2022年1月31日第228回「今月の映画」「ダーク・ウォーターズ・巨大企業が恐れた男」
監督:トッド・ヘインズ 主演:マーク・ラファロ アン・ハサウェイ ティム・ロビンス
(1)この映画で驚いたのは、実在の巨大企業、大手化学メーカー・デュポン社の実名を使いながら、産業廃棄物による大災害を法廷闘争に持ち込む物語なのです。
さらに驚くのは、現在も同じ廃棄物で沖縄が苦しんでいるのです。その上、現在は改良されていますが、台所の器具であるフライパンのテフロン加工(料理物が焦げ付きにくい化学物質)に使われている化学物質なのです。そして、タイトルの「ダーク・ウォーターズ」は「濁った水」の意味です。 そして下記の(4)で紹介されている実話≪≪近年、PFASの有毒性が広まったことで、マクドナルド社など様々な企業が使用を段階的に控えていくことを発表してきた(マクドナルド社は2025年までに全廃の予定)。だが、まだ一部の製品には使用されており、沖縄の事件では米軍基地内で使用されている消火剤などが原因という指摘もある。 日本人の多くは、PFASを知らなくても、「イタイイタイ病」や「水俣病」といった水質汚染による公害は聞いたことがあるだろう。どちらも工場から出された排水が住民の利用する水を汚染し、健康被害をもたらしたものだ。全国的に注目される裁判になったのは1960年代だったが、汚染自体はずっと前から起きており、大勢の人たちが公害病に苦しみ、命を落としてきた。≫≫
●「PFAS含有量 指針値の1740倍」(東京新聞、2022年1月6日) <米軍の汚水流出 県など調査><辺野古・高江リポート> 【12月27日】国と沖縄県、宜野湾市は、米軍普天間飛行場の危険性除去や負担軽減の方策を話し合う「普天間飛行場負担軽減推進会議」の作業部会を県庁で開催した。謝花喜一郎副知事は、来年の早い時期に推進会議の本会議を開催するよう政府に求めた。和田敬悟副市長は、県が沖縄防衛局の設計変更を不承認としたことに「移設がかなり遅れるのではないか。飛行場の固定化が懸念される」と述べた。政府側からは栗生俊一官房副長官が参加した。 謝花氏は「市の思いはしっかり受け止めなければならない」とした上で「二十五年(たった要因)は今回の不承認だけではない。さまざまな紆余曲折があった」と反論。政府に県外・国外移設を求めた。 【28日】うるま市の米陸軍貯油施設から有機フッ素化合物を含む消火用水が流出した事故を巡り、国、県の調査結果が米軍の同意を得られず非公表となっていた問題で、国と県は調査結果を公表した。 有機フッ素化合物のPFOSとPFOAをまとめたPFASの1リットル当たりの含有量は県の調査で8万3千ナノグラム、国の調査で8万7千ナノグラム、米軍の調査で7万5千ナノグラムだった。いずれも、環境省が定める水質の暫定指針値50ナノグラムを大幅に超過していた。国の調査結果だと指針値の1740倍となる。 事故は6月10日に発覚。県は同28日、日米地位協定の環境補足協定に基づき、施設内に立ち入って貯水槽から採水した。サンプルは国、県、米軍の三者で分け、それぞれで分析した。三者の調査結果にばらつきがあるが、国は「分析を委託した第三者機関と別の分析機関に話を聞いたところでは、2割の差はよくあるという話だった」と説明した。PFASの問題に詳しい原田浩二京大准教授(環境衛生学)は「いずれの調査結果もかなり高濃度だ。地下水を通じて周辺が汚染されている可能性がある」と指摘した。(琉球新報) <うるま市米国陸軍貯油施設内のPFOSなど含有水の分析結果>(単位・ナノグラム/リットル) <県> PFOS(59,000) PFOA(23,000) 合計(83,000) <国> 〃(66,000) 〃 (21,000) 〃 (87,000) <在日米軍> 〃(48,000) 〃 (27,000) 〃 (75,000) (3桁目以下を切り捨て処理。合計は数値丸めの関係で一致しない場合がある) |
(2)「INTRODUCTION」
