2020年2月29日、第205回「今月の映画」「1917 命をかけた伝令」
監督:サム・メンデス 主演:ジョージ・マッケイ ディーン=チャールズ・チャップマン
(1)泥だらけになりながらも、戦争を継続せざるを得ない悲惨さ。大地震に遭遇した場合、かなり状況が似ているのでしょうが、戦争の悲惨さは、想像を絶します。
泥だらけの衣類や手足、身体・・・そういう中で、さらにトイレの大小の問題や食べ物をどうするのか、等々を考えると、戦争の悲惨さはいかばかりかと、暗澹たる気持ちになります。 しかし、古今東西、戦争は人類の歴史です。今も世界のあちこちで繰り広げられています。平和ボケはよくありませんが、悲惨さを実感して、平和の有り難さを実感してください。
(2)「大スクリーンで見る長回しと戦場の緊迫感」(本紙・中本裕己のエンタなう!夕刊フジ、2月23日) 今年のアカデミー賞を席巻したのは『パラサイト 半地下の家族』だったが、下馬評では『1917 命をかけた伝令』の作品賞受賞が有力視されていた。結局、撮影賞、録音賞、視覚効果賞の3冠に終わったものの、大スクリーンに映える圧倒的な画の力と長回しを多用した緊迫感は、大いに見ごたえがある。 007シリーズの『スペクター』『スカイフォール』などで知られるサム・メンデスが、祖父の体験談をベースに第1次世界大戦のフランス西部戦線を描く。1600年の部隊を救うため、重要なメモを携えたイギリス軍の伝令兵士2人が、所属部隊から16キロ離れた最前線にたどり着くまでを、ただひたすらカメラで追う。 ドイツ軍がすぐそこに迫る中、鉄条網をかいくぐり、複雑な塹壕や、隠れようのない大地をひたすら進む。この手に汗にぎる感覚は、平和ボケの世にあってはロールプレイングゲームのように見えるかもしれない。 しかし、長回しの映像が切れ目のなく続いてみえる「ワンカット映像」の臨場感が、戦争の哀しさ、消耗戦の空しさを淡々と伝える効果を生んでいる。 |
(3)「INTRODUCTION」
『007 スカイフォール』でシリーズ最高の興行成績を叩き出した名匠サム・メンデスが、まったく新しい映画体験を約束する最新の「戦争映画」を完成させた。 実際に第一次世界大戦に従軍していた祖父から聞いた体験談をもとに、メンデスが長年温めていたという本作は、彼が初めて脚本も手がけた渾身の一大プロジェクトだ。そのために彼がこだわったのは、観客が戦場の最前線を走り抜ける兵士たちの息遣いまで感じられるように、最初から最後まで映像がひとつにつながった、ワンカットの映画に仕上げることだった。 決死のミッションの一部始終をワンカットで体感することで、未知のカタルシスと感動を味わうことができる。本作では、2人の主人公たちの行動に寄り添い、物語への究極の没入感へ導くため、約2カ月の撮影期間を経て(全編を通してワンカットに見える映像)を創りあげた。 観客にギミックを感じさせず物語に投入させるという超難題を課せられたのは、アカデミー賞ノミネートの常連であり『ブレードランナー2049』で初受賞を果たした天才撮影監督ロジャー・ディーキンス。地を這い天を舞う縦横無尽なカメラワークを駆使して、圧倒的な映像美を創り出す神業をやってのけた。 さらに編集には『ダンケルク』でアカデミー賞に輝いたリー・スミス、音楽に『アメリカン・ビューティー』のトーマス・ニューマンら第一線をひた走る名手たちが集結している。 本作は、『戦争映画』というジャンルを超えて、深く静かに観る者の胸を打つ感動が待っている。映画界のトップランナーたちが到達した新たな領域に、誰もが興奮し、圧倒されずにはいられないだろう。 |
(4)「STORY」
