2023年10月31日第249回「今月の映画」「こんにちは、母さん」
監督:山田洋次 吉永小百合 大泉洋 永野芽郁 YOU 枝元萌 宮藤官九郎 寺尾聰
(1)映画のストーリーは、極自然、と言うか普通、一般の内容でしたが、しかし、場面、場面で、とても心温まる素晴らしい映画でした。
隅田川沿いの下町、古びた家並みの向こうに、 スカイツリーが高々とそびえる『向島』にカメラを据えて、 この江戸以来の古い町に暮らす人びとや、 ここを故郷として行き来する 老若男女たちの人生を、生きる喜びや悲しみを、 スクリーンにナイフで刻みつけるように克明に写し取り、 描き出したい。 山田洋次 |
(2)「イントロダクション」
<山田洋次X吉永小百合X大泉洋が贈る「母と息子」の新たな出発の物語> 2020年、100周年を迎えた松竹映画。 『男はつらいよ』シリーズをはじめ、その長きにわたる歴史の中で松竹が描き続けてきたのは、人の温かさを描いた人情の物語であり、【家族】の物語でした。 そして、2023年。 変わりゆくこの令和の時代に、いつまでも変わらない【親子】を描く映画【こんにちわ、母さん】が完成しました。 本作のメガホンを取るのは、時代とともに家族の姿を描き続けてきた山田洋次監督。91歳にして90本目の監督作となる本作では、いまこの令和を生きる等身大の親子を心情豊かに描きます。 主演を務めるのは、1972年に公開された『男はつらいよ柴又慕情』をはじめ、『母べえ』(08)『おとうと』(10)『母と暮らせば』(15)など、約50年間にわたって数々の山田洋次監督作品に出演し、日本映画界をともに牽引し続けてきた吉永小百合。映画出演123本目となる本作で、下町に暮らす母・福江を演じます。その息子・昭夫を演じるのは、数々の映画やNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」での好演が記憶に新しい、国民的人気俳優・大泉洋。山田洋次監督映画への出演、吉永小百合との共演はともに初めてとなります。 『母べえ』『母と暮らせば』に続く【母】3部作として、日本を代表する名女優・吉永小百合の集大成ともいえる本作。 原作は日本を代表する劇作家であり、演出家としても数々の名優と舞台を創ってきた永井愛の人気戯曲「こんにちは、母さん」。01年と04年に新国立劇場で上演され、07年にはNHK土曜ドラマにて映像化されるなど、多くの演劇ファンから人気を博した名作が、現代の下町を舞台に映画になりました。 日本映画史に残る新たな名作が誕生しました。 |
(3)「ストーリー」
大会社の人事部長として日々神経をすり減らし、家では妻との離婚問題、大学生になった娘・舞(永野芽郁)との関係に頭を悩ませる神崎昭夫(大泉洋)は、久しぶりに母・福江(吉永小百合)が暮らす東下町の実家を訪れる。 「こんにちは、母さん」 しかし、迎えてくれた母の様子が、どうもおかしい・・・。 割烹着を着ていたはずの母親が、艶やかなファッションに身を包み、イキイキと生活している。おまけに恋愛までしている。 久々の実家にも自分の居場所がなく、戸惑う昭夫だったが、お節介がすぎるほどに温かい下町の住民や、これまでとは違う“母”と新たに出会い、次第に見失っていたことに気付かされてゆく。 |
(4)「インタビュー」<吉永小百合・神崎福江(役)>
<年を重ねても 恋にときめく心は 同じだと思います> ・・・山田洋次監督から今回の企画を持ち掛けられ、「やります」とおっしゃったそうですね? 永井愛さんの原作だと福江さんは東京大空襲で孤児になって、その後結婚した夫が戦争中に経験したことが元になり、息子との関係がダメになってしまう。その戦争中のエピソードに興味を持ちました。それとは別に、下町で恋をしながら生きる福江さんの逞しさ。その両方に惹かれてやりたいと思いました。 ・・・映画の福江さんは原作と少し背景が違いますが、脚本を読んでどう思われましたか? 映画では夫が空襲で孤児になったという設定で、そのことを福江さんは孫の舞ちゃんにミシンをかけながらしゃべるんです。とても好きなシーンで、淡々としゃべりながらも、やる時にはその中に思いを込めたいなと脚本を読んで思いました。 ・・・孤児になった夫は足袋職人になって福江さんと出会う。そこで足に触れて足袋の寸法を測るのが、愛の表現になっていますね? その時福江さんには電気のようなものが走ったんでしょうね。とても素敵なシチュエーションだと思いました。私も足袋屋のモデルになった「向島めうがや」に監督とうかがって、寸法を測って足袋を作っていただきました。