2021年1月31日第216回「今月の映画」「GOGO (ゴゴ)94歳の小学生」
(1)ケニアの通称“ゴゴ(おばあちゃん)”と呼ばれる94歳の助産師さん。教育の大切さを訴えるために小学校に通い始める。
私・藤森が小学1年生の頃、下記の(3)や(5)に出てくるように、5km位の通学路を40分くらいかけて通ってくる女の子がいたのを思い出しました。また、戦後、間もない頃で、教室が焼けて不足していたからでしょう、午前の1年生が帰宅した後の午後に、その教室を4年生が使う二部制だったことが、懐かしく思い出されました。 イギリス植民地から独立したが、女性には過酷な環境の中、ゴゴの美しい精神や、私・藤森が小学生だった終戦直後の日本のようなケニアの現状を、少し長いですが、じっくりとご覧ください。特に、最後の≪≪(5)「94歳ゴゴ、挑戦の舞台~教育を諦めない社会へ~」 <ケニア概況と教育事情>≫≫ <<ゴゴは世界の子供たち、特に少女たちを学校に行かせない親たちに、教育は財産であることを彼女の村から示したいと望みました。世界ではあまりにも多くの子供たちが希望のない生活をしており、ゴゴは彼らを導きたかったのです。>> <<ケニアはアフリカ東部に位置する、人口約5400万人の国です。人口の4分の3が30歳以下であり、40%が学齢期の4-17歳にあたります。近年目覚ましい経済成長を遂げていますが、ケニア内の格差は激しく、保健、教育、所得という3つの側面に関して平均達成度を測る人間開発指数は世界147位に留まっています。ケニアはイギリス植民地支配からの独立当時、約半数の子どもしか小学校に通えていませんでした。>> <<ある時、彼女は学齢期のひ孫娘たちが学校に通っていないことに気づく。自らが幼少期に勉強を許されなかったこともあり、教育の大切さを痛感していたゴゴは一念発起。周囲を説得し、6人のひ孫娘たちと共に小学校に入学した。>> |
(2)「INTRODUCTION」
先生たちがそばにいて <ケニア在住の94歳、通称“ゴゴ(おばあちゃん)”。彼女がチャレンジするの小学校の卒業試験> プリシラ・ステナイは、3人の子供、22人の孫、52人のひ孫に恵まれ、ケニアの小さな村で助産師として暮らしてきた。皆から“ゴゴ”(カレンジ語で“おばあちゃん”)と呼ばれる人気者だ。 ある時、彼女は学齢期のひ孫娘たちが学校に通っていないことに気づく。自らが幼少期に勉強を許されなかったこともあり、教育の大切さを痛感していたゴゴは一念発起。周囲を説得し、6人のひ孫娘たちと共に小学校に入学した。 年下のクラスメートたちと同じように寄宿舎で寝起きし、制服を着て授業を受ける。同年代の友人とお茶を飲んで一息ついたり、皆におとぎ話を聞かせてやることも。近頃は新しい寄宿舎として自分が取り上げた教師やクラスメートたちに応援されながら勉強を続け、ついに念願の卒業試験に挑む! <世界最高齢小学生の奮闘記から見えてくるケニアの学校教育の現在・・・> 危険な道のりを何時間もかけ通学する子どもたちをとらえた『世界の果ての通学路』(12)で、世界中を感動で包んだパスカル・プリッソン監督。 本作で追うのは、“ゴゴ”の愛称で親しまれる94歳の小学生。出演者と時間をかけて信頼関係を築きあげ、そのリアルな姿をカメラに収めていく撮影スタイルは本作でも健在。数学や英語の授業、修学旅行、誕生日会、新寄宿舎の竣工式・・・ケニアの美しい自然を背景に、数々の歌と仲間たちの笑顔に彩られたゴゴの学校生活がありのままのまま切り取られる。そこから浮かび上がってくるのは、貧困や慣習などの理由から未だに残る教育問題。 ゴゴは映画というものを知らなかったが、プリッソンの熱心な説得を受け「世界中に教育の大切さを伝えられるなら」と撮影を許可した。94歳にしてなお信念のもとチャレンジを続けるゴゴの姿は、閉塞感ただよう現在を生きる我々に勇気と希望を与えてくれる。 |
(3)「パスカル・プリッソン監督 インタビュー」
