2024年3月31日第254回「今月の映画」「ネクスト ゴール ウィンズ」

(1)2024年1月15日の「今月の言葉(第255回)」「大谷翔平選手」のことを書きました。

 あまりにも素晴らしい人間性のために、「深層心理の無意識」の中に、表面の素晴らしさとは「真逆な人間性」があることを、私・藤森の専門である「深層心理」「脚本」に照らして、何年後か、何十年後かに、その「真逆の人間性」が現われてくる「可能性」を書かせていただきました。

 その「可能性」の一部が、わずか2カ月後に「完全」に表面化してきました。

 「大谷は高校時代(岩手の花巻東高)も寮生活だった。つまり10代半ばから23歳で渡米するまで下界とは“遮断”されたような寮で、ひたすら野球に打ち込んできた。そして渡米して以降は身の回りのことも含めて水原一平元通訳にオンブにダッコだった。『野球少年』がそのままトシを重ねたわけで・・・・・」(日刊ゲンダイ、3月29日)

 このことは、4月15日の「今月の言葉」で、さらに詳しく書かせていただきます。

 さて、「今月の映画」「ネクスト ゴール ウィンズ」は本当に凄い映画でした。

 米領サモアのサッカー代表の映画でしたが、何が凄いって、うまく説明できないので、次の(2)以下をご覧ください。

(2)「INTRODUCTION」

 『ジョジョ・ラビット』のタイカ・ワイティティ監督が“負けを知る”すべての人々に贈る、人生の応援歌!

 “我々の望みは1得点 たった1ゴール”

 負け犬と呼ばれたアスリートたちが、逆境をはねのけて大いなる結果を残す。スポーツにまつわるドラマチックな実話は、これまでも数々映画化されているが、まだこの手の感動逸話はあった。

 それが「米領サモア・サッカー代表チーム」。国際大会で史上最大の点差で大敗し、公式戦でも全敗、10年以上FIFAランキング最下位の彼らが、2014年FIFAワールドカップ(W杯)ブラジル大会予選で初の勝利を勝ち取った爽快なエピソードは、ドキュメンタリー映画にもなったほどだ。

 これを『ジョジョ・ラビット』(19)でアカデミー賞脚色賞を受賞したタイカ・ワイティティが完全映画化。トランスウーマン(サモアでは第3の性=ファファフィネスと呼ばれる)の選手が初めて公式戦に出場したことをはじめ、実話をほぼ活かしただけでなく、コーチとチームの強烈な個性のぶつかり合いをコミカルかつ感動的に描き出した。

 コーチのトーマス・ロンゲンを演じたのは、「XーMEN」シリーズのマグニート役で知られるマイケル・ファスベンダー。“負けを知る”すべての人々にエールを贈る、感動と興奮のスポーツ・コメディドラマだ。

 2001年のW杯オセアニア予選で、米領サモアチームは対オーストラリア代表戦で0-31という記録的惨敗を喫して以来、その呼び名は「世界最弱チーム」。2014年W杯予選では長年の汚名を晴らす1ゴールをどうしても決めたい・・・・・。

 しかし、南太平洋ののどかな島国に暮らすアマチュア集団の彼らにとって、勝利は遥か彼方・・・・・。そんな彼らをイチから叩き直すため、米国サッカー協会が派遣したのは、トーマス・ロンゲン。選手としても指導者としても実力は十分。ところが人生の試練のあと、

感情のコントロールが効かなくなり、サッカー連盟から追放寸前だった。はたして、のんびり個性派の米領サモアチームと暴走熱血監督のラストチャンスはいかに!?

