2019年5月31日第196回「今月の映画」「山懐に抱かれて」

(1)「山塊に抱かれて」・・・この映画の主題は下記の「特徴」に現れています。

<<<山地酪農の大きな特徴>>>

●牧地・・・おもに山地地帯。

●放牧・・・24時間・365日、年中放牧(搾乳時以外)、自然交配・出産。

●餌・・・・餌は草(主に二ホンシバ)、飼料は国産完全無農薬

●飼料・・・輸入穀物飼料は使用せず、化学肥料にもほとんど頼らない。

●牛の頭数・・・1haあたり成牛換算2頭まで。適正環境確保のため、面積に応じた頭数制限が設けられている。

●搾乳量・・・一般酪農の1/3以下

 しかし、この牧場経営の大変なことは、<<<原野が二ホンシバで優占した短草型草地に代わるためには10年以上、必要です。したがって、牛や人が慣れて経営が軌道にのるまで、経営維持のためのつなぎ資金や生活費の確保が必要です。このため、何事にも挫けない人並み以上の強固な意志と情熱が必要です。>>>

 原野が二ホンシバで覆われるようになると、その後は、かなり運営が楽になるようですが、それまでは、体力だけでなく、資金も大変となると、この「山地酪農」の経営ががいかに大変であるか、映画を観て実感しました。

 医学や科学・・・「オプジーボ」や「遺伝子組み換え」、アメリカのモンサントという会社の「農薬」開発など、世の中は行き過ぎているように思えてなりません(「オプジーボ」11人に副作用1人死亡、脳機能障害で。厚生労働省は9日、免疫の仕組みを利用したがん治療薬「オプジーボ」を投与された患者11人が、副作用とみられる脳の機能障害を発症し、うち1人が死亡したとして、製造元の小野薬品工業に、薬の添付文書に重大な副作用として追記するよう指示した。共同通信社、5月9日)

 そういう中で、「山地酪農」の素晴らしさ。公的資金の援助が充実することを願わずにはいられません。24年間のドキュメンタリーをお楽しみください。

(2)「みんなが幸せになる、おいしい牛乳をつくりたい」と、山の牧場を切り拓く、父と、母と、7人の子どもたち。 

雪解けの春、青々とシバが映える夏、豊かな実りの秋、そして厳冬の冬・・・
雨の日も雪の日も、泣いた日も笑った日も、
その歳月はいつも家族とともにありました。
山懐に抱かれて、
365日24時間“いのち”と向き合いながら、
愛情いっぱいに育まれるその営みを、
地元ローカル局“テレビ岩手”が24年にわたり独自に追いかけた、
人気TVドキュメンタリーシリーズ待望の映画化。
美しくも厳しい岩手の自然を背景に綴る長編ドキュメンタリー。

(3)<「山地酪農(やまち・らくのう)」とは>

 山林を切り拓き、シバを植え、乳牛を放ち、牛がのんびりと過ごし、自由に交配し、子牛を生み、牛乳が生み出され、糞尿を落とし、山が育ち、シバが再生され、それをまた牛が採食する・・・。宮本常一(民俗学者・農村指導者)も『日本の畜産の将来を賭ける』と評し、期待を寄せた「山地酪農」。

 植物生態学者の猶原恭爾(なおはら・きょうじ)博士により提唱された、日本国土の特徴や植物本来の生態系を生かし、限りなく自然に近いサイクルで営む循環型酪農法。楢原博士は「一度形が決まれば、末代までほぼ毎年、普遍的な牛乳の供給ができるようになる」と、これを「千年家構想」と銘打ち、民俗学者・農村指導者の宮本常一も「日本の畜産の将来を賭ける」と評し期待を寄せた。

 近年では、家畜に対する倫理・道徳的観点から、そして無農薬の草だけを餌に生み出される「グラスフェット」食材はじめ、安心安全を重視する消費者からも注目を集めている。一方で、山の生育・大自然とともに歩み、広大な牧地を必要とするこの酪農法の定着安定までには多くの時間も労力も要することから相当の覚悟と忍耐が必要とされ、実践・継続する農家はごくわずか。吉塚牧場と仲間がともに営む<<田野畑山地酪農牛乳>>では、自ら厳しい「生産者規定」を定め忠実に守っている。

