2023年8月31日第247回「今月の映画」「大名倒産」
監督:前田哲 主演:神木隆之介 杉咲花 松山ケンイチ 小日向文世 宮崎あおい 佐藤浩市

(1)今回の映画、前半はバタバタだけの、単なる娯楽映画のように思っていました。

 ところが、後半になってバタバタの流れから、驚くほど素晴らしい映画になりました。

 なかなか上手く説明できませんが、下記の≪≪(4)「解説!殿の節約プロジェクト」≫≫や、≪≪(5)「Column」 <過去に学んで未来を見る。そのきっかけになる娯楽時代劇>(磯田道史先生・国際日本文化研究センター教授・歴史学者)≫≫をじっくりご覧下さい。とても勉強になります。

(2)「Introduction」

 <ベストセラー作家・浅田次郎のノンストップ時代小説を実写映画化>

      <国民的俳優・神木隆之介と超豪華キャストが贈る>

 <愉快痛快*人生逆転エンターテインメント!!>

 「地下鉄(メトロ)に乗って」「鉄道員(ぽっぽや)」「壬生義士伝」など、数々の人気作を生み出し続けるベストセラー作家・浅田次郎の傑作ノンストップ小説「大名倒産」。2019年に上下巻で単行本が発売されると、その笑いあり、涙ありの痛快なストーリーに「面白い!」「こんな浅田作品が読みたかった」などと瞬く間に話題となった作品が、ついに実写映画化。

 ある日突然、徳川家康の子孫だと告げられて越後・丹生山(にぶやま)藩の若殿(プリンス)となる青年、松山小四郎。庶民から一国の殿様へと、まさにシンデレラストーリー!かと思ったのもつかの間、実は25万両、現在の価値で100億円もの借金を抱えるワケありビンボー藩だった!しかも、借金返済できなければ、殿は責任を取って切腹!!いきなり藩の命運を託され、どうする、小四郎・・・!?

 殿になった途端に次々とピンチに見舞われる、“巻きこまれ系プリンス”松平小四郎を演じるのは、幅広い層から愛される国民的俳優・神木隆之介。本作でも愛嬌あふれる変顔をおしげもなく披露したと思えば、若きリーダーとしての葛藤、そして成長を見事に表現している。さらに杉咲花、松山ケンイチ、小日向文世、小手伸也、桜田通、宮崎あおい、浅野忠信、佐藤浩市など、日本を代表する超豪華キャストが結集。個性的なキャラクターをいきいきと演じ、物語に深みと広がりを与えている。

 監督は『老後の資金がありません!』(21)『そして、バトンは渡された』(21)などで今最も注目を集める前田哲。脚本は『七つの会議』(19)やドラマ「半沢直樹」(20)の丑尾健太郎と、ドラマ「特捜9season2~4」(19~21)「下町ロケット」(15)の稲葉一広。そしてGReeeeNの書き下ろし主題歌「WONDERFUL」は、小四郎たちの奮闘を応援するような爽快感あふれる楽曲となっている。

 いつの時代も我々の生活に縁深い“お金”をテーマにした、“いきなりプリンス”と愉快な仲間たちの、サイコーな人生逆転エンターテインメントが誕生!

(3)「Story」

 <いきなりプリンス!でも借金100億円!?>

 越後・丹生山(にぶやま)藩の鮭売り・小四郎(神木隆之介)はある日突然、父・間垣作兵衛(小日向文世)から衝撃の事実を告げられる。なんと自分は、(松平)小四郎・・・徳川家康の血を引く、大名の跡継ぎだと!庶民から一国の殿様へと、華麗なる転身・・・と思われたが、実は借金100億円を抱えるワケありビンボー藩だったことが判明。先代藩主・一狐斎(佐藤浩市)は藩を救う策として「大名倒産」すなわち藩の計画倒産を小四郎に命じるが、実はすべての責任を押し付け、小四郎に切腹させようとしていた・・・!

 残された道は、100億円返済か切腹のみ!小四郎は幼馴染みのさよ(杉咲花)や、兄の新次郎(松山ケンイチ)・喜三郎(桜田通)、家臣の平八郎(浅野忠信)らとともに節約プロジェクトを始める。不要な武具や家具をリサイクル、屋敷を売り払い、兄弟ひとつ屋根の下でシェアハウス、果ては殿の下肥まで肥料として売るなど、知恵と工夫で藩の財政を立て直そうとするが、そんな中、江戸幕府に倒産を疑われてしまい大ピンチ!

