤字があります。しかし、日常の私たちは、飢え死にするわけでもなく、クーデターが起きるわけでもない上に、来年度の予算で、「あれもこれも欲しい状態」です。是非、「第81回の今月の言葉」を再読してみてください。

●(5)何を言いたいのかと言いますと、収入が保証されている中での外国出張です。若いときのこういう体験は、人生に大いにプラスになるものですが、猛烈な不満が沸き起こります。
 もちろん、私が若い時ならば、人格未熟な私は、もっと、不平不満を言ったことと思います。ですから、決して、偉そうに言うつもりはありませんが、人生を大いに体験してみると・・・・・いろいろ分かってくるものがあります。そういう体験からのことですが、いろいろな事が分かってみると、少々、「いかがなものか?」と言いたくなるものがあります。

 原則2年で帰国できるという慣例があることと、家族が居る中での懲罰的な海外出張ですから大いに問題はありますが、物事は考えようです。「生活が保証されているという人生」ほど、考えようによっては、有り難いものはありません。この「最も有り難いもの」に、なかなか、気づかない傾向が、私たちにはあります。その最大級のものが、「親や配偶者」の存在です。
 今の日本は、やがて、腹いっぱい食べることが困難な時代を迎える(?)かもしれません。国の未曾有の借金は、数年後には、ハイパーインフレを起こすのではないかといわれています。国債の利払いが3%アップするだけで、国家予算額になってしまいます。

 私が子供のころ、1年のうち、元旦の午前中だけ休んで、残りの364日はお店を開けていても、腹いっぱい食べるのが精一杯でしたし、戦前の日本はそうではなかったでしょうか?
 そういう中で、生活が保証されているということは、最高に恵まれていることになるのですが、不思議なことに、恵まれている中に居ると、恵まれていることに気づかず、さらにさらに高い欲望が湧いてきます。次回の「今月の言葉」のタイトル「足るを知る(知足観)」ではありませんが、「自分の置かれている状態」の中から、恵まれていると思えることをどれだけ拾い出せるか、あるいは不満を増幅させるか、これが「人間の幸・不幸」のバロメーターになります。
 映画を見ながら、今の私(藤森)の心境とあまりにも違うので、その原因を探していたら、映画の主人公は「東大の法学部」を卒業していました。やはり、望みが崇高なのですね。

●(6)映画の中では、<労働組合の委員長として活躍。過酷な労働条件は空の事故に繋がりかねないと、待遇改善を強硬に訴える。その成果は上がったが、その後、懲罰人事ともいえる海外の僻地>へ追いやられます。
 しかし、いかに過酷な労働条件で、空の事故に繋がりかねないからとはいえ、待遇改善を強硬に訴えれば(映画では、総理大臣が帰国する日にストを打とうとする)、敢えて「懲罰人事」などといわなくても、反作用があるのは当然(?)のことです。
 相手が聖人君子ならばともかく、「東大の法学部」を卒業して、労働組合の委員長として鋭く会社と対決しても、待遇は変わらないと考えるのは、少々、いかがなものかと思います。

 企業内組合は、どうしても、このようにならざるを得ないのではないでしょうか。私は、二十代の頃、組合の末端の仕事を1年やりましたが、組合活動が不思議でなりませんでした。労働組合の委員長がやがて、会社の出世競争の中に組み込まれていく日本の社会の中で、「労働運動とはなんぞや」とかなり疑問を持ちました。そういう観点からも、この映画を興味深く見ることができました。

●(7)このホームページでのテーマである、「自己成長」や「育児・生育歴」などに関する側面から見てみますと、「仕事と家庭のバランス」の問題がクローズアップされます。労働運動や仕事、航空機事故の犠牲者に対する最高レベルの誠意ある対応など、主人公は最大級の活躍をします。
 仏教には、「自利利他円満(じり・りた・えんまん)」という言葉があります。「自分の利益」と「周囲の利益」のバランス。仕事や家庭、そして、自分自身をも大事にすることなど、全体のバランスを整える事は、本当に難しいものです。そういう側面から見て、どうであったか、あるいは、自分(藤森)自身の生活を振り返ってどうであるかなど、興味深いテーマが多い映画です。