<<<山地酪農の大きな特徴>>>

●牧地・・・おもに山地地帯。

●放牧・・・24時間・365日、年中放牧(搾乳時以外)、自然交配・出産。

●餌・・・・餌は草(主に二ホンシバ)、飼料は国産完全無農薬

●飼料・・・輸入穀物飼料は使用せず、化学肥料にもほとんど頼らない。

●牛の頭数・・・1haあたり成牛換算2頭まで。適正環境確保のため、面積に応じた頭数制限が設けられている。

●搾乳量・・・一般酪農の1/3以下

 

 

<農業であれ、酪農であれ、
それが人間の真の豊かさへ向かっていかなければならないのだ>

『猶原恭爾(なおはら・きょうじ)1908年~1987年(享年79歳)・・・植物生態学者。『日本の山地酪農』創始者。岡山県高梁市出身。東北大学理学部卒。財団法人資源科学研究所研究員、国立科学博物館植物研究部研究官。1971年以降は山地酪農指導に専念。おもな著書は「荒川河原植物群落の生態学的研究並に其の治水植栽と高水式牧場化」(1945)、「日本の草地化」資源科学研究所(1965)、「日本の山地酪農」資源科学研究所(1966)

 植物学を世界的視野で研究、動植物とも生態学的な見方をし、『草の神様』とも呼ばれた。当初は草地の生態学的研究を土壌安定に応用。それを踏まえ1941年からは酪農への応用研究を開始し、荒川河川敷・堤防の野草地にて治水を兼ねての放牧実践研究。

 それまで牧野の荒廃の指標とされ排除された我が国在来の「二ホンシバ」に真の積極的意義を見出し、日本で初めて夏草の「二ホンシバ」の重要性を、学問的に証明。酪農の先進国には見られない、穀作農国ならではの植物相の厚さを知りながら、実際にはそれが生かされていない現実に疑問を抱き、日本固有の豊かな動植物の生態系や気候と、かつて林業か炭焼きしか活用方法がなかった山地傾斜地を活かせば日本の将来が明るく照らされる酪農ができるはずだと、自らの10年間に及ぶ放牧実践研究を踏まえ、創造性・安定性・永続性を備えた安定酪農家を創設できる自信を得、その豊かな潜在エネルギーの開放を志し、新たな価値観による日本型放牧酪農ともいえる「山地酪農」を創始。

 各地の酪農家に理論・実践指導に当たる。実生活では1955年頃より食養の考えも取り入れ、日本人の食文化として無農薬の玄米、麦、粟、稗、豆等雑穀類、根菜類、海藻類等海産物の重要性についても再認識し、良質牛乳の適量摂取の大切さと合わせて、酪農指導の中においても言及した。

(4)「山地酪農の理念と実践から将来を考える」(萬田富治・農学博士・元北里大学獣医学部教授)

 山地酪農の理論は在野の学者であった猶原恭爾博士が提唱した農法で、山地傾斜地を拓いて放牧酪農を確立することが目標です。「自然・牛・人」をひとつの生態系としてとらえ、これらの共生と調和を目指しています。

 放牧酪農は畜産主要国では古くから当たり前に行われてきた農法で、先進国はニュージーランドです。この国では集約放牧が普及しており、競争力のある安価な乳製品を輸出しています。集約放牧は放牧地を電気牧柵で区分けし、草地から草地へ頻繁に牛を移して高栄養価の牧草を採食させます。

 牧草の生育は春先から旺盛となるので、泌乳ピークがこの時期に一致するようにホルモン剤で分娩を制御することにより最大の産乳量を達成します。先進的に優れた経営者、整備された支援組織などにより、世界のトップクラスを誇る集約放牧酪農を行なっています。集約放牧酪農は広大な草地を有する北海道でも先進農家が取り組んでいます。

 山地酪農の生産方式は集約放牧酪農とは大きく異なります。どちらかといえば山地酪農はスイスの山岳地帯のアルペン酪農に似ています。アルペン酪農は自然生態系の保全を重視しており、有機酪農そのものだと言えます。アルペン酪農は夏季に山岳地帯の広い共同放牧地に乳牛を放牧し、山の工房でチーズを作っています。このチーズはアルプケーゼと呼ばれています。秋になると乳牛は山から下牧して春先まで山裾の集落で舎飼いされ、各農家はチーズを熟成したアルプケーゼはアルプスからの贈物として賞味されています。このように伝統的なアルペン酪農は夏山冬里方式で、牛が拓いた山岳地と集落が織りなす美しい景観は有名です。