(3)「ABOUT  SAMOA」

 <ポリネシア文化を知る>

 Fa’a  Samoa(ファア・サモア)=サモア式と呼ばれる、脈々と受け継がれてきたポリネシア文化。映画にも登場するカルチャーを紹介する。

「サモア独立国と米領サモア」・・・・・もともとは一つの国だったが、ドイツ、イギリス、アメリカの支配権争いののち、1899年に三国間協定により分断。西側のサモア独立国と東側の米領サモアに分かれている。公用語はいずれもサモア語だが、サモア独立国はタラという独自通貨、米領サモアはアメリカドル。米領サモアの人口は約45,443人(2022年時点)。

「サモアはどこにある?」・・・・・ハワイとニュージーランドのほぼ中間、南太平洋の中心部に位置するサモア諸島。手つかずの自然が堪能でき、熱帯雨林や火山にビーチ、美しいサンゴ礁が特徴的。日付変更線を挟んでいるため、サモア独立国と米領サモアでは時差が24時間ある。

「アイガ」・・・・・サモア語で“家族”のこと。本作のプロデューサーが「最も重要な要素は、“アイガ”(家族)その価値観が果たす役割」と語るとおり、サモアでは家族を重んじ、親族集団が社会組織の基盤を成している。また、「マタィ」と呼ばれる年長者の首長が強い権限を持ち、結婚もマタィの許しがなければいけない。

「礼拝」・・・・・牧師姿で登場するタイカ・ワイティティの姿が愉快な本作。19世紀中盤までに、ポリネシアのおもな島々はヨーロッパから来た宣教師によってキリスト教がもたらされ、サモアに住む国民の95%以上がキリスト教信者。平日の夜と日曜日には礼拝と休息を欠かさず、協会に家族で正装して出向く。冠婚葬祭のみならず教育方針や生活と密接にある。

「タトゥー」・・・・・「トライバル・タトゥー(民族的なタトゥー)」の起源は3000年前のポリネシア地域と言われており、サモアはタトゥー文化を絶やさぬよう、アイデンティティとして伝統を守り続けている。線の模様が帯状に折り重なるようなパターンが有名。タトゥーの語源はサモア語の“タタウ”だと言われており、「正しい」「品行方正」といった意味も含む言葉。

(4)「INTERVIEW WITH マイケル・ファスベンダー(トーマス・ロンゲン)」

 <<「成功か失敗か、という概念に囚われないサモア人のポジティブさに魅了されました」(ファスベンダー)>>

<<今作で、米領サモアチームの監督を引き受けるトーマス・ロンゲンを演じたマイケル・ファスベンダー。就任当初は「世界最弱チーム」のレッテルを貼られ、パスもままならないメンバーたちに苛立ちを隠せないトーマスだったが、彼らが持っているひたむきさや優しさに触れるにつれ、いつしか心に負った傷が癒やされていく。実際に現地の人々や文化に触れることで、トーマスと同じような気持ちになったというファスベンダーが、今回の特別な体験を語ってくれた。>>

≪≪あなたにとって、この作品はすぐに入り込みやすいものでしたか?プレッシャーは大きそうですが・・・・・。≫≫

 「まず最初にタイカ(・ワイティティ)」からドキュメンタリーを紹介されて観たんです。唯一、準備期間が必要だと思われたのは、実在のトーマス・ロンゲンのアクセントを身につけることでした。彼はオランダ人ですから。そこで私はタイカと話をし『オランダ人のアクセントはどのようにすればいいだろう?』と聞くと『そんなことは気にしなくていいさ、どうせ誰も気にしないから』と(笑)。撮影に入ると、即興やその場での様々な試行錯誤がありました。ですから台本から外れても、そのことを心配する必要がなかったのは本当に助かりました。あとはひたすら作品の世界に没頭し、タイカのテクニックに身を委ねるだけでした。というのも、現場はエネルギーに満ち溢れてやりがいがあり、とても楽しいからです。彼は現場でクリエイティブの塊のような存在です。

 私は彼の作品の大ファンですし、全力で取り組みました。あとは周りの俳優たちとのコラボレーションが大切でした。撮影に入る際、常にプレッシャーはあります。うまくやりたいですし、プロジェクトをダメにしたくありません。でも、それを踏まえていつも通りでしたね」

≪≪スクリーンに映るあなたを見ていて感じたのは、自分自身をその集団に溶け込ませているということです。あなたの演じるトーマスは、まったく異質な世界にどっぷりと浸り、やがてその世界に魅了されてしまいます。あなたも撮影中に同じような経験があったのでしょうか?おそらくあなたは自分があまり知らなかった文化を発見し、それを自分の目を通して見ることで、なにかとても素敵なものを感じたのではないでしょうか。≫≫