ひとりの弁護士の不屈の信念が巨大企業の不正を暴き出す 全米を震撼させた実話に基づく衝撃の物語 すべては1本の新聞記事から始まった。2016年1月6日のニューヨーク紙に掲載されたその記事には、米ウェストバージニア州のコミュニティを蝕む環境汚染問題をめぐり、ひとりの弁護士が十数年にもわたって巨大企業との闘いを繰り広げてきた軌跡が綴られていた。そしてこの驚くべき記事は、誰もが知るハリウッド・スターの心をも動かしていた。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)のブルース・バナー/ハルク役で絶大な人気を博し、アカデミー賞に3度ノミネートされた実績を持つマーク・ラファロである。プライベートでは環境保護活動にも熱心に取り組んでいるラファロは、『スポットライト 世紀のスクープ』(15)や『グリーンブック』(18)などの製作会社Participantとともに映画化のプロジェクトを推進。かくして完成した社会派の実績リーガル・ドラマ、それが『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』だ。 1998年、オハイオ州の名門法律事務所で働く企業弁護士ロブ・ビロットが、祖母の知人だというウイルバー・テナントから調査依頼を受ける。大手化学メーカー、デュポン社の工場から廃棄物によって土地を汚され、190頭もの牛を病死させられたというのだ。ロブは廃棄物に関する資料にあった“PFOA”という謎めいたワードを調べたことをきっかけに、事態の深刻さ に気づき始める。デュポン社は発ガン性のある有害物質の危険性を40年間も隠蔽し、その物質を大気中や土壌に垂れ流してきたのだ。やがてロブは7万人の住民を原告団とする一大集団訴訟に踏みきる。しかし強大な権力と資金力を誇る巨大企業との法廷闘争は、真実を追い求めるロブを窮地に陥れていくのだった・・・。 トッド・ヘインズ監督×マーク・ラファロ×アン・ハサウェイ 世界的な鬼才と実力派キャストの豪華タッグが実現! ダビデとゴリアテ(旧約聖書のサムエル記第17章に記されている)、すなわち無謀とも思える巨人との闘いに身を投じたひとりの弁護士である主人公ロブ・ビロットを演じるマーク・ラファロは、製作も兼任。また、実際のロブ・ビロット本人への取材を行なうなど入念な役作りをこなし、静かな迫力をみなぎらせた渾身の演技を披露。ロブをスーパーヒーローでも聖人でもない生身の人間として体現、観る者の深い共感を呼び起こさせる。 ラファロを盛り立てる脇役のキャストにもビッグネームが集結した。『レ・ミゼラブル』(12)でアカデミー賞助演女優賞に輝いたアン・ハサウェイがロブの最大の理解者である妻サラに扮し、『ミスティック・リバー』(03)で同じくアカデミー賞助演男優賞を受賞したティム・ロビンスがロブの威厳ある上司タープを演じる。さらに『インデペンデンス・デイ』(96)、『ロスト・ハイウェイ』(97)のビル・プルマンが、ロブの弁護団に加わるベテラン弁護士を演じ、さすがの存在感を見せている。 そしてラファロからの直々のオファーを快諾、本作のメガホンを取ったのはトッド・ヘインズ。カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された『ベルベット・ゴールドマイン』(98)、アカデミー賞脚本賞にノミネートされた『エデンより彼方に』(02)、『キャロル』(15)、『ワンダーストラック』(17)などで知られる鬼才が、実話に基づく社会派リーガル・ドラマという新境地に挑み、卓越した語り口で観る者を魅了する。陰影豊かな映像を創出した撮影監督は、『エデンより彼方』と『キャロル』の2作品でアカデミー賞撮影賞にノミネートされたエドワード・ラックマンである。SDGs、ESGといった国際的なガイドラインが定着し、持続可能な社会の構築が求められる今の時代において必見の実録映画が誕生し た。 *SDGs・・・持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)の略。2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標。17のゴール・169のターゲットから構成され、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っている。外務省Webサイトより抜粋。 *ESG・・・環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取って作られた言葉。最近では、企業の長期的な成長のためには、ESGが示す3つの観点が必要だという考え方が世界的に広まり、投資の意思決定において考慮に入れる手法のひとつとなっている(ESG投資)。 |