 田野畑村山地酪農は夏山冬里方式ではありません。牛と家族が山に定住し、牛を周年放牧しています。つまり、牛も人も山の自然の懐に抱かれて生活しています。山の恵みを得て生産された生乳は牧場に併設されたミルク工房で飲用乳や乳製品に加工して消費者に届けています。

 放牧牛は山に自生する二ホンシバなどの野草の他、広葉樹の葉も採食しています。これに少々の補助飼料が補給されます。二ホンシバは日本古来の在来野草で牛の踏みつけに強く、化学肥料が無施用でも再生力が旺盛で、山のプランクトンとも呼ばれています。この特性を猶原博士が解明しました。原野が二ホンシバで優占した短草型草地に代わるためには10年以上、必要です。したがって、牛や人が慣れて経営が軌道にのるまで、経営維持のためのつなぎ資金や生活費の確保が必要です。このため、何事にも挫けない人並み以上の強固な意志と情熱が必要です。

 しかし、二ホンシバが定着すると未来にわたって持続的な生産が可能です。大雨など自然災害が多発する国土の保全、鳥獣害防止、生物多様性の向上、美しい景観が人びとへのやすらぎや憩いを及ぼす保健保養機能など多くの多面的な効果が期待できます。畜産先進国では行き過ぎた工業的畜産を見直し、家畜を快適な環境で飼育するアニマルウエルフェアをはじめ、エシカル(倫理的・道徳的)、SDGs(持続可能な開発目標)などが注目されるようになり、山地酪農はこれらに合致した農法として評価されています。つまり、田野畑山地酪農は日本が誇る究極の酪農スタイルのひとつです。

 長寿社会に入り、QOL(生活の質)に関心が持たれ、機能性食品などもたくさん市販されています。田野畑山地酪農牛乳には抗酸化活性が高いカロテンやビタミンEをはじめ抗がん活性があると言われる共役リノール酸を多く含んでいることが明らかにされています。また、化学物質などの残留の心配がないため化学物質過敏症やアトピーやアレルギーの子をもつ親からも支持されています。これらの効能については医学領域との共同で疫学的調査による解明が求められます。

 全国の山岳傾斜地で山地酪農が普及定着するためには、多くの課題があります。第一に多くの地権者が所有する土地の集積が必要です。これが最大の課題です。第二に山地酪農で再生産可能な所得を得るためには牛乳や加工品を消費者へ提供する販売・流通方法の構築が必要です。第三に放牧適性に優れ、病気に強く乳も肉も美味しい乳・肉兼用種の導入や改良が必要です。このほかに多くの課題がありますが、いずれの課題も克服できるものと思います。

 ヨーロッパ農業を語るとき、「家畜なくして、農業なし」と言われますが、日本の畜産は海外の飼料用穀物に依存して大きく成長を遂げ、アジアの奇跡と称賛されています。食卓は豊富な畜産で溢れていますが、日本の食料消費パターンと耕作利用パターンが大きく乖離した歪な耕地利用となっていることが問題です。この不均衡を是正するためには飼料自給を目指し、耕作放棄地や遊休農林地、余剰水田等を利用した畜産的土地利用の拡大が課題です。

 まだ、田野畑山地酪農は点的存在ですが、猶原恭爾博士が提唱した理論を弟子達が実証しています。日本酪農の在り方ばかりでなく人生をいかに生きるかなど数々の教訓と示唆を与えています。山地酪農が軌道にのるためには長い年月が必要です。容易に取り組めることができる農法ではありませんが、生きがいを求めて新規就農を希望する若者が増えていることに大いに期待しています。

<注・・・スイスの山岳地帯のチーズは「ベルクケーゼ」で、なかでも夏山放牧中(3か月くらい)のミルクでつくったものが「アルプケーゼ」です。前者は「里山」の牧草の生産物、後者はアルプスの季節の牧草(野草含む)の賜物、「旬」の生産物と言えばよいかもしれません(立教大学大山利男氏より)>

<<萬田富治・まんだ・とみはる・・・「研究は現場から」をモットーに、長きにわたり草地畜産技術の研究開発に携わり、現在も精力的に自然循環型の畜産技術の普及に取り組んでいる、日本における草地畜産の重鎮的存在。東日本大震災後は被災地の営農再開支援にも尽力している。1972年農林水産省に入省、那須、十勝、札幌、島根、つくばの各試験場を転任、2001年(独)畜産草地研究所副所長(草地研究センター長)に就任後、2002年北里大学獣医学部教授・附属フィールドサイエンスセンター長に転出。獣医学部附属八雲牧場(北海道八雲町)で自給牧草100%の放牧牛肉(北里八雲牛)生産を実証、日本初の有機畜産物JAS認証を取得。2011年財団法人生物科学安全研究所理事長に就任、現在同研究所顧問、北里八雲牛普及推進協議会顧問。>>