・・・本作のアイデアはどのようにしてうまれたのですか? ナイロビの友人が、世界で最も高齢の小学生であるゴゴに捧げられた地元紙の記事を読んで、私に教えてくれたのです。友人は、私が力強いヒューマニズムの物語を探していることを知っています。すぐに本作のアイデアが頭に浮かびました。プロデューサーにこの話を伝え、ゴゴに会いにケニアに行きました。彼女の性格や経歴、本物のカリスマ性が気に入りました。ひとつの作品を支えるのに十分な力強いキャラクターだったのです。 ・・・ゴゴはすぐに出演を了承したのですか? 彼女は映画がどのようなものか知りませんでしたが、この作品が見本となり他の少女たちの就学を奨励できるなら、と了承しました。ゴゴは全ての親が娘たちを学校に行かせるように説得したかったのです。 彼女はこの使命のために多くのキャンペーンをして闘いました。若いシングルマザーの問題についても多くの活動をしています。若い女性たち(時には10代のケースもあります)が結婚前に妊娠すると、家族に拒絶されてしまい、学校にも通えなくなります。彼女が寄宿舎の増設のために闘ったのはこの目的からです。学校から遠く離れたところに住んでいる少女たちにも寄宿舎に寝泊まりできるようになりました。 私は多くの時間を彼女と過ごしました。『世界の果ての通学路』の映像を彼女に見せ、プロセスを説明しました。少人数のスタッフが学校に来ること、彼女が自分自身のままでいること、いつも通りの生活をし、私たちはあまり彼女の邪魔をしないようにすることなどです。いずれにせよ、自身の活動を強調するアイデアを彼女は気に入りました。 ・・・ゴゴはどのような暮らしをしているのでしょうか? 彼女は観光客の来ない、ケニアの奥地に住んでいます。貧しい農業地域で、小さな囲い地にそれぞれの家族が1~2つの畑でとうもろこしを栽培しています。ンダラットは幹線道路沿いの小さな村で、そこに学校があります。この囲い地の間に小道を40分以上かけなければ、ゴゴの家には行けません。その土地を知らなければ、見つけられないのです!最も近い都市はエルドレッドと呼ばれ、時にはゴゴが大好きなポテトフライを食べるために彼女を連れて行きました。 ゴゴはカレンジン族に属しています。ケニアの偉大な長距離ランナーの出身地である高地で、イテンのトレーニングセンターもそう遠くはありません。非常に長寿の人々で、ゴゴには100歳を超えた2人の兄がいます。 ・・・彼女の人生の大きな節目は何だったのでしょうか? ゴゴは入植者が経営する農場で長い間暮らしていました。その時代、少女たちは学校へ行くことを禁止されていました。畑で働き、牛の世話をしていたのです。彼女は祖母に助産師の仕事を教わり現在も続けています。村の多くの子供たちの出産に立ち会い、学校の女性教師が生まれるのも見てきました。もう分娩の立ち会いはしていませんが、妊娠過程を見守り状態をチェックしますし、妊婦たちは彼女に会いに来ます。彼女は3人の息子を授かりました。 夫は独立戦争の時に亡くなりました。この作品では彼女の経歴の重要な部分が断片的に分かるようになっています。なぜならばゴゴは自分の人生については多くを語らないからです。まるで彼女が学校に入学した時、本当の人生が始まったかのようです。 ・・・彼女やその家族とはどのように意思の疎通を図りましたか? この地方ではほぼ全ての人が3つの言語を話します。種族の言語であるカレンジン語、東アフリカの言語であるスワヒリ語、そして少々の英語です。ゴゴはカレンジン語しか話せず、学校で他の2言語を学びました。私はスワヒリ語がかなり理解できますし、彼女の周りにいる人たちは英語が話せたので、切り抜けることができました。それにゴゴとの関係は言葉によるものだけではなかったのです。 ・・・撮影はいつ行われましたか? 2018年2月から2019年1月まで15日間ずつ3セッション行いました。校長、そしてゴゴの先生に会い、学年のキーとなる時期を選びました。ゴゴのクラスでの様子や学校がどのように機能しているかなどを見るために、私は多くの時間を費やしました。ここは私立の学校です。校長のサミーは大きな食品会社を経営しています。彼は非常に貧しい家庭の出身でしたが、幼少期に彼が学校に行くのを助けてくれた人がいました。それで自分に与えられたものを地域に還元したいと願っているのです。彼は登録費が非常に安い学校を開設しました。ゴゴにそうしたように、支払いができない生徒たちも受け売れています。 ゴゴには学校に行く術がありませんでした。彼女は娘の家に住んでいます。一頭の牛を飼い、家の近くの畑のとうもろこしを売って生計を立てています。