(3)「STORY」
真実に光をあてるために どれだけのものを 失う覚悟があるのか・・・ 1998年・・・米オハイオ州シンシナティの名門法律事務所に勤める弁護士ロブ・ビロット(マーク・ラファロ)のもとに、ウィルバー・テナント(ビル・キャンプ)という見知らぬ中年男が現われる。ウェストバージニア州パーカーズバーグで農場を営む彼の土地が、大手化学企業のデュポン社によって汚染されたというのだ。普段は企業側の弁護を行なっているロブは、一度はその調査依頼を断るが、祖母の紹介でやってきたウィルバーを見捨てられず、後日彼の荒れ果てた農場を訪ねる。ウィルバーの説明によると、デュポン社が近くの埋め立て地に廃棄した化学物質が原因で190頭もの牛が死亡したという。 ロブはかつて環境保護庁が作成したこの土地の調査報告書を入手し、再びウィルバーの農場に赴く。すると、いつもはおとなしい牛が突然狂ったように暴れ出し、ウィルバーに射殺される現場を目の当たりにする。さらにウィルバーから手渡されたビデオテープには、酷く衰弱して病死した牛たちの姿が生々しく記録されていた。この一連の出来事にショックを受けたロブは、ウィルバーのために訴訟を起こす。 1999年・・・訴訟開始から1年後、ロブのもとにデュポン社の廃棄物に関する開示資料が届いた。すぐさま内容を精査したロブは、そこに記された“PFOA”という謎めいたワードを調べるが、ネットで検索してもまったくヒットしない。もしや“PFOA”は環境保護庁の規制外の化学物質なのではないか。そう推測したロブは、さらなる資料の開示を裁判所に求める。 2000年・・・“PFOA”が人体に有害な物質、ペルフルオロオクタン酸だと突き止めたのロブは、川や水道水に漏れ出したその物質が地域一帯の住民を蝕んでいるのではないかという恐ろしい可能性に行きつく。その頃、パーカーズバーグの最大の雇用主であるデュポン社を敵に回したウィルバーとその家族は、地元住民から白い目で見られていた。 なおも粘り強く調査を進めたロブは、デュポン社が問題の化学物質の危険性を40年前に知りながら、自社の利益のために隠蔽してきた事実を探りあてる。デュポン社は発ガン性があるその物質を大気中や土壌に垂れ流してきたのだ。 デュポン社の過失は明白だが、巨大企業相手にこれ以上闘い続けるのは難しいと考えたロブは、ウィルバーに和解を勧める。しかしウィルバーは「金なんか要らん。奴らに罰を与えろ!」と叫んで拒絶し、自分と妻がガンに冒されていることを告げる。最大の理解者である愛妻サラ(アン・ハサウェイ)にも背中を押されて奮起したロブは、デュポン社の不正を世に知らしめるために、内部文書を環境保護庁などの政府機関にリークし、公聴会で“PFOA”の危険性について証言するのだった。 2001年・・・ロブはぱーカーズバーグの住民を将来にわたる健康被害から守るため、7万人を原告とする一大集団訴訟に踏みきることを事務所の会議で提案する。その是非をめぐって議論は紛糾したが、ロブの孤独な闘いを見守ってきたスーパーバイザーのトム・タープ(ティム・ロビンス)は彼に賛同し、「デュポン社をやっつけろ。許してはならん!」と部下たちに発破をかけた。 そして翌2002年、ついに集団訴訟が始まり、ぱーカーズバーグの環境汚染問題は全米の注目を集めていく。はたして揺るぎない信念を貫くロブは、法廷でデュポン社を打ち負かし、地元住民のために正義を勝ち取れるのか、その行く手には、ロブ自身のキャリアや家族との日常をも揺るがす、想像を絶する試練が待ち受けていた・・・。 *PFOAはフライパンのフッ素加工などに使われるフッ素樹脂“テフロン”の製造過程で使われる。通称“C8”としても知られている。デュポン社は既にPFOAの使用を中止済み。 |
(4)<水質汚染が現在進行形で起きている