撮影に入ると、ミシンをかけながらしゃべるシーンをやる時に、このミシンが普通の家庭用ではなく、重くて扱うのが大変な業務用だったんです。だからミシンの扱いを指導していただくために、「向島めうがや」の女将さんが何度も撮影所に来てくださって。女将さんとは仲良くなって、今でも文通をしていますよ。 ・・・息子役の大泉洋さんから子供時代の写真を借りて親子のイメージを膨らませたとか? やはり大泉洋さんは、紅白歌合戦の司会やドラマの印象が強いんです。だけど小さい時にはどんなふうにそだったんだろうとイメージを膨らませるのは、写真をお借りして見たことがとても役に立ちました。ひとりで公園でしゃがんで、じっと鳩を眺めている写真があったんです。それがとても寂しげだけれど、子供らしい素敵な写真で。映画の昭夫もお父さんと衝突して家を出た。どこか寂しさを背負った息子ですから。何か通じるものを感じました。 ・・・大泉さんとの親子関係は、どのように作られていったのでしょうか? 最初本読みをしたとき、大泉さんは隣にいたので、まだ手探り状態だったんです。でもスタジオの足袋屋のセットに入ったら、自然に息子だと思えて、お尻をポンと叩いたりできるようになりましたね(笑)。ただ最初に本を読んだ時は息子のことを「お前」と呼ぶのか、今まで言ったことがない言葉なのでなかなかできなくて。そういうセリフをトントン言えるように自分で練習しました。 ・・・久々に受けた、山田監督の演出の印象はいかがでしたか? 前とは全然違っていました。『母べえ』(08)の頃はアップを撮って、引きの画を撮ってと細かくカットを割っていましたが、今度は基本1シーン1カットでした。カメラは動かずじっと構えて、俳優たちがセリフを言って動く様を1カットで映し出す形なので、演じる側としては緊迫感がありました。 ・・・おばあちゃんになっても恋にときめく福江さんの心は理解できましたか? 年を重ねても恋にときめく心は同じだと思いますね。私は瀬戸内寂聴さんや宇野千代さんに「もっと、あなたもときめきなさい」と言われたんですけれど、おふたりともお亡くなりになるまでときめいて生きられていて、それはとても素敵なことだと思うんです。 ・・・福江さんは失恋しますが、その後お酒を飲みながら息子と語り合うのが印象的でした。 あそこで息子の想いがパーッと出てきて、それを酔っぱらったお母さんが受け止めて、自分も元気になっていく。とてもやりがいのあるシーンでした。私自身は親に本当の気持ちをぶつけることができないタイプでしたから、もっと母親の心も察してあげられたらよかったなあと、この映画に出演して思いましたね。 ≪≪よしなが さゆり・・・1945年生まれ。東京都出身。59年『朝を呼ぶ口笛』(監督:生駒千里)で映画初出演。以来、『キューポラのある街』(62/監督:浦山桐郎)、『愛と死をみつめて』(64/監督:武藤武市)、『動乱』(80/監督:森谷司郎)、『細雪』(83/監督:市川崑)、『華の乱』(88/監督:深作欣二)、『北の零年』(05/監督:行定勲)、『北のカナリアたち』(12/監督:阪本順治)など数多くの映画作品に出演し、数々の主演女優賞を受賞。自らプロデュースした『不思議な岬の物語』(14/監督:成島出)ではモントリオール世界映画祭で審査員特別賞グランプリ&エキュメニカル審査員賞をW受賞。山田組作品への出演は、72年に公開された『男はつらいよ柴又慕情』をはじめ、『母べえ』(08)『おとうと』(10)『母と暮らせば』(15)など。近年の主な出演作に『最高の人生の見つけ方』(19/監督:犬童一心)、『いのちの停車場』(21/監督:成島出)がある。本作で123本目の映画出演となる。≫≫ |
(5)「インタビュー」<大泉洋・神崎昭夫(役)>
<昭夫は特別な人ではなく、誰しもが共感できる現代の男> ・・・初めての山田洋次監督作ですが、出演オファーを受けた時の感想は? 本当に、ビックリしましたね。山田監督と吉永小百合さんという座組を聞いて、最初は「エーッ」と驚きました。僕らの世代は、子供の頃から『男はつらいよ』に接してきましたから。とても光栄なことだと思いました。 ・・・演じた昭夫の人物像をどう捉えましたか? 昭夫は特別な人ではないと思います。辛い立場でありながら会社で働いている。誰しもが共感できる現代の男。彼は辛い状況だけれど、久々に会った母親はキラキラしていて、なおかつ恋をしているものだから、さらに昭夫の気分は辛くなっていく(笑)。また昭夫は僕にとって、共感性が高いキャラクターでしたね。