2020年8月31日第211回「今月の映画」「パブリック 図書館の奇跡」
監督・主演・エミリオ・エステベス

(1)アメリカという国は本当に不思議な国ですね。

 この映画は、記録的な大寒波で命の危険があるために、ホームレスの人たちが図書館を占拠する映画ですが、まず驚くのは、貧富の格差が大きいことです。「GAFA(ガーファ)」と言われる巨大な企業(グーグル、アップル、アマゾン、フェイスブック)などがあるかと思えば、ホームレスの人たちが沢山いることです。

 しかし、この事件が中継されると、多くの市民が食べ物や洋服などを持ち寄る「思いやり」というのでしょうか、キリスト教の「ボランティア精神」というのでしょうか、そういう人たちも沢山いることが「救い」です。

 もう少し世の中、「平準化」されないのでしょうか。そういう精神から誕生したのが「共産主義」だったと思うのですが、独裁的になってしまうのは人間の弱さ、「業(ごう)」なのでしょうか?

 いろいろと考えさせてくれるとても素晴らしい映画です。

(2)「INTRODUCTION」

ある日突然“命の避難所”となった図書館を舞台に、
サプライズ満載の人間模様と奇跡の瞬間を映し出す
笑いと涙のフィールグッドムービー!

 もしも「あなたにとって図書館とは?」という質問を投げかけられたら、多くの人は「本を貸してくれる場所」と答えるだろう。しかし実際の機能はそれだけではない。利用者にさまざまな出版物や資料の情報を提供してくれる図書館は、学びの場、芸術に触れる場であり、またあるときはイベントや集会が催される場でもある。人種、年齢、職業などは一切問わず、市民の日々の暮らしをより豊かに、より幸せにする役目を担っているこの公共施設は、アメリカのノーベル文学賞受賞作家トニ・モリスンの言葉を借りれば「図書館は民主主義の柱である」とも定義づけられるのだ。

 そんな図書館という誰もが利用したことのある身近で物静かな空間を舞台にした“あっと驚く”ヒューマン・ドラマが誕生した。記録的な大寒波の到来によって命の危険を感じたホームレスの集団が、やむにやまれぬ事情に駆られて図書館のワンフロアを占拠。その突如として勃発した大騒動に巻き込まれたひとりの図書館員の奮闘を軸に、予測不可能にして笑いと涙たっぷりのストーリーが展開していく。いくつもの社会的な問題提起をはらみながらも、温かな人間味に満ちあふれ、巧みなプロットのひねりや格別のサプライズも盛り込まれた映像世界は、観る者を魅了してやまない。そして図書館にきらめく奇跡の瞬間を目撃し、そこに舞い降りた希望の愛おしさを噛みしめずにいられない感動作である。

大寒波で行き場を失ったホームレスが図書館を占拠!
明日を生きるために声を上げた彼らと、
図書館員の勇気ある行動が希望をたぐり寄せる感動作

 米オハイオ州シンシナティの公共図書館で、実直な図書館員スチュアートが常連の利用者であるホームレスから思わぬことを告げられる。「今夜は帰らない。ここを占拠する」。大寒波の影響により路上で凍死者が続出しているのに、市の緊急シェルターが満杯で、行き場がないというのがその理由だった。約70人のホームレスの苦境を察したスチュアートは、3階に立てこもった彼らと行動を共にし、出入り口を封鎖する。それは“代わりの避難場所”を求める平和的なデモだったが、政治的なイメージアップをもくろむ検察官の偏った主張やメディアのセンセーショナルな報道によって、スチュアートは心に問題を抱えた“アブない容疑者”に仕立てられてしまう。やがて警察の機動隊が出動し、追いつめられたスチュアートとホームレスたちが決断した驚愕の行動とは・・・・・。

 ホームレスによる図書館占拠という意表を突いた設定のドラマは、ある秘密の過去を抱えた図書館員の主人公スチュアートを中心に、ホームレス、図書館長、交渉役の刑事と検察官、マスコミなどのにぎやかなキャラクターそれぞれの立場と思惑を描き出す。スリルとユーモアに活気づけられたその物語は、貧富の格差や政治的分断が深刻化するアメリカの現実をあぶり出していく。しかも、これは決して遠い国の出来事ではない。日本でも台風襲来時に、ホームレスが避難所の利用を自治体に拒否されたという出来事がニュースなったことは記憶に新しい。多くの社会的な弱者が声も上げられず、自由や平等といった最も基本的な権利さえ脅かされている現代において、主人公の勇気ある行動はいっそうまぶしく映る。「あなたなら、どうしますか?」とそっと語りかけてくるような本作の問いかけは、あらゆる観客の胸に響くに違いない。

青春スターから映画監督に転身して成功を収め、
今や円熟味すら感じさせるエミリオ・エステベス。
そのキャリア最高の傑作を盛り上げる実力派キャスト

 ある公共図書館の元副理事長がロサンゼルス・タイムズに寄稿したエッセイにインスピレーションを得て、本作の完成までに11年の歳月を費やした監督はエミリオ・エステベス・・図書館を舞台にこれほど哀歓豊かで深みのある映画を撮り上げたことに、特別な感慨に浸るファンも少なくないだろう。