(5)<「田野畑山地酪農牛乳株式会社」生産者規定>(2019年2月現在)

 「田野畑山地酪農牛乳株式会社」は、吉塚一家の「吉塚牧場」と、吉塚の先輩・熊谷一家の「熊谷牧場」の共同で、楢原博士の提唱した「山地酪農」を忠実に守り、営まれています。

1)放牧地

①放牧地面積1ヘクタール当たり、成牛換算2頭まで(成牛1頭→行く成牛1歳では4頭、2歳では2頭とする)。

②牧区はできる限り区切らない(1牧区を広くし、牛群の自由行動確保の為)。

③化学肥料・薬品類(除草剤・殺虫剤等)は一切使用しない。

④酸性矯正の石灰投与(貝殻やくず石灰等)は積極的な使用をする。

⑤草生はシバ主体草地がベストではあるが、要するに充分に草を食える環境整備をする。又、シバの混生を妨げてはならない。

⑥原則として昼夜放牧、厳寒期のみ昼間放牧。(冬も昼夜放牧が最良)

2)受精・出産・哺乳

①種付けは主に雄牛による自然交配であるが、人工授精でも可。産哺乳(受精卵移植やクローン、遺伝子操作などは絶対に不可)。

②発情異常等は自然回復を持ち、ホルモン等、薬品に頼らない。

③分娩は厳冬期以外は原則として、放牧地での自然分娩とするが、分娩房があれば室内でも可。

④仔牛の哺乳は原則として全乳哺乳とする。自然哺乳ならベストである(脱脂粉乳、人工乳、その他代替飼料等も不可)。

⑤牛乳出荷は出産後10日以上経ったものでなければならない。

3)管理・その他

①素飼料は100%自給が前提である。夏場は放牧地の草を中心に、補食にも草を使用、冬場はサイレージと乾草だが、デントコーンは作らない(農薬使用が前提となる事、種子が輸入で毎年多額になるため)。

②濃厚飼料は成牛1頭、日量5kgまでとし、安全に配慮を欠くものは使わない。

③田野畑では冬場の海産副産物のワカメクズ等の給与はミネラル補給に良。

④平均泌乳量を1頭/5000kg(日本のそれは8500~9000kg)迄とする。

⑤薬品及びビタミン、ホルモン剤その他の混合飼料を絶対投与しない。

4)治療

①一般薬品投与→5日間乳肉出荷禁止。

②抗生物質投与→10日間乳肉出荷禁止。

5)採草地

①放牧地、採草地、及び使用する圃場に薬剤使用地は認めない。

②化学肥料は元肥又は追肥として、年1回のみ記録使用可。

③主に有機質肥料での生産が原則。

④酸性矯正は1)放牧地の④に準じる。

⑤放牧地と採草地の草種をハッキリと区別。

⑥成牛換算1頭に対し最低20アールなくてはならない。

⑦冬越草量の収穫減に対し、購入素飼料に限らず、牛の減頭で対処する。

⑧灌水は放牧地、採草地とも大いに良し。

<追記>

冬越し素飼料の確保は基本的であり、成牛1頭/10トン±10%(生草換算)必要とした前提で考察した。また、田野畑村の冬越しは11月中旬~5月中旬までの6か月であることが前提である。冬越し素飼料の確保は、冬越をいつから何時まで見るのかで、必要量が違ってきますし、地方や場所でも違ってきます。これは田野畑村の場合です。年間の半分が冬越しとは、大変厳しい環境条件です。

 

<田野畑山地酪農牛乳株式会社 会社概要>設立:2009年6月)

・代表者 吉塚公雄

〔事業内容〕

●乳製品製造・販売 

●県内への直接配達(盛岡市・紫波町・滝沢市・久慈市・宮古市・山田町・野田村・普代村・岩泉町・田野畑村/約500件)

●全国への発送(約120件) ●牛肉加工品販売 ●山地酪農開拓者の講演会

〔所在地〕

・熊谷牧場:〒028-8401岩手県下閉伊郡田野畑村村長根54

・吉塚牧場:〒028-8401田野畑村蝦夷森161-3(2019年2月現在:19ha)

・工房:milkportNAO:田野畑村蝦夷森161-15