日本を生きる私たちへの警告となる作品>(石井光太・作家) 本作『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』を遠い国の出来事と考えている人は、大きな誤解をしている。現代日本においても、同じような水質汚染が現在進行形で起きているを、どれだけの人が知っているだろうか。 たとえば、2021年10月29日、琉球新報は、琉球病院の専用水道水と地下水から、国の暫定指針値を超える有機フッ素化合物のPFASが検出されたと報じている。 同病院では、少なくとも4年前からこの水を入院患者(250~260人)や職員(約300人)の飲み水などとして使用してきたが、調査結果を受けて地下水のくみ取りを全面的に停止し、町の水道水に切り替えた。 一体なぜ、病院でつかう水に汚染物質が混入していたのか。専門家の間からは、すぐ近くにある米軍海兵隊基地「キャンプ・ハンセン」が原因だという声が上がっている。ここでつかわれている汚染物質が地面に浸透して地下水にまざったというのだ。沖縄では同様なことが別の複数個所でも起きているが、米軍は基地に責任があることを認めていないし、抜本的な解決方法も補償も何ひとつ打ち出していない。 このニュースで取り上げられたPFASは、本作に出てくる汚染物質と同様のものである。 PFASは油をはじくとか、熱に耐性を持つなどといった特性があり、1940年代頃から普及しはじめた。作中では主に鍋のコーティングに使用されたことが描かれているが、その他にも消火剤や撥水剤など様々な製品に使用されてきた。 近年、PFASの有毒性が広まったことで、マクドナルド社など様々な企業が使用を段階的に控えていくことを発表してきた(マクドナルド社は2025年までに全廃の予定)。だが、まだ一部の製品には使用されており、沖縄の事件では米軍基地内で使用されている消火剤などが原因という指摘もある。 日本人の多くは、PFASを知らなくても、「イタイイタイ病」や「水俣病」といった水質汚染による公害は聞いたことがあるだろう。どちらも工場から出された排水が住民の利用する水を汚染し、健康被害をもたらしたものだ。全国的に注目される裁判になったのは1960年代だったが、汚染自体はずっと前から起きており、大勢の人たちが公害病に苦しみ、命を落としてきた。 ふたつの事件に留まらず、この種の公害事件はほとんどのケースで同じ構造をはらんでいる。企業側が汚染物質の存在を知りつつ、利益優先の考えで事実を隠蔽し、必要以上に被害を甚大なものにしているところだ。 イタイイタイ病でいえば、大正時代から地元住民の間で奇病や変死といった被害が起きており、一部からは工場の排水が原因かもしれないという指摘もあった。だが企業はそれを否定し、各所に圧力を加えるなどして真実を押し隠したため、ようやく裁判で公害病として認定されたのは1968年だ。半世紀の間に、一体どれだけの罪のない人々が言語に絶する苦しみの中で亡くなっていったか。 本作で描かれるアメリカの公害事件もまた同じ構造をはらんでいる。化学企業デュポンは自社の利益を優先するために真実を隠し、裁判を長引かせ、その結果大勢の人たちを苦しめることになった。住民が受けた被害は映画を観ての通りだ。 考えなければならないのは、アメリカや日本だけでなく、世界各地で今なお同様のことが行なわれている点だろう。特にアジア、アフリカ、南米などの新興国や開発途上国における水質汚染の問題は深刻だ。その背景には、企業や政治家、それに彼らを利用しようとするグローバル企業の欲望が渦巻いている。ひいては、その利益は私たち先進国の人々に還元されることになる。 本作を最後まで観れば、ハッピーエンドの物語だと感じるかもしれない。だが、製作者が伝えたいのはそれだけではないだろう。世界では100年以上前からデュポンの事件と同じ構造の公害が引き起こされており、今なおそれは続いていることだと強調したいのではないか。そう考えると、本作は過去の物語ではなく、今を生きる私たちへの警告だといえるだろう。 |
(5)「本作に滲み出ている実際に体験した人たちへの誠実な思いや寄り添う姿勢」(猿渡由紀・映画ジャーナリスト)