 「とてもいい質問ですね。どのような映画であれ、ロケ地での撮影は特別なものです。観光客としてその国に行くのとは違い、現地の人と一緒に仕事をするのですから、つまり、その場所がどこであれ、文化的な経験を直接得ることができるのです。この映画は米領サモアを舞台としてハワイで撮影されましたが、多くの俳優たちがサモア人だったので、その文化に親しみを持つことができました。そしてドキュメンタリーで私が魅了されたのは、サモアの人々が持つポジティブさです。西洋ではどうしても、成功か失敗かという概念が主流で、成功というものが重要視されてしまいます。一方で、彼らの精神とポジティブさは、コミュニティや一緒になにかを経験すること、立ち上がってまた挑戦すること、そういった粘り強さと回復力にあります。それはとても人を惹きつけるものです

≪≪オスカー・ナイトリーやデヴィッド・フェインはとても才能のあるコメディアンで、彼らとあなたの掛け合いはとても楽しかったです。この2人の俳優との共演はどうでしたか?≫≫

 「あの2人と共演できたことはとても光栄でした。彼らはとても鋭く、頭の回転が速く、知的です。何年もコメディアンとしての経験がある彼らから、私はただ学ぼうとしました。そして大抵、笑わないように必死でした」

≪≪カイマナとのシーンを経て、映画はよりシリアスで、父娘のような関係性に発展していきますが、即興が展開の一部となるような空間に身を置くということはどのようなものだったのでしょうか?コメディではなく、よりシリアスな場面で、どのようにそれを作り上げていったのでしょうか。≫≫

 「基本的には同じ原理で、お互いにしっかりと耳を傾けることです。カイマナは、まるで何年も経験してきたかのように現場に現われました。彼女の演技には、常に真実と誠実さがあります。彼女はとても正直ですし、愛嬌があり、一緒に演じやすかったです。彼女と演技することが好きでしたし、自分の好きなシーンのいくつかは彼女とのものです」

≪≪あなたはカメラの外でのおもしろい一面がたくさんある俳優ですが、スクリーンではその姿を一度も見たことがなかったので、今回タイカがそれをカメラに捉えてくれたことがとてもうれしかったです。スクリーンの中で、人を笑わせるような人物として登場するのはどのような感じでしたか?あなたの別の一面を見られることに観客は喜ぶでしょうね。≫≫

 「私はいつだって、できるだけ少しのコメディ要素を取り入れようとしています。コメディは観客の緊張をほぐすいいツールです。とても緊張感の高いものを演じている場合、観客が息抜きできる場面が必要ですし、そうするために私も楽しんでいます。とにかく、ふざけて楽しむことが大好きです」

(5)「INTERVIEW」

 ≪≪「不幸になるために頑張ることはない」。多芸でおおらか、相互理解を重んじる“パシフィック・ウェイ”なサモア文化に浸る≫≫(斎藤龍三・国際機関太平洋諸島センター所長)

≪≪ニュージーランド出身で、先住民マオリ民族の父を持つタイカ・ワイティティ。過去作にも太平洋諸島の土着的な文化を大いに反映してきた。『ネクスト・ゴール・ウィンズ』に息づくポリネシア文化について、サモア独立国やフィージー、パプアニューギニアなどの太平洋諸国14カ国と仏領ポリネシア、ニューカレドニアを活動対象とする国際機関太平洋諸島センター所長の斎藤龍三氏に話を訊いた。≫≫

≪≪『ネクスト・ゴール・ウィンズ』で米領サモアらしさがよく描かれていたと思った箇所はどこですか?