随所で自分に似ていると思いました。例えば大学時代の木部とのエピソードが出てきますけれど、僕も友人と同じ人を好きになったら、自分は身を引くタイプですし。昭夫の場合は過度に傷つくことが怖いんじゃないですかね。そこで自分がグイグイ行って、もしも彼女を友人に取られた時の心の傷を考えて、それなら身を引いたほうがいいやと思うのかなと。ただ親には甘えていて、親の前では強がったり、怒ってみせたりする、内弁慶なところがある男だと思います。 ・・・母親が恋していることを知って、昭夫はかなり戸惑います。 彼は自分の母親の、女性の部分を初めて見たと思うんです。うちは父親が健在ですけれど、もしも何十年も前に父が亡くなっていたとして、今80歳を超えた母親に「実は私、好きな人がいるのよ」と言われたら、「ひとりで暮らすのも大変だろうし、いいんじゃないの」と言うと思うんです。でも昭夫の場合は、母親の福江さんが美しい小百合さんですからね。もっと感覚的には若い母親だと思うんです。それまで母親としてしか見てこなかった福江さんの女性の部分を見てしまって、昭夫はすごく戸惑ったと思いますね。母親は「お母さん」であって、誰かを好きになる女性の部分は見たくないと。母親が恋をしていることではなくて、自分が見たくない部分を見てしまったことに対する戸惑い。それはちょっとわかりますね。 ・・・吉永さんと母子を演じた感想は?福江が失恋し、昭夫が職を失って離婚した後、最後にふたりで語り合う場面が印象的でした。 とても素敵な体験でした。特に最後は思い出深い場面でした。「こんな母さん、見たことないだろう」って、酒を飲んで母親が酔っ払っている。その姿がかわいそうだと思うけれど、同時に母親が失恋してホッとしているところも昭夫にはあって。昭夫も職を失い、離婚も成立して、すべてなくしたわけですよね。そこで「これから頼むよ、母さん」と言うんだけれど、親には甘えられるうちは、甘えてあげたいという思いが僕にもあるんです。こどもから頼りにされることが、親は嬉しいんじゃないかって。あそこで昭夫は自分が頼りにしてあげることで、母親を元気づけたいという気持ちがあったように思うんです。 ・・・山田監督の演出を受けた印象を教えてください。 すごく繊細な演出で、勉強になりました。普通は監督の「ヨーイ、スタート」の声で、演技を始めますよね。でも山田監督は「ヨーイ」と言った後に、そこでの役の心情を少し語るんです。例えば「ヨーイ・・・昭夫はここで哀しくてしょうがない。そのことに混乱しているんだ、スタート」という感じで始まるので、戸惑う俳優さんもいるようです。僕は演じる直前に、自分が置かれたシチュエーションを確認できて好きでした。また現場で付け加えられる監督のアイデアやセリフが、ものすごく面白かった。例えば、木部役の宮藤官九郎さんに「ここで木部君はトイレに行くんだ。それでドアを開けると、そこにお客が入っている」とか、脚本にないことを現場で足される。それによって、シーンがどんどん面白くなっていくんだなというのを目の当たりにしました。 ≪≪プロフィール・おおいずみ よう・・・1973年生まれ。北海道出身。演劇ユニット・TEAM NACSに所属し、北海道テレビ制作のバラエティ番組「水曜どうでしょう」出演後、数多くの作品で活躍。2011年、主演を務めた『探偵はBARにいる』(監督:橋本一)で日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。14年、『青天の霹靂』(監督:劇団ひとり)で、TAMA映画賞最優秀男優賞を受賞。そして『駆け込み女と駆出し男』(15/監督:原田眞人)にて、日本アカデミー賞同賞、ブルーリボン賞主演男優賞を受賞する。17年に『探偵はBARにいる3』(監督:吉田照幸)で、日本アカデミー賞同賞を再び受賞。近年の主な出演作に、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(18/監督:前田哲)、『そらのレストラン』(19/監督:深川栄洋)、『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』(20/監督:成島出)、『新解釈・三国志』(20/監督:福田雄一)、『浅草キッド』(21/監督:劇団ひとり)、『月の満ち欠け』(22/監督:廣木隆一)、「ラストマンー全盲の捜査官ー」(23)、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(22)など。≫≫ |
最近のコメント