(3)「STORY」

 まれに見る大寒波に見舞われた米オハイオ州シンシナティ。そのダウンタウンにある公共図書館には、朝9時の開館前から大勢のホームレスが寒さを凌ぐために列をなしている。実直な図書館員のスチュアート・グッドソン(エミリオ・エステベス)は、退役軍人であるアフリカ系の中年男性を中心とする陽気なホームレスの常連グループに、いつもジョークのネタにされていたが、寛容な態度で彼らに接していた。

 人種も生活環境も多様な市民が利用するこの図書館では、大小さまざまなトラブルが絶えない。この日の正午、館長のアンダーソンに呼び出されたスチュアートは深刻な事実を告げられる。以前、スチュアートが利用客からの苦情を受けて、“体臭”を理由に退館を求めた男性が、差別的に扱われたとして図書館を訴えたというのだ。思いがけず被告の身となったスチュアートは、高飛車な検察官のデイヴィスから一方的に厳しく咎められ、しょんぼり肩を落とすしかなかった。

 シンシナティがこの年一番の寒さを記録した翌日、スチュアートはさらなる想定外の出来事に直面した。午後6時の閉館直前、ホームレスたちのとりまとめ役のジャクソンが、「今夜は帰らない。ここを占拠する」と宣言したのだ。路上ではホームレスの凍死者が続出しているというのに、市の緊急シェルターはどこも満杯で、身を寄せる場所がどこにもないからだという。

 ジャクソンに同調する約70人ものホームレスの姿を目の当たりにし、事の重大性を察したスチュアートは、「今夜はここを開放しましょう。彼らを追い出せば凍死の危険性がある」とアンダーソン館長に直談判する。しかし訴訟問題で頭が痛いアンダーソンは、「ここは公共図書館だ。シェルターじゃない」と取り合わない。

 図書館のルールを守るべきか、苦境のホームレスを救うべきか。難しい決断を迫られたスチュアートは、3階を占拠したホームレスに寄り添うことを決意し、同僚のマイラも行動を共にする。不穏な動きに気づいた警備員たちが3階にやってくるが、スチュアートとホームレスたちは机や椅子を積み上げて出入り口を封鎖した。

 まもなく通報を受けたシンシナティ市警から、ベテランのラムステッド刑事が派遣されてきた。折しも次期市長選挙に出馬予定の検察官デイヴィスも首を突っ込んでくる。警備員室で彼らに対応したアンダーソンは穏便な対処を求めるが、選挙向けのイメージアップに余念がないデイヴィスは催涙弾を用いた手荒な打開策を主張。

 一方、図書館の外にはメディアが押し寄せ、テレビ・レポーターのレベッカが「公共図書館で事件が発生!人質がいるのか、あるいは銃乱射でしょうか」などと仰々しく報じ始める。多くの野次馬たちの中には、スチュアートが夕食の約束をしていたアパートの隣人アンジェラの姿もあった。

 ラムステッドの交渉に応じたスチュアートは、これが平和的なデモであることを説明し、ホームレスの避難場所を用意するよう求める。ところがスチュアートをあからさまに敵視するデイヴィスが、「我々の大切な施設を混乱に陥れているのは図書館員です。彼は明らかに精神が不安定だ」とテレビの生中継で言い放ったため、事態はますます混迷していく。まるで凶悪犯のような扱いを受けたスチュアートは、開き直ったかのようにホームレスたちと運命を共にする思いを強め、徹底抗戦を続けることに。

 実は、スチュアートには密かな苦い過去があった。かつて酒や薬物で荒んだ日々を送り、不法侵入や万引きなどの罪を重ねた彼は、アンダーソンの厚意で図書館に雇われ、本との出会いによって救われた。それ以来、この仕事に人生を捧げてきたスチュアートは、図書館が利用者のために果たすべき役目を誰よりも身に染みて理解していた。

 スチュアートは心配して電話をかけてきたアンジェラの助言に従い、世に真実を知らしめようと図書館内の様子をスマートフォンで撮影する。するとジャクソンと仲間たちは「俺たちは黙ってねえぞ!」と何度も足を踏みならし、社会に見捨てられた自分たちの存在を高らかに主張した。一方、相変わらず強攻策を唱えるデイヴィスに愛想を尽かしたアンダーソンは、「図書館はこの国の民主主義の最後の砦だ。戦場にさせてたまるか!」とぶち切れ、スチュアートらの立てこもりに加勢した。

 やがてセンセーショナルなレポート送り返すレベッカの取材を受けたスチュアートは、不躾な質問を浴びても感情を押し殺し、人道的危機に瀕したホームレスの窮状を代弁する言葉を読み上げる。それはジョン・スタインベックの小説「怒りの葡萄」の一節だった。しかしスチュアートの切なる思いは、図書館を包囲する警察には届かない。ついに機動隊が最終手段の強行突入に向けて一斉に動き出すなか、心をひとつにしたスチュアートとアンダーソン、そして70人のホームレスは信じがたい行動に出るのだった・・・・・。

 

