2023年9月30日第248回「今月の映画」「春に散る」

(1)この映画はとても迫力のある映画でした。特に最後のボクシングの世界戦は、俳優とはとても思えない、極めて、とてつもなく・・・・・

 迫力満点でした。下記の「Introduction」で実感してください。

 

   どう生きるかなんて、

   どうでもいい。

 

   どう死ぬかなんて、

   知ったことか。

(2)ノンフィクション作家・小説家・沢木耕太郎の傑作小説を

 佐藤浩市x横浜流星で『64・ロクヨン・前編/後編』『糸』の瀬々敬久監督が映画化

 日本映画史上最強の胸熱ドラマ誕生!

 

(3)「Introduction」

 <時代を熱く焦がし続ける者たちの魂のコラボレーション>

 「一瞬の夏」(1981年刊)が新田次郎文学賞を受賞し、「深夜特急」(第一便、第二便:1986年刊、第三便:1992年刊)がバックパッカーのバイブルと呼ばれ、ノンフィクションにおいて独自の世界を築き上げた沢木耕太郎。その才能は小説、エッセイ、写真へと広がり深化し、旅やスポーツを通して、「人としてどう在るか」を長年にわたって問い続け、数多くの心酔者を獲得してきた。そんな沢木が、自身の集大成として朝日新聞に連載し、幅広い年齢層の読者を夢中にさせた小説「春に散る」の映画化が実現した。

 40年ぶりに日本の土を踏んだ、元ボクサーの広岡仁一。引退を決めたアメリカで事業を興し成功を収めたが、不完全燃焼の心を抱えて突然帰国したのだ。かつて所属した真拳ジムを訪れ、亡き父から会長の座を継いだ真田令子に挨拶した広岡は、今はすっかり落ちぶれたという二人の仲間に会いに行く。そんな広岡の前に不公平な判定負けに怒り、一度はボクシングをやめた黒木翔吾が現われ、広岡の指導を受けたいと懇願する。そこへ広岡の姪の佳菜子も加わり不思議な共同生活が始まった。やがて翔吾をチャンピオンにするという広岡の情熱は、翔吾はもちろん一度は夢を諦めた周りの人々を巻きこんでいく。果たして、それぞれが命をかけて始めた新たな人生の行方は・・・?

 2世代のトップ俳優と唯一無二の才能たちが共演

 心臓に病を抱え人生の最終コーナーを昔の仲間とゆっくりと歩くつもりだったが、教えを乞う翔吾と出会って、遠い昔に捨てた夢のために全力で走り始める広岡を演じるのは、日本映画界の重鎮にして常に革新的な挑戦を自らに課す佐藤浩市。「つまらないことをぶっ壊したくてリングに上がった」と豪語する怒れる青年・翔吾には、新進気鋭の監督から名匠まで、第一線の映像作家たちが今最もタッグを組みたいと切望する横浜流星。初めて触れた仲間の温もりと突き付けられる試練のはざまで、成長していく翔吾を鮮烈に生きた。

 広岡の姪で、たった一人の肉親である父を亡くしたのち、広岡たちとともに暮らし、やがて翔吾の恋人となる佳菜子には、若手の俳優の中でも群を抜く表現力と瑞々しい輝きを放つ橋本環奈。これまでのキャリアにはない生い立ちに翳りをまとった佳菜子というキャラクターと一体化し、新境地を見事に開いた。さらに、翔吾が世界タイトルかけて戦う現チャンピオンの中西には、研ぎ澄まされた存在感を作品に刻みつける窪田正孝。独りで戦ってきた孤高の男が隠す本心を、肉体と眼差しで体現した。

 真拳ジムの会長・真田令子には、27年ぶりの待望の実写映画出演となる山口智子。ジムを背負って立つ凜とした女性が、かつて恋心を抱いていた広岡の帰国とボクシングへの再挑戦に対して揺れる複雑な想いを、繊細な感情のグラデーションで表現した。広岡のかつての仲間には片岡鶴太郎と哀川翔、翔吾の母親には坂井真紀、中西のジムの会長には小澤征悦、令子の秘蔵っ子ボクサーには坂東龍太と、役柄に血を通わせる者たちが集まり、観る者の期待と興奮を最高潮に煽る

 リアルを追求した白熱のボクシングシーンの先に見えるものとは?