彼らはお金がなく、殆ど何も持っていない人々です。毎日の通学を避けるために、彼女は現地に寝泊まりすることを選びました。女子寮のベッドを希望していましたが、舎監が寝るための小さな部屋が彼女に譲られました。クラスのベンチを共にするひ孫娘のチェプコエチは、彼女の復習の面倒も見ています。 この地方の多くの子供たちが自宅よりも学校の方が快適に過ごせています。たとえ質素であっても、三度の食事が彼らには保証されています。学校は安らぎの場所です。これほどお互いに対して親切な子供たちを見たことがありません。彼らは非常に勉強熱心です。就学を続けたければ、クラスで優秀でなければいけません。親は中学以降の授業料を支払うことができないため、奨学金を得ることが進学する唯一の方法だからです。 <後略> |
(4)「ディレクター パスカル・プリッソン」
<MESSAGE> 私たち西洋の国では、学校は全ての者が利用できる権利だということをしばしば忘れる傾向にありますが、世界には教育が貴重な財産である場所があります。ゴゴの物語を通して、教育を得るために生涯をかけて闘ってきた女性の奮闘ぶりを見せたいと思います。数ヶ月前、村でゴゴに出会いました。彼女が「あなたの国では全ての子供たちが学校に行っているのか」と尋ねるので、「そうです。学校は無料です」と答えました。彼女は微笑み「あなたは素晴らしい国に住んでいる」と言いました。私が15歳で学校をやめたと告白すると、厳しく叱られました・・・そして自然のことのようにゴゴに恋したのです! ゴゴは世界の子供たち、特に少女たちを学校に行かせない親たちに、教育は財産であることを彼女の村から示したいと望みました。世界ではあまりにも多くの子供たちが希望のない生活をしており、ゴゴは彼らを導きたかったのです。 これまでの作品を撮影しながら、女子の教育レベルがその国の自由と民主主義の度合いを表していることに気付きました。貧しい国では、誰かひとりを就学させる機会があるならば、男子を選ぶのです。女子は子供の時から家事に追われ、それから家族を助けるために働かなければならないか、一人前の女性になる前に結婚させられることすらあります。女子の学校教育は新世紀の重要な課題の一つです。女子の教育が進み、子供の死亡率と過剰出生率が低下している国では、伝染病の拡大もより抑制されています。そして教育を受けた女性は、次に自分の子供を教育することができるのです。 私は世界中を駆け巡り、人々の現実を被写体との距離感と親密さを織り交ぜながら撮影する映画監督です。登場人物の運命に焦点を当て、人々の人生を変えるような社会問題を扱った作品を作っており、これが私のアプローチの中心にあります。このようにして、これらの映画作品は単なるドキュメンタリー作品をはるかに超えたものとなるのです。ゴゴのような素晴らしい人間の冒険譚です。私は、教育の奨励に捧げられたその人生の集大成に向けて、付き添っていきたいと願っています。 |
(5)「94歳ゴゴ、挑戦の舞台~教育を諦めない社会へ~」(村松良介・公益財団法人プラン・インターナショナル・ジャパン プログラム部)
<ケニア概況と教育事情> ケニアはアフリカ東部に位置する、人口約5400万人の国です。人口の4分の3が30歳以下であり、40%が学齢期の4-17歳にあたります。近年目覚ましい経済成長を遂げていますが、ケニア内の格差は激しく、保健、教育、所得という3つの側面に関して平均達成度を測る人間開発指数は世界147位に留まっています。 ケニアはイギリス植民地支配からの独立当時、約半数の子どもしか小学校に通えていませんでした。1990年、世界のリーダーが集まり、「万人のための教育世界宣言」(ジョムティエン宣言)の中で、全ての人に初等教育へのアクセスを確保することを目標と定めました。世界各国が2015年までに初等教育の普遍化を目指して取り組んだ結果、開発途上国における初等教育への就学率も大きく向上します(1991年:79.8%、2012年:90.5%)。 そのような中、ケニアでは2003年に初等教育の授業料が無償化となりました。これまで貧困によって学校に通えていなかった多くの子どもたちが学校に通うようになり、2002年には59.6%だった就学率が2018年には92.4%にまで劇的に改善しました。