1917年。サラエボ事件に端を発する第一次世界大戦がはじまって3年。西部戦線では長大な塹壕戦を挟んでドイツ軍とイギリス・フランスからなる連合国軍がにらみ合っており、多大な犠牲をともなう悲惨な消耗戦を繰り返していた。 同年4月6日。第8連隊に所属するウイリアム・スコフィールドとトム・ブレイクは、ある重要なメッセージを届ける任務をエリンモア将軍から与えられる。マッケンジー大佐率いるデヴォンシャー連隊第2大隊が退却したドイツ軍を追っていたのだが、航空写真によって、ドイツ軍が要塞化された陣地を築き待ち構えていることが判明。退却に見せかけた用意周到な罠だったのだ。 このままでは、マッケンジー大佐と1600人の友軍は、ドイツ軍の未曾有の規模の砲兵隊によって全滅してしまう。なんとしてもこの事実をマッケンジー大佐に伝え、翌朝に予定されている戦線突破を止めなければならない。あらゆる通信手段はドイツ軍によって遮断され、もはやスコフィールドとブレイクが最後の頼みの綱だという。 しかし、エクス-トという町の南東2キロにある、クロワジルの森に向かって前進する第2大隊に追いつくには、ドイツ軍が築いたブービートラップだらけの塹壕や、ドイツ占領下の町を越えて行かなくてはならない。戦場経験の長いスコフィールドは慎重を期そうとするが、目指す部隊に実の兄が所属しているブレイクにとっては、一刻の猶予も許されない。2人は泥にまみれた塹壕を這い出て、張りめぐらされた鉄条網をかいくぐり、「ノーマンズランド」と呼ばれる無人地帯を通り抜け、あまりにも危険なドイツ軍の占領地へと分け入っていく・・・。 |
(5)<『1917 命をかけた伝令』そのリアル~本編の描写で読み解く 第一次世界大戦の実相~>(白石光・戦史研究家)
<世界初の国家総力戦と「兵士」> 「グレート・ウォー」とも称される第一次世界大戦は、イギリスとフランスを中心とする連合国と、ドイツを中心とする中央同盟国の間で、1914年7月から1918年11月にかけて戦われた、全世界での戦没者約1650万人(異説アリ)とされる世界初の国家総力戦であった。ごく簡単にいうと、それまでの戦争が軍人貴族や職業軍人を中心にして戦われ、庶民を巻き込むケースが少なかったのに対して、国家総力戦に参加した国は、軍事力、経済力、工業や農業の生産力、人的資源といった国の全てを戦争に注ぎ込まざるを得ないがゆえに、かような名称で呼ばれることになった。 そしてこのような背景からおわかりいただけるように主人公の2人、スコフィールドとブレイクは軍人貴族や職業軍人ではなく上等兵という下級の兵士で、戦争の勃発でやむなく兵役に就いた庶民階級出身者である。ただしブレイクの兄は士官(中尉)なので、兵士を指揮する立場の士官に任官できるだけの水準の高等教育を受けているはずだ。 <重要きわまりない任務「伝令」> 第一次世界大戦当時は無線通信技術が未発達で、戦場での長距離の無線音声通話が難しく、有線の電話や電信も装置自体が割とかさばるうえ、電線を敵に切断されてしまえば通じない。ゆえに主人公2人に与えられた伝令という任務は、きわめて重要なものだった。 実は人間の代わりに軍用犬や軍用伝書鳩が伝令に用いられることもあったが、動物では信頼性に欠けるので、重要な情報を伝える際の人間の伝令のバックアップとして、動物の伝令を別に送り出すケースが多かった。人間の伝令もまた、重要な情報の場合は本作のように1組だけを送り出すのではなく、同じ情報を携えた4~5組を、ルートを変えたり時間差で送り出して確実に先方に届くよう配慮するのが普通だった。なお、伝令はひとりに何かあってもよいように2名で1組を原則としたが、部隊規模が小さい場合はひとり伝令も行われた。 <腐った泥の海だった「激戦地の大地」> 第一次世界大戦はまた、現代の戦争では当然のごとくに使われている兵器のほとんどが、初めて実際に使われた戦争でもあった。具体的には、潜水艦、軍用機、戦車、機関銃、毒ガスなどである。これらのうちの機関銃、戦車、毒ガスは、特に同じ大戦における地上の戦場の実情を反映した兵器といえる。本編中にも描写されているように、対峙した敵と味方の双方は、左右に長大に連なったうえ、何重にも重なった塹壕線を構築して防御を固めた。 そのため、攻める側はまず大量の砲弾の雨を降らせて敵を弱らせ、次に兵士の大軍を突撃させて敵の塹壕線を虱潰しに確保して行かなければならない。これに対して、守る側は攻めてくる敵の大軍に大量の砲弾を打ち込み、機関銃弾の嵐を見舞って薙ぎ倒す。本編の終わりに近いマッケンジー大佐の部隊の突撃シーンが象徴的である。そしてかような理由により、激戦地の大地は度重なる大規模な砲撃で砲弾の炸裂孔だらけになって鋤(す)き返され、植物がほとんど失われたうえ人馬の遺体が放置されたことで、作中のように腐った泥の海と化した。 