 監督は、力強くかつ深淵な感動作を世に送り出し、『糸』(20)、『ラーゲリより愛を込めて』(22)で大ヒットを記録し、『64-ロクヨン・前編/後編』(16)、『護られなかった者たちへ』(21)などで、数々の映画賞を受賞した瀬々敬久。人生そのものを撮りたいという情熱を俳優たちと分かち合い、世代も考え方も異なる人間と人間が、ぶつかり合いながらも愛や絆を見つけようと、懸命にもがく姿を真正面から描く。

 ボクシング指導・監修は、近年のボクシング映画の傑作に、必ずこの人ありと讃えられる松浦慎一郎。翔吾を支えるトレーナー役で出演も果たした。プロと変わらない本格的な指導のもと、厳しいトレーニングを乗り越えた俳優たちによる、肉体と魂を燃やし尽くすボクシングシーンは見逃せない。リアルを極限まで徹底的に追求したからこその本物の熱狂が、観る者に生命力と勇気をくれる。

 瀬々組を支えてきたスタッフに、新たな才能が加わった。撮影は『孤狼の血 LEVEL2』(21)の加藤航平、登場人物たちの心の動きを一瞬たりとも逃がさないという気迫で、豊かな映像を作り上げた。音楽は『そこのみにて光輝く(14)の田中拓人、スクリーンの中と外の観衆を壮麗な音色で結ぶ。

 この数年で未来は決して予測できないことを心に刻まれた私たちに、「今この瞬間を生き切る」ことの真実を見せてくれる、日本映画史上最も胸を熱くするドラマが誕生した。

(4)「STORY

 ≪≪二人は「一瞬」だけを生きると決めた≫≫

 広岡仁一(佐藤浩市)と、黒木翔吾(横浜流星)。何のかかわりもなかった二人が出会ったのは、雑然とした路地裏だった。ある春の夜、絡んできた酔っぱらいを、あっさりとその拳で沈めた元ボクサーの仁一に、通りすがりの翔吾が思わず向かって行き、あえなく倒されたのだ。

 40年前、日本のボクシングに失望してアメリカへ渡った仁一は、チャンピオンになる夢には破れたが、ホテル経営者として成功した。だが突然、不完全燃焼の心を抱えて帰国したのだ。かつて所属していた真拳ジムを訪れた仁一は、亡き会長のあとを継いだ娘の真田令子(山口智子)に、ジムの寮でともに暮らした二人の仲閒の居場所を尋ねる。

 その一人、佐瀬健三(片岡鶴太郎)に会いに山形へと出向く仁一。引退後、佐瀬はジムを経営したが、「とっくの昔に潰れたよ」と笑う。妻と娘にも出て行かれ、ボロ家で一人暮らしを送っていた。そんな佐瀬に仁一は、「これからのこと、一緒に考えてみないか」と声をかける。

 季節は夏を迎え、仁一が借りた一軒家に、佐瀬が移り住んでくる。もう一人の仲間で、傷害事件を起こして刑務所から出所したばかりの藤原次郎(哀川翔)も顔を出すが、一緒に暮らそうという仁一の誘いを断る。そんな三人の前に、仁一を探すために配達員をしていた翔吾が現われる。やはりボクサーだった翔吾は、不公平な判定負けに怒り、一度はやめたボクシングを、仁一にゼロから教えてほしいと頼み込むのだった。

 心臓に病を抱える仁一は、「俺は歳だ。先が短い」と頑なに拒絶するが、「俺も先なんかない。今しかないんだ」と熱く迫る翔吾に心を動かされる。その日から仁一流のトレーニングが始まり、翔吾も仁一の家で暮らすことになる。真拳ジムへの所属も決まりかけるが、世界戦を控えたジムのホープである大塚(坂東龍太)をスパーリングで倒した翔吾は、その荒々しいスタイルを見た令子から「うちは考えるボクシングだから合わない」と断られてしまう。