 果たして小四郎は100億円を完済し、自らの命と、藩を救うことが出来るのか・・・・・!?

 <絶体絶命のピンチから奇跡の大逆転なるか!?>

(4)「解説!殿の節約プロジェクト」

 <その1「リサイクル」>

 丹生山藩十三代藩主に就任するなり、上納金の未払いを責められた小四郎。その後、藩が100億円の借金を抱えている事実を知って途方に暮れるが、リーダーたる者、落ち込んでばかりもいられない!金目のものを探しにやって来た蔵で見つけた武具を、早速商人に売ることに。「万が一の戦に備えて必要なのに」と異を唱える平八郎だったが、「武器を持つから戦が起きる」という小四郎の理屈には納得した様子。

 売られた武器は解体されて、原料の鉄などが、農工具類にリサイクルされる。「江戸の町では、捨てるものがないと言われたくらい、徹底したリサイクルが励行されていました」と前田監督が話す通り、例えば着物一枚でも、古くなって着られなくなると、子供用に小さく仕立て直し、その際に出た端切れや糸は売る、ボロボロになった布は雑巾に、使い古した雑巾は燃やして燃料に、その灰も買い取り業者に売るという、無駄なく使い切るシステムが確立されていたのだ。≪≪使わない武具や家財は売却!≫≫

 <その2「贈り物の見直し」>

 あちこちの藩から届いた、節句の贈答品を慌ただしく帳簿につけている、家臣の白田・黒田たち。お返しに頭を抱える橋爪を見たさよが「もらった贈答品を入れ替えて贈ればいいじゃん」と妙案を披露!

 さらに「季節の贈り物だの、挨拶の品だのって、無駄に金と時間がかかるだけでしょ、やめちゃえば?」と軽く言ってのけるさよに、平八郎が「昔からのしきたり」と重々しく突っぱねるも、「誰が何のために決めたんですか?」という小四郎の素朴な疑問には、家臣たちも返答に詰まってしまう。「誰も意味が分からないことを続けるんですか?」と畳みかけられて、さすがの平八郎も反論できず。

 近年、サステナブルやSDGsの観点から、お中元やお歳暮、年賀状、通夜や葬儀の参列やバレンタインの義理チョコなどの虚礼(形ばかりで、心のこもっていない儀礼)を廃止し、経費削減山や業務の効率化を図る企業が増えているが、まさにさよと小四郎、先見の明なり!≪≪意味のない昔からのしきたりは中止≫≫

  <その3「サブスクリプション」>

 さよのアイデアで、客用に保管していた豪華な布団を売り払う。「江戸の町人ってのはみんな、夏は蚊帳、冬は半纏や布団、季節季節で入り用のものを借りて、何の不自由もないんだよ」というさよの説明通り、狭い長屋暮らしでは、余分なものは買わずに借りるのが江戸流。江戸時代には、損料(そんりょう・使用料)をとって、いろいろなものを貸し出す「損料屋(レンタル業のはしり)が重宝されていた。

 「損料屋」では、鍋や釜など冠婚葬祭用の礼服、花見で使うござや旅道具など、特別な時にしか使わないものまで、なんでも借りることができた。当時は紙も高価だったので、本は「貸本屋」で借りて読むのがスタンダード。最近、注目されているミニマリスト(必要最低限のものだけで、シンプルに暮らす人)にも通ずる。おしゃれな生き方だ。無駄遣いせず、すっきりした住まいで充実した暮らしぶりだなんて、憧れるぅ!≪≪たまにしか使わないものはレンタルで十分≫≫

 「100億円の借金を背負うことになった、いきなりプリンス・小四郎

 さよたちと協力して実行した6つの節約アイデアを振り返ってみましょう」

 <その4「SDGs」>

 江戸近郊の農村の、肥料不足に目をつけたさよは、小四郎の排泄物を売ることを思いつく。当時、江戸に暮らす人々の排泄物は、近郊の農家が買い取って、肥料として活用していた。中でも、ご馳走を食べている、上流武士や歌舞伎役者らの排泄物は、庶民より高値がついたのだとか。

 また、湯屋(銭湯)の燃料として木屑などを集める「湯屋の木拾い」や、古紙を集める「紙屑拾い」など、道端に落ちたものを拾い集める回収業者が、町中を歩き回っていたため、江戸の町はゴミが非常に少なく(ゴミと言えば、食べ終わった貝殻や、粉々になった瀬戸物程度!?)、きれいだった。