また、第一次世界大戦では機関銃が本格的に用いられ、塹壕線の随所に多数が配置されて、突撃してくる敵の歩兵を次々に仕留めた。このような実情により、大量に投入された機関銃にちなんで、同大戦は「マシンガン・ウォー」と称されることもある。 本編中にも、車体前部を塹壕に落として行動不能になった戦車が1両出てくるが、戦車は機関銃弾や砲弾の破片に耐えられるように開発されたもので、この戦車の大軍が突撃する歩兵の大部隊を先導し、歩兵の進撃を妨げる敵の機関銃を破壊する役割を担った。なお作中での描写はないが、毒ガスは、突撃の前に砲弾に仕込んで敵の塹壕線に散布し、防御にあたる敵将兵を殺傷するのに用いられた。 <死の置き土産「仕掛け爆弾」> さて、塹壕線で対峙している一方の攻勢を受けてもう一方が後退すると、逃げる敵を追って味方の第1陣が通過し、それに第2陣が追随するが、この第2陣が来るまでの間、本編にも描かれている無人地帯(ノーマンズランド)が生ずる。敵も味方も存在せず、ただ双方の戦死者や負傷者が残されている程度なのでこう呼ばれるのだが、作中のように敵が計画的に後退した場合は、随所に仕掛け爆弾(ブービートラップ)が置かれることも多かった。 本編のごとく、一見では置き去りにされた食料やワインのようなアルコール飲料などの山、弾薬箱、自動車や荷車、場合によっては杭につないだ生きた馬や牛に爆弾が仕掛けられることもある。ただし手の込んだ仕掛け爆弾は細工するための時間が必要なので、予定済みの後退ではなく、戦況の急展開にともなう緊急の後退ではさほど仕掛けられなかったという。 そのような意味で、作中ではドイツ軍が予め罠を張っているという設定なので、かような手の込んだ仕掛け爆弾が置かれていてもおかしくはない。 <兵器として使われた「航空機」> 第一次世界大戦において、兵器として採用され急激な進歩を示した「機械」の代表は、なんといっても航空機である。ライト兄弟が動力付き航空機ライトフライヤー号を用いて世界で初めて空を飛んだのが1903年12月17日。巨大な凧にエンジンを付けたようなこのライトフライヤー号からわずか14年後の1917年には、航空機は機関銃を積んで敵の航空機と空中戦をするまでに進歩したのだ。 本編中、空中戦に敗れたドイツの戦闘機が墜落して炎上。そのパイロットを主人公2人がコックピットから助け出すシーンがある。当時の航空機は、木製の骨組みに羽布と呼ばれる防水処理を施したキャンバス生地などを張り付けて胴体や翼を軽く造り、それにガソリン・エンジンを載せて飛ばしていたが、ガソリンはもっとも燃えやすい燃料のひとつであり、燃料漏れを起こしたりして熱したエンジンにかかれば、描写されているように簡単に炎上した。おまけに木の骨組みも羽布も共に良く燃えた。 だがその一方で、墜落すれば乗員はほぼ確実に死亡する現代の航空機とは異なり、当時の航空機は速度が遅く機体も軽いため、作中のごとく墜落しても負傷だけで済むことが間々あった。しかしドイツ軍パイロットにかけた2人の情けが、逆にブレイクの命を奪うことになるのは戦争の悲劇である。 <見えない恐怖「狙撃兵」> ひとりになったスコフィールドが街の廃墟の手前の倒壊した橋を渡る際、敵の狙撃兵に撃たれる描写がある。本作のように後退が敵の罠だった場合などは、無人地帯に狙撃兵を残して敵の伝令などを倒し、後方からの連絡が罠にかかろうとしてしている敵部隊に届かぬようにするのはセオリーだ。 なお、残置狙撃兵と呼ばれる彼らは射手と観測手の二人組が基本で、この二人組が、互いに掩護し合って戦うのが普通だった。 <第一次世界大戦の縮図たる「本作の世界」> ここまでに紹介してきた、本作に描かれている状況やエピソードは、何も本編中だけに限られた特殊な演出ではなく、第一次世界大戦の戦場において日常的に起きていたことだ。 そういった意味で、本作は優れたストーリー性のみならず、第一次世界大戦の戦場の実相を描いた、ヒストリカルな観点からも秀逸な作品だといえる。 |
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