 佐瀬の知り合いの山下裕二(松浦慎一郎)が経営する山の子ボクシングジムに所属した翔吾は、秋に川島という選手と戦う。明らかに格下なのに、川島の妻と幼い息子の声援が気になって試合に集中できない翔吾。幼い頃に父親が出ていき、母親の和美(坂井真紀)に苦労して育てられた翔吾は、母子の姿にいたたまれなくなったのだが、何とか勝利を収める。

 疎遠だった兄の訃報を受け故郷の大分へ帰った仁一は、姪の佳菜子(橋本環奈)とボロボロの住宅から病院へと献体される兄の遺体を見送る。戻るなりユナイテッド・ジムの会長・翼(小澤征悦)に呼び出された仁一は、「翔吾を倒せないと前に進めない」と世界戦をやめた東洋太平洋チャンピオンの大塚と翔吾を戦わせ、「その勝者がうちの中西のWBAフェザー級世界タイトルに挑戦する」という構想を持ちかけられる。仁一は「大塚も翔吾も当て馬だ」と拒絶するが、中西利男(窪田正孝)から「守りたいのは年寄りのプライドでしょ」と挑発されて腹を決める。

 大塚と翔吾の対戦は、予想を裏切る激烈な展開の果てに翔吾が制した。冬の訪れとともに、大分から出てきた佳菜子が仁一の家で一緒に暮らし始める。彼女に見守られながら、仁一と翔吾は世界チャンピオンの座を奪うためスタートを切る。一方の中西は、孤独なトレーニングで自分を追い込んでいた。ところが、その年の大晦日から明けた元旦にかけ、仁一と翔吾に思いも寄らない事態が降りかかる。

 そして春、それぞれの人生をかけた世界タイトルマッチが、ついに幕を開ける・・・。

(5)「ORIGINAL」

 <沢木耕太郎・原作>

 東京都出身。横浜国立大学卒業。1979年「テロルの決算」で大宅壮一ノンフィクション賞、82年「一瞬の夏」で新田次郎文学賞、85年「バーボン・ストリート」で講談社エッセイ賞、93年「深夜特急 第三便 飛行よ、飛行よ」でJTB紀行文学賞、2006年「凍」で講談社ノンフィクション賞、13年「キャパの十字架」で司馬遼太郎賞、22年「天路の旅人」で読売文学賞随筆・紀行賞を受賞する。日本を代表する作家の一人。著書に「敗れざる者たち」「彼らの流儀」「檀」「流星ひとつ」「波の音が消えるまで」「銀の街から」「銀の森へ」「キャパへの追走」「旅のつばくろ」など多数。著作の映画化は「春に散る」がとなる。

 <COMMENT「理想の日々を描く」>

 人は、どのように生き切ればよいのかとうことが心に浮かぶようになったとき、初めて自分はどのように死に切ればいいのかと考えるようになるのかもしれない。

 私はこの『春に散る』という小説で、ひとりの初老の男に、生き切り、死に切れる場を提供しようとした。それはある意味で、同じような年齢に差しかかった私たちにとって、人生の最後の、ひとつの理想の日々を描くことでもあっただろう。

 私は映画の制作スタッフに『春に散る』というタイトルと広岡という主人公の名前を貸すことに同意した。しかし、同時に、それ以外のすべてのことを改変する自由を与えることにも同意した。というより、むしろ、私がその一項を付け加えることを望んだのだ。

 文章の世界と映像の世界は目指すところの異なる二つの表現形式である。映画の制作スタッフが、広岡をどのように生き切らせ、死に切らせようとするのか。あるいは、まったく別のテーマを見つけて提示してくれるのか。

 楽しみにしている。

 『春に散る』上・下巻 著者:沢木耕太郎、朝日新聞出版(朝日文庫)より発売中、定価:各792円(税込)