 さらに、修理もできないほどボロボロに壊れた古傘や古樽、古ぼうきなどの使用済み製品も、専門の業者が上手に作り直しては、繰り返し使い続けられていた(いまで言うリユース)。江戸の人々の、リデュース、リユースして、無駄なエネルギーを発生させないという意識は、現代のSDGsにもつながるのだ!≪≪良い物食べてる殿の下肥は売っちゃおう≫≫

 <その5「シェアハウス」>

 更なる節約に励むために、小四郎は、地主から借りていた中屋敷と下屋敷を手放して、小四郎の暮らす上屋敷で、兄たちと一緒に暮らすことを決断する。ひとつの住居を、複数人で共有する。シェアハウスの発想だ!1700年代、江戸の人口は100万人を超えて、世界的にも北京やロンドンを超える大都市として成長した。

 当時、武士以外の職人や商人ら大部分の人々は、長屋で生活していた。長屋とは、隣の家と壁を共有する構造の集合住宅で、4畳半1部屋か2部屋の小さな家が何軒もつながったスタイル(最近ではシェアハウスとも呼ばれる)。家族で暮らすには手狭だが、余分なものを持たない粋なライフスタイルで、狭いけれども楽しい我が家が慣行されていた。

 小四郎たちも、同じ感覚であったのだろう。作中、兄弟3人に、さよも加わって、みんなで食卓を囲むシーンがある。質素な食事でも、みんなでにぎやかに食べれば、病弱な喜三郎の食欲も増すというもの。≪≪狭くても上屋敷だけで良いじゃん≫≫

 <その6「キャンプ」>

 参勤交代とは、三代将軍・徳川家光が、大名に江戸と領国を1年交代で行き来させ、将軍への謁見を義務づけることで、大名支配を強化した制度。江戸藩邸の維持費に加えて、大人数での大名行列には、食費、宿泊費をはじめ、莫大な費用がかかり、藩の年間支出の半分を占めたとも言われる。

 江戸から遠く離れた領土を与えられた大名にとっては、宿代だけでもかなり重い負担となった。とは言え、大名の威厳を庶民に示すチャンスと捉え、見た目の豪華さや、人数(4000人もの大行列を擁した藩もあったのだとか)が競い合われていた。弱小藩の悲惨な窮状については『超高速!参勤交代』(14/監督:本木克英)でも、面白詳しく紹介されているので、ぜひ参考にしていただきたい。

 どっこい、見栄っ張りではない、我らがプリンス・小四郎は、宿のグレードを下げたり、宿に値下げ交渉をするのではなく、思い切って野宿を選択!野宿も流行のキャンプと言えば、聞こえがよろしくて!?≪≪参勤交代は楽しく野宿≫≫

(5)「Column」

 <過去に学んで未来を見る。そのきっかけになる娯楽時代劇>(磯田道史先生・国際日本文化研究センター教授・歴史学者)

 僕は史伝・歴史劇、時代劇を分けて考えるようにしているんです。史実そのものを追うのが史伝。その時代がどういうものであったかを理解しようとするのが歴史劇。時代劇はある時代を舞台にして、人間の悲喜交々を楽しんだり、悲しんだりするもので、我々がその時代を生きたとしたら、どのような感情になるかを描く時代劇は現代人の感覚に寄り添ってこそ面白くなるわけです。例えば、この映画には「マジ!?」なんてセリフも出てきます。江戸時代の人々は、もちろんそんな言葉は使わなかったけれど、だからといってその時代が描けていないことにはならない。

 数学でも“虚数”は自然界に存在しませんが、虚数の概念があるから高等数学ができあがって、人類は月にも行けるようになった。“虚を持って、実を動かす”のは高騰数学だけではなくて、自由な発想、表現で描いた時代劇にも言えることです。ここでは大名が倒産するという補助線を一本引いたことで見えてくる風景を映し出している。つまり現代の計画倒産を画策する大企業を、大名が行うとしたらどうなるかと。だから表現としては娯楽時代劇ですが、その背後には、僕らの現代や江戸時代の本質が浮かび上がっている。