2020年夏、ミシガン州フリントに、待ちに待たされた朗報が訪れた。汚染された水道水を飲まされた住人に総額6億ドルを支払うと、州が合意したのである。 問題の発端は、2014年、コスト削減のため、汚いことで知られるフリント川に水源が切り替えられたこと。水には鉛など有害物質が混じっており、髪が抜ける、湿疹がでるなど多くの人に異変が起こるようになった。2016年には、オバマ大統領が緊急事態を宣言。社会派ドキュメンタリー映画監督マイケル・ムーアも、2018年の『華氏119』の中で、欲のために市民の命と健康が軽視されている例として大きく取り上げている。 ひとつの結論は出たものの、死人や、一生の健康被害を負った人が出たこの不幸な出来事は、永遠に消えない陰をもたらした。それと同じことを、その少し前、ウェストバージニア州パーカーズバーグの住人は体験していたのである。それを語るのが、『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』だ。 まさにヒーローと呼ぶにふさわしい、このひとりの弁護士の、危険で、孤独で、困難だらけの戦いについては、長い間、あまり知られてこなかった。初めてそのことを世間にしっかりと伝えたのは、2016年の「ニューヨーク・タイムズ」の記事だ。それから3年後、その記事をもとにしたこの映画が北米公開された。デュポンを相手にしたロブ・ビロットの戦いは十数年に及んだが、その物語がスクリーンで語られるまでは、皮肉なほどにスムーズだったのである。 そして、映画は、完成度も非常に高いものになった。もちろん、この映画を面白くする要素は最初からある。もともと企業の側につく弁護士だった主人公が彼らの敵に回るという設定はドラマチックだし、どう考えても勝ち目がない、いわゆる“アンダードッグストーリー”は、いつだって映画的だ。だが、実話にもとづくだけあり、すべてのジレンマがリアルなのである。観る者は常にはらはらさせられ、胸を締め付けられ、それでもくじけない主人公を応援してしまう。そこが、この映画の強みといえるだろう。 妻がどれほど夫を理解しようとし、我慢を続けていたかがしっかりと描かれるのもいい。重要で危険な使命を背負った夫を心配しながらひたすら家で帰りを待つ妻の姿は、ハリウッド映画に何度も出てきて、あまり出番のないそれらの妻役は、しばしば有名女優によって演じられてきた。しかし、今作で、サラを演じるアン・ハサウェイには複雑な感情の見せ場が十分にあり、彼女が無駄遣いされているとは感じない。赤の他人を救おうとするために彼は最も愛する人たちに犠牲を強いたのだという部分が語られることで、人間ドラマとしての層がプラスされたといえる。 この映画が正直で、強いメッセージをもつ作品に仕上がったのに、作り手が大きく関係しているのは間違いない。主演と製作を兼任するのは、政治、社会問題に強い関心をもち、アクティビストとしても知られるマーク・ラファロ。監督は、個性ある作品を作り続けるトッド・ヘインズだ。ヘインズにとって、今作はめずらしいスタジオ映画。だが、どこにも妥協は見られず、彼のインディーズ精神はたっぷり感じられる。ロケは実際にオハイオ州で行ない、エンドクレジットでわかるように、ビロット夫妻をはじめ実在の人がカメオ出演した。現場ではビロット夫妻の息子さんがインターンとして働いたとのこと。そういったところからも、彼らが語ろうとしているストーリーを実際に体験した人たちへの誠実な思い、寄り添う姿勢が滲み出るのだろう。 そんな『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』は、最後に希望を感じさせてくれる。しかし、悲しいことに、世界ではまだ似たような悪事が行なわれている。戦いは、終わりとはほど遠い。それでも、変化を起こすためには自分にできる形で参加し、一歩ずつ進んでいかなければいけないのだ。フリントの出来事がまだ記憶に新しい中、この映画はそんなことを思い出させてくれる。 <<藤森注●「PFAS含有量 指針値の1740倍」(東京新聞、2022年1月6日)<米軍の汚水流出 県など調査><辺野古・高江リポート>> |
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