人口の約5分の1にあたる1000万人を超える人が初等教育に通っている計算になります。 この映画の主人公である94歳のプリシラ・ステナイさん(通称ゴゴ)は、こういった時代の変化の中を生きてきた女性です。ゴゴが子どもの時は、女性は学校にいくものではないとされていた時代だったので、家畜の世話で忙しい中、貧しさゆえに授業料も払えず、学校に通うことは遠い夢のようなことだったのでしょう。ゴゴにとって通いたくても通えなかった学校に、誰もが通えるようになったというのは、まさに「良い時代」の到来ということになります。 しかし、ゴゴは、授業料が無償になった今もひ孫娘たちの多くが学校に通っていないことに気づきます。そこで教育の大切さを伝えるためにゴゴは、御年90歳にして学校に通おうと一念発起するのです。そもそも、なぜいまだに学校に通えていない子どもたちがいるのでしょうか。 <子どもたちが教育を諦めるのはなぜか> ケニアでは、約1割の子どもが初等教育終了試験を合格できず、合格したとしても、うち約2割の子どもが中等教育に進学するのを諦めてしまいます。そこには様々な要因があります。1つ目の要因は学校へのアクセスの困難さです。農村部の子どもたちの多くは通学のために5km以上の長い距離を移動しなければなりません。 家庭の経済的な事情によって朝食を取ることもなく1時間以上歩いて学校に通うため、学校につくころは疲れ果ててしまいます。そのうえ、女の子は家庭での家事労働の負担が大きく、それをこなしたうえで通学を続けなければなりません。通学路で性的な暴力に遭うケースも少なくありません。このため、学校に学生寮を設けることは、通学の負担を軽減し、子どもたちの安全を守ることに繋がります。 2つ目の要因は、早すぎる結婚です。ケニアでは18歳までに結婚する女の子の割合は23%。15歳までに結婚する女の子の割合は4%となっており、世界で20番目に早すぎる結婚が多い国となっています。ケニアでは結婚すると、その返礼品として金品が相手の家族から送られます。そのため、貧困に苦しむ家庭は、金品を得るために、子どもが適齢年齢に達する前に結婚させてしまうのです。女の子を家の経済的な「資産」だと捉える考え方が根強く残っています。早すぎる結婚を経験した子どもの多くが進学を諦めており、その約7割は初等教育レベルに留まっています。 3つ目の要因は、女の子の早すぎる妊娠です。国際NGOプラン・インターナショナルが実施した調査では、貧困家庭では、自力で購入できない生活必要品や学用品を、知り合いに買ってもらうようにお願いをしなければならず、その代償として性交渉を求められるケースが報告されています。早すぎる妊娠は、女の子の心身に大きなダメージを与えるだけでなく、女の子の人生を大きく転換させてしまいます。結婚前の妊娠をタブー視するケニアでは、多くの場合、女の子を妊娠させた相手の男性と早期に結婚させてしまいます。これにより、学校を諦めてしまうのです。 <ゴゴの挑戦> ゴゴは、ひ孫をはじめ、周囲に教育の大切さを訴えるために、学校に通い始めます。ケニアでは、様々な事情により、各学年に対して想定される年齢を超えて就学する人が3割近くいます。しかし、94歳のおばあちゃんを受け入れるのは異例中の異例です。(なお、ケニアの平均寿命は66歳です。) ゴゴにとっての悲願は、KCPEと呼ばれる初等教育修了試験への合格です。ケニアではこの試験を合格しなければ、初等教育は終了となりません。科目は数学、英語、スワヒリ語、理科、社会・宗教教育の5科目で、各科目の試験時間は2時間にも及びます。目もよく見えなくなり耳も遠くなったゴゴにとって、94歳で学校に通い、この試験に合格するというのはどれほど大変なことか想像に難くないでしょう。 それでも、学校での勉強や生活を心から楽しむゴゴの笑顔は、学ぶことの喜びを体現しているようです。日々の授業や、給食、休み時間のひと時、就学旅行・・・その一つ一つが、ゴゴが子どもだった時に失われた体験を取り戻すかのようです。愉快なキャラクターのゴゴの、一風変わった学校生活の様子を垣間見ることで、私たちにとって、教育とは本来何なのかを考えさせられます。
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