 彼らのパーソナリティでしょうか。おおらかで、ホスピタリティに富んだポリネシアの方々の雰囲気がよく出ていたように思います。音楽やドラム、ダンスといった文化を日常に溶け込ませていて、多芸。そういうことに皆さん関心が高いんです。もう一つは、教会文化ですね。

≪≪劇中では、選手たちがお祈りをするために練習を中断して、コーチのトーマス・ロンゲンが戸惑う・・・なんていうシーンもありました。

 サモアと並んでポリネシア文化・文明を共有しているトンガは、太平洋諸島のなかでも最も敬虔な信者の方が多い国。現地に行った時は、日曜日に働くことは法律で禁止されているため、教会活動以外のことは観光・サービス含めて停止していました。サモアも信仰心に厚い方々が多く、日曜になれば正装をして一家総出で教会に行くと聞いています。映画でタイカ・ワイティティが牧師に扮しているシーンがありましたが、あんなに神々しいものではなく(笑)、もっとカジュアルに“祈り”が日常生活に溶け込んでいます。宗教というよりも社会生活として浸透している印象です。

≪≪ポリネシア文化における“正装”とはどんなものですか?≫≫

 劇中にも出てきましたが、男性は“イエファイタガ”と言って、色とりどりのアロハシャツにラップスカートを合わせたようなもの。日本人には男性のスカートスタイルはなじみがないかもしれませんが、常夏以外でも正装として着用されています。昨年11月にトンガの方が来日した時も、ああいったスタイルでした。

≪≪この映画で描かれている、W杯予選史上、最大の点差で米領サモア代表が大敗を喫したという実話についてはご存じでしたか?≫≫

 実は知りませんでした。太平洋諸島のスポーツと言えばラグビー。ニュージーランドのナショナルチーム“オールブラックス”はもちろん、サモアやトンガ、フィジーが強豪であることは日本の皆さんもご存じかと思います。劇中にも出てくる雄叫びとダンスを組み合わせたような“シバタウ”なども、ラグビーW杯で話題になりましたよね。あのチームが特異なわけではなく、サモアにおいてサッカーはとてもアマチュアな分野だと思います。ですので正直、米領サモアのサッカーチームが映画の題材になるというのは、以外でしたね。

≪≪ほかにポリネシアらしいパーソナリティを感じたシーンはありますか?≫≫

 ロンゲンに向かって、サッカー協会の会長が『あなたから学びたい、だが自分たちを否定はしない』と言って、『あなたは望んで監督になったのかと、そうじゃないならいつでもお辞めに』『誰も不幸になってほしくない』と伝えます。あの辺はとてもポリネシアの方々、サモアの方々の物事の捉え方が出ていると思いました。 

 また、試合後に祝勝会をやりながら、今後どうするの?みたいな話をしている時も、結果的にそれぞれの道を重んじる。彼らは相互理解を重んじる文化なんです。太平洋諸島地域では、地域の課題を圧力や多数決で解決するのではなく、反対意見も尊重し、対話を尽くしてコンセンサスを形成し、協調行動を取る。我々はこれを“パシフィック・ウェイ”と呼んでいます。

 じつはこの“対話を尽くしてコンセンサスを取る”特徴が裏目に出ることもあって・・・日本人からすると、『早く決めて!』と感じてしまうこともある(笑)。ロンゲンも次第に彼らのカルチャーになじんでいきますが、コーチ就任直後は、時間の概念の違いにイライラしたりしていますよね。また、ポリネシアの方々は大家族主義なので、ギブアンドテイクを義理で返そうとしたり、親族の間で商売して、金銭の対価がなあなあになってしまったり。そういう彼らの特徴を礼賛しすぎていないのも、この映画のいいところかもしれません

≪≪日本人にとってはまだなじみの薄い部分もあるポリネシア文化。どんな風に親しんでほしいですか?≫≫

 実は、日本人が食べているマグロ、カツオの4割は太平洋諸島地域で獲られたもの。パプアニューギニアの高品質なカカオを使ったチョコレートや、タヒチの海水で作った天然塩を販売しているプロジェクトもあります。自然豊かな観光地としてだけでなく、日常生活でも、身近に感じてもらえたら。この映画自体、押し付けがましくない。じわじわとサモアの良さを感じさせてくれるものです。映画館を出ると慌ただしい日常にもどりますが、映画を観ている間はポリネシア文化に浸かってもらえたらうれしいですね。