(4)「不安を覆う世界から学ぶ、変化へのチャンス」(よしひろまさみち・映画ライター・編集者。音楽誌、女性誌、情報誌などの編集部を経てフリーに。「sweet」「otona MUSE」「SPA!」など連載多数。日本テレビ系「スッキリ」映画紹介コーナーに出演) 

 こんなことになろうとは、ということが、2020年の今年、いくつも起きている。

 香港民主化デモに始まり、新型コロナウィルスの感染拡大、それに伴い世界各国がロックダウン、東京五輪をはじめ世界中で予定されていたイベントの中止と延期などなど。

 世界中を覆う不安のなか、唯一「また!?」という出来事で、世界的ムーブメントに波及しているのがBLMことBlack Lives Matterだ。アフリカ系アメリカ人のコミュニティから発信する、黒人を中心とする人種差別への反対運動だ。この社会運動は、白人(とりわけ男性)が優遇され、不当な差別構造の上に成り立つアメリカで、幾度となく活発化してきた。

 が、今夏のそれはSNSを介して一気に世界中へ伝播(きっかけは白人警官が不当に拘束した一般人が死亡した事件)。イギリス・ブリストルでは奴隷商人像が港に投げ込まれ、ベルギー・アントワープでは植民地で圧政をしいたという元国王像が撤去され・・・と、黒人差別の歴史を持つヨーロッパでも激化。白人至上主義の理不尽に抵抗している。 

 しかも、今夏のそれは「非暴力」に配慮しているのが特徴だ。暴力には暴力を、という考え方では、真の平和と友愛は生まれない。間違っていることに対して声をあげ行動もするが、略奪や暴力では決して解決しないことは今までの歴史からも明らかだからだ。それに、かつての黒人の人権運動のように、当事者の黒人だけが動いているわけではないのが特徴。不当な差別は黒人だけの問題ではなくなっている今、今夏の運動には、白人、もしくは黒人以外の有色人種が多く参加しているのだ。 

 長くなってしまったが、こんな時勢だからこそ、『パブリック 図書館の奇跡』を見ることに大きな意味を持つことを、まず言っておきたい。 

 本作は、極寒のシンシナティで、ホームレスが一夜を過ごす場を求め、図書館を占拠するという物語。もちろんフィクションだが、着想のベースとなったのは、2007年にLAタイムズで掲載された、ソルトレークシティ公共図書館の元副理事長のエッセイだ。そこに書かれていることのほとんどの要素が、本作に入っているといっていい。では、そのなかでも一番大きな要素は何か。それは「差別は多数派の偏見によって生み出される」ということ。

 ホームレスや黒人、または性的マイノリティなど、社会の少数派と呼ばれる人々への差別の多くは、同カテゴリ外にいる多数派の人々によって生み出されている。それに気づき、多数派の中にも声を挙げる者は大勢いて、今のBLMではそれが顕在化しているが、依然として差別がなくならないのは、差別をする側とされる側の対話が成立していないからだ。

 反差別の運動に対する意見で「そんな大げさで荒々しく行動するのは逆効果だ」というのを、よく目にする。それは筋違いの意見だ。少数派は多数派によって声を殺されており、社会のうねりがなければ発言すらできない。その構造自体が間違っていることに気付くべきだろう。

 その点、本作では、凍死の危険にさらされ、公共の場である図書館を頼らざるをえなかったホームレスの人々が、実際に行動を起こしたことによって起きる事象を、さまざまな視点から描いている点が素晴らしい。ホームレス当事者と彼らに図書館で日々接しているスタッフはもちろん、メディア、政治家、市井の人々など、それぞれの視点。そのどれもが現実的で、ホームレスの人々がどのような理由でその状況に陥っているか、そして状況を変えていくには何が必要か、ということを、観客に問うてくる。

 アメリカにおけるホームレス人口の増加は、今に始まったことではない。そこをうまく突いてスリラー映画に仕立てたことで話題を呼んだ、ジョーダン・ピール監督の『アス』という作品がある。あれはかなり突飛な仮定と物語構築がなされていたが、根っこにあるテーマは本作と同じ。「いつまで経っても、大衆は自分を守ることに必死で、偏見を変えようとしない」ということだ。

 2020年、新型コロナ禍という非常事態を、世界中の人々が体験した。そこで失ったものは計り知れないが、得られたこともあった。それは「人々の無償の連帯が世界を変える」ということ。それは今ある社会構造を変えるチャンスでもある。

 とかく我々は自分の利益や生活を守ることに始終していたが、この禍を経てそれだけでは社会が成立しないことを思い知ったはず。困っている人の声を聞き、できる限りの協力をする。そこに偏見や差別があっては、全く社会が機能しないのだ。これは欧米だけの話じゃない。ここ日本でもそれに気付いた人は確実に増えている。

 「もっと隣にいる人の声を聴いて」と、本作からのメッセージが聞こえてくる。エミリオ・エステベスは聖地巡礼の旅を描いた監督作『星の旅人たち』でも同様のメッセージを放ったが、本作はそれよりもずっと優しく、そして過激。静かに荒れくれるエステベスの警鐘を受け取ってほしい。