○(8)<プログラムより>
 
 <Introduction>
 累計600万部超の国民的大ベストセラーが、発刊から10年の時を経て初の映像化。
観る者の魂を揺さぶる感動巨編が、スクリーンに全貌をあらわす。
 <魂が、震える。>

 物語は日本が高度経済成長を実現し世界経済の頂点へと上りつめていく時代。巨大組織の中で翻弄されながらも、強い信念と不屈の精神をもって、どんな過酷な状況をも克服していく男、恩地元。『沈まぬ太陽』は、その生き方を通して、人間の尊厳と、飽くなき闘志と再生を描く、壮大なる人間の叙事詩である。

 新聞記者という来歴を持ち、常に社会への警鐘を鳴らす作品を発表し続けてきた原作者・山崎豊子自身が映像化を熱望、「この作品の映像化を見るまでは決して死ぬことは出来ない」と言わしめるほどの著者渾身の一作。映像化不可能とまでいわれた、原作の持つスケール感と時代背景を克明に再現するため、製作陣は万全の態勢を整えて臨んだ。そして、原作の刊行から10年の時を経た2009年10月・・・日本人の魂を揺さぶる感動と慟哭物語が、遂にその公開を迎える。

 日本映画界稀有の一大プロジェクトに挑んだのは、錚々たるスタッフ・キャストである。注目のキャストには、今の日本映画を支える最高の顔ぶれが揃った。主人公・恩地元を演じるのは、『ラスト サムライ』『硫黄島からの手紙』など、日本が世界に誇る名優、渡辺謙。ハリウッドばかりでなく、世界中が注目するその才能で、恩地という男の不屈の姿をスクリーンに刻み付ける。恩地の同僚ながらも、激しい上昇志向ゆえに対立することとなる行天四郎には実力派俳優として観客の心をとらえる三浦友和。恩地に心を寄せながらも、行天の愛人となる三井美樹には、映像・舞台と幅広く活躍し、常に若手女優のトップを走る、松雪泰子。恩地の妻・りつ子には、凛とした佇まいと確かな演技力で数々の日本映画を支える、鈴木京香。そして、政府より巨大企業の再建を託され全精力を注ぐ国見正之を、石坂浩二が滋味あふれる演技で引き締めている。さらに、いずれも主演級の豪華俳優陣が、数々のシーンを彩り、まさにオールスターキャストと呼ぶに相応しい顔ぶれが、本作で一堂に会した。

 監督は、日本映画における冒険活劇の金字塔「ホワイトアウト」を手がけた、若松節朗。念願でもあった原作の映画化に全身全霊を込めて、9年ぶりとなる大作映画の演出に采配を振るっている。脚本には、『陽はまた昇る』で白熱の企業ドラマを手がけた俊英・西岡琢也。加えて、音楽・住友紀人(『ホワイトアウト』『アンフェア』)、撮影・長沼六男(『武士の一分』『たそがれ清兵衛』)、照明・中須岳士(『武士の一分』『母べえ』)、美術・小川富美夫(『おくりびと』『椿三十郎』)、録音・郡弘道(『それでもボクはやってない』『子ぎつねへレン』)ら、最高の技術スタッフが集結した。

 昭和30年代から60年代という、終戦から復興を遂げた日本が経済大国へと急成長した激動の時代。主人公・恩地が歩む波乱の人生は、未曾有の航空事故から、やがて政界を巻き込んだ波乱の展開を迎えていく。物語は、日本のみならず、中東、アフリカ、アメリカへと舞台を移し、国家と組織の中で生きるすべての人びとが抱える葛藤を壮大なスケールで描いていく。人生の長い旅路の果てに、恩地が見出す“生きることへの願い”は、必ずや観客の魂を揺さぶることだろう。世代を超え、時を越え、語り継がれるべき感動と慟哭の熱い人間ドラマが、3時間を超える大巨編としてスクリーンに登場する。