 江戸時代の藩で侍たちが派手な生活ができたのは、最初の100年だけなんです。幕末期になると丹生山藩だけでなく、どの藩も借金まみれですよ。さらに丹生山藩の藩主は姓が松平でしょう。神君・徳川家康公に近い家系なので官位も高い。すると石高3万石でも、普通の大名とは違うんです。江戸城へ行っても上座に通される家柄ですから、すべてにおいてお金がかかる。ここでは丹生山藩に約100億円(25万両)の借金がある設定ですが、これはとんでもない金額です。藩の年間収入が1万石と言っていますが、そのうち7割は人件費です。すると大名の手には3000両しか残らない。この3000両で参勤交代や、江戸屋敷で暮らす費用をやりくりしなくてはいけない。普通に考えても年間3500~4000両は必要なんです。生活水準を切り詰めて、年間1000両うかしたとして、それを借金返済に充てても25万両返すには250年かかる。しかも借金返済の利率が、この藩の状態だと20~23%は取られますから、利払いだけでも大変ですよね。ほぼ解決は不可能です。実際に大名は倒産しませんが、“領地返上”を検討した藩はいくつもあります。領地返上すれば、借金を踏み倒せますからね。

 そんな現状を目の当たりにした主人公の小四郎は、様々な倹約策を実行する。殿様が生活水準を下げると、大きな効果があるんです。江戸時代は“ひな壇社会”で、ひな壇の頂点にいる殿様が生活水準を下げると、下の者もそれに合わせて生活レベルを下げていく。例えば法事に殿様がそれまで16品料理を出していたのを、8品にする。すると家老は、法事で殿様よりも少ない品目にする。下の者はどんどん料理を減らしていって、これが領民すべてに波及するので、藩全体では大きな支出減になるんです。この支出減の次には、“藩地借り上げ”をするんです。つまり武士の給料カットですね。それまで100石もらっていた武士が、来年からは永久に給料半分ですと。幕末の頃には、表高100石の武士でも実際にもらえたのはその4分の1ほどになった藩が多いんです。それをやったとしても丹生山藩はあの借金ですからね。小四郎はかなりつらかったと思います。

 武士が、なぜそこまで貧乏になったのか。江戸時代はお米以外の産業が大きくなっていったので、武士にとっては収入縮小社会になんです。まるで今の日本ですよ。日本という島の外側の経済規模は拡大しているのに、日本経済の規模は大きくならない。江戸時代も武士は領地の年貢米からしか収入がとれない社会なので、収入の上限が限られているわけです。だから今の日本は、江戸時代の武士と化しているわけですよ。そんな状況に、右肩上がりの経済成長を経験してきた世代から仕事を引き継いだ、働き盛りの世代が直面しているわけでしょう。好き勝手に生きてきた一狐斎から倒産寸前の藩の運営を任された小四郎と一緒ですよ。だから僕は小四郎の姿が、自分のことのように思えましたね。

 ではお先真っ暗の状況を打開するには、どうすればいいのか。それには、これまでと違う発想をするしかない。映画では杉咲花さん演じる町娘のさよの意見が、解決策を見つけていく。これまで主流にいなかった人の意見が社会を改革していくというのが、この作品が僕らに訴えかけていることでもあるんです。譜代の大名で,昔からその椅子に座り続けている老中のようなおじさんたち。彼らの発想では、世の中が変わらないんです。今、地域経済の活性化には「よそ者、若者、バカ者」の発想が必要だと言われますが、いよいよダメになったときに現状を打破できるのは、さよみたいな部外者なんです。またそういう人たちの自由な発想を取り込まなくては、日本の再生もないよとこの映画は言っているんです。これからの道筋を示してくれている点でも、観ていて勇気が出る作品でした。

 江戸人は未来人だと僕はよく言うんです。なぜかと言えば、江戸時代は3500万人の人口を維持するために、自然を壊さない範囲でぎりぎりまで利用しながら、人類史上最も高度に発達した農業社会を実現させた。しかも、あまり高い成長率が続くことを前提にしていなくて、耕地面積もほぼ一定だった。つまり人類がこれから人口100億人時代に到達したあたりから経験することを、江戸人は日本の中で150年以上前に経験していたんです。その姿から自分たちの未来を学ぶことができる。だから江戸人は未来人だし、この映画で江戸の社会の本質はつかんでいただけるはずです。過去に学んで未来を観る。そのきっかけになる娯楽時代劇だと思います。

≪≪ISODA MICHIFUMI

PROFILE・・・1970年、岡山県出身。国際日本文化研究センター教授。日本を代表する歴史学者として数々の書籍を執筆する傍ら、様々な歴史番組の司会・解説を務めるなど幅広く活躍。2003年に刊行された「武士の家計簿『加賀藩御算用者』の幕末維新」は『武士の家計簿』(10/監督:森田芳光)の原作。さらに、12年の書籍「無私の日本人」も『殿、利息でござる!』(16/監督:中村義洋)として映画化された。≫≫