○(9)<Story>

 <信念は決して消えない。>

<激動の昭和をかけぬけた男の熱き生き方とは・・・・・>

 昭和30年代・・・・・。恩地元(渡辺謙)は、巨大企業・国民航空で労働組合委員長を務めていた。職場環境の改善のため会社側と闘った結果、恩地を待っていたのは懲罰人事ともいうべき海外赴任だった。パキスタンを皮切りに、イラン、そして路線就航もないケニアへ、転々と赴任を強いられていく。会社側は、本社勤務と引き換えに、恩地に組合からの脱退と謝罪を迫るが、恩地は任地での職務を全うすることで自らの信念を貫き通そうとする。

 一方、かつての組合副委員長として恩地と共に闘った、同期の行天四郎(三浦友和)は、本社での重要なポストと引き換えに、組合の弱体化に加担してエリートコースを歩んでいく。恩地と行天の同僚であり、いまは行天の愛人でもある、国際線客室乗務員・三井美樹(松雪泰子)は、対照的な人生を歩む二人の男の間で、自身の行き方にも迷い、心揺さぶられていた。

 日本から遠く離れた地で流転の人生を歩む恩地は、盟友であるはずの行天の裏切りに傷つき、さらには、妻・りつ子(鈴木京香)や二人の子供たちとの離れ離れの生活に深い断絶を感じていた。追い打ちをかけるように、本社とケニア政府との航空交渉が打ち切られ、任地での役割する失った恩地。焦燥感と孤独に耐えながら、恩地はただサバンナの大地に沈みゆく太陽を見つめていた。

 恩地が海外勤務に就いてから9年の歳月が流れた。ようやく本社への復帰を果たした恩地だが、決して彼への風当たりがよくなったわけではない。そればかりか、いまでは閑職に追いやられた書記長、八木和夫(香川照之)をはじめ、組合の同士たちの苦境を目の当たりにして、その責任を重く受け止めていた。逆境の日々を送る中、ついに「その日」はおとずれる。

 国民航空が引き起こした、御巣鷹山での航空史上最大のジャンボ機墜落事故。会社側はその管理責任を問われ、直ちに、恩地を含めたお世話係が編成され現地へと送り込まれた。自衛隊等による生存者の確認と遺体の運搬作業は、難航を極めた。悲痛な面持ちで現地入りする遺族たち。御巣鷹山付近の市民体育館には、犠牲となった人びとの遺体が次々と運び込まれてくる。恩地は、遺族の遺体確認の立ち会いと補償交渉の窓口に立った。

 事故の責任を問われ、現地入りもままならぬ国民航空の社員には、遺族たちの風当たりも激しい。息子夫婦と幼い孫を失った阪口清一郎(宇津井健)は、「そんなことでどうして我々の世話係りが務まるのか」と、恩地を叱責した。だが、阪口自身もまた、孫の顔を見せに来いと息子夫婦にせがみ、自ら航空券を手配したことに、取り返しのつかない思いを抱え苦悩していた。

 内閣総理大臣、利根川泰司(加藤剛)のもと、日本政府は国民航空の立て直しを図るべく、新たな指導者の人選を急いでいた。その結果、関西紡績での労務対策の実績を買われた国見正之(石坂浩二)に、会長職への就任を要請する。「お国のため」と口説かれた国見は、むしろ、「死んだ者たち、家族を失い残された者たちのために」と、この重責を引き受けた。新体制のもと新たな一歩を踏み出した国民航空で、恩地は新設された会長室の部長に抜擢される。恩地の組合活動での統率力と実績を評価した国見の采配であった。重役陣からの反発を懸念して、恩地は辞退を申し出た。だが、現在分裂状態にある組合を統合することこそが、安全確立のための急務であり、亡くなった方々やその遺族へ報いることなのだという、国見の真摯な説得についに心を動かされた。恩地は国見と共に、国民航空の再スタートのため立ち上がった。

 しかしそれは、巨大企業のゆくすえばかりか、政界をも巻き込む、終わりなき暗闘の始まりだった・・・・・。企業人として・・・・・、ひとりの人間として・・・・・、恩地の辿り着く先には、果たしてどんな光景が待ち受けているのであろうか・・・・・?

文責:藤森弘司

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